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第一章 〜初恋 / 運命が動き出す音〜
2. 双子の兄妹
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「ヴィオ・・・ごめんね。僕のせいで・・・っ」
微睡の中、近くで悲痛な声が聞こえる。
(・・・この声は・・・お兄様?)
今にも泣き出しそうな声で謝罪を繰り返す兄の声を聞き、ヴィオラは意識を覚醒させる。
ゆっくり目を開けた先に見えたのは、泣き腫らしたような目をした、自分と同じ顔の双子の兄、クリスフォードの姿だった。
「・・・っ、ヴィオ!」
「お兄・・・様。・・・泣いてる・・・の?」
「良かった・・・っ、良かったヴィオ!」
腫れて赤くなった瞳からボロボロと涙を流す兄の姿が痛ましくて、柔らかい黒髪に触れ、頭を撫でる。
2人は双子だが、プラチナブロンドの髪色をしているヴィオラとは対称的に、クリスフォードは艶やかで流麗な黒髪のため、同じ顔、同じアメジストの瞳を持っていても見分けは容易に出来た。
「泣かないで、お兄様・・・」
「だって・・・怖かったんだっ、ヴィオは2週間も意識不明だったんだよ!このまま、目が覚めなかったらどうしよう・・・っ、僕を置いて死んでしまったらどうしようって・・・ずっと怖かったんだ!」
そう。ヴィオラは鞭打ちで意識を失った後、出血多量によりしばらく予断を許さない状況だった。
優秀な侍医の素早い対処により一命を取り留め、峠を越える事ができたのだ。
クリスフォードから詳細を聞き、現状を思い出したヴィオラは青ざめた。
「カリナは・・・、カリナは無事ですか?」
あの時自分を庇ってくれた専属侍女。
彼女も何度か母から鞭打たれた。
打たれたらどれだけ痛いか、いつもやられている自分が1番分かっている。
あれは肌に傷が残る。自分より3歳年上とはいえ、まだ13歳の少女なのだ。嫁入り前の少女の背中に傷が残ってしまえば、人生が大きく左右されてしまう。
カリナの今後を憂い悩み出すヴィオラを見て、クリスフォードは違和感を感じ、不安げに声をかける。
「ヴィオ・・・?なんか・・・いつものヴィオと違う」
ぎくり。
何も悪い事はしていないが、条件反射でヴィオラは肩を震わせた。流石は双子の兄なだけあって妹の変化に鋭く反応する。
確かに今のヴィオラは、倒れる前のヴィオラとは違う。
今のヴィオラは、体は10歳だが中身は10歳の自分と前世のミオの28年分の知識が同居しているような不思議な感覚だった。
ミオを思い出しても、この世界で生きてきたのはヴィオラであってミオではない。ヴィオラとしての記憶が濃い為、人格が混ざる事はなかった。
この不思議な現象を、訝しんでいる兄にどうやって説明すればいいのか、ヴィオラは言葉に詰まる。
「・・・えーと。・・・・・・・・・その・・・」
「ヴィオ?」
クリスフォードの性格上、誤魔化しは逆効果であることをヴィオラは知っている。
同じ10歳だというのに、やはり王族に重宝される天才医師と呼ばれた父の血か、クリスフォードはとても優秀な頭脳を持っている。
(本当のこと言うまで引き下がらないだろうしな・・・。でも何て言えばいいんだろう・・・)
黙り込むヴィオラに再び声を掛けようとクリスフォードが口を開くが、何かの落下音と水音に声をかき消されてしまう。
何ごとかと振り返れば、水を張った桶を床に落とし、涙を浮かべたカリナが扉近くに立っていた。
「お嬢様!」
落とした桶など気にしていられず、カリナはヴィオラに駆け寄り、両手でヴィオラの手を握りしめながら涙を溢す。
「カリナ!動いて平気なの?背中痛いでしょう?私なんかを庇ったから・・・っ」
「お嬢様・・・っ、お目覚めになられて良かった・・・っ。私は大丈夫です。お嬢様の方が何倍も怪我が酷かったんですよっ。一時はどうなるかと・・・.本当に良かったです・・・っ」
ヴィオラの手を握るカリナの両手は震えていた。しっかりした侍女といってもまだ13歳の少女なのだ。仕えていた主が血塗れで死にかけた事はカリナにとってもトラウマだった。
「心配かけてごめんね。カリナ。守ってくれてありがとう。背中、傷はどうなったの?」
「私も侍医の方に診てもらえたので、間近で見ないとわからないくらいには治るそうです」
「そう。良かった・・・」
ホッとして強張っていた体が解れる。
カリナも安心したようで、水桶を片付けに部屋を出て行った。
この間もクリスフォードの視線がずっと刺さっていた。きっともう、兄はヴィオラの変化に確信を持っているのだろう。
双子というのはどうも隠し事ができないのだ。兄がヴィオラの事なら何でもわかるように、ヴィオラもまた、クリスフォードの事なら何でもわかる。
「ヴィオ、今はまだ目覚めたばかりだから無理しないで横になってて」
優しい笑顔を向けて妹の頭を撫でる兄の手の温もりに、ヴィオラは涙が出そうになる。
「はい。お兄様も、目冷やしてね」
「・・・・・・・・・」
「お兄様?」
「許せない・・・あのクソばばあっ。・・・僕が病弱じゃなければ・・・っ、子供じゃなければっ、アイツからヴィオを守れるのに・・・っ、悔しいっ」
クリスフォードの手元に視線を向けると、色が白く変わる程に強く拳を握りしめていた。
(きっとあの時、私と母にあった出来事を執事のロイドから全部聞いたんだろうな)
昔からクリスフォードは、自分が病弱なせいで妹の存在を否定する母親の姿に傷ついていた。
ヴィオラへの怨嗟の言葉を吐きながら、自分への愛を語る異常な母親を疎い、嫌悪感を抱くのに然程時間はかからなかった。
「お兄様・・・。お母様は?」
「父上の命令で部屋に監禁されてるよ。まあ・・・その命令も使いの者が伝令に来ただけで、娘が意識不明だっていうのに帰っても来ないからね」
「・・・・・・そう」
王族の専属侍医である父親は、万事に備えるために王宮を出ることがままならない。
伯爵家に自分の弟子である優秀な侍医を雇った途端、クリスフォードが発作を起こしても帰って来なくなった。
そのせいで母親のヴィオラに対する冷遇が酷くなり、クリスフォードは父親までも恨むようになってしまった。
ヴィオラが傷つけられる度に同じように傷つき、ヴィオラの代わりに怒ってくれる優しい兄。
未だ強く拳を握りしめている兄の手に、自分の手を重ね、笑って見せる。
「私は大丈夫。だってお兄様が側にいてくれるもの。それにカリナも、ロイド達もいるし」
だから手の力を抜いて。傷がついてしまう。とヴィオラがお願いすれば、漸くクリスフォードの体の強張りが解けた。
「・・・じゃあ、ロイド達にヴィオラが目を覚ましたって伝えてくるね。眠かったら寝てていいよ」
執事達を呼びに行く兄の姿を眺めて、ヴィオラは兄には全てを話すことを決心した。
信じてもらえないかもしれないが、兄に嘘はつきたくないと思う。
それに、ミオの記憶を思い出してヴィオラには気づいた事があった。
(私は、お兄様に愛されているのね。そしてカリナも私の事を心配して泣いてくれる)
今までは母の愛を乞うあまり、周りが見えていなかった。でも今はミオの記憶のおかげで視野が広がり、客観的な思考を持てるようになっていた。
どうして今まで気づかなかったのだろう。
ヴィオラはこの邸で1人ではなかった。周りをよく見渡せば、兄も、カリナも、執事のロイドも、護衛の騎士達も、皆ヴィオラによくしてくれていたのに。
母に存在を否定されるたびに、目の前が闇に包まれて何も見えなくなっていた。
(私は1人じゃなかった)
ずっとこの邸で1人だと思っていたのだ。私を愛してくれるのは、初恋の彼だけだと思っていた。
(ルカ・・・会いたい。今日の出来事をルカに話したら、「良かったね」って喜んでくれるかな)
大好きな男の子と交わした約束に思いを馳せる。
「早く迎えに来て。ルカ・・・」
恋しい彼の姿を思い浮かべながら、ヴィオラはまた眠りについた。
微睡の中、近くで悲痛な声が聞こえる。
(・・・この声は・・・お兄様?)
今にも泣き出しそうな声で謝罪を繰り返す兄の声を聞き、ヴィオラは意識を覚醒させる。
ゆっくり目を開けた先に見えたのは、泣き腫らしたような目をした、自分と同じ顔の双子の兄、クリスフォードの姿だった。
「・・・っ、ヴィオ!」
「お兄・・・様。・・・泣いてる・・・の?」
「良かった・・・っ、良かったヴィオ!」
腫れて赤くなった瞳からボロボロと涙を流す兄の姿が痛ましくて、柔らかい黒髪に触れ、頭を撫でる。
2人は双子だが、プラチナブロンドの髪色をしているヴィオラとは対称的に、クリスフォードは艶やかで流麗な黒髪のため、同じ顔、同じアメジストの瞳を持っていても見分けは容易に出来た。
「泣かないで、お兄様・・・」
「だって・・・怖かったんだっ、ヴィオは2週間も意識不明だったんだよ!このまま、目が覚めなかったらどうしよう・・・っ、僕を置いて死んでしまったらどうしようって・・・ずっと怖かったんだ!」
そう。ヴィオラは鞭打ちで意識を失った後、出血多量によりしばらく予断を許さない状況だった。
優秀な侍医の素早い対処により一命を取り留め、峠を越える事ができたのだ。
クリスフォードから詳細を聞き、現状を思い出したヴィオラは青ざめた。
「カリナは・・・、カリナは無事ですか?」
あの時自分を庇ってくれた専属侍女。
彼女も何度か母から鞭打たれた。
打たれたらどれだけ痛いか、いつもやられている自分が1番分かっている。
あれは肌に傷が残る。自分より3歳年上とはいえ、まだ13歳の少女なのだ。嫁入り前の少女の背中に傷が残ってしまえば、人生が大きく左右されてしまう。
カリナの今後を憂い悩み出すヴィオラを見て、クリスフォードは違和感を感じ、不安げに声をかける。
「ヴィオ・・・?なんか・・・いつものヴィオと違う」
ぎくり。
何も悪い事はしていないが、条件反射でヴィオラは肩を震わせた。流石は双子の兄なだけあって妹の変化に鋭く反応する。
確かに今のヴィオラは、倒れる前のヴィオラとは違う。
今のヴィオラは、体は10歳だが中身は10歳の自分と前世のミオの28年分の知識が同居しているような不思議な感覚だった。
ミオを思い出しても、この世界で生きてきたのはヴィオラであってミオではない。ヴィオラとしての記憶が濃い為、人格が混ざる事はなかった。
この不思議な現象を、訝しんでいる兄にどうやって説明すればいいのか、ヴィオラは言葉に詰まる。
「・・・えーと。・・・・・・・・・その・・・」
「ヴィオ?」
クリスフォードの性格上、誤魔化しは逆効果であることをヴィオラは知っている。
同じ10歳だというのに、やはり王族に重宝される天才医師と呼ばれた父の血か、クリスフォードはとても優秀な頭脳を持っている。
(本当のこと言うまで引き下がらないだろうしな・・・。でも何て言えばいいんだろう・・・)
黙り込むヴィオラに再び声を掛けようとクリスフォードが口を開くが、何かの落下音と水音に声をかき消されてしまう。
何ごとかと振り返れば、水を張った桶を床に落とし、涙を浮かべたカリナが扉近くに立っていた。
「お嬢様!」
落とした桶など気にしていられず、カリナはヴィオラに駆け寄り、両手でヴィオラの手を握りしめながら涙を溢す。
「カリナ!動いて平気なの?背中痛いでしょう?私なんかを庇ったから・・・っ」
「お嬢様・・・っ、お目覚めになられて良かった・・・っ。私は大丈夫です。お嬢様の方が何倍も怪我が酷かったんですよっ。一時はどうなるかと・・・.本当に良かったです・・・っ」
ヴィオラの手を握るカリナの両手は震えていた。しっかりした侍女といってもまだ13歳の少女なのだ。仕えていた主が血塗れで死にかけた事はカリナにとってもトラウマだった。
「心配かけてごめんね。カリナ。守ってくれてありがとう。背中、傷はどうなったの?」
「私も侍医の方に診てもらえたので、間近で見ないとわからないくらいには治るそうです」
「そう。良かった・・・」
ホッとして強張っていた体が解れる。
カリナも安心したようで、水桶を片付けに部屋を出て行った。
この間もクリスフォードの視線がずっと刺さっていた。きっともう、兄はヴィオラの変化に確信を持っているのだろう。
双子というのはどうも隠し事ができないのだ。兄がヴィオラの事なら何でもわかるように、ヴィオラもまた、クリスフォードの事なら何でもわかる。
「ヴィオ、今はまだ目覚めたばかりだから無理しないで横になってて」
優しい笑顔を向けて妹の頭を撫でる兄の手の温もりに、ヴィオラは涙が出そうになる。
「はい。お兄様も、目冷やしてね」
「・・・・・・・・・」
「お兄様?」
「許せない・・・あのクソばばあっ。・・・僕が病弱じゃなければ・・・っ、子供じゃなければっ、アイツからヴィオを守れるのに・・・っ、悔しいっ」
クリスフォードの手元に視線を向けると、色が白く変わる程に強く拳を握りしめていた。
(きっとあの時、私と母にあった出来事を執事のロイドから全部聞いたんだろうな)
昔からクリスフォードは、自分が病弱なせいで妹の存在を否定する母親の姿に傷ついていた。
ヴィオラへの怨嗟の言葉を吐きながら、自分への愛を語る異常な母親を疎い、嫌悪感を抱くのに然程時間はかからなかった。
「お兄様・・・。お母様は?」
「父上の命令で部屋に監禁されてるよ。まあ・・・その命令も使いの者が伝令に来ただけで、娘が意識不明だっていうのに帰っても来ないからね」
「・・・・・・そう」
王族の専属侍医である父親は、万事に備えるために王宮を出ることがままならない。
伯爵家に自分の弟子である優秀な侍医を雇った途端、クリスフォードが発作を起こしても帰って来なくなった。
そのせいで母親のヴィオラに対する冷遇が酷くなり、クリスフォードは父親までも恨むようになってしまった。
ヴィオラが傷つけられる度に同じように傷つき、ヴィオラの代わりに怒ってくれる優しい兄。
未だ強く拳を握りしめている兄の手に、自分の手を重ね、笑って見せる。
「私は大丈夫。だってお兄様が側にいてくれるもの。それにカリナも、ロイド達もいるし」
だから手の力を抜いて。傷がついてしまう。とヴィオラがお願いすれば、漸くクリスフォードの体の強張りが解けた。
「・・・じゃあ、ロイド達にヴィオラが目を覚ましたって伝えてくるね。眠かったら寝てていいよ」
執事達を呼びに行く兄の姿を眺めて、ヴィオラは兄には全てを話すことを決心した。
信じてもらえないかもしれないが、兄に嘘はつきたくないと思う。
それに、ミオの記憶を思い出してヴィオラには気づいた事があった。
(私は、お兄様に愛されているのね。そしてカリナも私の事を心配して泣いてくれる)
今までは母の愛を乞うあまり、周りが見えていなかった。でも今はミオの記憶のおかげで視野が広がり、客観的な思考を持てるようになっていた。
どうして今まで気づかなかったのだろう。
ヴィオラはこの邸で1人ではなかった。周りをよく見渡せば、兄も、カリナも、執事のロイドも、護衛の騎士達も、皆ヴィオラによくしてくれていたのに。
母に存在を否定されるたびに、目の前が闇に包まれて何も見えなくなっていた。
(私は1人じゃなかった)
ずっとこの邸で1人だと思っていたのだ。私を愛してくれるのは、初恋の彼だけだと思っていた。
(ルカ・・・会いたい。今日の出来事をルカに話したら、「良かったね」って喜んでくれるかな)
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