上 下
22 / 26
ルミナスside

20. 隣で笑ってくれるなら

しおりを挟む

この四年、オリヴィアを探して何ヶ国も外交で回った。

各国の王族に許可を取り、仕事の合間に商業ギルドや情報屋に顔を出し、オリヴィアらしき女性を見たら連絡をもらえるよう手配した。

そうして少しずつ情報網を敷いて、彼女の痕跡をひたすら探す。そんな日々を繰り返した。


オリヴィアに会いたくて、でもいつまでたっても見つからなくて、いつも記憶にあるオリヴィアを思い返していた。

だが記憶にあるオリヴィアは、いつも辛そうで、悲しそうで、何かに耐えている顔ばかりだ。


オリヴィアが置かれていた環境を知った今、助けてやれたのは私だけだったのに、愚かな私は上辺だけを見て彼女と向き合おうとしなかった。

私の方が婚約破棄されても仕方ないことを散々していた。それでもオリヴィアは婚約者の座を守るためにずっと努力していたのかと思うと、胸が張り裂けそうになる。

私をただ一人の男として愛してくれていたのはメアリーではなく、オリヴィアだったのに、私は前世で彼女に何と言った?  

『君が欲しいのは次期王妃の座だろう?私が求めるのはそんな権力欲に塗れた女じゃないんだよ。何者でもない、ただ一人の男として私を愛し、支えてくれるメアリーのような女性だ』


自分で自分に腹が立ち、目の前のテーブルに拳を打ちつける。


「すまない……オリヴィア」


部屋に情けない声が響いて消えた。

拒絶されて当然だ。
信じてもらえなくて当然だ。

「だけど……それでも無理なんだ……そんな簡単に忘れられるなら、前世から追いかけてくるわけないだろう……っ」



この四年間、オリヴィアに対する想いが愛情なのか、贖罪の気持ちなのか考えたことがある。直接謝りたいのも、自己満足だとどこかで思っていた。

それでもオリヴィアに会わなければ前に進めないから、探し続けた。再会したその先に、彼女に恨まれて殺される運命が待っていたとしても、それが本望だった。


なのに——フタを開けてみれば、自分の中にとんでもない執着心が渦巻いていた。

再会した途端、贖罪も何もかも放り投げ、オリヴィアを今すぐ自分のものにしなくてはならない──そんな独占欲で頭が支配された。


私はいつのまにか、オリヴィアという女を気づかぬうちに深く愛していたらしい。

自覚してしまえば、前世でオリヴィアの死後に廃人になりかけたことも、迷わずに短剣で心臓を刺したことも、執念深く四年も探し続けていたことも納得がいった。

贖罪ではなかった。
オリヴィアをただ、取り戻したかっただけだ。


「好きだよ、オリヴィア……諦めるなんて無理だ」


ましてや一度抱いてしまえば、尚更手放せない。
知ってしまった彼女の熱を、もう一度求めずにはいられない。


どうすればいい?
どうすれば彼女を手に入れられる?


「オリヴィアは、前世の記憶があるのか?」

真実を聞き出すには、オリヴィアと同じ高さに立たないとダメだ。彼女は王子の私にはきっともう会うつもりがない。だから最後に抱かれて終わりにしたんだ。

勝手に区切りをつけられた。

無理矢理会っても、本音を見せてはくれないだろう。
取り繕った笑顔を張り付けるだけだ。

オリヴィアがすべてを捨てたなら、私もすべてを捨てて彼女の前に立たないと、きっとオリヴィアの本当の気持ちは教えてもらえない。


ならば、私のやることは一つだ。


私は、オリヴィアのいない世界はもう耐えられない。 



彼女が生きて、隣で笑ってくれるなら、

他には何も望まない。














✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼



「そう……オリヴィアは無事だったのね」

母は安堵の息を漏らし、滲んだ涙を拭った。

「ザラス公爵にもすぐに知らせた方がいいだろう。とても心配しているからな……」

「そうですね……」



あの後、あの国の女王陛下に謁見し、貿易条約を締結させて国に帰った。そして両親にオリヴィアが見つかったことを報告した。

ザラス公爵家とは、オリヴィアが出奔して以来、疎遠のままだ。オリヴィアの調査をしていた時、夫人は対応してくれたが、公爵は終始顔を見せなかった。

私のことが許せないのだろう。
当然のことだ。



「オリヴィアはどんな様子だった? ちゃんと暮らしていけてるの?」

「はい。商会の輸出入を扱う部署で通訳と翻訳の仕事をしていました。社員寮で一人暮らしもしていて、しっかり自立していて驚きましたよ」

「公爵令嬢が……一人暮らし? 侍女もつけずにか?」

「はい。亡命して半年ほどは修道院にいたらしく、身の回りのことはそこで教わったようです」

「そうか……苦労したのだろうな。それでもしっかり自分の能力を生かして自立しているのだから、大したものだ」

「惜しい者を逃しましたね」

「そうだな」


しんみりとしている両親の前で私は膝をつき、臣下の礼を取った。突然の行動に二人は驚き、目を見開く。

「ルミナス?」

「国王陛下にお願いがございます」

「────なんだ。申してみよ」


私の意図に気づいたのか、父が威厳に満ちた声で先を促す。





「どうか、私を廃嫡して下さい」








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】独りよがりの初恋でした

須木 水夏
恋愛
好きだった人。ずっと好きだった人。その人のそばに居たくて、そばに居るために頑張ってた。  それが全く意味の無いことだなんて、知らなかったから。 アンティーヌは図書館の本棚の影で聞いてしまう。大好きな人が他の人に囁く愛の言葉を。 #ほろ苦い初恋 #それぞれにハッピーエンド 特にざまぁなどはありません。 小さく淡い恋の、始まりと終わりを描きました。完結いたします。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

愛されない花嫁はいなくなりました。

豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。 侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。 ……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

二度目の恋

豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。 王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。 満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。 ※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。

彼女は彼の運命の人

豆狸
恋愛
「デホタに謝ってくれ、エマ」 「なにをでしょう?」 「この数ヶ月、デホタに嫌がらせをしていたことだ」 「謝ってくだされば、アタシは恨んだりしません」 「デホタは優しいな」 「私がデホタ様に嫌がらせをしてたんですって。あなた、知っていた?」 「存じませんでしたが、それは不可能でしょう」

処理中です...