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オリヴィアside
15. 貴方の妃にはなれない
しおりを挟む「学園で流れていたオリヴィアの悪い噂があっただろう?」
「悪い噂……?」
「君がメアリーに酷い虐めをしたという噂だ。側近たちに酷く詰られていたらしいな。私も……何度か君に辛く当たった……」
「……そんなこともありましたね」
もうだいぶ前のことなのに、ズキズキと胸が痛む。
当時の痛みを体が覚えている。
「その噂の元凶も彼女で、側近たちを唆して君を貶めるように誘導していた。証拠は彼らがうまく隠していたから見つけるのに時間を要したが、オリヴィアがメアリーを虐めていたという訴えは、すべて彼女たちの自作自演だったと証明できた。今は全員罰を受けて貴族籍を剥奪され、王都を追放されている」
怒涛の展開に言葉をなくす。
私がメアリーを虐めているという噂はほとんどが冤罪だった。それは前世でも同じ。
婚約者持ちの男に近づくなと厳しく注意しただけで、噂のように私物を壊したり、頭から水や生ゴミをかけたりなどはしていない。
私は公爵家の人間だ。邪魔なものを排除するのにそんな温いことはしない。文字通り裏で始末するわ。
前回は何故か暗殺の計画がルミナス様にバレて私は捕えられた。
今世では彼女の暗殺を依頼する前に回帰し、それからルミナス様を避けていたから、必然的にメアリーにも近づかなかった。
だから絶対に虐めなんてしていない。
「そして私は、一連の責任を取って王位継承権を放棄した」
「え?」
「弟が立太子するまでは第一王子として公務をし、立太子後は臣籍降下して公爵を賜ることが決まっている」
「……公爵」
「今は外交使節団の隊長として外遊し、ずっと君を探していた」
「…………」
──いろいろと驚きすぎて声が出ない。
思考が追いつかない。
ルミナス様の邪魔をしたくないから全てを捨てて国を出たのに、メアリーとの愛は紛い物で、自ら王への道を辞退した?
外遊して私を探していた?
なんのために?
前世と違いすぎる展開に、血の気が引いていく。
彼はもう王にはならない。
それなら、私の今までの苦しみはなんだったのか──
(もしかして、前世も同じだった?)
廃太子となっても愛するメアリーとは添い遂げたのだと思っていたけれど、前世でもメアリーたちが同じ罪で裁かれていたとしたら?
(彼が廃太子になった大きな原因は、もしかしてそれなの?)
「……はっ」
最低最悪な推察に自嘲する。
もしその推察が事実なら、どれほど滑稽なのか。
そんなバカらしい女に、私はルミナス様を盗られたの?
そんな女のために私は罪を犯し、死んだのか。なんて滑稽な人生だったのだろう。
「これで禊ぎが終わったとは思ってない。これからもずっと償い続ける。だがオリヴィア……私はどうしても君を諦めることができない。どうか私の妻になってくれないか? 今度は絶対に裏切らない。君を幸せにすると誓うから──」
やめて──なぜそんなことを言うの。
「何を世迷言を……私は、国を捨てて平民になった身です。もう貴方とは住む世界が違います」
ずっと忘れたかったのに。
すべてなかったことにして解放されたかったのに。
どうしてまた私を縛ろうとするの。
「だから君はまだ除籍されていない。国に戻れば公爵令嬢として私と結婚出来る」
「そもそも、貴方は私のことなんて愛していなかったじゃないですか。たとえまだ公爵令嬢の身分だったとしても、今さら愛のない結婚をするために今の生活を捨てたくありません。どうか他の方を妃に迎えて下さい」
「私はオリヴィアがいいんだ! 君を愛しているんだよ」
今にも泣きそうな、切ない瞳で見つめられる。
本当にやめて。
頼むから、これ以上私を追いつめないで。
この後、私はあと何年貴方に囚われないといけないの?
(もう疲れたの。穏やかに暮らしたいだけなのに、なぜ今更私の前に現れたのよ……っ)
勝手なことばかり言う彼を、私は思わず睨みつけた。
「信じられません。だって私は、冷たい目で私を見る貴方と、愛しそうにメアリー様を見つめる貴方しか知らないんですもの。貴方と私の間で育んだものなど、何もない」
私は貴方のために生きていたのに、貴方から愛を向けられたことなど一度もなかった。信じられるわけない。
信じるのが怖い。
もう傷つきたくない。
それに、私はもう資格がない。
私の返した言葉に、彼は驚愕し、絶句している。
「私が婚約者だった頃も、側妃狙いの令嬢が沢山いました。その中から優秀な方を妃に迎えればよろしいかと」
もう皆結婚してるかもしれないけれど、彼の容姿と能力なら、年下の令嬢でも胸をときめかせるに違いない。
「だから私はオリヴィアがいいと言っているだろう!」
「私は無理です」
「なぜだ……? 君は私を愛していたんじゃなかったのか……?」
──愛してた。
すべてを捨てられるくらい愛してた。
今も忘れられない。
そして同じくらい、貴方が憎い。
私の愛が、そこにあるのが当然のように宣う貴方が憎い。
私がどんな思いで貴方を諦めたのか。
どんな思いですべてを捨てたのか。
捨てきれない想いに、どれだけ苦しんで来たのか、貴方は何もわかっていない。
だから一生会いたくなかったのに、なんて残酷な人なの。
「私は貴方の妃にはなれません」
「オリヴィア!」
「私はもう、純潔ではないのです」
私の告白に、彼が顔面蒼白になっている。
そう。私はもう純潔ではない。
だから血を重んじる王族にも高位貴族にも嫁げない。
「この国に来てから、一人の男性とお付き合いしました。彼を愛して、この身を捧げました。だから私は、ルミナス様の妃にはなれないのです」
静寂が訪れる。
あまりに長すぎる沈黙に顔を上げれば、ルミナス様の瞳が悲しそうに潤んでいた。
「今も……今もその男と……? まさか結婚しているのか?」
「いいえ……事情があって別れました。だからといって、純潔ではないので貴方の妃にはなれません」
「その男を……今も……愛しているのか?」
「──はい。愛しています」
はっきり告げるとルミナス様は俯き、膝の上に置いた拳を震わせていた。私たちの縁は、もう四年前に切れたのだ。
国王の道を辞退したとしても、貴方は第一王子。
そして私は遠い国の平民。
再び縁が繋がることはない。
「さようなら、殿下。どうか私のことは忘れてください」
いつか手紙に書いた別れの言葉を、
今度は直接、自分の言葉で告げた。
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