【完結】さようなら、王子様。どうか私のことは忘れて下さい

ハナミズキ

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オリヴィアside

14. そんなもののために

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外国の小切手を換金しようと商業ギルドに出向いた時に、入り口前で私を呼ぶ声が聞こえた。

あまりに必死な声に振り返れば、人込みをかき分けてこちらに走り寄るルミナス様の姿があった。


「嘘……どうして──」

(なぜ貴方がここにいるの……)


この四年、忘れようと胸の奥底にしまったはずの想いが息を吹き返し、痛いくらいに鼓動を打つ。

耐えきれなくて踵を返し、立ち去ろうとする私の手を彼が引き留めた。

「待ってくれオリヴィア!」

「人違いです。私はオリヴィアという名前ではありません」

事実、私はこの国ではリアという名で通している。
亡命した時に別名でこの国の住民票を作成したのだ。

今の私は髪も短いし、素顔に近い化粧しかしてない。

服だって商会の制服で、祖国の人が見てもなかなか私とはわからない外見なのに、彼は遠目から私がオリヴィアだと見抜いた。

「オリヴィア、話がしたい」

「だから……っ、人違いだと言っています……っ」


声が震える。

こんなに動揺していてはバレてしまうのに、全然取り繕えない。勝手に涙まで滲んでしまう。

「人違いじゃない。幼い頃から一緒にいた私が、オリヴィアを見間違えるわけがないだろう」

彼の両手が私の頬を包み、顔を上向きにさせられる。

視線が合うと、ホッとしたように、そして泣き出しそうな笑みを浮かべた。


「ほら、やっぱりオリヴィアだ。やっとみつけた。ずっと探していたんだ」

「違う。私はオリヴィアじゃない。貴方なんか知らない」

「じゃあ何故泣いている?」

「変質者に捕まったから怖いのです」

「王子にむかって酷いことを言うな」


困ったように微笑むルミナス様に、思わず見惚れた。

四年ぶりに会う彼は、以前よりも更に背が高くなり、逞しさも増して王子というより騎士のような体躯になっていた。

男らしさが増して、精悍な麗しい容姿に周りから女性の甘いため息が聞こえる。

ざわざわと周りの声が大きくなり、ギャラリーから「リアちゃん、大丈夫か?」という声が聞こえて視線を移すと、何名かの知り合いが心配そうにこちらを見ていた。

「衛兵を呼ぶか?」

「あ、だ、大丈夫です! この人知り合いなんで!」


人通りの多い道でやり取りをしていたため、自分たちを囲むように人の輪が出来ていた。ルミナス様の容姿が目立つので、視線を集めてしまったようだ。

(もう……っ、なんでこんなことに!)


「リア……? 今はそう名乗っているのか?」

「……人目のない場所で話しましょう」

ため息をつき、私は仕方なくルミナス様と話をすることにした。

「とりあえず私は逃げませんので、先にギルドへの用事を済ませても?」

「ああ、構わない。入り口に馬車を停めて待っている」



ギルドの用事を済ませ、腹を括って彼の馬車に乗り込む。二人きりにはなれないので、近くにいた彼の護衛騎士に視線を送り、同乗してもらった。

「場所はどうする?」

「仕事中なので、職場に戻らせて下さい」

「どこだ?」

「メインストリートにある商会です」

「ああ、あの商会か。わかった」


御者に行き先を告げ、出発する。

正面に座るルミナス様を見る勇気がなく、ずっと窓の外を見ていた。

(なんで彼がここにいるのよ)

忙しい日常を送るうちに、次第に心が落ち着いてきたのに、心にあった瘡蓋かさぶたを無理矢理剥がされたような気分だ。

胸が痛い。
今すぐ逃げ出したい。


職場に到着するまでの間、正面から痛いほど送られる視線に、応えることはしなかった。

 

◇◇◇


おつかいを頼んだ事務員が大物を連れて戻ってきたことに、商会は沸き立った。商会長に頼んで応接室を借り、ルミナス様と対面する。

「久しぶりだな。四年ぶりか。元気そうで何よりだ」

「この度はどのような用件で我が国にいらしたのですか?」

余計な会話はしたくない。
早く用件を済ませてほしい。

「我が国……か。君にとっての祖国は、もうこの国なのか? ガロン王国に戻ってくることはないのか?」

「私は身分を捨ててこの国に亡命した身ですから」

「ザラス公爵はまだ君を除籍していない。君はまだ、公爵令嬢のままだよ。そして公爵たちは、君の帰りを今も待っている」 

「……っ」

(お父様、お母様、お兄様……っ)


とっくに除籍されていると思っていたのに、まだ私を想ってくれていたなんて。親不孝な娘のことなんて、さっさと捨ててくれてよかったのに—— 

目頭が熱くなり、堪えきれずに涙が流れた。


「オリヴィア……国に戻ってきてくれないか?」

「……何故ですか?」

「もう君の憂いはすべて取り除いた。何も心配することはないんだ」

「?」  

「この四年、ずっと君を探していた。もう一人ですべてを背負わなくていい。君は何も悪くないんだ。悪いのは私だ。君の努力と愛情を踏み躙った私がすべて悪い。本当にすまなかった」

ルミナス様が頭を下げる。

「殿下! 平民の私に頭を下げるなど、おやめください!」

「私が頭を下げたいんだ。今までの君の献身に敬意を払いたい」

「……殿下」

「もう、名を呼んでくれないのか?」

「呼べる立場にございません」

「オリヴィア……どうか私の元に戻ってきてくれないか? もう一度……一から私とやり直してくれないだろうか」

懇願するように、金の瞳が私を見つめる。


(……は?)

突然の復縁要請に耳を疑った。
この人は何を言っているのか。


「仰っている意味がわかりません。貴方にはメアリー様がいますよね? 彼女と結婚したんじゃないんですか?」

「彼女とは学生の頃に別れた。というか、そもそも恋人ですらなかった」

「は?」


恋人じゃない……? 

何を言っているの? 

あんなに彼女を愛していたのに?

彼女とキスをしていたのに?


前世で彼女は唯一無二の女性だと、彼女以外は愛せないと、私を睨みつけて言っていたのに──?


「……なぜか、お聞きしても?」

「彼女は私の側近全員と関係を持っていたんだ」

「はぁ?」

衝撃を受ける情報ばかりで、語彙力が追いつかない。

「すっかり騙されていてね。私の見る目がなかったということだ」


自嘲する彼を、呆然と眺めた。


(嘘でしょう……? 何それ……)






下らない。


下らなすぎて、絶望した。
なんて下らない愛なんだろう。

そんなもののために、私は死ぬほど苦しんだのか。



そんなもののために、貴方は私を捨てようとしたのか──


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