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オリヴィアside
12. 新しい恋
しおりを挟む私が祖国であるガロン王国を出てから、二年の月日が流れた。
私が今いる国は、女性の社会進出が進んでいる国で、外国人でも実力があれば良い仕事に就ける。
治安も良い国なので、移住先は迷わずこの国を選んだ。
名前もリアと変え、ネイビブルーのロングヘアを肩の長さまで切り、別人として生きることにした。移民が多い国なので、民の髪色も様々で、私の色が悪目立ちすることはない。
祖国から三つ国を挟んだ距離にあることも、見つかる心配が少なくて良いと思った。
最初は修道院でお世話になっていた。
いきなり市井で仕事探しをする勇気が出なかったので、まずは修道院を訪ね、外国人が暮らしやすい街や、住居に必要な手続きなどを教えてもらった。
それから着替えや部屋の掃除、料理も教えてもらった。私はもう公爵令嬢ではなく平民だから、身の回りのことはすべて自分でやらなければならない。
平民は貴族と違ってコルセットやドレスを着なくていいから、一人で着替えるのがとても楽で、そこがとても気に入っている。
商業ギルドにお金を預けているので、しばらく働かなくても困らない。それでも心許ない生活は不安で、一日でも早く仕事を見つけたかった。
そして見つけたのが通訳の仕事。
私は妃教育で四か国語を学んだから話せるし、翻訳もできる。その強みを生かして商会の輸出入を扱う部署で雇ってもらうことになった。
社員寮もあったので住居も一緒に確保することができ、やっと肩の力を抜くことができた。
働く前に修道院で身の回りのことを出来るようにしておいて本当に良かった。おかげで職場でも寮でも問題なく馴染むことができている。
そして私は、一人の男性と恋をした。
相手は貿易商を営んでいる隣国の貴族で、侯爵家の次男。
彼の通訳を担当したのが私たちの出会いだった。
お互いが自分の商会に利になるようにプレゼンをするので白熱した商談となり、駆け引きを繰り返してようやく合意に至った時には、日が暮れて窓から夕陽が差し込んでいた。
『こんなに夢中で女性と討論を交わしたのは初めてだ。そして君は聡明でとても美しい。君は何者だ?本当に平民なのかい?』
探るような瞳にドキリとした。
詮索されて過去の自分を知られては困る。営業スマイルで彼の質問をはぐらかし、私はもう彼の担当を外れようとした。
でも彼は商会長に頼んで私を指名し続け、次第に熱を帯びた瞳で私を見つめるようになった。
『リア……俺は君を愛してしまった。君のためなら俺も平民になってこの国に永住しよう。どうか結婚を前提に俺と付き合ってくれないか?』
私の前で跪き、愛の言葉を告げて手の甲にキスを落とした。私も情熱的な彼に好意を抱いていたから、申し出を受け入れた。
ルミナス様に抱くような、我が身まで焼き尽くされそうな恋情ではなかったけれど、彼にこの身を許しても良いと思えるくらい、私も彼を愛した。
彼に抱かれて、ルミナス様を忘れたかったのもある。
過去の私を、消してしまいたかった。
「愛している。リア」.
「私も愛しているわ。レイモンド」
何度も愛の言葉を交わし、何度も抱き合った。
彼との蜜月はとても甘くて、幸せで、仕事も順調で、何もかもが上手くいっていると思っていた。
思っていたのに──
彼と恋人になって一年が経つ頃、終わりの日は唐突にやってきた。
真っ青な顔の彼が、縋るように私を抱きしめる。
その腕は微かに震えていた。
「リア……兄が……先週馬車の事故に遭って……治療の甲斐なく亡くなったらしい。それで俺に、帰国命令が出た……」
嫡男である兄の死、そして帰国命令──
「貴方が後継者になるのね」
「リア……頼む。一緒に国に来てくれないか?俺の妻になってほしい。俺は君と離れるなんて考えられない!愛しているんだ!」
「レイモンド……私は平民なのよ……侯爵夫人になんてなれるわけないわ。ご両親に絶対許してもらえない」
「身分など関係ない!俺が愛しているのは君だけだ!両親が反対したら領地に追い払う!だから──」
「レイモンド……聡い貴方ならわかっているでしょう?」
私は彼の頬を両手で包んだ。
彼の瞳からポロポロと涙が溢れ、つられて私の涙腺まで決壊した。
貴族はそんなに甘くない。
公爵令嬢だったからわかるのだ。
家を継がない次男なら、レイモンドと結婚できた。
でも当主となるなら話が違ってくる。
侯爵が平民の妻を娶ったら、社交界で噂と悪意の的になるのは避けられないだろう。周りの人間だって平民が同じ土俵に上がるなど許せないはずだ。
ましてや侯爵夫人の地位につくなら、元平民の私に頭を下げなければならない家がたくさん存在する。
きっとレイモンドと私は多くの貴族から敵視されるだろう。間違いなく彼の評価は下がり、侯爵家の事業に影響が出る。
信用を失った商会は、生き残れない。
「……国に戻って……兄の婚約者だった女性と結婚して、家を継いでほしいと手紙に書いてあった……」
「……知ってる人なの?」
「俺たち兄弟の幼馴染だ。俺の…………初恋の人だった」
「──そう」
ズキリと胸が痛む。
でも、私には何も言う資格はない。彼についていくことは出来ないのだから。
今の生活を捨てても、皆に反対されても、彼のためにすべてを捨てて尽くすことが──私にはできない。
そんな情熱は、もう祖国に置いてきてしまった。
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