【完結】さようなら、王子様。どうか私のことは忘れて下さい

ハナミズキ

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ルミナス side

7. 謀略と婚約解消

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「この愚か者!!」


母の扇子が私の頬を打つ。眦を吊り上げ、息子の顔を憎々し気に睨んでいた。

「ザラス公爵からオリヴィアが出奔したこと、その報告が遅れたことに対しての処罰を望んてきたが、不問とした。どちらが有責かは、貴族たちの目には明らかだからな」


ギロリと睨まれ、父に私とメアリーのことがバレているのだと悟る。

いくら二人きりではなかったとはいえ、学園では常に側にいることを許していた。第三者から見れば不貞を疑われても仕方ない行動を取り続けていたのだと自覚する。

生徒を通して親世代に広まっていてもおかしくない。


「わたくしは、あの男爵令嬢を王家に迎えることは許しませんよ。いくら学業が優秀でも、身分制度も理解できない女に、王族の妃は務まりません。そして何より、議会が許すはずがないわ」

「私は……そんなつもりは……」

「そんなつもりもないのに、貴方はこそこそとあの娘を王宮に呼び寄せて、ガゼボで口づけていたのですか?」


なぜそれを──

驚きと焦りと羞恥で、何も言葉が出てこない。
たった一度の口づけを──両親に知られている。


「何故とでも言いたげね? 正式な許可もなく下位の貴族令嬢が王太子宮の周りをうろついていたら、調査されて当然ではなくて? 貴方は秘密裏に行動していたみたいだけど、王宮のセキュリティを甘く見ないでちょうだい」

「お前は優秀だと思っていたが、どうやら見込み違いのようだな」

「父上……っ」

「オリヴィアが貴方にあてた手紙を読んだわ。あの子は貴方の浮ついた様子にすぐ気づいたようね。日頃オリヴィアを冷遇し、自分は浮気とはいい気なもんね」

二人の凍えるような視線に耐えきれず、俯いてしまう。

「お前たちはオリヴィアに責められても仕方ない。それだけの理由があるにも関わらず、オリヴィアを悪に仕立てて生徒たちの前で貶めたな。公爵は怒りに震えていたよ」

「──申し訳……ありません」


すべてバレている。
弁解の余地もない。

「本当に残念だわ。オリヴィアはね、幼い頃から全ての時間を貴方と妃教育に費やしてきたのよ。とても厳しく、辛い道だったでしょう。それでもひたすらに耐えていたのは、貴方を愛していたからよ。だから何度も大事にしなさいと言ったでしょう! 貴方はオリヴィアの長年の努力と愛情を踏みにじったのよ」


その母の言葉は、私の心を深く突き刺した。

母もオリヴィアの気持ちを知っていた。
きっと父も把握している。


私だけ──

私一人だけが──


「あ……あぁ……っ」

「……ルミナス?」



誰か、嘘だと言ってくれ。

本当はオリヴィアがずっと私自身を愛してくれていただなんて。


あの手紙が事実なら、私はどれほど酷い人間だったのか。

オリヴィアは幼い頃の私を裏切ってなどいなかった。


手の震えが止まらない。
今までの自分を振り返るのが恐ろしい。

本当に彼女を傷つけることしかしていなかった──

「……っ」

叫び出したい衝動に駆られ、頭を掻きむしる。



なぜ本人に聞かなかった。
なぜ確かめなかった?

『あの教師が言っていたことは本当なのか?』


たった一つの質問さえしていれば、この十年全く違う時を過ごせていたはずなのに──



「ルミナス、どうした」

父の質問に、頭を押さえたまま答える。

「…………私は、ずっと聞かされていたんです。オリヴィアは教師の前では傲慢な態度を取って手を焼いていると……他の令嬢を威嚇するのも、王妃という最高権力を欲し、婚約者の座に固執しているからで、その安直な思想を更生させるのに苦労しているって——」

さもオリヴィアは私のことなど愛していない。彼女が愛しているのは王家の力で、お前自身ではないのだと、刷り込むように聞かされた。

「能力と権力欲ばかり高くなり、国や民を愛する心が育っていない。彼女がこのまま王太子妃、いずれ王妃になることは不安要素しかない。だから私は彼女を上回る叡智を手にしなければならないと……」


そう促され、私はひたすらに王太子教育に励んだ。決してオリヴィアの好きにはさせないと、もはや意地になっていた。

私の告白に、両親の纏う空気が変わる。


「誰がそんなことをお前に吹き込んだ?」

「マナー教師の……サミュエル侯爵夫人です」

「なんですって……? あの方、私にはオリヴィアは問題なく課題をこなしているって言ってたわよ?」

国王の執務室がしんと静まり返る。
そして誰もが脳裏に浮かんだ言葉を、父が呟いた。


「謀られたか——」

その言葉に、震える手で拳を握る。

きっと私の気質を見抜かれていた。

あの教師は多くの貴族たちを相手に、王族の教師として君臨してきたのだ。子供を誘導するなど容易かっただろう。


「オリヴィアも、何も言わなかったわ」

考え込む母を見て父が側近を呼び、妃教育の調査を命じた。

「なるほどね。子供の頃、貴方のオリヴィアへの態度が急に変わったのは、サミュエル侯爵夫人にいろいろ吹き込まれたからなの?」

私は頷いた。

母が大きなため息をつき、冷たい声を放つ。

「なぜ私たちにそれを報告しなかったの?そうすればこんな大事になることはなかったのに」

「申し訳……ありません」



プライドが許さなかった。

そんな馬鹿げた理由など、言えるはずがない。

教師に誘導され、裏切られたと勘違いして彼女を冷遇していたなど、愚かすぎて言葉も出ない。 


今までの自分に嫌気がさして項垂れている私に、両親が追い打ちをかけた。

「公爵がオリヴィアの出奔の知らせを遅らせたのは、オリヴィアを確実に逃すためだろう。行方は本当にわからず捜索は続けているようだが、もし見つかってもこちらに知らせてくれるかはわからんな。王家と縁を切らせるのは彼奴の中では決定事項らしい。まあ……無理もない」

「あの子はただ、ルミナスのお嫁さんになりたかったのよ。あの子なら、たとえ貴方が平民になったとしてもお嫁さんになってくれたでしょうね。それほどに愛情深くて努力家で、得難い子だったのに……」





ああ。

私は、なんてことをしたのか。



(オリヴィア……っ)


流れる涙を両手で隠し、ひたすらに悔いた。

どんなに懺悔を繰り返しても、もうオリヴィアはいない。


この国のどこにもいないのだ。





「お前とオリヴィアの婚約は解消された。次の婚約者を選び直す。どうしてもあの男爵令嬢と添い遂げたければ、お前が王族籍を捨てよ」












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