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ルミナス side
5. 消えた婚約者
しおりを挟む震える手から、パサリと手紙が零れ落ちた。
オリヴィアが、いなくなった。
キスをされたあの日を最後に、私に会うこともなく、オリヴィアはこの国から姿を消した。
オリヴィアの実家であるザラス公爵家と共に国内を捜索し、国境にある全ての検問所を調べたが、オリヴィアの足取りは掴めなかった。
手際が良過ぎる。
きっと長い間、私から離れる計画を立てていたのだろう。
『もう貴方の邪魔はしません』
オリヴィアは、私の気持ちを知っていたのだ。
◇◇◇
私はオリヴィアを裏切っていた。
学園に入学してメアリーと出会い、彼女に恋をしてしまった。きっとオリヴィアは、私が恋を自覚するよりも先に気づいていたのだろう。
だから私に何度も苦言を呈し、メアリーにきつく当たったのだ。学園では二人きりにはならないように気をつけていたから、うまく隠せていると思っていた。
そしていつのまにか、オリヴィアが女生徒を虐める悪女だという噂が立ち、私は同情の目を向けられていた。
オリヴィアが非難されることで私は安堵し、いい気になっていたのだ。皆が味方をしてくれていると調子に乗った。
そもそも私は王太子だ。条件さえ満たせば愛妾も側妃も持てるのだ。現に父王には側妃がいる。
つまり、メアリーを囲うことが可能な立場にいる。
そう自分に都合良く解釈してしまった。
側妃を持つには厳しい条件があるというのに──
王族が複数の妻を持つ場合、子供が出来ない──もしくは政略のために娶る場合がほとんどだ。
王の私欲で愛妾や側妃を娶った時代は必ず政治が乱れているため、それを防ぐために議会の承認を得ないと娶れない。
歴史でそう学んだにも関わらず、私は悪女だと嫌煙されるオリヴィアより、誰からも好かれるメアリーの方が私の妃に相応しいと思うようになっていた。
特待生として優秀な彼女が王太子妃になれば、平民の希望となるだろう。国にとってもプラスになるはず──
そんな浅はかな理由をこじつけ、オリヴィアが悪女だという噂を放置し、自分の罪悪感を打ち消そうとしていた。
自分の考えが正しくて、悋気を起こしてメアリーを攻撃するオリヴィアを、愚かで醜いとさえ思っていたのだ。
オリヴィアの、あの綺麗な涙を見るまでは——
まるで長年会っていなかった恋人でも見るかのように、切なげな表情で私を見つめ、涙を流していた。
『ずっと……貴方にお会いしたかった』
私はその言葉と表情に、目が釘付けになった。
そして更にオリヴィアはメアリーに頭を下げ、今までの愚行に対しての処罰を望んだ。
それには私も含め、周りの外野たちも驚愕の声を上げていた。あのプライドの高いオリヴィアが、自分の非を認めて頭を下げたのだ。
とても信じられず、背を向けて去っていくオリヴィアに上手く対応することができなかった。
その日から、私はオリヴィアが気になって仕方なかった。
処罰は与えなかったが、メアリーに対する態度を改めるよう厳重注意をした。
「謹んでお受けいたします。誠に申し訳ありませんでした」
深く丁寧な礼を取り、彼女は何の反論もせず、素直に咎めを聞き入れた。そんなオリヴィアに、私は言い知れない焦燥感を覚えた。
何かが確実に変わった——そんな気がしたのだ。
そしてそれは現実のものとなった。
学園でも王宮でも、オリヴィアと全く会わなくなったのだ。
定期のお茶会は体調不良でキャンセルされ、たまに廊下や食堂で見かけて声をかけても、他人行儀な対応しかせず、すぐに背を向けて去ってしまう。
(完全に避けられている……)
メアリーは私がそれで落ち込んでいるのだと誤解し、身を寄せてきた。
「オリヴィア様は、ルミナス様に対して冷たくないですか? 私への嫌がらせを認めて謝罪してくれたから見直したのに、今度はルミナス様に冷たい態度を取るなんて、やっぱり酷い人だと思います」
頬を膨らませて怒るメアリーに、以前なら可愛いとその頬を撫でていたが、今はなんだかとても幼稚に見えて不快だった。
「メアリー。オリヴィアは挨拶をしただけだろう。そのように卑屈に受け取って彼女を悪く言うのはやめてくれ」
先程のオリヴィアは何もしてなかった。
それなのに揚げ足を取り、悪人のように語るメアリーの言い分に違和感を覚える。
「ルミナス様ひどい……以前はそんなこと言わなかったのに。やっぱり陰でオリヴィア様に私の悪口を吹き込まれたんでしょう? 彼女が言うことは全部私を陥れるための嘘です。私がそんな女じゃないって、貴方は信じてくれますよね?」
まだ何も言っていないのにそう決めつけ、胸の前で手を組み、潤んだ瞳を向けてくる。
(なんだ……これは……)
彼女は、こんなにあざとかっただろうか?
ずっと純粋で、天真爛漫な向日葵のような女性だと思っていた。でも目の前にいる彼女はそうは見えない。
どこまでもオリヴィアを悪人に仕立てようとするメアリーを、初めて嫌悪した。
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