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オリヴィアside
3. 貴方を諦める
しおりを挟むそれから私は、少しずつ国を出る準備をした。
ドレスごと売るのは侍女たちにバレてしまうから、ドレスの装飾についている宝石やアクセサリーを取り外して現金に替え、商業ギルドの口座に移した。
両親やお兄様との時間も大事にし、次期王太子妃ではなく、ただの娘や妹としての思い出が欲しくて、たくさん甘えた。
私の変化に家族は驚いていたけれど、ルミナス様と私の関係が上手くいってないことを彼らも知っているのだろう。
変わった私を咎めることもなく、存分に甘やかして受け入れてくれた。
(こんなに私を愛してくれていた人たちを、私は不幸にしてしまったのね……)
前世で公爵から男爵の地位へと落とされた家族の人生を思うと、胸が苦しくてたまらなかった。きっと社交界で様々な侮辱を受けたに違いない。
自分の恋が、皆を不幸にしたのだ。
なんて迷惑な恋なのだろう。
それでも捨て切れないのだ。
今も瞳を閉じれば彼の姿が浮かび、恋しくて心が震える。メアリーを思い出せば、嫉妬と殺意が芽生える。
私自身が凶器だ。
そんな危険な存在は、皆の側にいてはいけない。
結局、王家からの沙汰はなかった。
けれど、メアリーへの態度を改めるようにと厳重注意は受けた。だからその言葉に従い、あれ以降ルミナス様にもメアリーに近づいていない。
彼らは学年が一つ上なので、私が会いに行かなければ顔を会わせることもなかった。
ただ、たまに廊下や食堂で見かけると、なぜかルミナス様の方から私に声をかけてくるようになった。
そのせいでメアリーの私を見る目が鋭くなって、どう反応すればいいのか対応に困っている。
そして国を出る準備がようやく整い、いよいよ実行しようとしていたある日、ルミナス様から呼び出しを受けた。
案内されたのはあのガゼボで、心臓が嫌な音を立てる。
「殿下、本日はお招きいただきありがとうございます」
「ああ、堅苦しいのはなしだ。もっと楽にしていいよ」
「──はい」
このガゼボだけは来たくなかった。
どうして彼はここを選んだのだろう。
(無神経だわ……)
前世で二人が見つめ合い、キスをしていた光景が脳裏に浮かび、胸が酷く締め付けられる。
きっと今世でも彼らは同じように逢瀬を重ねたはずだ。
私が彼らを避けて目撃しなかっただけで、このガゼボで二人はキスをしたのだろう。
そんな場所に座っているのが嫌でたまらなかった。
「なんだか、久しぶりだな、オリヴィア。最近は学園でも会わないし、妃教育の後に私の執務室に来ることもなくなった」
「今までがおかしかったのです。いつも殿下は私にご注意されていたのに、私は一切聞き入れていませんでした。公務の邪魔をするなんて、婚約者失格ですわ」
「私はそんなこと言っていない」
「ですが、周りの方々に殿下に相応しくないと陰で言われておりました。今までの所業を考えれば、そう言われても仕方ないと思っています」
「どうしたんだ、オリヴィア。いつも自信に溢れていたお前が弱音を吐くなんて、らしくないぞ?」
殿下に励まされるなんて、いつぶりだろう。
昔過ぎて、もう覚えていない。
思い返しても、脳裏に浮かぶのは厳しい妃教育の日々。
ひたすらに彼に焦がれ、どんどん離れていく彼を見つめていた自分や、忙しいスケジュールの間を縫って、無理やり彼に会いに行き、嫌な顔をされていた日々。
そしてようやく、二人の間に大した思い出がないことに気づいた。彼と彼女が紡いでいた甘く優しい時間など、私たちには一度も訪れなかった。
(ああ……私は随分前から嫌われていたのね)
その事実が悲しくて、泣きたくなる。
「またその顔だ……」
「え?」
「あの日から、お前はずっと泣きそうな顔をしている」
「……お気を使わせてしまい——」
「私は謝罪しろと言ってるんじゃない。なぜそんな顔をするのかと聞いている」
貴方がそれを聞くの──?
喉まで出かかって、口に出す寸前で飲み込んだ。
なぜ私は、問い詰められているのだろう。
それを聞いてどうするの?
私のことなど、どうでもいいくせに。
メアリーのことしか考えていないクセに。
「——もう、自信がないのです」
彼が瞠目する。
「もう、いろんなことが、わからなくなりました」
だって、どんなに努力したって、貴方が愛するのは私じゃない。何をどうしたって私が悪者になってしまう。
貴方とこのまま結婚して、彼女を愛妾に迎えることを許す覚悟も持ち合わせていない。
二度と当て馬なんてごめんだし、また嫉妬に狂う自分を、抑えられる自信もない。
だったら私にできることは一つでしょう?
貴方を諦める。
それだけでしょう?
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