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プロローグ
しおりを挟む彼のことを、愛してた。
ずっと彼だけを見てきた。
彼の隣に立つために、ひたすらに自分を磨いてきた。
でも、彼が選んだのは違う人。
『君が欲しいのは次期王妃の座だろう?私が求めるのはそんな権力欲に塗れた女じゃないんだよ。何者でもない、ただ一人の男として私を愛し、支えてくれるメアリーのような女性だ』
違う。
私は、王太子妃になりたかったわけじゃない。
貴方のお嫁さんになりたかったの。
そのために厳しい教育に耐えたのよ。
それしか貴方の隣に立つ資格をもらえないから。
彼女みたいに素直にその想いを伝えていれば、なにか違ったのだろうか。
貴方に嫌われることも、なかったのだろうか。
──いいえ。
きっともう手遅れだった。
それでも彼はきっと、私ではなく彼女を選んだだろう。
私は貴方を手にいれるために、自分の立場を守ることしか頭になかったもの。
妃教育を優先したのは、他の誰でもない私だ。
誰にも負けたくなかった。
誰にも婚約者の座を譲りたくなかった。
私を蹴落とそうとするライバル令嬢を牽制し、己を磨いて有能さを見せつけ、周りを黙らせてきた。それがダメだったのだろうと、今ならわかる。
もっと、周りじゃなくて貴方のことを見ればよかった。
他人の評価じゃなくて、貴方の気持ちを聞けばよかった。
私の気持ちを、貴方にたくさん伝えればよかった。
貴方の重圧にも苦しみにも、寂しさにも気づかず、寄り添うことをしなかった。いつのまにか目的と手段が入れ替わっていたのだ。
信頼を失って当然だ。
「ルミナス、さま……」
薄暗い地下牢。
どれくらい時間が経ったのか、もう何もわからない。
少し前から、身体が思うように動かなくなってきた。
気力がなくて、ずっと固いベッドに横になったままだ。
今は呼吸するのも疲れる。目も霞んで、すべてがぼやけて見える。私はもう、死ぬのかもしれない。
「ルミナスさま……」
掠れた声で、もう一度愛しい人の名を呼ぶ。
来ないとわかっているけれど、彼に会いたかった。
最期は彼を想って死にたい。
会えなくても、瞳を閉じれば瞼の奥に彼の凛々しい姿が浮かび上がる。
太陽のような赤い髪に金色の瞳。
そしてたゆまぬ努力で鍛え抜かれた逞しい体躯。
その名の通り、眩しい光を体現したかのような麗しい彼。
本当に好きだったの。
それは嘘じゃない。
『君が俺の婚約者になったオリヴィア? すごい可愛いな! これからよろしくな!』
子供の頃、初めてあの眩しい笑顔を見せてくれたあの時から、ずっとずっと、貴方だけを愛してた。
貴方が貴方であれば、何者でもよかったの。
王子でなくても、平民に落ちたとしても、
貴方の側にいられるならなんでもよかった。
もし願いが叶うなら、
もし人生をやり直せるなら、
今度は貴方の苦しみに寄り添いたい。そして貴方が幸せになれるように尽くしたい。
たとえ私が選ばれなくても——
「ごめ……なさい……ルミナス様……」
視界がだんだん、黒く染まっていく。
(好きになって、ごめんなさい……)
枯れたと思っていた涙が頬を伝った。
(ああ……もう一度、あの太陽のような笑顔が見たかった)
私の大好きな貴方の笑顔。
もし、また貴方に会えた時は、
今度はもう、貴方の邪魔をしないから。
どうか、幸せに──
バタバタと扉の向こうで音がする。
視界が真っ暗になる前に、何か影が見えた気がした。
でも私の意識はそこで途切れ、確かめることはできなかった。
さようなら、ルミナス様。
どうか、愚かな私を許して──
「オリヴィア!!」
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