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1巻
1-1
しおりを挟むプロローグ
「もう妻には欲情しないんだよ。隣で寝てもなんの反応もしない」
夫が勤める王宮騎士団の執務室の前で、私は夫の本音を聞いた。
ノックをしようとした手が止まり、震える――
「お前ひっでぇな。結婚してもう五年だろ? もう二人くらい子供がいてもおかしくないぞ。聞けば子供の頃からの相思相愛で結婚したらしいじゃないか。そんな運命的な恋愛結婚の成れの果てがそれか?」
「ああ、確かに妻とは子供の頃から一緒にいたが、だからかもしれないな。新婚の時はよかったんだが……、なんていうか、毎日いつでも抱ける体があるんだと思ったら、今日抱かなくてもいいかと思うようになって、それを繰り返しているうちに食指が動かなくなった。お前も結婚してだいぶ経つんだから、わかるだろ?」
「わかんねえよ。俺はいつでも奥さん抱いてるし。しかもあんな美人を捕まえておいて食指が動かないだと? 独身の奴らにぶん殴られるぞお前。子供作る気ないならさっさと離婚して解放してやれよ」
「離婚ねえ……。無理だと思うなぁ。アシュリーは子供の頃から俺にベタ惚れだからな。絶対離婚には応じないさ」
「だって奥さんは子供を欲しがってるんだろ? うちの奥さんが女には子を産めるタイムリミットがあるって言ってたぞ。少しは奥さんの気持ちも考えろよ」
「子供は……確かに親からの催促がしつこくて面倒くさいことにはなってるが、最近はもう養子を取ってもいいかなと俺は思ってるんだ。そんでアシュリーとはこのまま穏やかに暮らせたらそれでいいよ」
「……お前本当に最低だな。あと俺は知ってんだからな。お前が後腐れない女を相手に浮気してんの。女の敵だな。爆発しろ」
「なんでだよ。アシュリーは俺を愛してるんだぞ? 俺の妻でいるだけで彼女は幸せだろ」
「うるさい。手を動かせ。仕事しろ」
――こんな屈辱、初めてだわ。それを私に与えたのが、まさか夫とはね。
手の震えが止まらない。
ノックしようとした手を下ろして、私は来た道を引き返した。
「あれ? 奥様。副団長、執務室にいませんでした?」
受付の男性が私に声をかける。
――ダメよ。まだ泣いてはダメ。笑うのよ。
淑女の仮面をかぶり、私は無理に笑顔を作った。
「ちょっと忘れ物を思い出してしまって。取りに帰るから、先にこのお弁当を主人のところまで届けてくれるかしら?」
「わかりました。お届けしておきます」
「ありがとう。助かるわ」
そして私はできるだけ優雅に、騎士団の屯所を出ていく。
馬車に乗り込み、走り出した瞬間、堪えていた涙が次々と流れ出てきた。
今日は夜勤だというから料理人に頼んで差し入れを作ってもらったけど、来るんじゃなかった。
「もう、何をしてもダメなのね」
――もう疲れた。
結婚して五年。政略結婚ではなくて、子供の頃から愛し合って結ばれた私たちだけど、仲睦まじかったのは最初の一年くらいだけだった。
未だに子供はいない。周りは私が原因だと思っているけど、私に異常がないことは医師が証明している。
子供なんてできるわけないじゃない。だってあの人はもう何年も私を抱いていないんだもの。
いつも同じベッドで寝ていても、どんなに努力して話し合っても、
『仕事で疲れてるし、そんな気分じゃない』
貴方からはいつもその言葉しか返ってこない。
さすがに私も気づいたわ。貴方の瞳には、もう私への熱がないのだと。
貴方にとって、私はもう女ではないのだと――
時々貴方から香る、ウチとは違う石鹸の香りに、私が何度涙で枕を濡らしたか知ってる?
そんなことに気づきもせず、無防備に隣で眠っている貴方がとても憎らしい。
――もういいわ。もういい。
――疲れた。もう要らない。
私に触れない貴方は、もう要らない。
第一章
今日は友人の招待で公爵家を訪れていた。
庭園にあるガゼボに案内され、そこで優雅にお茶を飲んでいる友人の前に腰を下ろす。
この国では珍しい薄紫の髪色に、アメジストのような濃い紫の瞳の持ち主が、私の前に厚めの書類の束を差し出した。
「はい。これが調査書よ」
「ありがとう。セイラ。恩に着るわ」
私は学園の頃からの友人である女公爵のセイラの人脈を頼り、あるお願いをしていた。
それは夫の素行調査。
彼が浮気していることは前から知っていたから、離婚を決意した今、揉めることも考えて証拠を手に入れることにした。
夫のライナスは私が自分にベタ惚れだと思っているから、まさか私が別れる準備をしているだなんて思いつきもしないだろう。調査書を読んだら、どれだけ私を舐めているのかよくわかった。
「浮気しているのは知ってたけど、まさか毎週のように他の女と体を重ねていたとは思いもしなかったわ。そりゃ私を抱く気にはなれないでしょうね」
自分がみじめすぎて思わず自嘲した。
「この調査書を見る限り、娼館通いと一夜限りの関係ばかりで、愛人がいるわけではないみたい。完全に性欲処理って感じね。それにしても、まさかあのライナス様がね……。学園時代はアシュリーしか視界に入ってなさそうなくらい貴女に夢中だったのに」
セイラが未だ信じられないというような顔で思案する。
「子供の頃からずっと一緒だったから、もう私には反応しないんですって。長く一緒にいすぎて、彼にとって私はもう女ではなくなったのよ」
「アシュリー……」
「セイラが羨ましいわ。私たちと同じ幼馴染同士の結婚でも、ジュリアン様はずっと変わらずセイラを溺愛してるのがわかるもの。可愛い子供たちもいる。私とは全然違って……つい羨んでしまうわ。ごめんなさいね……」
自信がなくて、卑屈になって、自分がホント嫌になる。
四年間、夫に触れてもらえなかったことが、私の自信を粉々にした。親しい友人であるセイラの前では気が抜けて、堪えきれず涙が出てしまう。
「ごめ……なさ……っ。もう、こんな自分が嫌いだわ……っ」
「アシュリー……」
セイラが席を立ち、私を抱きしめてくれた。
「貴女が自分を嫌いでも、私はアシュリーが大好きよ。学園時代、公爵令嬢という立場のせいで周りから浮いていた私に、貴女は周りの目も気にせず、友人として寄り添ってくれた。私を支えてくれた。私がそれにどれだけ救われたかわかる?」
セイラの優しい声が心に染みわたり、さらに私の涙を誘う。
「貴女が素敵な女性なのは私が一番よく知ってる。私の自慢の親友ですもの。今は心が弱っているから仕方ない。泣いてもいいのよ。ただこれだけは忘れないで。私は貴女の味方だから、遠慮なく頼ってほしい」
「ふっ……、セイラ……っ、ううう~……っ」
胸が苦しい。息がうまく吸えない。
もういい年をした女なのに、みっともなく嗚咽して泣いている。
ライナスの言う通りよ。私は貴方を愛してた。
子供の頃からずっと、あの日貴方の本音を聞くまでは変わらず愛してた。
だから離婚を決断できなかった。それを貴方は見透かしていたのね。
そのうえで私を裏切っていたのね。
残酷な事実に心が凍りついていく。
「もう、あの人は要らないわ」
「そう……。わかったわ。離婚後の生活なら私に伝手があるから任せて。貴女が決意を固めるならすぐにでも私は動く。いつでも声をかけてちょうだい」
「ええ。ありがとうセイラ。心強いわ」
酷い泣き顔で笑顔を作ると、セイラも泣きそうな顔で笑って、私の涙をハンカチで拭ってくれた。
本音をさらけ出せる友人がいて、よかった。少しだけ心が軽くなった。
彼の本音を聞いたあの日から、私はライナスに本当の笑顔を見せられない。ずっと社交用の仮面をかぶり続けている。
あの日の翌日、帰ってきた彼の言葉に、私はまた心が凍えた。
「差し入れありがとう。団長と一緒に食べたよ。美人で気の利く奥さんだって羨ましがられた」
ベージュピンクの前髪をかき上げ、くっきりとしたアーモンド型の赤茶の瞳が嬉しそうに細められる。端から見たら妻を蕩けるような笑顔で見つめる夫に見えるだろう。
「……そう、よかったわ」
ねえ、ライナス。――それだけ?
あの日、なんで私が執務室に顔を出さなかったか、疑問に思わないの?
私のこの他人行儀な笑顔に、何も感じないの?
当たり前のように今日も私の隣で寝息を立てている夫の寝顔を見つめる。
以前の貴方なら、私の笑顔の変化に気づいていたわ。
貴方はもう、本当に私を見ていないのね。
『アシュリーは俺の運命の女性なんだ。子供の頃からずっと愛してるよ。そしてこれからも、死ぬまで俺はアシュリーを愛し続ける。だから一生、俺の側にいて』
不意に、プロポーズされた時にくれた言葉を思い出した。目尻から一筋の涙がこぼれる。
――嘘つき。
「じゃあ今日も仕事頑張ってくるね。アシュリー」
夫は私の腰を抱き寄せて、額にキスを送る。
いつものルーティンワーク。夫としての作業で、そこに愛情はもうない。
「ええ、いってらっしゃい」
涙を気づかれぬように拭った私は、笑顔で夫を見送る。
いつも口にする「帰りを待ってるわ」のセリフは、今日は言わない。貴方を待つつもりなどないから。
夫は笑顔で私に手を振って邸を出ていく。
やっぱりいつものセリフを言わなかったことにさえ気づかなかった。でも、もういいの。今更気づかなくても。
いいのよ、ライナス。永遠に、いってらっしゃい――
もう私のところへ戻ってこなくていいわ。
抱く気の起きない私のことなんか忘れて、新しい人を迎えてその人との間に子供を作ってね。それが侯爵家のためだわ。
部屋の机の上に、サインした離婚届と結婚指輪、浮気の証拠の控えを置く。手紙は書かなかった。
結婚する時に実家から持ってきた物だけバッグにつめて、使用人に見つからないようにこっそりと邸を出た。使用人たちはあまり私に近寄ってこないから、抜け出すことはたやすかった。
ライナスからもらった物は全部この邸に置いていく。貴方に繋がるものは何も要らない。
五歳で出会って、十八歳で結婚して、今二十三歳。
十八年間も続いた恋は、美談でもなんでもなく、よくある浮気であっけなく終わった。
「何が、いけなかったんだろう」
乗り合い馬車を待ちながら、ボソッと一人呟く。
心移りなんてしたことなかった。
ライナスだけを愛し続けて、彼が王宮騎士を目指していた時も、その夢を叶えた今も、ずっとライナスを支えようと努力してきたつもりなのだけど――
「……独りよがりだったのかしら」
私のその小さな呟きは、誰にも聞かれることなく、風に乗って消えた――
◇◇◇◇
邸に帰ると、髪を乱した家令が慌ただしく駆けてきた。
「何かあったのか? アシュリーはどうした?」
家令が俺の質問に真っ青になる。そして信じられないことを口にした。
「旦那様、奥様はもう、この邸にはおりません」
「……は? どこかに外出したのか? もう夜だぞ。誰かアシュリーの行き先を聞いていないのか?」
「わかりません。侍女が昼食に呼びに行ったところ、既に奥様はおりませんでした。使用人全員に聞いても誰も奥様を見ておらず、先ほどまで皆で探していましたが、馬車や馬を使った形跡もありませんでした。そして机の上にこれが……申し訳ありません。緊急時でしたので先ほど、私が中を拝見しました」
俺は家令から二種類の封筒を受け取る。一つは手紙サイズの封筒。もう一つは書類が入るサイズの大きな封筒だった。
「奥様は……お一人で邸を出て行ったようです」
「――は?」
アシュリーが、出て行った?
コイツは何を言っているんだ?
「意味がわからない。俺は疲れてるんだ。お前の冗談に付き合っている暇はない。引き続きアシュリーを探し――」
「冗談ではありません。中を見てください。坊ちゃん」
家令が俺を昔のように呼び、言葉を遮った。そしてこちらに厳しい視線を送っている。
いつもとは違う雰囲気の家令の圧に押され、俺は手元の封筒に視線を落とす。
手紙サイズの封筒から急いで開けると、中から何か落ちてきた。
「なんだ?」
床に落ちたと思われる何かを探し、その物体が視界に入り――俺は固まった。
アシュリーの結婚指輪だ。
ドクン、ドクン。急速に心拍数が上がり、顔から血の気が引いていくのを感じる。慌てて封筒の中身を取り出して広げると、それはアシュリーのサインが入った離婚届だった。
「離婚届⁉ なんで!」
冷や汗が止まらない。
俺は震える手でもう一つの大きいサイズの封筒を開けた。そこに入っていた物に目を通し、再び固まった。その書類には、俺の不貞の証拠の数々が記してあった。
ここ最近、二ヶ月ほどの俺の素行調査書。
娼館に行った日時や、一夜限りの令嬢や未亡人たちとの情事の日時や場所、彼女たちの身元まですべて記されていた。
「な……、なん……なんで……」
焦りすぎて何も言葉が出てこない。いてもたってもいられず、俺は書類を片手にアシュリーの部屋に向かって駆け出す。
勢いよく扉を開けるとそこにはいつもの部屋の風景が広がっていて、アシュリーが出ていったなんてわからないほどだ。荷物を整理した痕跡はなかった。
だから俺は、望みを持ってしまったんだ。
これは、俺の浮気を知ったアシュリーが、嫉妬をして衝動的に家を出ただけなのだと――
きっと俺の気を引きたくて、追いかけてほしくてこんな騒ぎを起こしたのだ。
荷物はすべて部屋に残っている。それが答えだろう。これは帰る前提の家出なのだ。
だから、ほとぼりが冷めたらきっと戻ってくる。そうじゃなくても俺が迎えに行って謝れば、俺を心底愛しているアシュリーなら許してくれるはずだ。
家令がすぐにアシュリーの実家や騎士団に使いを出すことを提案してきたが、俺はただの夫婦喧嘩だから大ごとにするなと却下した。
きっと今は実家に向かっているんだろう。
俺の浮気を知って動揺してこんな行動に出てしまっただけで、アシュリーが本気で俺から離れられるわけがない。
できればすぐに実家に迎えに行ってやりたいが、俺は副団長で仕事は激務だ。休まないと迎えに行けない。
今から一日休みを申請しても取れるのは一ヶ月後。とりあえず明日申請はするが、きっとアシュリーのことだから一ヶ月も経たずに寂しくなって帰ってくるだろう。俺たちは子供の頃からずっと一緒にいて、長期間離れたことなんて一度もないのだから。
帰ってきたら浮気のことは頭を下げて謝ろう。それでしばらく浮気は封印し、アシュリーを優先して過ごせば、きっと元通りの生活に戻るはず。
――なら、むしろ今は気兼ねなく女と過ごせるんじゃないか?
そう思った俺は、アシュリーが戻ってくるまでの間、最低にもまた女との情事に耽った。
でも、一ヶ月経ってもアシュリーは帰って来なくて、さすがに不安になった俺は、申請していた休暇の日に急いでアシュリーの実家に向かった。
出迎えた義父である伯爵に彼女を迎えに来たと告げると、怪訝な顔をした。
「どういうことです? 娘がいなくなったんですか⁉」
アシュリーは実家に帰っていなかった。どういうことだ? 誰にも言わず、何も持たずに邸を出ていったのか⁉ 実家じゃないなら一体どこに――
「なぜ出ていった日に探しに行かない! 何をしていたんだ貴様は! それでも夫か!」
一ヶ月前からいないことを白状したら、伯爵に殴られた。
当然だ。妻が出て行ったのに、勝手に実家に帰ったと決めつけて探しもしなかったんだ。女一人、身一つで出て行って安全なわけがない。
急いで邸に帰って、再びアシュリーの部屋に入り、手がかりを探した。
机の中や引き出しには、手がかりになりそうな物は何もない。クローゼットを開けると、今まで俺が贈ったドレスや小物がすべて残っている。
「どういうことだ? 本当に何も持たないまま、消えたのか?」
アクセサリーケースを開けてみると、そこにも子供の頃から今までに俺が贈ったジュエリーや髪飾りが入っていた。
一見異常はなさそうに見えたが、全体を見渡して俺は違和感に気づく。
アシュリーが結婚前に気に入ってつけていたジュエリーや髪飾りがない――
学園を卒業するまで、俺は一途にアシュリーのことしか見ていなかったから、当時身につけていたアクセサリーは全部覚えている。それらが探しても一つもない。
ドレスもよく見たら、結婚する時に嫁入り道具として持ってきていたものが一切なくなっていた。
――つまり、アシュリーは俺が贈った物をすべて邸に置いて出ていったのか。
「……っ‼」
手にしていたアクセサリーケースの蓋がガタガタと音を鳴らす。
ここに来てようやく俺は真実に気づいた。
アシュリーは、――本気で俺を捨てたんだ。
◇◇◇◇
「あら、ご機嫌よう。ライナス様」
「久しぶりだなライナス。お前の結婚式以来か? どうしたんだ、そんなに慌てて」
「……突然の訪問で申し訳ありません、バーンズ女公爵様。そして久しぶりだな、ジュリアン」
この夫婦と顔を合わせるのは本当に久しぶりだった。貴族なら普通は夜会で顔を合わせるものだが、俺は王宮騎士だから夜会の時はいつも警備を担当していて、社交の場にはまったく出ていなかった。
すべてアシュリーに任せていたんだ。
今回はそれが仇となり、俺はアシュリーの交友関係をまったく知らなかったことに気づく。
共通の知り合いは、学生時代からアシュリーの親友であるバーンズ女公爵と、その夫――騎士科で同級生だったジュリアンしか知らない。
だから俺はいてもたってもいられず、こうしてバーンズ公爵家を訪ねた。
「ケイト、お客様を応接室に案内して」
「かしこまりました奥様」
「ではライナス様、準備ができましたらすぐに向かいますので、部屋でお待ちください」
「先触れも出さず本当に申し訳ない。感謝します」
俺は動揺で震えてしまう手を強く握りしめながら、頭を下げた。
顔を合わせるなり、バーンズ女公爵の威圧を感じたのだ。微笑みを浮かべてはいたが、アメジストの瞳が俺を冷たく捉えていた。
あの目はきっと、アシュリーのことを知っている。
「お待たせしました、ライナス様。今日はどういったご用件でいらしたのでしょうか?」
「実は、先月アシュリーが邸を出たまま戻らなくて……。女公爵様は何かアシュリーから聞いていないだろうか? もし行き先を知っていたら教えてほしい」
「どういうことです⁉ アシュリーが出て行ったのですか? しかも先月って……騎士団には連絡しましたの? 何か事件に巻き込まれたんじゃ……っ」
「いやっ、事件ではないんだ。ちょっとした夫婦喧嘩ですれ違ってしまって……。早く見つけて妻を迎えに行きたいんだ」
「夫婦喧嘩……そう。じゃあアシュリーは勇気を出して貴方と話し合ったのね」
「やっぱり何かアシュリーから聞いてるんですか⁉ 教えてください! アシュリーは一体どこに行ったんですか⁉」
「夫婦喧嘩をするほどアシュリーと向き合って話をしたのでしょう? 当然あの話よね? それで? 貴方はアシュリーに何を言ったの? あんなに貴方を愛していたアシュリーが家を出て行くなんてよっぽどだわ。……貴方、一体何を言ったのよ」
鋭い視線が突き刺さり、体が硬直する。
こちらを射抜くその瞳は軽蔑の色を帯びていて、俺は彼女がすべて知っていることを確信した。
のどが渇き、背中に冷たい汗が流れるのを感じる。
そんな俺の様子を見て、バーンズ女公爵は凍えるような冷たい笑みを浮かべた。
「貴方、アシュリーが貴方のお母様や使用人たちから何て言われていたか知ってる?」
「え……? 母たちが?」
「石女。夫に愛されない気の毒な奥様。そうやって蔑まれてたのよ? ずっと、何年も。貴方のせいでね」
「は⁉」
「おかしいわよね。アシュリーは何も悪くないのに」
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