【完結】私に触れない貴方は、もう要らない

ハナミズキ

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番外編1 〜ライナスAfter story〜

13. アシュリーとの再会

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「おはようございます。ライナス様。今日もいい天気ですよ」


カーテンを開ける音と共に瞼に光が差し、ナディアの優しい声が聞こえる。

ゆっくり瞼を開けると、そこには見慣れない天井が見えた。



「・・・・・・・・・?」



「ライナス様!!気が付いたんですね・・・っ。気分はどうですか?苦しいですか?」

「・・・ナディア、・・・ここは?・・・俺がいた病院とは違うみたいだけど・・・」


「ここは辺境にある国立病院です。昨日からライナス様はこちらに入院することになりました」



ナディアから信じられない単語を聞いて固まった。



「え・・・?・・・辺境?・・・・・・昨日から?・・・・・・・・・どうやって?」


王都から辺境まで馬車なら3日はかかるんだぞ。たった1日ほどの時間でどうやって王都の病院から辺境の病院に転院できるんだ…?

しかも運ばれた時の記憶が一切ない。それに───、俺が辺境に入る事を辺境伯がよく許したな?

ここにはアシュリーがいるのに・・・。




「ライナス!!」


疑問を抱いていると母が俺のベッドに駆け寄ってきた。眠っていなかったのだろうか、目の下にクマができていた。



「良かった・・・。目が覚めたのね。私と話した後また寝てしまって、そのまま目覚めないから心配したのよ・・・っ」

「・・・母上、・・・・・・あの、・・・何で俺、辺境にいるんですか・・・?昨日まで王都にいたのに、どうやって…?」

「ああ、転移魔法を使ったのよ。夫の伝手で転移の魔術証持っていたから」

「すごいんですよ。一瞬でこっちの病院来ちゃったんですよ!私魔法を見たの初めてです!」


ナディアがとても興奮して話していたが、俺はまだ起きぬけの頭で話についていけていない。そして視界に見慣れないものが映っていて、それも気になっていた。


「・・・この、俺のベッド周りを囲っている白い半透明の壁みたいなのは何だ?」

「それは結界だって言っていたわね。医療用魔道具っていう物で、結界の中は無菌状態だから貴方を感染症から守るらしいわ。だから私達はこれ以上近づけないの。今先生呼んでくるから待っててちょうだい」


そう言って母は小走りで病室を出ていく。

医療用魔道具・・・。北の国が貿易で扱っている商品だ・・・。ウチでも扱いたくて今度商談を持ちかけようと検討中だったな・・・。


それにしても、未だ実感が湧かない。

転移魔法で辺境に・・・?


夫の伝手と言っていたが・・・それって王族が普段使用する為のものなんじゃないのか・・・。俺なんかに使っていいのか・・・?


そんな事を考えていると、母が白い防護服を身に着けた医者らしき人を連れて病室に戻ってきた。


そして俺は、その医者の後ろについて歩いてくる一人の女性に目が釘付けになる。



「・・・・・・・・・アシュリー」


そこに居たのは、久しぶりに見る元妻だった。






「久しぶりですね。セルジュ侯爵」


「なんで・・・」


動揺して心拍数が乱れる。



「転院出来たのはアシュリーさんのおかげなの。私が貴方に会いに行く前に辺境に寄って、アシュリーさんに先進医療を受けさせてくれないか相談したのよ。夫が和平条約の医療支援の公務を請け負っているから、辺境で白血病の最新医療を受けられるって知っていたの。それでアシュリーさんに受け入れの許可をもらったから貴方をこの病院に移したのよ」

「・・・・・・そう・・・か。・・・・・ありがとう、ア・・・、シュタイナー伯爵夫人」


再び『アシュリー』と口にしようとした時、もう俺には名を呼ぶ資格はなかったと気づいて言い直す。

もう俺とアシュリーは、何の関係もなくなってしまったのだから───。


「いえ。私は医療従事者として仕事をしたまでなので。今日は私の紹介患者として入院した貴方達と医局長に挨拶にきただけだから、すぐに失礼します」

「アシュリーさん、本当にありがとう。貴方には感謝してもしきれないわ・・・っ」

「アシュリー様、ありがとうございます・・・っ」

「二人とも面をあげてください」
  


突然の再会にまだ頭が回ってない俺は、目の前で母やナディアが泣きながらアシュリーにお礼を言っている光景がまだ信じられなくて、ただ眺めることしかできなかった。

アシュリーと離縁したのはもう20年以上前だ。



それから一度も顔を合わせていない。

俺がアシュリーに会いに辺境に行った時と、結婚式の時にこっそり姿を見に行っただけ・・・。




「診察させてもらいますね」


目の前の光景をボーっと眺めていると、白い防護服を着た医者が結界内に入ってきた。


医者の話によると、今俺に投与している薬は副作用で免疫力を低下させるらしく、投薬が終わるまでは感染症にかかりやすくなるらしい。

その為、しばらくはこの無菌の結界から出られない日々になるんだとか・・・・・。


俺は急性の白血病で、年齢がまだ若い為に進行が早いらしく、少量から徐々に慣らして強めの薬を使うから、しばらくは吐き気や眩暈にも襲われると説明を受けた。


また副作用・・・・・・。



「先生・・・俺の病気は、治るんですか・・・・・?」

「・・・・・難病なので絶対治るとは言い切れません。ですが、貴方と同じ白血病患者がこの治療を受けて回復した人は何人も見ていますよ」


「でも完治はしないと?」

「この治療はまだ新しいものです。回復した方に関してはまだ経過観察中なので何とも言えませんが、早期発見で治療を受けた方は3年間再発せずに日常生活送っている人もいますよ」

「3年間・・・・・・」



それを『3年もある』と取るか、『3年しかない』と取るか・・・・だな。

それもその時間を与えられるのは一部の人間だけで、ほとんどは3年持っていないんだろう。



王都では治療しても副作用でどんどん体が弱っていった。

副作用に耐えているのに、検査してもその成果がまったく出なくて心が折れそうだった───。


こちらでもまた副作用が出ると言われて気が滅入るが、ここには医療用魔道具など今までなかった治療ができる。

それで今すぐ死ぬ可能性が少しでも低くなるなら、・・・せめて子供が独り立ちするまで生きられる可能性があるなら・・・、俺はその可能性に縋りたい───。


「よろしくお願いします」



俺は目の前の医者に頭を下げた。




まだ死ぬわけにはいかない。

まだナディアに気持ちを伝えたばかりだし、子供達にも教える事がまだあるんだ。


顔を上げると医者やアシュリーと共に、母も夫に連絡をすると言って病室を出て行った。

ようやく落ち着いた所で、同じ空間に元妻と今妻がいたという気まずい状況が起きていた事に気づき、慌ててナディアを見る。

その表情は穏やかなままだが、ちゃんと話しておこう。



「ナディア・・・・、さっき居たアシュリーが、20年以上前に別れた元妻だ・・・。結婚前に一度話したと思うが、当時俺は酷い夫で・・・、彼女を沢山傷つけて・・・鳥肌が立つと言われたくらいに嫌われている・・・。気まずい思いさせてすまない」


俺がそういうと、ナディアはきょとんとした顔をして俺を見ていた。



「ナディア?」

「私、婚約前から貴方のしたこと知ってましたよ」

「え?」

「貴方から打ち明けられる前に、釣書送った時点で両親からも、前侯爵様からも事の顛末を聞いてました。それにアシュリー様は英雄カイゼル様の奥様で、女性の憧れですから絵姿も見た事ありますし」


「そ・・・そうか・・・知っていたのか・・・・・・」


ということは浮気だけでなく、他の離縁理由も全部知っていたのか・・・・・。

それでも、俺と結婚したのか・・・・・?


「ええ。知っていたからこそ契約婚の打診をしたのよ?あの時は両親と子爵領を守る為に必死で、愛ある夫婦になるなんて無理だろうと最初から諦めてました。貴方がアシュリー様にした仕打ちは私が聞いても嫌われて当然だと思える行いでしたし、私の事も同じように扱うだろうと思っていた。でも、貴方は過去を後悔して、変わろうと努力しているのが側で見ていてわかったから、だから私も先入観は捨てて目の前の貴方を見ようって、そう思ったの」



「そしたら好きになってました」とほほ笑むナディアを見て涙が込み上げそうになった。

ナディアは過去の俺を知ってても俺を嘲笑せずに、ずっと支えてくれた。それがどれほど有難かったか・・・・・。


「アシュリー様は、立派な看護師さんですね。酷い仕打ちをした貴方でも、患者として受け入れてもらえるよう病院に掛け合って、最新の治療を受けられるよう話をつけてくれたんです。本当に感謝してもしきれません」

「・・・・・・ああ」


「もし・・・、いつか彼女が話を聞いてくれそうな機会があった時は、ちゃんと謝りましょうね」


「・・・ああっ」



堪えきれずに、涙が溢れた。

胸が締め付けられて痛い。


離縁した時のアシュリーの悲痛な叫びと泣き顔を、忘れた事など一度もない。


ずっと謝りたかった。


でも目の前に現れる資格すらない事に、他人に叩きのめされるまで気づかなかった愚かな俺の声を、


アシュリーは聞いてくれるだろうか───。









こうして、


俺の辺境での闘病生活が始まった。






───────────────────


次回、最終話です。


医療に関する内容はフィクションとして読んでいただければと思いますm(_ _)m
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