【完結】私に触れない貴方は、もう要らない

ハナミズキ

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番外編1 〜ライナスAfter story〜

3. アシュリーを愛する男

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カイゼル編でうっかり辺境伯の家名間違えてたのでこっそり直しました。

辺境伯=オーウェン

伯爵=シュタイナー

爵位継ぐまでは三兄弟の家名はオーウェンです。

──────────────────────







どうしても、我慢できなかった─────。




一目だけでもいい。アシュリーに会いたい。

たとえ嫌われていても。



会って、区切りをつけて、俺もいい加減前に進みたい。










*********



離縁してから、もうすぐ2年になる。

ずっと王都と領地を行ったり来たりして忙しく過ごしているが、俺の世界は未だ色褪せたままだった。



領地運営は、家令に力を借りながら何度も面接を重ね、信頼できる使用人を雇い入れてスムーズに回るようになり、効率よく領地に顔を出せるようになった。

領民とも打ち解け、母が進めていた農地改革に着手し、更に2年後には倍の収穫が見込めそうだ。


収穫量が上がって税収が増えたら、今度は道の整備をして流通経路を整えようと思っている。

通行料がどれだけの利益を生むか、アシュリーの実家の事業で知っているからだ。それが軌道に乗れば商会の運搬コストも削減できるはず。


騎士の仕事も、未だやっかまれたり嘲笑されたりなどは日常茶飯事だが、自分が蒔いた種なので甘んじて受けた。

それでも剣を振っている間は余計な事考えなくていいから騎士はまだ辞めたくない。










───アシュリーが恋しくて苦しい。

これだけの長い時間、アシュリーと離れた事など子供の頃から一度もなかったのだ。

どんなに短時間でも、必ずアシュリーの元に帰ってきてた。


ずっとそこに当たり前にあったその場所が、今はどこにもない。それがとても苦しくて、今じゃアシュリーとの思い出を夢に見るのが怖いとさえ思う。

その夢を見た後に味わう絶望感に、何度震えたかわからない。




きっとアシュリーは辺境で俺の事など忘れて新しい人生を歩んでいるのだろう。


俺だけが立ち止まったまま、どこにも進めていない。

ただ与えられた目の前の仕事を片付ける日々。


楽しさも喜びも何もない。



生きがいもない。

ただ、生きてるだけ。










  



*********
 




辺境に向かう馬車に乗りながら、これからの事を考える。

俺とアシュリーが離縁したことはもう社交界に出回っているし、辺境伯家は俺の有責であることを把握しているようだ。


バーンズ女公爵が手を回している以上、簡単にはアシュリーに会わせてもらえないだろう。

もう俺の所業がバレている以上、下手に取り繕っても不信感を買うだ。


だったら、俺に出来るのは正面から願い出ることだけ。


ダメ元なのは百も承知だ。















「まさか貴方が堂々とこの辺境に足を踏み入れるとはね。厚顔無恥って言葉を知ってるかしら?」

「・・・・・・っ」



初っ端から辺境伯夫人に威圧を放たれて怯みそうになった。

一体何者なんだ?女性からこんな圧迫感を感じたのは初めてだ。


これが辺境を統べる者の器か。

彼女の後ろに立っている執事やメイド達からも冷たい視線を送られている気がするのは気のせいではないだろう。


この場にいる全員が俺の事情を知っている。




「貴方、確か王宮騎士団をクビになったのよね?今は何をしているの?」

「・・・第二騎士団で騎士をやっています」

「まあ!騎士道を踏み外したのにまだ騎士を続けていますの?王都の騎士団は本当に緩いのねぇ。ウチではとてもとても考えられないわ。我が辺境騎士団は国内最強ですからね。規律は絶対なのよ。そんな当たり前の騎士道すら守れない人間が国を守れるわけないもの。王都でどんなに腕の立つ騎士であっても、ウチでは使い物にならないの。速攻で魔物に食われて、───死んでしまいますのよ」


「・・・・・・っ」


再び威圧が放たれた。

彼女は本当に俺が嫌いらしい。


まるでウジ虫でも見るかのような目で俺を見てくる。

仮にも侯爵に対して無礼だと言いたいが、序列で言えば辺境伯の方がウチよりも上だから何も言えない。そして騎士としてもバカにされている。王都の騎士は辺境騎士の足元にも及ばないと言われているのだ。

くやしくて拳につい力が入ってしまう。


「────まあ、世間話はこれくらいにして本題をお伺いしましょうか。それで、貴方は今日どんなご用事でこちらに?」





「アシュリーに一度だけ、会わせてほしいんです」



「なぜ今更?貴方達はもう2年前に離縁したでしょう」

「─────彼女に一度もまともに謝罪しないまま別れたので・・・、とにかく会いたいんです」

「別れた浮気夫の謝罪なんて今更聞きたくないし、顔も見たくないと思いますけど?」


「そうだとしても、それを聞くなら彼女の口から聞きたい」


俺がそう返すと、辺境伯夫人は徐にため息をついた。
俺に本気で呆れているのが表情から見て取れる。


「話にならないわね。貴方自分の都合ばっかりじゃない。少しでもアシュリーさんの立場になって考えたことがあるの?ほんとクラウディアは息子をこんな甘ったれに育てて何してんのよ。甘やかし過ぎにもほどがあるでしょ」

「母を知っているんですか?」

「当たり前でしょう。私もクラウディアも元公爵令嬢よ。社交界では良きライバルだったわ。優秀な彼女の唯一の失敗は貴方にそっくりな下半身が緩くて自分に甘い男と恋愛結婚したことね。隣国の王族にも好かれたほどの彼女なのに、男を見る目はなかったわ。結婚前に起きた醜聞の時点で婚約破棄してればもっと幸せに生きれたでしょうに、あんな男の懺悔を信じるから───」



その後の展開は俺も聞いているので何も言えない。

でも、父と結婚してなければ俺は生まれていなかったわけで、父との結婚自体を否定されると俺の存在まで否定されたような気分になる。


「話が逸れたけど、どう見ても貴方の存在はアシュリーさんの足枷にしかならないわ。彼女は今じゃ辺境騎士団にとってなくてはならない存在なの。彼女は優秀な看護師よ。彼女のおかげで騎士達の命が何人も救われてる。その彼女を傷つける事はこの私が許さないわ。本当にアシュリーさんに悪いと思うなら、二度と彼女の前に現れないことね」

「そんな・・・っ、お願いします!一目だけでもいいんです!話せなくてもいい。元気に暮らしている姿を遠くから見るだけでもいいんです・・・。お願いします・・・。一目見れたら、もう帰りますから」



俺は必死に辺境伯夫人に頭を下げた。

一縷の望みが潰えそうになって体が震え、情けなくも涙がボタボタと膝に落ちてシミを作っていく。

王宮騎士の元副団長が聞いて呆れる。



「もう・・・、吹っ切って、前に進みたいんです・・・」



俺の震えた声に辺境伯夫人は黙り込み、部屋に沈黙が流れる。

しばらく同じ状態でいると、辺境伯夫人が大きくため息を一つこぼした。



「わかったわ。遠くから姿を見ることだけは許しましょう。会う事は無理よ。彼女がそれを望んでいない。姿を一目見たらキレイさっぱり忘れて帰りなさい。それでもまだアシュリーさんに付きまとうつもりなら、クラウディアの息子だろうが辺境伯は容赦しないわよ」

「・・・ありがとうございます」


俺は再び涙を流し、頭を下げて感謝した。




アシュリーに、会える。



それが泣けるほど嬉しい。











****************



「ここなら木の葉で隠れて医務室から見えづらいから、中の様子を見れると思うわよ」


そう言って連れてこられたのは屯所の裏庭にある木陰だった。

目線の高さまで覆い茂っている垣根が俺の身体を隠してくれる。


その場所から辺境伯夫人に教えられた医務室の方に視線を向けると、看護師の制服に身を包んだアシュリーが患者の点滴を交換している姿が見れた。



「アシュリー・・・っ」



2年ぶりに見る彼女は、やはりキレイだった。
胸が締め付けられて涙が込み上げる。 


働いている所を初めて見たが、手際よく作業をこなしていて、優秀な看護師だと言われているのも頷ける。

こんなに美人で仕事もできる看護師なら、すぐ男共に懸想されるのでは。というドス黒い嫉妬が沸き上がってくるが、俺にはもうそれをどうすることもできない。


でも、騎士団という男達の中で仕事をするアシュリーが心配でたまらなくなる。

それを感じ取ったのか、辺境伯夫人が「心配はいらない」と俺を制した。



「言ったでしょ。ウチの辺境騎士団は規律が厳しいの。貴方達みたいに軟弱な精神の騎士は一人もいないわ。ここにいる間はアシュリーさんはむしろ安全と言ってもいい。私達辺境騎士団が責任持って彼女を守るから安心してちょうだい。貴方の出る幕はないわ」


はっきりと自分の出る幕はないと言い切られ、傷つく資格もないのに身を切られたように胸が痛んだ。


その俺に追い打ちをかけるように、一人の男がアシュリーに近づくのが見える。


「・・・・・・っ!」


アシュリーとその男のやり取りに、俺は酷いショックを受けた。

遠くて会話は聞こえないが、アシュリーがその男を叱るような素振りを見せた後、仕方ないとばかりに優しく笑い掛けて手当している姿が見えた。



俺は、アシュリーのそんな顔知らない。




俺以外の男に気を許して、そんな慈愛に満ちた顔で微笑むアシュリーなんて見たことがない。




胸の奥に、抑えきれない激しい嫉妬の感情が沸き上がる。

その気配を感じ取ったのか、男が不意にこちらに視線を向け、俺と目が合った。




「あの男は・・・」



俺は、あの男を知っている。


「ああ、あの子は私の息子よ。また怪我が治ってないのに鍛錬して怒られてるみたいね。まったく困ったものだわ」



アシュリーの手当を受けている辺境伯家の息子。


カイゼル・オーウェン。



騎士科の一学年上の先輩で、全学年トーナメント戦で3年間トップだった男だ。俺も2年の時に一度決勝で当たって、圧倒的な力の差を見せつけられて負けた。

生まれながらの騎士と呼ばれていた男。




そんな男と目が合って、すぐに察した。


俺を敵視するあの目。



────────そうか。



あの男は、アシュリーを愛しているんだな。
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