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番外編1 〜ライナスAfter story〜
1. 宝物は零れ落ちた 挿絵付き
しおりを挟む『貴方にとって、私との結婚はただの結末の一つに過ぎなかったのかもしれないけど、私にとっては特別な・・・っ、新しい人生の始まりだったのよ・・・っ』
アシュリーと別れた日から、あの言葉の意味をずっと考えている。
俺は、アシュリーを確かに愛してた。
綺麗で、頭が良くて、一途に俺を想ってくれる自慢の恋人だった。男は誰もが羨ましがった。
アシュリーは気づいてなかったが、学園時代は男共の間ではバーンズ公爵令嬢と一緒に二大女神なんて言われて懸想する男が結構いたりした。
そんなアシュリーと幼馴染で、恋人で、俺はきっといい気になってたんだ。誰も羨むアシュリーを手に入れて、自分が特別になった気がしていたんだろう。
アシュリーの言う通りだ。
俺にとって結婚は、アシュリーを手に入れる手段だった。
妻にできた時点で俺は戦利品を手に入れて満足し、宝箱に入れたまま、手入れもせずに見向きもしなかった。
夢を叶えて騎士になり、順調に出世していくのが楽しかった。剣の腕を認められるのが嬉しかった。
家にいるより仕事してた方が余計な事考えなくて楽だったんだ。欲が溜まったら適当な女を相手して発散してた。
後で妊娠したとか言われないよう、高位貴族や王族が使う避妊薬を飲んでいたし、事前に相手にもそれを伝えて後腐れない女か見極めてから誘いに乗り、アシュリーを蹴落とす等の企みを持つ女は相手にしなかった。
最初は娼館ですら眠れないほど罪悪感に苛まれていたのに、数をこなすうちにそれも慣れて麻痺した。
そしてその後また出世して副団長になり、レベルの高い女達が寄ってくるようになった。
出世もして、誰もが羨む妻もいて、見目のいい女達も寄ってくる。俺は全てを手に入れた気になって、また浮かれていたんだ。
あとは団長になるだけだ。人生順調だな。・・・なんて調子に乗っていた。
それが全てアシュリーの犠牲の上で成り立っていたのに、俺は何もわかってなかった。
失くして初めて、
替えの効かない宝物だった事に気づく。
夢から覚めたら俺にはもうクソ親父しか残っていなくて、全てが色褪せてどうでも良くなった。
副団長をクビになっても、離縁したからか後妻狙いで更に女に言い寄られるようになったが、今は煩わしいだけだ。
アシュリーが行方をくらまして本気で俺と別れる気だと気づいて以来、女は抱いていない。
そんな気すら起きない。
『───ごめんなさい、ライナス。私はもう貴方の子供は産めない。産みたいとも思わない。不特定多数の人と関係を持った貴方に触れるなんて出来ないし、触れてほしくもない。考えただけでこうして鳥肌が立つわ。・・・やり直すなんてもう無理なのよ』
あれは、今までの人生の中で一番ショックだった言葉で
、俺のトラウマにすらなっている。
妻に鳥肌が立つほど、俺は汚い存在なんだと、それほどの事をしたのだとその時になってやっと理解したのだ。
今までいろんな女に言い寄られるのは男の甲斐性だとすら思っていたのだから俺は本当にどうしようもない。
アシュリーがもし俺と同じように不特定多数の男に抱かれてたら、一番愛してるのは俺だと言われても信じられないし、許せないだろう。
同じように触れる事すら疎んだかもしれない。
今更気づいても、もうアシュリーとの縁は切れてしまった。
結婚してた時は思い出しもしなかったのに、離縁してから子供の頃の2人の大切な思い出ばかり夢に見ては、最後に別れを告げられて泣きながら目覚め、現実に絶望する。
アシュリーに笑顔を向けられるだけで嬉しかった。
名前を呼ばれるだけで胸が高鳴った。
誰よりも近くにいたい。守りたい。ずっと側にいて欲しい。
そう純粋に想ってたあの頃を思い出すたびに、今の自分のクズさに反吐が出る。消えたくなる。
それでも俺は、前に進まなくてはならない。
『領民達を頼んだわよ。ライナス』
母と約束したのだ。
領民達の生活を守ると。
今の俺に出来る事は、それしかない。
************
「お前のせいで俺まで降格になったじゃねえか!ふざけんなよこのクズ野郎!!」
かつての部下から突然胸ぐらを掴まれた。
以前、俺がまだ浮気する前によく娼館や夜会での遊びに誘ってきた奴だ。
俺が王宮を去って第二騎士団に配属になった後、王宮騎士団に調査が入ったらしく、不正や著しく風紀を乱している者は厳罰対象になり、かなりの人数が除隊、または降格処分となったらしい。
だったら自業自得だろうが。
恐らく調査の裏には、バーンズ女公爵やジュリアン、そして王家とバーンズ前公爵がいると思われる。
何故なら今回の処罰対象のほとんどが貴族派の連中だったからだ。
以前、マシュー殿下の失態で王家の威信が削がれ、貴族派が強くなった為に政治バランスが崩れた。
好き勝手やっている奴らをこの機に追い落とそうとしているんじゃないかと思っている。
あの時、アシュリーと一緒にいた弁護士はバーンズ公爵家の者だ。あの時あった証拠達も女公爵が集めたに違いない。
でなきゃ王宮騎士団というセキュリティの高い場所に入り込んで調べるなんて事できるわけがない。中には諜報専門の騎士だっている。
そいつらの目を騙して調べるなんて、公爵や王家が抱える『影』にしか出来ないだろう。
きっかけが俺なのは否定できないが、そもそも断罪されることをしていたコイツらが悪いのだ。
俺は胸ぐらを掴み上げていた元部下の手を握り、圧力をかける。
「ぐ・・・っ」
男の顔が痛みで歪んだ。
俺は武官の家系の出ではないから、中には侯爵という権力を使って副団長の座を買い取ったと揶揄する者もいる。
でもその副団長の座は俺が実力で勝ち取ったものだ。たとえ降格になったとしてもコイツに力で負けるものか。
「は、離せ・・・っ」
「俺のセリフだ。いきなり言い掛かりつけるなよ。俺みたいにお前の所業がバレただけだろ。何故俺のせいになる?」
「お前がリークしたんじゃないのかよ・・・っ、タイミングが良すぎだろ!副団長だったお前なら上層部の奴らの情報だって知ってたはずだ!」
「知らん」
「嘘つけ!」
「「何をしている!!」」
上司達が駆けつけ、目の前の男を拘束していく。
馬鹿な奴だ。降格処分になった者は監視の目がついているというのに。コイツはもう第二騎士団にすら居られなくなるだろう。
拘束されても尚、こちらに暴言を吐いている男を見て嫌悪感が湧き出る。
俺も、こんな風に愚かだったんだな。
自分可愛さに都合悪い事は誰かのせいにして、楽な方に逃げて───。
『やり直すなんて無理なのよ』
どうしてあの頃、アシュリーはずっと俺のものだと自信を持っていられたのだろう。
今の俺には自信なんてカケラもない。
こんな愚か者、
アシュリーの愛を失って当然だった────。
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