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第3章
㊲ 愛のファリドゥーン
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「う……うううう」
「ファリドゥーン!」
ファラナークが目覚めた息子の下へ駆け寄る。
「は……母上……」
「ファリドゥーン、あなたは敗れたのです」
立ち上がったファリドゥーンは、先ほどまでの巨躯ではなく、普通の人間くらいの大きさになっていた。邪悪なものが抜けて身体が小さくなってしまったのかもしれない。
「ゆ……勇者アスラン……」
今度は虎王がやってきた。
虎なのでその表情はわかりにくいが、彼からも戦っているときまで放たれていた邪悪な何かを感じることはなかった。
そして、向こうで転がっている鳳王の生首がぐるぐると動き出したかと思うと、目が見開かれ、眼球が零れ落ちた。そして眼球から翼と脚が生えると、パタパタとスズメのように飛んでこっちにきた。
「ちくしょー。肉体を焼かれたまでなら復活できたが、食われちまったらもう復活できねぇ。俺ももう戦えねえぜ」
諦めたように虎王が言った。
「我々の……負けだ……」
そして私の前に跪いた。
「さあ、余の首を刎ねるがよい」
ああ、やっぱりそういう展開になるのね。こういうのって嫌だよね。
「私は、きみたちが今後襲ってこないというのであれば、命を奪いたいとは思わない」
まあ、こう言うしかないよね。
いや、魔物とかバンバン殺しているくせに、素直に負けを認めるなら許すってのも筋が通らないんだけど。
「しかし、余はお前を封印し、仲間の命も奪おうとしたのだぞ」
「今後もそうするなら、やるしかないよね。だけど、きみたちからはもう邪悪な気配が消えている。もう、我々を襲ってくることはないだろう?」
「まあ、おそらくはこの先貴様と戦っても勝てんだろうし、何というか……さっきまであった貴様を殺したいという気持ちは、今は微塵もなくなってしまった……」
多分、彼らの身体から紫色の邪気のようなものが出ていったことが関係あるのだろう。推測するならば、おそらくは魔王の力が彼らの思考を支配していたのだけど、それが抜け去ってしまったから戦意もなくなったということではないだろうか。
「じゃあ、いいじゃないか。きみは虎王ということだから、虎の民がきみを待っているんだろう? だったら、彼らを幸せにする義務がきみにはある。こんなところで死んでる場合じゃない」
「勇者アスラン……虎の民のことにまで思いを致してくれるとは……感謝する」
そう言って虎王は深々と頭を下げた。
「ひょー! 俺はこんなみみっちい恰好になっちまったぜ。どうしてくれるんだよ!」
目玉だけになった鳳王がやってきた。
「あら、その目玉もおいしそうね」
「ひえー!」
みーはんがそう言うと、また逃げていった。
まあ、鳥の民もきっとどうにかなるだろう。
どうにかならないのはこっちだ。
「ファラナークさん。これでファリドゥーンは竜王の座から引きずり降ろされた。新たな竜王はどうするんだい? ファラナークさんが重祚するというのも一つの考えだと思うが」
「いいえ。一度竜王になった者は、もう一度なることはできないわ」
「そうか、そういうものなんだな……」
竜王城も壊れちゃったし、あのドラゴンたちはこれからどうすればいいんだろう。
すると、遠くからドラゴンの群れが戻ってくるのが見えた。
「平和になったみたいだぜ!」
「コンサート再開よ!!」
「みーはん、また歌って踊ろうぜ!!」
なんと、みーはんのライブ再開を求めて大挙して押し寄せてきたのだった。
住むところがなくなったというのに、何て明るいんだ。
「だって、みーはんがいれば、別に土の上で寝たっていいじゃない」
うわー、すごい人気だ。
いつの間にかこんな素敵な人間関係(人竜関係)を築いていたんだな。
何だかみーはんはすごいな。
「そうだわ。おデブちゃんが竜王になればいいじゃない」
「は? おばちゃん何言ってるのよ」
「いいアイデアかもしれないが、竜王になるにはまたあのダンジョンをクリアしないといけないんじゃないのか?」
「ちょっと待ちなさい。聞いてみるから」
そう言うとファラナークは魔法のテレビ電話のようなものを開いた。
「あ、もしもし。ダンジョンかしら」
「はいー、ダンジョンだよー」
え? なんでしゃべってるんだよ?
画面にはあのダンジョンの山全体が映し出され、生き物のようにしゃべっている。
「この前、十二階層をクリアした女の子がいるでしょ。レベルが相当上がってるんだけど、十三階層もクリアしたことにできない?」
「ちょっと待ってー、調べるからー。えーと、んーと……ふむふむ。ああー、レベル300超えてるねー。いいよー、じゃあこの子を竜王にしとくねー」
「ありがとう」
それで魔法のテレビ電話は切れた。
「というわけで、おデブちゃんは竜王の資格を得たわよ」
「ちょっと! 勝手に決めてるんじゃないわよ!」
「安心なさい。資格が得られただけで、あなたが了承しないと竜王にはならないから」
「あ、そうなんだ」
みーはんはほっとしたような、それでいてちょっと困ったような顔をした。
「え? みーはんが竜王になってくれるの?」
「みーはんが竜王?」
「まじで? やった!」
どうやら今の会話を聞いたドラゴンがいたようで、その噂は一気に広まった。
「みーはん、俺たちの竜王になってくれー!!」
「みーはんに支配されたいよー!」
「みーはん、大好きだ!」
ドラゴンたちは大騒ぎになった。
「「「「「「「「「「みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん!」」」」」」」」」」
みーはんの大合唱が起こった。
「ちょ、ちょっと! 私は竜王なんて、そんな責任重大なことやりたくないわ!」
とか何とか言いながら、みーはんはちょっと嬉しそうだった。
「「「「「「「「「「みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん!」」」」」」」」」」
無邪気にみーはんを竜王として迎え入れようとするドラゴンたちの笑顔を見ていると、もう反論したくなくなったらしい。
ちょっとほっとしたような顔をしてこう言った。
「わかったわよ。竜王になってあげる」
「やったー! みーはんが竜王だ―!」
ドラゴンたちは大喜びだった。
「い……いいのかい。この魔界に残ることになるけど」
私はあまりにあっさりと受け入れてしまったことが心配になって聞いてしまった。
「どうせ……人間界に戻っても何にもないし……なんていうか、もう何の目的もなくなっちゃったから、この先のこと誰かが決めてくれた方が楽っていうか……」
確かに、みーはんはこれから人間界に戻ってもあまりいいことはないような気がする。
「……それに、この魔界に連れてこられたあの子たちもちょっと心配だし」
あの子たちというのは、おそらく私を刺した連中のことだろう。
ひどいことをしたのに、これまで気にかけていたんだ。
やっぱりこの子はいい子なんだと思う。
「勇者よ、敵よりも民に配慮した采配、改めて礼を言おう」
虎王は私に握手を求めてきた。
でっかい猫の手だけど、肉球がぷにぷにしててちょっと楽しい。
「しかし、驚いたな。まさか戦闘の真っただ中で愛の告白なんてな」
「いや、まあ……何というか……」
そんなの答えようがない。
虎王はいづなのほうを見た。
いづなはさっきまでの態度を恥じてか何もしゃべらなかったが、今虎王に笑顔を向けられてもっと恥ずかしくなったらしく岩陰に隠れてしまった。
「ふ、美しい女性ではないか」
「まあでも、本当に素晴らしい女性だと思うよ」
これは何の淀みもなく言える。
「あの瞬間は、余も敵ながら感動を覚えたぞ」
そ、そうなのだろうか。
何だかどたばたで言っちゃったからなぁ。
「勇者アスランよ。聞かせてもらおう」
「なんだい?」
「ファリドゥーンの処遇はどうするつもりだ? 奴には恨みもあろう。しかし、余を生かしておいて奴を殺すというのであれば、それはただの私怨と取られても仕方あるまい。貴様の世の評判は落ちよう」
世の評判か……
そんなこと気にするような大した人間じゃないけどね。
「もしよければ、奴のことは余に預けてもらえないだろうか?」
「え? ああ、そうだね。竜王の座を引きずり降ろされたのに、その後竜の民と仲良く過ごすなんてのは難しいだろうからなぁ。虎の民となら心機一転でうまくやっていけるかもしれない」
「そうか、感謝するぞ」
虎王はそう言うと、ファリドゥーンたちの元へ歩み寄った。
「そうね、あなたの言う通りファリドゥーンは虎の国で過ごした方がいいでしょうね」
同じように自分の考えを母親のファラナークに伝えた後、膝をついたままのファリドゥーンに声をかけた。
「そういうことだ、ファリドゥーン。余と一緒に虎の国へ来い」
ファリドゥーンの正面で膝を折って顔の位置を合わせると、そのままその肩に両手を置く。
「そして、余の妻となるのだ」
え?
誰もが耳を疑った。
しかし、虎王マガンの顔は真剣だった。
「余は、ずっと以前からそなたのことを愛していた!!」
「マ……マガン……?」
顔を上げるファリドゥーンの表情はまるで乙女のようであった。
「だ……だけど、身共は男だし、マガンも男だし……」
そう言いながらファリドゥーンは明らかに照れていた。
顔が真っ赤っかだ。
「その通りだ。だから余もずっとその思いを心の奥底にしまっていた。だが、勇者のあの行為に感動を覚えた。余も、やはり言うべきことは言わねばならぬのだ。言わぬまま死んではならぬのだ。後はそなたの意思次第だ」
な、なんかすごいものを見せられている気がするけど、いいのだろうか?
ここからはひそひそ話になった。
「というか、そなた、ケツの穴を破邪の剣で貫かれたとき、ずいぶんと気持ちよさそうではなかったか……」
「あ、いや、あれはその……」
虎王はすっとファリドゥーンのお尻に指を当てると、くいくいといじってやった。
「あ……ちょ……いけないよ……マガン♡」
「くっくっくっくっく……余のあれは破邪の剣どころの太さじゃないぜぇ……」
「マ……マガン……♡」
遠目からもドン引きするようなやり取りがなされていた。
うーん、邪気が抜けてしまったからなのだろうけど、ファリドゥーンまでキャラがおかしくなってしまったようだ。
「は……母上!」
困ったファリドゥーンはそばにいる母に助けを求めた。
「愛に生きるのよ、ファリドゥーン!」
ファラナークは何を躊躇うことなくそう答えた。
「わかりました、母上! マガン、身共を妻として迎えてくれるかい?」
「もちろんだとも!」
二人は熱い抱擁を交わした。
そして、ぶっちゅーと熱い接吻を交わした。
「余とファリドゥーンは今、ここに結婚を宣言し、永遠の愛を誓う!!」
マガンが咆哮すると、取り囲むドラゴンたちは勢いのまま大声を上げて祝福した。
「おめでとう、ファリドゥーン様!」
「ご結婚おめでとうございます」
「ファリドゥーン様、万歳!」
私とみーはんは正直ついていけなかったが、まあ喜ばしいことなのかなぁということで、とりあえず拍手を送ることにした。
いづなは岩陰でずっと隠れたまんまだった。
「ファリドゥーン!」
ファラナークが目覚めた息子の下へ駆け寄る。
「は……母上……」
「ファリドゥーン、あなたは敗れたのです」
立ち上がったファリドゥーンは、先ほどまでの巨躯ではなく、普通の人間くらいの大きさになっていた。邪悪なものが抜けて身体が小さくなってしまったのかもしれない。
「ゆ……勇者アスラン……」
今度は虎王がやってきた。
虎なのでその表情はわかりにくいが、彼からも戦っているときまで放たれていた邪悪な何かを感じることはなかった。
そして、向こうで転がっている鳳王の生首がぐるぐると動き出したかと思うと、目が見開かれ、眼球が零れ落ちた。そして眼球から翼と脚が生えると、パタパタとスズメのように飛んでこっちにきた。
「ちくしょー。肉体を焼かれたまでなら復活できたが、食われちまったらもう復活できねぇ。俺ももう戦えねえぜ」
諦めたように虎王が言った。
「我々の……負けだ……」
そして私の前に跪いた。
「さあ、余の首を刎ねるがよい」
ああ、やっぱりそういう展開になるのね。こういうのって嫌だよね。
「私は、きみたちが今後襲ってこないというのであれば、命を奪いたいとは思わない」
まあ、こう言うしかないよね。
いや、魔物とかバンバン殺しているくせに、素直に負けを認めるなら許すってのも筋が通らないんだけど。
「しかし、余はお前を封印し、仲間の命も奪おうとしたのだぞ」
「今後もそうするなら、やるしかないよね。だけど、きみたちからはもう邪悪な気配が消えている。もう、我々を襲ってくることはないだろう?」
「まあ、おそらくはこの先貴様と戦っても勝てんだろうし、何というか……さっきまであった貴様を殺したいという気持ちは、今は微塵もなくなってしまった……」
多分、彼らの身体から紫色の邪気のようなものが出ていったことが関係あるのだろう。推測するならば、おそらくは魔王の力が彼らの思考を支配していたのだけど、それが抜け去ってしまったから戦意もなくなったということではないだろうか。
「じゃあ、いいじゃないか。きみは虎王ということだから、虎の民がきみを待っているんだろう? だったら、彼らを幸せにする義務がきみにはある。こんなところで死んでる場合じゃない」
「勇者アスラン……虎の民のことにまで思いを致してくれるとは……感謝する」
そう言って虎王は深々と頭を下げた。
「ひょー! 俺はこんなみみっちい恰好になっちまったぜ。どうしてくれるんだよ!」
目玉だけになった鳳王がやってきた。
「あら、その目玉もおいしそうね」
「ひえー!」
みーはんがそう言うと、また逃げていった。
まあ、鳥の民もきっとどうにかなるだろう。
どうにかならないのはこっちだ。
「ファラナークさん。これでファリドゥーンは竜王の座から引きずり降ろされた。新たな竜王はどうするんだい? ファラナークさんが重祚するというのも一つの考えだと思うが」
「いいえ。一度竜王になった者は、もう一度なることはできないわ」
「そうか、そういうものなんだな……」
竜王城も壊れちゃったし、あのドラゴンたちはこれからどうすればいいんだろう。
すると、遠くからドラゴンの群れが戻ってくるのが見えた。
「平和になったみたいだぜ!」
「コンサート再開よ!!」
「みーはん、また歌って踊ろうぜ!!」
なんと、みーはんのライブ再開を求めて大挙して押し寄せてきたのだった。
住むところがなくなったというのに、何て明るいんだ。
「だって、みーはんがいれば、別に土の上で寝たっていいじゃない」
うわー、すごい人気だ。
いつの間にかこんな素敵な人間関係(人竜関係)を築いていたんだな。
何だかみーはんはすごいな。
「そうだわ。おデブちゃんが竜王になればいいじゃない」
「は? おばちゃん何言ってるのよ」
「いいアイデアかもしれないが、竜王になるにはまたあのダンジョンをクリアしないといけないんじゃないのか?」
「ちょっと待ちなさい。聞いてみるから」
そう言うとファラナークは魔法のテレビ電話のようなものを開いた。
「あ、もしもし。ダンジョンかしら」
「はいー、ダンジョンだよー」
え? なんでしゃべってるんだよ?
画面にはあのダンジョンの山全体が映し出され、生き物のようにしゃべっている。
「この前、十二階層をクリアした女の子がいるでしょ。レベルが相当上がってるんだけど、十三階層もクリアしたことにできない?」
「ちょっと待ってー、調べるからー。えーと、んーと……ふむふむ。ああー、レベル300超えてるねー。いいよー、じゃあこの子を竜王にしとくねー」
「ありがとう」
それで魔法のテレビ電話は切れた。
「というわけで、おデブちゃんは竜王の資格を得たわよ」
「ちょっと! 勝手に決めてるんじゃないわよ!」
「安心なさい。資格が得られただけで、あなたが了承しないと竜王にはならないから」
「あ、そうなんだ」
みーはんはほっとしたような、それでいてちょっと困ったような顔をした。
「え? みーはんが竜王になってくれるの?」
「みーはんが竜王?」
「まじで? やった!」
どうやら今の会話を聞いたドラゴンがいたようで、その噂は一気に広まった。
「みーはん、俺たちの竜王になってくれー!!」
「みーはんに支配されたいよー!」
「みーはん、大好きだ!」
ドラゴンたちは大騒ぎになった。
「「「「「「「「「「みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん!」」」」」」」」」」
みーはんの大合唱が起こった。
「ちょ、ちょっと! 私は竜王なんて、そんな責任重大なことやりたくないわ!」
とか何とか言いながら、みーはんはちょっと嬉しそうだった。
「「「「「「「「「「みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん! みーはん!」」」」」」」」」」
無邪気にみーはんを竜王として迎え入れようとするドラゴンたちの笑顔を見ていると、もう反論したくなくなったらしい。
ちょっとほっとしたような顔をしてこう言った。
「わかったわよ。竜王になってあげる」
「やったー! みーはんが竜王だ―!」
ドラゴンたちは大喜びだった。
「い……いいのかい。この魔界に残ることになるけど」
私はあまりにあっさりと受け入れてしまったことが心配になって聞いてしまった。
「どうせ……人間界に戻っても何にもないし……なんていうか、もう何の目的もなくなっちゃったから、この先のこと誰かが決めてくれた方が楽っていうか……」
確かに、みーはんはこれから人間界に戻ってもあまりいいことはないような気がする。
「……それに、この魔界に連れてこられたあの子たちもちょっと心配だし」
あの子たちというのは、おそらく私を刺した連中のことだろう。
ひどいことをしたのに、これまで気にかけていたんだ。
やっぱりこの子はいい子なんだと思う。
「勇者よ、敵よりも民に配慮した采配、改めて礼を言おう」
虎王は私に握手を求めてきた。
でっかい猫の手だけど、肉球がぷにぷにしててちょっと楽しい。
「しかし、驚いたな。まさか戦闘の真っただ中で愛の告白なんてな」
「いや、まあ……何というか……」
そんなの答えようがない。
虎王はいづなのほうを見た。
いづなはさっきまでの態度を恥じてか何もしゃべらなかったが、今虎王に笑顔を向けられてもっと恥ずかしくなったらしく岩陰に隠れてしまった。
「ふ、美しい女性ではないか」
「まあでも、本当に素晴らしい女性だと思うよ」
これは何の淀みもなく言える。
「あの瞬間は、余も敵ながら感動を覚えたぞ」
そ、そうなのだろうか。
何だかどたばたで言っちゃったからなぁ。
「勇者アスランよ。聞かせてもらおう」
「なんだい?」
「ファリドゥーンの処遇はどうするつもりだ? 奴には恨みもあろう。しかし、余を生かしておいて奴を殺すというのであれば、それはただの私怨と取られても仕方あるまい。貴様の世の評判は落ちよう」
世の評判か……
そんなこと気にするような大した人間じゃないけどね。
「もしよければ、奴のことは余に預けてもらえないだろうか?」
「え? ああ、そうだね。竜王の座を引きずり降ろされたのに、その後竜の民と仲良く過ごすなんてのは難しいだろうからなぁ。虎の民となら心機一転でうまくやっていけるかもしれない」
「そうか、感謝するぞ」
虎王はそう言うと、ファリドゥーンたちの元へ歩み寄った。
「そうね、あなたの言う通りファリドゥーンは虎の国で過ごした方がいいでしょうね」
同じように自分の考えを母親のファラナークに伝えた後、膝をついたままのファリドゥーンに声をかけた。
「そういうことだ、ファリドゥーン。余と一緒に虎の国へ来い」
ファリドゥーンの正面で膝を折って顔の位置を合わせると、そのままその肩に両手を置く。
「そして、余の妻となるのだ」
え?
誰もが耳を疑った。
しかし、虎王マガンの顔は真剣だった。
「余は、ずっと以前からそなたのことを愛していた!!」
「マ……マガン……?」
顔を上げるファリドゥーンの表情はまるで乙女のようであった。
「だ……だけど、身共は男だし、マガンも男だし……」
そう言いながらファリドゥーンは明らかに照れていた。
顔が真っ赤っかだ。
「その通りだ。だから余もずっとその思いを心の奥底にしまっていた。だが、勇者のあの行為に感動を覚えた。余も、やはり言うべきことは言わねばならぬのだ。言わぬまま死んではならぬのだ。後はそなたの意思次第だ」
な、なんかすごいものを見せられている気がするけど、いいのだろうか?
ここからはひそひそ話になった。
「というか、そなた、ケツの穴を破邪の剣で貫かれたとき、ずいぶんと気持ちよさそうではなかったか……」
「あ、いや、あれはその……」
虎王はすっとファリドゥーンのお尻に指を当てると、くいくいといじってやった。
「あ……ちょ……いけないよ……マガン♡」
「くっくっくっくっく……余のあれは破邪の剣どころの太さじゃないぜぇ……」
「マ……マガン……♡」
遠目からもドン引きするようなやり取りがなされていた。
うーん、邪気が抜けてしまったからなのだろうけど、ファリドゥーンまでキャラがおかしくなってしまったようだ。
「は……母上!」
困ったファリドゥーンはそばにいる母に助けを求めた。
「愛に生きるのよ、ファリドゥーン!」
ファラナークは何を躊躇うことなくそう答えた。
「わかりました、母上! マガン、身共を妻として迎えてくれるかい?」
「もちろんだとも!」
二人は熱い抱擁を交わした。
そして、ぶっちゅーと熱い接吻を交わした。
「余とファリドゥーンは今、ここに結婚を宣言し、永遠の愛を誓う!!」
マガンが咆哮すると、取り囲むドラゴンたちは勢いのまま大声を上げて祝福した。
「おめでとう、ファリドゥーン様!」
「ご結婚おめでとうございます」
「ファリドゥーン様、万歳!」
私とみーはんは正直ついていけなかったが、まあ喜ばしいことなのかなぁということで、とりあえず拍手を送ることにした。
いづなは岩陰でずっと隠れたまんまだった。
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