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第2章

⑮ 蚊となって戦う

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「お、お前は!」

 それは、ずいぶんな口の利き方をする小人だった。

「シャルロット? どうしてこんな危険なところへ? 私はこんな所にいたくないわ」

 そして見覚えのあるぶよぶよに太った女。



「よお、苦戦しているようだな」

 それはH県で見つけた勇者のかけらだった。

「お前は……ずっと遠くにいるはずなのに、なぜこんなところへ?」

「ふ、俺はお前の分身なんだぜ。お前が身につけた能力は俺にも身につくのさ。テレビでS県がやばいことになってると知って、亜光速でここまで来たということさ」



 くっ、相変わらず上から目線だし、男として余裕のあるしゃべりをしやがる。

 小人のくせに、と思ってしまう自分が何だか情けなくなる相手だ。

「そして案の定、勇者であるお前はそのやばい敵と戦っていた……」

「当然だ。こんな魔物と万が一にも戦える力を与えられたのは私だけなんだ! 戦わなくてどうする?」



 この小人は愛する女のために私の元へ戻ることを拒んだ。

 今の焦っている私には、この小人は物見遊山でもしに来たようにしか見えなかった。

 実に腹立たしい。

「ふ、気に入ったぜ」

「なんだと?」

 小人は一緒にきていたぶよぶよの女――昔はアイドル「みーはん」として世間に知られていた――のほうを向く。



「みーはん、幸せにしてもらうんだぜ」

 太った女は動揺した。

「……してもらう??」

「ああ、みーはんはこの男に託す」

「え? どういうこと??」

 どういうことだ?

「やはり俺は、勇者のかけらだったってことさ」

 あまりに突然のことで私にも理解が及んでいなかった。

「苦しんでいる人を見ながら、自分の周りの安全ばかりを気にするなんて、それは勇者じゃないよなぁ!」

 小人は私に向かって突っ込んできた。



「ごめんよ、みーはん。俺は勇者として生きることをやめるなんてできなかったみたいだ……」



「シャルロットぉぉ!!」

 小人は私に頭から飛びかかると、突然光って消えた。

 私の中に戻ってきたのだ。

 その瞬間、私の中に力があふれてくるのがわかる。

「シャルロット……? シャルロット?」

 だが、同時に消えた小人を探してうろたえる太った女がそこにいた。



『飛べ。飛翔魔法で飛ぶんだ!』

 誰だ? 私に話しかけてくるのは。

『俺だ。わかってるんだろう? お前と一緒になったことで、お前に新しいスキルをくれてやろうっていうんだ』

 私は指示に従って飛んだ。

『焼けている家々があるな。それをすべて≪ロックオン≫しろ!』

『≪ロックオン≫?』

『ああ、すべてに対して狙いを定めるんだ。できるはずだ』



 焼けている家!

 意識をそこにもっていくと、視界に広がるすべての焼けている家が黄色の四角で囲まれて見えた。

『よし、冷却魔法で火を消すんだ。

 水系の魔法では負傷者を溺れさせてしまうかもしれない。

 だから冷却魔法だ。可燃物自体が冷たくなると化学反応が進まなくなって燃えなくなるからな。

 だけど冷やしすぎると、近くの負傷者まで凍らせてしまうから、なるべく弱い魔法から強い魔法へ変えていき、消えた時点で魔法を終えろ!』

 私は、これまでの説明ですでに理解しつつあった。



 ――冷却魔法!!



 燃えているもの自体を冷却する――それは通常では不可能なことであろうが――それによってみるみる鎮火していった。



『次は、この火災による負傷者を≪ロックオン≫すればいいんだな!』

『そうだ、飲み込み速いじゃねぇか!』

 負傷者を!

 そう念じると、次々と黄色い四角が視界に現れる。それが、炎によって負傷した人たちなのだ。

 つまり、この勇者のかけらがもたらした能力は、念じたものを全て≪ロックオン≫する能力だったのだ。



『治癒魔法を!』

 私は治癒魔法を放つ。

 黄色い四角は数百にものぼる。その人たちすべてに、治癒魔法が届く。

 傷ついた人は、ある者は走り出し、ある者は喜んだ。

 その周りにいる者も喜ぶとともに、恐るべき厄災から逃れるべく改めて走り出した。



『どうやら、死人は出なかったようだ』

「すまない、助かったよ」

『おっと、そんな暇はないぜ。次の攻撃がくる!』

 アジ・ダハーカの頭は、今度は三つが三つ全部別々の方向を向いて息をため込んでいる。

 そしてまたしても炎を吐いた。

『だが、それはもう効かないぜ!』

 私は三つの炎を≪ロックオン≫し、凍獄魔法を連発してかき消して見せた。

 このありさまを見て、さすがのアジ・ダハーカも驚いたようだった。



 しかし、私も治癒や冷却の魔法を連発したせいでMPがなくなりつつある。

 敵の視線をかいくぐって触れ、≪エナジードレイン≫で補給する。

 と、今度はアジ・ダハーカの背中のあちこちがぼこぼこと膨らみ始めた。

「なんだ?」

 膨らんだのが弾けると、そこから小さなドラゴンが飛び出してきた。

 小さなといっても、アジ・ダハーカと比べれば小さいだけであり、その大きさはゆうに三メートルはある。

 その数、数千匹といったところか。

 空はドラゴンで埋め尽くされ、まるで夜のようになってしまった。



 その様子を見て、眼下の街からはさらなる悲鳴が聞こえてきた。

「だが、今の私にはこんなのどうとでもできる!」

 それを飛ぶドラゴンたちすべてを≪ロックオン≫し、爆裂魔法を放つ。

 空を覆っていたドラゴンたちが爆発し、さながら花火のようだった。

 砕け散ったドラゴンは黒い泡になって消えてゆく。

 これにもアジ・ダハーカは驚いた様子だった。



『奴がどれほどの知能をもっているかわからないが、炎がどうも効かないみたいだから、たくさんのドラゴンを生み出したはずだ。それさえも封じたんだ。動揺して当然だぜ』

『なるほど、ならば今のうちに徹底攻撃させてもらおう』

 私はアジ・ダハーカに取りついたまま、その背中を≪ロックオン≫した。

 私の視界は無数の黄色い四角で埋め尽くされる。

 そして、最大級の魔法で攻撃を加える。

 ドドドドドドドドドドドド!!!!!!!

 爆裂魔法と凍獄魔法を次々に背中全体にぶつけ、まさに絨毯爆撃を行う。

 おそらくこれも、敵にとってはかゆい程度のダメージに過ぎないだろう。

 だが、かゆみもひどくなればかきむしって、いずれは肉がむき出しになる。

 しかも、私が吸収したエネルギーによってこれらの魔法は放たれている。

 すなわち、自分のエネルギーが自分を攻撃しているような状態だ。

 私は何も失うことなく、敵はわずかながらでもダメージが蓄積されてゆく。



 今回手に入れた≪ロックオン≫と≪エナジードレイン≫のスキルは、この上ないほど強力な武器となった。



「は!?」

 私は攻撃に集中しすぎて、周囲に目が行っていなかった。

 気づくと私は何千もの三メートル級のドラゴンに取り囲まれていた。

 いつの間にドラゴンを?

 簡単なことだ。

 先ほどは背中からドラゴンを生み出したが、今度はこちらから見えない腹側から生み出しただけだ。

 こいつらは小さい分、小回りが利く。私をめがけて炎を吐いてくる。

「くそ! ≪ロックオン≫だ!」

 しかし、狙ったのかどうかはわからないが、間近に迫った一匹のドラゴンによって視界がふさがれる。

「!?」

 視界を確保しようと態勢を変えたときにはもう遅い。

 私は何千というドラゴンの炎に包まれ、焼かれてしまった。

「ぐあああ! 治癒魔法!」

 私は傷を魔法で癒しながら距離をとるためアジ・ダハーカから一旦離れ、視界に入ったドラゴンをすべて≪ロックオン≫し、爆裂魔法で吹き飛ばす。

 それでも半数近くはまだ生き残っている。



 視界に入らなければロックオンできないことに気づいたのか、あるいは狩りの基本動作なのか、私のまわりをぐるぐると旋回し攻撃の機会をうかがっている。

 まずい。

 このままずるずる行けば、その隙にアジ・ダハーカは今度こそ街を焼き尽くしてしまうだろう。

 最も避けなければならないのはその事態だ。

 とにかく目に映るドラゴンを爆破していく。

 そして、群がるドラゴンをかいくぐって、アジ・ダハーカの注意をこっちに向けさせるために正面に躍り出る。

 敵は、私の存在に気づいた。



「さあ、私を倒してみろ!」

 挑発するように周りを飛ぶドラゴンたちを爆破する。

「!?」

 その瞬間、アジ・ダハーカの顔の表面の棘状の鱗が何千と飛んできた。

「ぐわああ!」

 鱗といってもこの竜の鱗だ。

 一枚が槍のような大きさで、しかも亜光速で襲ってくる。

 私の認識が追い付かず、肉体をザクザクと削っていく。

 何とかかわしても間に合わず、私はごっそり右足をもっていかれてしまった。

「……!!!!」

 痛みが大きすぎてもはや声すら出ない。

 まずい! 勇者の肉体は死なないとはいえ、完全に砕かれてしまえば、再生までにかなりの時間を要することになる。

 飛翔魔法で動けるからまだ何とかなるものの、「脚なんて飾りです。偉い人にはわからんのですよ」なんて言えるような状況ではない。



 だが、それは敵も同じことだ。

 脳だ!

 脳を破壊すれば、いかに回復力の高いアジ・ダハーカでも動きを止めることはできるはずだ。

 いや、三つの頭を同時に破壊できればやっつけることもできるのではないだろうか?

 炎を吐くとき以外は不用意に空いている口……

 外からではなく口腔内からのほうが脳へダメージを与えやすいはずだ。

 一つの頭は魔法の連発で。

 一つの頭は私が突進して。

 一つの頭は聖槍グングニルで。



 私は一つの頭の口を狙ってグングニルを放った。

 さらに間髪入れず別の頭の口の中を≪ロックオン≫し、爆裂魔法と氷槍魔法を放った。

 グングニルは口から入って脳天を破壊しながら飛び出してきた。

 もう一つの頭は爆発で吹き飛んだ。



「勝てる!!」

 私は残りひとつの頭の口めがけ亜光速で突進した。

 勇者の剣に最大限の魔力を送り、超硬質化させる。

 しかしその瞬間、アジ・ダハーカは毒の霧を吐いてきた。

「私には毒耐性がある! このくらい!!」

 私は構わず毒の霧の中を突き進み、口の中の軟口蓋――口の奥にある、骨のない柔らかい部分――から脳へ向かって突き進み、破壊していった。そして頭蓋骨を突き抜け、外に出る。

 三つの頭の脳すべてを、部分的ではあるが破壊してみせた。

「どうだ!」



 しかし、竜は死んではいなかった。

 吹き飛んだ頭もみるみる再生してゆく。

 何という光景だ。

 むしろダメージを負ったのは私だった。

 毒耐性があるとはいえ完璧ではない。

 この毒は猛毒どころではないとんでもなく強力な毒だった。

 解毒魔法もほとんど意味がない。

 アジ・ダハーカは頭の再生のために動かないが、その間も三メートル級のドラゴンが攻撃してくる。

「くっ」

 それでも根性で何とか戦うものの、すでに意識は朦朧としてきていた。



 勝負所を見誤ったのだ。

 一瞬の判断ミスが状況を変えてしまった。



 再生したアジ・ダハーカは、今度は口から紫色の気体をもらしていた。

 しかも街に向けて毒を吐こうとしているのだ。

 こんなのをくらえば、一般人なんて即死だ。

 どうする、どうする!?



 身体が思うように動かない。それでも私は敵の前に立った。

 アジ・ダハーカが毒を吐く。

「≪エナジードレイン≫!」

 一か八かだ。

 このスキルに毒を吸収する効果などあるのだろうか。

 果たして、私の期待通りのことは起こった。。

 毒がどんどん私の内部に取り込まれてゆく。

「ぐおおおおお!」

 人々は守れても、毒は容赦なく私の肉体を蝕み、HPはぐんぐんとなくなっていった。

「こ、これでどうだ!」

 すべての毒を吸収した私はアジ・ダハーカに取りつき、ため込んだ毒をそのまんま本人に返してやった。

 毒をもつ生物は多くの場合毒の袋をもっていて、袋があるから体内に毒が回らないようにできている。自分の身体でつくった毒が自分に効くのかどうか不明だが、今できる攻撃としてはこれしか思いつかなかった。



「ギエエエエエエエ!」

 アジ・ダハーカが悲鳴を上げてもがいた。効いているらしい。

 しかし、私も毒の後遺症で身体が完全には回復していない。

「≪エナジードレ……」

 敵からエネルギーを奪い取って回復を試みたその瞬間、もがくアジ・ダハーカが私をはたき飛ばした。

 ドガーン!

 吹っ飛ばされた私ははるか遠くの山に突き刺さった。



「仙崎さん!」

「仙崎様!」

 飛ばされたのは偶然にもさっきまでいた場所、いづなと秋穂がいる場所だった。もう少しずれていたら二人が危なかった。

 二人とも自分の作業を止めて私に駆け寄る。

「ぎゃあああああ!」

 山の岩盤に激突した私は肉体が砕け散り、スプラッタ状態になっていた。

 秋穂はその惨状に悲鳴を上げた。

 だが、肉体がぼろぼろになるのには慣れつつあった。

 意識は何とか保たれている。



「ぐうぅ……やられてしまったよ。これでは回復に時間が……」

「仙崎さん、こんなにぼろぼろになってまで……」

「だって、戦えるのは私しかいないんだから……」

 秋穂は涙を流し、何やら決意めいた顔をした。

「いづなさん、魔界に行って治しましょう」

「はい、あちらに行けば回復までの時間を稼ぐことができます」

 いづなは≪アイテム合成≫のスキルによって、辺りに生えている竹からあっという間に籠をつくった。

 そしてためらいもかなぐり捨て、血まみれの私の肉片をかき集めて籠に入れる。

 私の顔の上に、私の肉が乗っかってくるのはとても気持ちの悪いことだった。



「いづなさん、アジ・ダハーカはしばらく動くことはできなさそうですが、残っているドラゴンたちが街を攻撃するかもしれません。あいつらを相手していただけますか?」

「わかりました。式神!!」

 いづなは百体の式神を同時に操ることができるようになっていた。

 そしてその一体一体がいづなと同じレベルの強さをもっている。

 胸の谷間から紙きれを取り出し空へ投げると、黒い人影となる。式神はドラゴンと戦うため、空を飛んで向かっていった。



「仙崎さん、魔界へ行きます!」

「頼むよ……」

 秋穂は私の入った籠をかついで、魔界へつながる洞窟へ走った。
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