結奈とママの、そしてパパの日記

広之新

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第11章 死を乗り越えて

逮捕

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 学校からの帰り道に異様な雰囲気、いや気配を感じていた。誰かが見ている・・・これは捜査員が張り込みをしている・・・刑事の勘でそう思った。

(この辺に通り魔の犯人がいるというのか? あの男がいるというのか?)

私は目だけ動かして辺りを探った。私以外の父兄はもうすでに帰ってしまったようで姿は見えない。狙う相手がいないということは今回の張り込みも空振りだったわけか・・・などと思っていた。

(いや、違う。もしかしたら奴はこの辺りの地理に詳しいのかもしれない。だとすると犯行を行うのはあの場所だ!)

それは妻の理恵が刺殺された場所だった。道から外れた林の中・・・一人で通行している者を引っ張り込んで殺すにはその場所が都合がいい。私は急に嫌な予感がした。

(もしかしたら今頃、犯行が行われているかも・・・)

私は急に思い立って走り出した。あの林の中に・・・。すると・・・。

「なにをしている!」

私は叫んだ。男が女性に馬なりになって今や、ナイフを突き刺そうとしていた。その男はサングラスとマスクで顔を隠してスーツを着ていたが、全体の雰囲気から1年前に見た男に間違いはなかった。
 女性はテープで口をふさがれており、悲鳴を上げられなかったようだ。それでも私に気付いた男が振り向いた隙に、その男を突き飛ばした。そして起き上がって逃げようとした。

「待て!」

男もすぐに起き上がってその女性の背後からナイフを突き立てようとした。

「やめろ!」

私はその男に飛び掛かった。ナイフを持った手を押さえ押し倒そうとするが、男の力も強い。激しくもみ合っているうちに男との距離は離れた。サングラスとマスクは剥がれ、男の素顔が見えた。こんなことをしそうにない青白くて弱々しい面だったが、その目は病的なほどだった。
 男はナイフを構えていた。隙があれば切り裂こうとして・・・。私は男を逃がすまいと身構えていた。

「ナイフを捨てろ!」

私はそう叫んだが、男は答えずにナイフを振り回して威嚇していた。刑事であった頃は携帯用の警棒を所持していたが、今は丸腰だ。足元に太い枝が落ちてはいるが、それを拾う前に刺されてしまうだろう。

「ナイフを捨てろ! もうすぐ応援が来る。お前はもう逃げられない。あきらめろ!」

だが男はナイフを放そうとしない。にらみ合いが続いた。だが・・・

「藤田さん。」

横から声をかけられた。それは山中先生だった。彼女の手には写真立てがあった。私がうっかり忘れた理恵の写真を届けようと追いかけてきたのだ。山中先生は私の姿を見て声をかけたが、すぐに今の状況を理解した。だが逃げようとしても足がすくんで、固まったまま動けなくなっているようだった。
 男の口がニヤリと笑った。そしてすぐに山中先生の方に走り出し、ナイフを突き出して彼女に突き立てようとした。

「危ない!」

私はすぐに山中先生の方に駆け寄ってその前に立った。その瞬間、ナイフを突き出した男がちょうどぶつかってきた。

「うっ!」

私は腹部に鋭い痛みを感じた。

「藤田さん!」

山中先生は驚いて声を上げた。私がやられてしまったと思ったようだ。確かにそうだが、体はまだ動く。ちょうど男の体は私と接している。私は男をそのまま押し倒して腕を取った。男はそこから抜け出そうと手足をバタバタさせて暴れていた。だが犯人を逃すことはできない。腹部に激しい痛みを感じているが、このままぐっと抑え込んでいた。その時、大勢の足音が聞こえてきた。

「大丈夫か!」

それは倉田班長とその捜査員たちだった。先ほど逃げた女性が通報してくれたようだ。彼らは私が犯人の男を押さえているのを見た。

「藤田!」
「班長。手錠を! 手錠を!」

私は腹の痛みが激しくなって体の力が抜けてきていたが、この手錠だけは自分でかけたかった。理恵のために・・・。

「わかった。藤田、手錠だ!」

私は手錠を受け取り、

「殺人未遂の現行犯で逮捕する。」

と男の手に手錠をかけた。男はあきらめたのか、抵抗するのをやめてうなだれた。そこを捜査員たちが立ち上がらせて連れて行った。私はホッとしたがもう立ち上がることはできなかった。ナイフが刺さった腹からは血が流れ出ていた。

「お前、刺されたのか!」

 倉田班長は私が男のナイフを腹に受けているのに気付いて、私を抱き起してくれた。

「しっかりしろ! 藤田!」
「班長、後を頼みます。犯人は逮捕しました・・・」

安心したためか、張りつめた気持ちが緩んで意識が薄らいできていた。

(私は死ぬのだろうか?)

そんな考えが浮かんできた。もしかしたらそうなのかもしれない。だが、

(死ねない。結奈がいるんだ。私は死ぬわけにはいかない!)

心の中であえいでいた。だが意識はさらに薄らいでいく・・・。

「藤田、しっかりしろ!」
「藤田さん! 藤田さん!」

倉田班長と山中先生の声が聞こえていたが、私はそのまま意識を失った。
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