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第11章 死を乗り越えて
訃報
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それは突然のことだった。急に職場に私宛の電話がかかってきたのだ。それは母の店の共同経営者からだった。
「藤田さん。お母さんが倒れられました。」
「えっ!」
私は目の前が枕真っ暗になった気がした。こんなことは2度目だ。
「今、どこにいるのですか?」
「救急車で令和病院に向かっています。」
「わかりました。すぐに行きます。」
私は夏山課長に事情を説明してすぐにタクシーで病院に向かった。その道中、私は母のことを考えていた。
父を早く亡くし、母は小さな雑貨店を共同で経営していた。いつも苦労していたと思うのだがその姿を私には見せなかった。私には不自由させまいと頑張ってくれたのだ。私が困ったり悩んでいる時は前を向くように背中を押してくれたし、理恵は失って気落ちしている時も励まして、いろいろとサポートしてくれた。
だがよく考えて見ると私が母のためにしたことはほとんどない。親孝行らしいことはしたことがなかった。特に理恵を失ってからは自分たちのことだけいっぱいで、母のことを考える余裕はなくなっていた。
(これからは母のことも・・・。親孝行をしよう。)
だがそれは叶わなかった。母の病室に入るとすでに顔に白い布は駆けられていた。そばには共同経営者の今島さんがいた。
「お母さん。心臓が止まっていて・・・。助からなかったの・・・」
母は心筋梗塞のようだった。蘇生処置も攻を奏さず、心臓は動かなかったのだ。私はそばに寄って布を取って母の顔を見た。その顔は安らかに見えた。
その後で山中先生に連れられて結奈が来た。山中先生に母のことをメールで送ったらわざわざ結奈を送って来てくれたのだ。結奈は母の姿を見て、
「おばあちゃん! おばあちゃん!」
と泣いていた。私もそうしたい衝動にかられたが、それよりもすることがあった。私はそこで気を落としてばかりいられないのだ。今度はサポートしてくれる人はいない。母の弔いをすべて一人で行わねばならないのだ。悲しみを押さえて・・・。
「お手伝いできることがあれば言ってください。」
山中先生は言ってくれた。それだけで私は少し気持ちが楽になった。
だがそれからは大変だった。お通夜やお葬式の用意をして・・・。それは理恵の時と同じだった。一通り終わってやっと悲しみが怒涛の如く訪れるのだ。
家に帰った夜、私は部屋で一人で泣いていた。母に何もできなかった後悔、子供の頃の思い出、急に感じたさびしさなどが一緒になって私を襲っていた。そしてその後は大きな喪失感が私の気力を奪っていた。
(なにも考えられない・・・)
ただぼんやりしていた。もちろん結奈の日記に目を通すこともない。そんな私を結奈が励ましてくれた。
「パパ。元気出して。結奈がたくさん手伝うから。」
そして山中先生からもメールが来た。
「結奈さんから聞きました。お元気がないようですね。お母さまを亡くされてご心痛のことで無理もないことと思います。でもいつかは結奈さんのように元に戻られることと思います。・・・」
山中先生も気遣ってくれていた。そういえば状況は違うとはいえ、私は去年の結奈と同じなのだ。急に母を失ったという・・・。
(こうしてはいられない。私も何かしていかねば・・・)
とにかく結奈の日記を見てみることにした。しばらく読んでいなかったからずいぶん未読の部分が多いだろう。
『ママ。おばあちゃんが亡くなったよ。多分、今頃ママに会っていると思うから。心配しないでと伝えて。・・・』
『ママ。返事くれなかったのね。忙しかったの? それともおばあちゃんとお話が多かったの? でも結奈は大丈夫だよ・・・』
『ママ。パパが大変。ずっとぼんやりしているの。食事は何とか作るけど、仕事をお休みしているみたいなの・・・』
結奈にはかなり心配をかけていたようだ。私は母を失くして何も手がつかなかったが、去年ママを失くした結奈にはもっと心を痛めたことだろう。だが結奈は立ち直った。日記のママの言葉の力を借りて・・・。
私にはそんな母の言葉はない。しかし目をつぶって思い出すと母の姿と言葉が浮かんでくる。
『いつまでも泣いていてはみんなに笑われるよ。お前は強い男なのだから、しっかり結奈ちゃんを守っていくんだよ・・・』
母は私にそう言う気がした。私はまず結奈の日記にママの言葉を書くことにした。
『ごめんね。返事をしてあげられなくて。ずっとパパのそばにいて慰めていたのよ。でもパパはもう大丈夫。元のパパに戻ってくれるわ・・・』
私はそう書くことで自分を奮い立たせようとした。もう明日からはくよくよせず、結奈のパパとしてしっかり生きていくと・・・。
次の日は目覚めがよかった。私はまるで生まれ変わったようだった。結奈も私を見てこう言った。
「パパ。何だか昨日までと違うみたい。前よりも元気になっている。」
私はうれしくなって結奈に言った。
「ああ、そうだよ。パパはしっかりすることにしたんだ。ママやおばあちゃんのためにも。」
「そうなんだ。じゃあ、本当にママがパパを力づけてくれたのね。よかった。」
結奈はホッとしたようだった。私はそれを聞いて笑顔でおおきくうなずいた。
これで我が家はまたいつもの生活を取り戻した。気が付けば理恵が亡くなってもう1年が過ぎようとしていた。私と結奈は前向きに生きようと頑張ってきた。あの忌まわしい出来事を乗り越えて・・・
だが倉田班長から重大なことを聞いたのだ。あの犯人が動き始めているという・・・。それは私のみならず、私たち家族を大きな渦に巻き込もうとしていた。
「藤田さん。お母さんが倒れられました。」
「えっ!」
私は目の前が枕真っ暗になった気がした。こんなことは2度目だ。
「今、どこにいるのですか?」
「救急車で令和病院に向かっています。」
「わかりました。すぐに行きます。」
私は夏山課長に事情を説明してすぐにタクシーで病院に向かった。その道中、私は母のことを考えていた。
父を早く亡くし、母は小さな雑貨店を共同で経営していた。いつも苦労していたと思うのだがその姿を私には見せなかった。私には不自由させまいと頑張ってくれたのだ。私が困ったり悩んでいる時は前を向くように背中を押してくれたし、理恵は失って気落ちしている時も励まして、いろいろとサポートしてくれた。
だがよく考えて見ると私が母のためにしたことはほとんどない。親孝行らしいことはしたことがなかった。特に理恵を失ってからは自分たちのことだけいっぱいで、母のことを考える余裕はなくなっていた。
(これからは母のことも・・・。親孝行をしよう。)
だがそれは叶わなかった。母の病室に入るとすでに顔に白い布は駆けられていた。そばには共同経営者の今島さんがいた。
「お母さん。心臓が止まっていて・・・。助からなかったの・・・」
母は心筋梗塞のようだった。蘇生処置も攻を奏さず、心臓は動かなかったのだ。私はそばに寄って布を取って母の顔を見た。その顔は安らかに見えた。
その後で山中先生に連れられて結奈が来た。山中先生に母のことをメールで送ったらわざわざ結奈を送って来てくれたのだ。結奈は母の姿を見て、
「おばあちゃん! おばあちゃん!」
と泣いていた。私もそうしたい衝動にかられたが、それよりもすることがあった。私はそこで気を落としてばかりいられないのだ。今度はサポートしてくれる人はいない。母の弔いをすべて一人で行わねばならないのだ。悲しみを押さえて・・・。
「お手伝いできることがあれば言ってください。」
山中先生は言ってくれた。それだけで私は少し気持ちが楽になった。
だがそれからは大変だった。お通夜やお葬式の用意をして・・・。それは理恵の時と同じだった。一通り終わってやっと悲しみが怒涛の如く訪れるのだ。
家に帰った夜、私は部屋で一人で泣いていた。母に何もできなかった後悔、子供の頃の思い出、急に感じたさびしさなどが一緒になって私を襲っていた。そしてその後は大きな喪失感が私の気力を奪っていた。
(なにも考えられない・・・)
ただぼんやりしていた。もちろん結奈の日記に目を通すこともない。そんな私を結奈が励ましてくれた。
「パパ。元気出して。結奈がたくさん手伝うから。」
そして山中先生からもメールが来た。
「結奈さんから聞きました。お元気がないようですね。お母さまを亡くされてご心痛のことで無理もないことと思います。でもいつかは結奈さんのように元に戻られることと思います。・・・」
山中先生も気遣ってくれていた。そういえば状況は違うとはいえ、私は去年の結奈と同じなのだ。急に母を失ったという・・・。
(こうしてはいられない。私も何かしていかねば・・・)
とにかく結奈の日記を見てみることにした。しばらく読んでいなかったからずいぶん未読の部分が多いだろう。
『ママ。おばあちゃんが亡くなったよ。多分、今頃ママに会っていると思うから。心配しないでと伝えて。・・・』
『ママ。返事くれなかったのね。忙しかったの? それともおばあちゃんとお話が多かったの? でも結奈は大丈夫だよ・・・』
『ママ。パパが大変。ずっとぼんやりしているの。食事は何とか作るけど、仕事をお休みしているみたいなの・・・』
結奈にはかなり心配をかけていたようだ。私は母を失くして何も手がつかなかったが、去年ママを失くした結奈にはもっと心を痛めたことだろう。だが結奈は立ち直った。日記のママの言葉の力を借りて・・・。
私にはそんな母の言葉はない。しかし目をつぶって思い出すと母の姿と言葉が浮かんでくる。
『いつまでも泣いていてはみんなに笑われるよ。お前は強い男なのだから、しっかり結奈ちゃんを守っていくんだよ・・・』
母は私にそう言う気がした。私はまず結奈の日記にママの言葉を書くことにした。
『ごめんね。返事をしてあげられなくて。ずっとパパのそばにいて慰めていたのよ。でもパパはもう大丈夫。元のパパに戻ってくれるわ・・・』
私はそう書くことで自分を奮い立たせようとした。もう明日からはくよくよせず、結奈のパパとしてしっかり生きていくと・・・。
次の日は目覚めがよかった。私はまるで生まれ変わったようだった。結奈も私を見てこう言った。
「パパ。何だか昨日までと違うみたい。前よりも元気になっている。」
私はうれしくなって結奈に言った。
「ああ、そうだよ。パパはしっかりすることにしたんだ。ママやおばあちゃんのためにも。」
「そうなんだ。じゃあ、本当にママがパパを力づけてくれたのね。よかった。」
結奈はホッとしたようだった。私はそれを聞いて笑顔でおおきくうなずいた。
これで我が家はまたいつもの生活を取り戻した。気が付けば理恵が亡くなってもう1年が過ぎようとしていた。私と結奈は前向きに生きようと頑張ってきた。あの忌まわしい出来事を乗り越えて・・・
だが倉田班長から重大なことを聞いたのだ。あの犯人が動き始めているという・・・。それは私のみならず、私たち家族を大きな渦に巻き込もうとしていた。
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