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第9章 春
ひな祭り
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いよいよ3月3日、ひな祭りが近づいてきた。女の子なんだからちゃんとお祭りしなければ・・・と思って、去年の3月初めの理恵の日記を探してみた。
『もうすぐひな祭りだ。お雛様を飾らなければならない。入れてあるのが押し入れの奥の方だから大変だった。取り出すとかなりのもの。今年も頑張って飾らなければ・・・・』
『お雛様を並べる。段を作り、赤い布を引いて、お雛様を箱から出して組み立てて・・・毎年なかなか大変だ。でも結奈が喜んでくれた。・・・』
『いよいよひな祭り。結奈のお友達を招待して、にぎやかに・・・・』
『ひな祭りが終わったし、早くお雛様をかたづけなければ、嫁行きが送れる・・・と言うのは迷信か。でもカビがつかないように早めにしまう方がいいに決まっている。出す時より神経を使う・・・』
なかなか理恵も苦労している。休みの日にお雛様を出すことにしたが、しまうのは次の休みの日になる。それだと婚期が遅れる・・・それならそれでいい。結奈がずっとパパの元にいるなら・・・。
しかし3月3日のひな祭りの日が困った。平日なのだ。仕事を休んでひな祭り・・・というわけにもいかない。ここは結奈に我慢してもらうしかない。
夕食の時、私は結奈に言った。
「もうすぐひな祭りだね。次の休みの日にお雛様を出そうか?」
「ううん、出さなくていい。ママがいないんだもの。」
しかしだからといってお雛様をしまいっぱなしにはできない。不幸になるという・・・迷信と思うが、やはり女の子なんだからお雛様は飾ってやりたい。
「パパだって大丈夫さ。任せて!」
「私のお雛様、壊さないでよ。」
「でもお雛祭りに友達は呼べないよ。パパはお仕事だから。」
「うん。いいよ。お呼ばれしているから。」
なるほどそうか。他の女の子の家でもひな祭りをする。今年はそっちに行ってくれるか・・・それは助かった。
「じゃあ、何かもっていくか? みんな何を持ってきていた?」
「それはね・・・」
結奈はいろいろ教えてくれた。そこの家でひな祭りのものは用意してあるのだろう。お菓子でも持たせるか。
結奈は日記にも書いていた。
『今年はパパがお雛様を出すみたい。だいじょうぶかなあ・・・』
かなり心配されている。
『大丈夫よ。パパだって毎年お雛様を見ているわ。できるわよ。』
とママの返事を書いた。それぐらいできるだろうと高をくくっていたのだが・・・。
休みの日に押し入れの奥から箱を取り出して驚いた。何がないやらわからない。毎年飾ったのを見ていただけだから、どうやって組み立てるまではわからない。私が困っていると、
「パパ、だめねえ。」
と、結局は結奈が手を出した。彼女は毎年手伝っているからある程度まではできる。でもさすがに細かいところまではわからない。これはこうだった、あれはこうだった・・・という風に一日仕事になってしまった。それでも何かおかしいような・・・。
(仕方ない。おかしいところがわかればそのたびに直していこう。理恵の日記にはそこまで詳しく書いていないのだから・・・。)
その夜、結奈は日記にこう書いていた。
『ママ。お雛様を出したよ。パパと私で。でもこれでいいかわからない。ママ。これでいいか見てみて。おかしかったら教えて。』
そんなことを言われても私にもこれが正解かはわからない。確かに理恵ならわかるかもしれないが・・・。
『結奈とパパでお雛様を飾ってくれてそれで十分。お雛様も喜んでいるわ・・・』
私はママの言葉をそう書いた。
いよいよ3月3日、ひな祭りの日だ。飾ってあるお雛様はなんだか輝いているように見える。結奈が学校に行く前に私は言った。
「今日はひな祭りにお呼ばれするんだったね。テーブルの上のお菓子を持っていって。お呼ばれのお礼を言って渡すんだよ。」
「うん。わかった。陽菜ちゃんの家に行くの。お友達がいっぱいくるみたいよ。」
女の子のお祭りだから、私にはわからない。多分、楽しくやるんだろう。
その日、帰ってきたら女性物の靴が玄関にあった。誰か来ているのか・・と思って声をかけた。
「ただいま。」
すると結奈ともう一人が出て来た。
「おかえりなさい。」
それはエプロンをつけた山中先生だった。2人とも笑顔で私を出迎えてくれていた。
「どうして先生が?」
「この前のお礼をしようと思って。ついでに驚かそうとしてね。」
「パパ、びっくりした?」
「ああ。驚いたよ。」
キッチンにはひな祭りの料理が並べられていた。ちらし寿司にハマグリのお吸い物・・・、甘酒やひなあられ、菱餅まである。
「すいません。こんなにしていただいて。」
「ひな祭りは結奈さんにとって大事ですから。お手伝いをしようと思って。」
久しぶりに3人で食卓を囲んだ。以前の時はストーカーのために緊張感があったが、今日はそれがない。なごやかに食事をして、お菓子を食べてひな祭りを祝った。こんな楽しい時はなかった。去年までは私は夜遅くまで仕事、結奈と理恵でひな祭りをしていたのだから・・・。
夜遅くなったので私は山中先生を送っていくことにした。その夜は星がきれいだった。
「今日はありがとうございます。楽しいひな祭りでした。」
「いえ、私の方こそ。ご迷惑でないかと思ったのですが、結奈さんが秘密にしておいてと約束したものですから。」
「そうだったのですね。」
「パパを驚かして喜ばそうと思ったのでしょう。私もそうしたいと思ったものですから・・・」
山中先生はそう言ってしばらく静かになった。彼女は何か言いたいのかもしれないが、私にはその気持ちを受けることはできない。だからあえてこう言った。
「結奈のためにひな祭りをしていただいて、死んだ妻も喜んでいるでしょう。」
「そ、そうですね。結奈さん、大変喜んでいましたから。じゃあ。私はここで大丈夫です。では失礼します。」
山中先生は走っていった。私はそれを見送っていた。
その日の結奈の日記にはこう書かれていた。
『ひな祭りはうまくいったよ。山中先生を連れて来てパパを驚かしたんだ。パパ、びっくりしてたよ。でもママにも内緒にしていてごめんね。もしかしたらママがパパに言ってしまう気がしてね。許してね・・・・』
(そういうことか。だから日記のも書いていなかったんだな。)
だから不意打ちに私は驚いた。でも山中先生の気持ちを考えると・・・。いや、やめておこう。彼女は結奈の担任の先生というだけなのだから・・・。私はママの言葉を日記に書いた。
『うまくいったようね。ママも見ていたわ。パパは驚いていたわね・・・』
ひな祭りは楽しかったが片付けは大変だった。次の休日、やはり結奈と2人で苦心しながら何とかお雛様をしまった。これではひな祭りの楽しい思い出より、お雛様を出したり片付けたりした苦労の方が思い出に残るかもしれない。多分、今日の結奈の日記もそう書いてあることだろう。
『もうすぐひな祭りだ。お雛様を飾らなければならない。入れてあるのが押し入れの奥の方だから大変だった。取り出すとかなりのもの。今年も頑張って飾らなければ・・・・』
『お雛様を並べる。段を作り、赤い布を引いて、お雛様を箱から出して組み立てて・・・毎年なかなか大変だ。でも結奈が喜んでくれた。・・・』
『いよいよひな祭り。結奈のお友達を招待して、にぎやかに・・・・』
『ひな祭りが終わったし、早くお雛様をかたづけなければ、嫁行きが送れる・・・と言うのは迷信か。でもカビがつかないように早めにしまう方がいいに決まっている。出す時より神経を使う・・・』
なかなか理恵も苦労している。休みの日にお雛様を出すことにしたが、しまうのは次の休みの日になる。それだと婚期が遅れる・・・それならそれでいい。結奈がずっとパパの元にいるなら・・・。
しかし3月3日のひな祭りの日が困った。平日なのだ。仕事を休んでひな祭り・・・というわけにもいかない。ここは結奈に我慢してもらうしかない。
夕食の時、私は結奈に言った。
「もうすぐひな祭りだね。次の休みの日にお雛様を出そうか?」
「ううん、出さなくていい。ママがいないんだもの。」
しかしだからといってお雛様をしまいっぱなしにはできない。不幸になるという・・・迷信と思うが、やはり女の子なんだからお雛様は飾ってやりたい。
「パパだって大丈夫さ。任せて!」
「私のお雛様、壊さないでよ。」
「でもお雛祭りに友達は呼べないよ。パパはお仕事だから。」
「うん。いいよ。お呼ばれしているから。」
なるほどそうか。他の女の子の家でもひな祭りをする。今年はそっちに行ってくれるか・・・それは助かった。
「じゃあ、何かもっていくか? みんな何を持ってきていた?」
「それはね・・・」
結奈はいろいろ教えてくれた。そこの家でひな祭りのものは用意してあるのだろう。お菓子でも持たせるか。
結奈は日記にも書いていた。
『今年はパパがお雛様を出すみたい。だいじょうぶかなあ・・・』
かなり心配されている。
『大丈夫よ。パパだって毎年お雛様を見ているわ。できるわよ。』
とママの返事を書いた。それぐらいできるだろうと高をくくっていたのだが・・・。
休みの日に押し入れの奥から箱を取り出して驚いた。何がないやらわからない。毎年飾ったのを見ていただけだから、どうやって組み立てるまではわからない。私が困っていると、
「パパ、だめねえ。」
と、結局は結奈が手を出した。彼女は毎年手伝っているからある程度まではできる。でもさすがに細かいところまではわからない。これはこうだった、あれはこうだった・・・という風に一日仕事になってしまった。それでも何かおかしいような・・・。
(仕方ない。おかしいところがわかればそのたびに直していこう。理恵の日記にはそこまで詳しく書いていないのだから・・・。)
その夜、結奈は日記にこう書いていた。
『ママ。お雛様を出したよ。パパと私で。でもこれでいいかわからない。ママ。これでいいか見てみて。おかしかったら教えて。』
そんなことを言われても私にもこれが正解かはわからない。確かに理恵ならわかるかもしれないが・・・。
『結奈とパパでお雛様を飾ってくれてそれで十分。お雛様も喜んでいるわ・・・』
私はママの言葉をそう書いた。
いよいよ3月3日、ひな祭りの日だ。飾ってあるお雛様はなんだか輝いているように見える。結奈が学校に行く前に私は言った。
「今日はひな祭りにお呼ばれするんだったね。テーブルの上のお菓子を持っていって。お呼ばれのお礼を言って渡すんだよ。」
「うん。わかった。陽菜ちゃんの家に行くの。お友達がいっぱいくるみたいよ。」
女の子のお祭りだから、私にはわからない。多分、楽しくやるんだろう。
その日、帰ってきたら女性物の靴が玄関にあった。誰か来ているのか・・と思って声をかけた。
「ただいま。」
すると結奈ともう一人が出て来た。
「おかえりなさい。」
それはエプロンをつけた山中先生だった。2人とも笑顔で私を出迎えてくれていた。
「どうして先生が?」
「この前のお礼をしようと思って。ついでに驚かそうとしてね。」
「パパ、びっくりした?」
「ああ。驚いたよ。」
キッチンにはひな祭りの料理が並べられていた。ちらし寿司にハマグリのお吸い物・・・、甘酒やひなあられ、菱餅まである。
「すいません。こんなにしていただいて。」
「ひな祭りは結奈さんにとって大事ですから。お手伝いをしようと思って。」
久しぶりに3人で食卓を囲んだ。以前の時はストーカーのために緊張感があったが、今日はそれがない。なごやかに食事をして、お菓子を食べてひな祭りを祝った。こんな楽しい時はなかった。去年までは私は夜遅くまで仕事、結奈と理恵でひな祭りをしていたのだから・・・。
夜遅くなったので私は山中先生を送っていくことにした。その夜は星がきれいだった。
「今日はありがとうございます。楽しいひな祭りでした。」
「いえ、私の方こそ。ご迷惑でないかと思ったのですが、結奈さんが秘密にしておいてと約束したものですから。」
「そうだったのですね。」
「パパを驚かして喜ばそうと思ったのでしょう。私もそうしたいと思ったものですから・・・」
山中先生はそう言ってしばらく静かになった。彼女は何か言いたいのかもしれないが、私にはその気持ちを受けることはできない。だからあえてこう言った。
「結奈のためにひな祭りをしていただいて、死んだ妻も喜んでいるでしょう。」
「そ、そうですね。結奈さん、大変喜んでいましたから。じゃあ。私はここで大丈夫です。では失礼します。」
山中先生は走っていった。私はそれを見送っていた。
その日の結奈の日記にはこう書かれていた。
『ひな祭りはうまくいったよ。山中先生を連れて来てパパを驚かしたんだ。パパ、びっくりしてたよ。でもママにも内緒にしていてごめんね。もしかしたらママがパパに言ってしまう気がしてね。許してね・・・・』
(そういうことか。だから日記のも書いていなかったんだな。)
だから不意打ちに私は驚いた。でも山中先生の気持ちを考えると・・・。いや、やめておこう。彼女は結奈の担任の先生というだけなのだから・・・。私はママの言葉を日記に書いた。
『うまくいったようね。ママも見ていたわ。パパは驚いていたわね・・・』
ひな祭りは楽しかったが片付けは大変だった。次の休日、やはり結奈と2人で苦心しながら何とかお雛様をしまった。これではひな祭りの楽しい思い出より、お雛様を出したり片付けたりした苦労の方が思い出に残るかもしれない。多分、今日の結奈の日記もそう書いてあることだろう。
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