結奈とママの、そしてパパの日記

広之新

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第4章 日記

授業参観

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 ある時、山中先生からメールが入った。

『11月15日に授業参観がありますが、まだ出欠票をいただいておりません。どうされるのでしょうか?』

年に数回、授業参観があるのは知っていた。多分、理恵が亡くなってから初めてのことになる。今までは当然のように理恵が行っていた。私は理恵からその時の話を聞いただけだった。

        ――――――――――――――――――――――――

 いつものように夜遅く帰って食事をとっている時だった。

「今日は結奈の授業参観に行ってきたの。」
「そうだったのか。それで結奈はどうだった?」
「算数の授業で結奈が答えたのよ。」
「そりゃ、よかった。
「家では甘えん坊だけど学校ではしっかりしているのよ。」
「へえ。そうなのか。」
「授業の後の懇談会で先生の話を聞いたわ。若いけどしっかりした先生だったわ。」
「ふ~ん。」

あまり真剣に聞いていない私に理恵はため息をついた。でも怒りもせずに私が食事しているのを微笑んで見ていた。

         ――――――――――――――――――――――――

 もっと何か話していたと思うが覚えていない。私は理恵の話を右から左に聞いていた。その適当な返事に理恵はあきれていたと思うのだが、それでも仕事で疲れているからと怒りもしなかったのだ。確かに私の頭の中は捜査のことで一杯で、結奈のことをもっと知ろうとしなかった。
 しかし授業参観があるとは知らなかった。多分、プリントか何か、もらってきているはずだが・・・。もしかしたら結奈はそれをわざと私に隠しているのかもしれない。私は山中先生にメールを返した。

『どうも結奈がプリントを失くしたようです。詳しいことを教えていただけないでしょうか? できるだけ参加するつもりです。』

するとメールでプリントの内容が送られてきた。その時間なら何とか仕事を抜け出せそうだ。私は初めて結奈の授業参観に出席することにした。
 それにしても結奈がそのことを言わなかった、いやプリントを出さなかった理由は何だろうか・・・私は結奈に少しカマをかけてみることにした。元刑事の。

 夕食のときに結奈に聞いてみた。

「学校はどう?」
「普通・・・」

相変わらず結奈は元気がなかった。ママを失ってまだ元の活発さは戻っていない。

「そうか。パパは結奈が学校でどうしているか見たいな。」
「おもしろくないよ。」

結奈の返事はそっけない。こんなに言っているのに結奈は授業参観のことについて何も話そうとしなかった。

(忘れているのか・・・)

それなら仕方がない。こちらから山中先生から授業参観の連絡があったことを言うか・・・と思っているうちに、今夜は言いそびれた。

(まあいい。明日にでも・・・)

そう思って寝ている結奈の部屋に行った。今日もすやすやと寝息を立ててよく寝ている。私は机の電灯をつけてこっそり日記を開いた。

『今日はびっくりした。パパが学校の様子が見たいと言った。授業参観のことがばれたのかな。ママがいないから結奈には来てくれる人はいない。パパは仕事が忙しいから。だからプリントを見せなかったのに・・・』

それを見て私は愕然とした。結奈は私が仕事で忙しくしていると思って言わなかったのだ。彼女は彼女なりに私のことを気遣ってくれていたのだ。

(大丈夫だ。結奈に寂しい思いはさせない。そう天国のママに誓ったんだから。)

私は結奈の寝顔を見ながら思った。
 次の日、朝食を取りながら私は結奈に言った。

「結奈。パパに遠慮しなくてもいいんだ。パパは結奈のために何でもしたいんだ。授業参観でも必ず行く。だから正直に言って。」

結奈は私をじっと見た。そして小さな声で言った。

「ごめんなさい。パパ。実は15日の午後に授業参観があるの。プリントもらったけど捨てちゃった。」
「いいんだ。結奈が正直に言ってくれて。必ず行くよ。だからパパに結奈の元気な姿を見せてくれよ。」

私がそう言うと、結奈は小さく「うん」とうなずいた。そこには少しうれしさが込められているようで顔が明るくなっていた。そんな結奈を私は久しぶりに見たような気がした。


 いよいよ15日、授業参観の日になった。夏山課長にはあらかじめ仕事を抜ける許可を頂いた。小学校に向かう私はなぜか緊張していた。他の子の親御さんたちが来られるので、あまり変な格好では行けない。散々迷った挙句、明るい色のスーツになった。
 教室に入るとこれから授業が始まるところだった。親御さんを見ると父親の姿もあるが母親の方が多い。今日は平日の授業参観だからか。

「さあ、今日は『私の家族』という題で作文を書いてもらいました。ここで発表してもらいたいと思います。」

山中先生が言った。その題では・・・私は結奈の方を見た。缶所はややうつむき加減だった。

「さあ、手を挙げて!」
「はい!」「はい!」「はあい!」

山中先生の合図に子供たちは一斉に元気に手を挙げた。結奈はと言うと、遠慮がちに手を挙げている。

「じゃあ、遠山さん。」
「はい。」

当てられた女の子が作文を読み始めた。彼女は母親についての作文だった。家事をすべてして勤めに出ている。すべての時間を家族のために使っている・・・私はそれを聞いて理恵を思い浮かべていた。彼女も忙しい私に代わって家のことや結奈の面倒を見ながら、翻訳の仕事も夜遅くまでしていた・・・。
 女の子が作文を読み終わるとみんなで拍手した。

「がんばっておられるのですね。感動しました。では次の人!」
「はい!」「はい!」「はあい!」

また多くの子供が手を挙げた。今度は男の子だ。父親のことを書いていた。彼の父親は工場で働いている。疲れて帰って来てもその子の相手をするようだ。その子は父親のことが大好きだと言って読み終えた。
 そんな感じで何人もの子供が作文を読んだ。いずれも父親、母親の奮闘とそれに対して感謝を述べており、すべての作文に感動した。私は結奈にとってそんな親になっているのか・・・。

「では最後。藤田さん。」

控えめにしか手を挙げていない結奈が当てられた。彼女はびっくりしたようだが、ゆっくりと立ち上がって作文を読んだ。

「私の家族。3年4組、藤田結奈。私にはママがいません。この前、事件で死んでしまったのです。」

いきなりの冒頭に教室はざわついた。山中先生はそれに構わずじっと聞いている。

「ママは翻訳の仕事もしていましたが、家のことをすべてしていました。休日に遊びに行くのもママが連れて行ってくれました。それはパパが仕事で忙しかったからです。」

私はそれを聞いて恥ずかしくなった。他の家では忙しくても父親が何らかの役割を果たしているというのに・・・。

「ママが死んで私の家は火が消えたように静かになってしまいました。でも今度はパパががんばってくれたのです。」

結奈の声のトーンがやや上がってきた。

「パパは最初、お料理は全くできませんでした。でも私のためにハンバーグを作ってくれたのです。それはおいしくはなかったけど、パパはいっしょうけんめいでした。次は私の好きなチーズインハンバーグを本を見ながら作ってくれました。でも私があまり食べないのを見て、その次はママの味に近づけたハンバーグを作りました。そうやってママが死んで私がしょげているのを、パパが元気つけようとしてくれています。私はまだママの死を受け入れられない。悲しい毎日です。でもパパのために以前の結奈に戻りたいと思っています。大好きなパパと2人で明るく暮らしていきたいです。」

私は泣きそうになっていた。結奈がそう思っていることに・・・。周りの親御さんも涙ぐんでいた。大きな拍手の後、山中先生が言った。

「結奈さん。きっとお父様とともに悲しみを乗り越えられますよ。先生はそう思っています。」

それで授業は終わった。その後に懇談会があった。それは学校の取り組みとか、PTAの各委員からの報告だった。何のことか、初めて参加した私にはすべてわかったわけではないが、とにかく初めて授業参観に参加して結奈の作文を聞けたのはかなり有意義だった。
 帰り際に山中先生に呼び止められた。

「藤田さん。お母様の御不幸のことを書いてある作文を結奈さんに読ませてしまって申し訳ありません。」
「いえ、いいんです。結奈の気持ちがわかって、来てよかったと思いました。ありがとうございます。」
「結奈さんは作文に書いているように本当に思っているのです。必ず明るい結奈さんに戻ります。」
「はい。焦らずにやって行きたいと思います。」

私の心は明るくなっていた。一筋の光が見えたような気がした。
家にいる結奈の表情は相変わらず暗い。だが私は彼女の笑顔を取り戻すために頑張っていくつもりだ。
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