結奈とママの、そしてパパの日記

広之新

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第4章 日記

ママからの日記帳

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 それは11月に入った日のことだった。帰宅後に玄関の呼び鈴が鳴った。急いで出て見るとそれは宅配便だった。

「お届け物です。」

とA4サイズほどの小包が届けられた。依頼主は文房具店となっている。

(何か、頼んだかな?)

私には覚えがなかった。だが届け先の名前の欄を見て驚いた。

『藤田理恵』

 それは死んだ妻の名前だった。彼女が送ってきたのだ。私は不思議な気分に襲われたが、とにかくその包みを開けてみた。すると中には手紙と大きな日記帳が入っていた。

『この度は遅くなって申し訳ありません。特注の日記帳の製造がメーカーの都合で遅れておりましたが、この度やっと入荷できました・・・』

 この日記帳は理恵が生前、注文したもののようだ。やっと今になって届けられたというわけだ。それにしては立派な日記帳だった。飾り立てた厚い表紙に中はしっかりした紙だった。理恵が書いていた日記帳とはまるで違う。

(何のためにこの日記帳を?)

私は日記帳をひっくり返してみた。すると裏には

『藤田結奈』

と書かれていた。理恵が結奈のために頼んだようだ。そこで私は思い出した。そんなことを理恵と話したような・・・。
 私はすぐに理恵の部屋へ行って彼女の日記を開いてみた。

『パパとも相談したが、結奈にも日記を書いてもらおうと思う。いつもいろいろ話してはいるが、口では言えないこともあるだろう。書くことで自分を見つめられる・・・』

確かにそうだった。そんなことを理恵と話したことがある。

    ――――――――――――――――――――――

 理恵は翻訳の仕事をしていたが、それはパソコンでしていた。ノートにペンで書いていることをよく見るのでそれについて聞いたことがあった。

「何を書いているの? 仕事か?」
「いえ、日記よ。」
「日記?」
「ええ、ずっと書いているのよ。気づかなかった?」
「そうだったのか。」

疑問は解けたが関心はなかった。だが理恵はそのついでとばかりに私に言った。

「日記を書くことはいいことだわ。あなたもどう?」
「いいよ。君みたいに文才はないから。」
「そう? でも結奈に日記をつけさせるのはどうかしら? きっと役に立つわ。」
「まあ、そうかも・・・」
「そうしましょう。それならいい日記帳を注文するわ。普通のノートだと結奈はやる気が出ないかもしれないから。」

        ―――――――――――――――――

 それは妻が亡くなる1週間前ぐらいだった。理恵はそれで「どうせなら」と特注の、それは立派な日記帳を頼んだのだろう。これなら結奈が気に入ってくれるだろうと・・・。
 夕食の後で私は結奈にその日記帳を見せた。

「じゃあじゃあーん! 立派な日記帳だろう。これで毎日、日記をつけたらどうだい?」

私は笑顔を作って結奈に日記を差し出した。結奈は怪訝な顔をしていた。いきなりそんなものを出されたらそういう反応になるのかもしれないが・・・。

「ママは毎日、日記を書いていたんだ。結奈にもそうして欲しいと言ってこれを注文したんだよ。」

私がそう言うと、結奈が聞いた。

「何を書くの?」
「その日のことさ。どんなことでもいい。後から見直すとその時の思い出がよみがえるんだよ。」

私はこう答えた。確かに理恵の日記を読んでいたらその時々の記憶が蘇った。涙を流したが・・・。

「ふーん。」

結奈はまじまじとその日記帳を見ていた。そして胸にしっかり抱いてその大きな日記帳を部屋に持っていった。その姿を見て私は思った。


(その日記帳にはママの思いがあると結奈は感じたのかもしれない。多分、日記をつけてくれるだろう。)


 夜遅くなって結奈の部屋に行った。こっそりドアを開けるとすやすやと眠っている。その寝姿は悩みなど抱えていないような穏やかな眠りであった。それは久しぶりに見るような気がした。
 ふと机の上を見るとあの日記帳が置かれている。ちゃんと書いたのだろうか・・・と思って、こっそりそれを開いて見てみた。

『今日から日記を書く。ママみたいになりたいから。』

と書かれていた。ただの一文だが、これが結奈の初めての日記だ。私にはそれが何か特別なもののように思えた。それにその文字以上の彼女の気持ちが伝わってくるような気もした。


 それから結奈は毎日、日記を書いていた。私はそれを、結奈が寝静まった後に読んでいた。娘の日記をのぞき見るなどよくないことだと思えたが、会話が少なくなった彼女のことをよく知るにはそれしかなかった。担任の山中先生が時々、メールで結奈の様子を知らせてくれるが、それだけではよくわからない。それにはないことや私が結奈から聞いていないこともよく書いてあるのだ。

『真理ちゃんと帰り道でケンカした。好きな子を言った言わないと言い合いになった。親友なのに、おこってそのまま帰った。明日会ったら気まずいな。』

結奈に何か、言ってやりたいが、この日記をのぞき見していることは絶対に言えない。そんなことをしたらいろんなことを書いてくれなくなる。とにかく親友と仲直りできないものかどうか・・・遠回しに何か言った方がいいのか・・・私は日記を読みながら迷っていた。

 その次の日の朝、結奈は少し元気がないように見えた。多分、昨日のケンカが尾を引いているのだろう。登校の時には親友の真理ちゃんと顔を合わせるはずだ。仲直りするにはどう話しかけたらいいか、悩んでいるんだろう。私はいつものように結奈に声をかけた。

「おはよう。今日は学校で何があるのかい?」
「いつもと同じ。別に何もないよ。」

結奈は少し機嫌も悪いようだ。

「そうか。困っていることがあればパパに言うんだよ。」
「何を急に。何もないわよ!」

さらに結奈はへそを曲げてしまった。悩んでいることを素直に言ってくれたらいいが、私には言いたくないのだろう。それを何とか聞き出そうとしても無理なのかもしれない。

(元刑事がだらしがない。)

容疑者を取り調べで自白させたことはよくしたが、娘の前では無力である。親友と仲直りするように何か言ってやりたかったが、結局、何も聞きだせないままに結奈は登校していった。

(多分、理恵なら母親の勘で結奈の異変に気付いて、事情を聞きだしてアドバイスしていたのだろう。私には無理か・・・)

私はため息をついた。



 夕食のときの結奈の様子はいつもと変わらなかった。もう解決したのかもしれない。その夜、また結奈の日記を見てみた。どうなったか、気になったのだ。

『朝、真理ちゃんと会った。お互いに謝った。それで仲直りした。昨日まではどうしようかと思っていたのに。でもよかった。これでまた真理ちゃんと親友でいられる。』

結奈は仲直りをしたようだった。私が何か言ってやらなくても結奈は自分で解決できたのだ。私はホッとした。

(結奈はもう3年生だ。日々、成長している。学校という社会の中でちゃんと過ごしている。私がいちいち心配しなくても大丈夫だろう・・・)

それでも私は心配していた。母親を亡くした心の傷がどれだけ深いか、母親がいなくなった喪失感がどれほど大きいか・・・それが私に埋められるだろうかと。結奈の穏やかな寝姿を見てそっと頭をなでていた。
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