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第2章 事件
悲劇の後
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遺体安置所で私と結奈は理恵と会うことができた。死んでしまった理恵だが・・・。冷たく薄暗い部屋に、理恵は顔に布をかけられてベッドの上にいた。私は震える手でその布を取った。それは紛れもない理恵だった。
「藤田理恵さんに間違いないですか?」
担当の捜査員が私に尋ねた。
「はい。間違いありません。」
私は答えた。結奈はじっと理恵を見ていた。変わり果てた姿に声も出ないようだった。私も捜査員としてこのような場面に立ち会ったことがある。取り乱して泣き出す人、声も出せずに立ち尽くす人、気を失ってその場に崩れ落ちる人・・・それは様々だった。自分がその立場に立ってみると異様なほど冷静でいられた。刑事という職業がそうさせたのかもしれないが…その前に涙が枯れたと思うくらい大泣きしたからかもしれない。
それから通夜をして次の日に葬儀をして・・・忙しいままに数日が過ぎた。結奈のことや家のことは私の母が面倒をみてくれていた。理恵の父母は亡くなっており、私も父を先頃失っているので頼れる肉親は母しかいない。
ようやく何もかも終わってみると、家の中ががらんとして寂しくなった。あらためて理恵の存在の大きさを知った。そんな時は言い知れない悲しみが急に私を襲うこともあった。
だがいつまでも家で悲しんでいるわけにはいかない。悲しみを拭い去れないままに私は仕事に戻ろうと思った。葬儀に来ていただいた倉田班長には、当分、休みを取るように言われてはいたが、理恵を殺した犯人をこのままにしていられない。この手で上げてやると・・・。
私が捜査1課に顔を出すと、そこで会う皆がお悔やみを言ってくれた。
「お悔やみ申し上げます。・・・大変でさぞお疲れだったでしょう。小さいお子さんもいるのに・・・」
「いえ、もう大丈夫です。」
私はそう言ったものの心にぽっかり穴が開いた状態だった。だが刑事として犯人を早く上げねば・・・という気持ちが私を支えていた。捜査の進展について教えてもらおうと倉田班長の机の前に来た。
「藤田。この度は大変だったな。もういいのか?」
「はい。ありがとうございました。もう大丈夫です。あれから捜査は?」
倉田班長は机の上の資料を見ながら話してくれた。
「奥さんは林に連れ込まれてそこで胸を一突きで刺された。それは今までの事件と一致する。それに今回は複数の目撃者が出た。運動会帰りの父兄だ。犯人は白い帽子を深くかぶり、サングラスとマスクで顔を隠し、グレーのスウェットの様なものを着ていたそうだ。身長は170センチの男、林から逃げ出す姿が目撃されている。」
それを聞いて私ははっとした。
(私が見た怪しい男と特徴が一致する! やはりあの男が犯人か!)
私は倉田班長に言った。
「班長。私はその小学校の近くで昼頃にその男を見ています。」
「なに! それは本当か!」
「はい。校門付近ですれ違いました。一瞬でしたがその場にそぐわない格好だったのではっきり覚えています。」
「そうか。私の言ったこと以外に特徴はあったのか?」
倉田班長にそう言われたものの、それ以上のことを私は思い出せなかった。いくら記憶の底をさらってみても・・・。
「すいません。私が覚えているのはそれらの特徴だけです。ですがその男の印象は残っています。捜査に復帰させてください。」
私は倉田班長に頭を下げて頼んだ。だが彼は首を横に振った。
「お前も知っているだろう。事件の関係者は捜査に加われないと。」
「しかし・・・」
「お前の気持ちはよくわかる。だが今回は目撃者も出た。犯人の特徴がやっとわかったんだ。みんなに任せてくれ。きっと犯人を上げる。」
倉田班長の言葉に私はうなだれた。確かにそうだ。私は捜査に加われないし、その資格もない・・・犯人と思われた怪しい男を見逃したのだから・・・。蚊帳の外から捜査の進展を見ているしかない。
「それに小さい子供もいるのだろう。奥さんを失って何かと大変だ。しばらくすべての捜査から離れて家のことを優先しろ。」
倉田班長は立ち上がって私の方をポンと叩いた。私はその時は悔しかったが、それが本当はよかったのかもしれない。
その日は早々に仕事を切り上げて家に帰った。自宅には母がいてくれているものの、何か冷たくわびしい雰囲気に包まれていた。まるで火が消えたような・・・。結奈は寂しそうにソファに座っていた。
「ただいま。」
私が声をかけたがうつむいたまま返事をしない。あの事件から結奈は笑顔を見せなくなっていた。
「早く帰って来たよ。ゲームでもしようか?」
私はそう声をかけたが結奈は首を横に振った。
「いい。」
そう言って2階に上がってしまった。私は結奈の変わりように心が痛かった。その様子を見ていて母が言った。
「良一。あの年では仕方ないよ。大事なママを失ったんだから。ママの代わりは誰もできないから・・・」
その様子では母がどんなにやさしく接しても結奈は心を開こうとしなかったようだ。今まで家庭のこと、結奈のことは理恵に任せてきた。そのままを失ったのだからどれほど心に大きな穴が開いたことか・・・。そういえば私は自分のことに精一杯で結奈のことを真剣に考えていなかったし、何もしてやれていない。
「藤田理恵さんに間違いないですか?」
担当の捜査員が私に尋ねた。
「はい。間違いありません。」
私は答えた。結奈はじっと理恵を見ていた。変わり果てた姿に声も出ないようだった。私も捜査員としてこのような場面に立ち会ったことがある。取り乱して泣き出す人、声も出せずに立ち尽くす人、気を失ってその場に崩れ落ちる人・・・それは様々だった。自分がその立場に立ってみると異様なほど冷静でいられた。刑事という職業がそうさせたのかもしれないが…その前に涙が枯れたと思うくらい大泣きしたからかもしれない。
それから通夜をして次の日に葬儀をして・・・忙しいままに数日が過ぎた。結奈のことや家のことは私の母が面倒をみてくれていた。理恵の父母は亡くなっており、私も父を先頃失っているので頼れる肉親は母しかいない。
ようやく何もかも終わってみると、家の中ががらんとして寂しくなった。あらためて理恵の存在の大きさを知った。そんな時は言い知れない悲しみが急に私を襲うこともあった。
だがいつまでも家で悲しんでいるわけにはいかない。悲しみを拭い去れないままに私は仕事に戻ろうと思った。葬儀に来ていただいた倉田班長には、当分、休みを取るように言われてはいたが、理恵を殺した犯人をこのままにしていられない。この手で上げてやると・・・。
私が捜査1課に顔を出すと、そこで会う皆がお悔やみを言ってくれた。
「お悔やみ申し上げます。・・・大変でさぞお疲れだったでしょう。小さいお子さんもいるのに・・・」
「いえ、もう大丈夫です。」
私はそう言ったものの心にぽっかり穴が開いた状態だった。だが刑事として犯人を早く上げねば・・・という気持ちが私を支えていた。捜査の進展について教えてもらおうと倉田班長の机の前に来た。
「藤田。この度は大変だったな。もういいのか?」
「はい。ありがとうございました。もう大丈夫です。あれから捜査は?」
倉田班長は机の上の資料を見ながら話してくれた。
「奥さんは林に連れ込まれてそこで胸を一突きで刺された。それは今までの事件と一致する。それに今回は複数の目撃者が出た。運動会帰りの父兄だ。犯人は白い帽子を深くかぶり、サングラスとマスクで顔を隠し、グレーのスウェットの様なものを着ていたそうだ。身長は170センチの男、林から逃げ出す姿が目撃されている。」
それを聞いて私ははっとした。
(私が見た怪しい男と特徴が一致する! やはりあの男が犯人か!)
私は倉田班長に言った。
「班長。私はその小学校の近くで昼頃にその男を見ています。」
「なに! それは本当か!」
「はい。校門付近ですれ違いました。一瞬でしたがその場にそぐわない格好だったのではっきり覚えています。」
「そうか。私の言ったこと以外に特徴はあったのか?」
倉田班長にそう言われたものの、それ以上のことを私は思い出せなかった。いくら記憶の底をさらってみても・・・。
「すいません。私が覚えているのはそれらの特徴だけです。ですがその男の印象は残っています。捜査に復帰させてください。」
私は倉田班長に頭を下げて頼んだ。だが彼は首を横に振った。
「お前も知っているだろう。事件の関係者は捜査に加われないと。」
「しかし・・・」
「お前の気持ちはよくわかる。だが今回は目撃者も出た。犯人の特徴がやっとわかったんだ。みんなに任せてくれ。きっと犯人を上げる。」
倉田班長の言葉に私はうなだれた。確かにそうだ。私は捜査に加われないし、その資格もない・・・犯人と思われた怪しい男を見逃したのだから・・・。蚊帳の外から捜査の進展を見ているしかない。
「それに小さい子供もいるのだろう。奥さんを失って何かと大変だ。しばらくすべての捜査から離れて家のことを優先しろ。」
倉田班長は立ち上がって私の方をポンと叩いた。私はその時は悔しかったが、それが本当はよかったのかもしれない。
その日は早々に仕事を切り上げて家に帰った。自宅には母がいてくれているものの、何か冷たくわびしい雰囲気に包まれていた。まるで火が消えたような・・・。結奈は寂しそうにソファに座っていた。
「ただいま。」
私が声をかけたがうつむいたまま返事をしない。あの事件から結奈は笑顔を見せなくなっていた。
「早く帰って来たよ。ゲームでもしようか?」
私はそう声をかけたが結奈は首を横に振った。
「いい。」
そう言って2階に上がってしまった。私は結奈の変わりように心が痛かった。その様子を見ていて母が言った。
「良一。あの年では仕方ないよ。大事なママを失ったんだから。ママの代わりは誰もできないから・・・」
その様子では母がどんなにやさしく接しても結奈は心を開こうとしなかったようだ。今まで家庭のこと、結奈のことは理恵に任せてきた。そのままを失ったのだからどれほど心に大きな穴が開いたことか・・・。そういえば私は自分のことに精一杯で結奈のことを真剣に考えていなかったし、何もしてやれていない。
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