結奈とママの、そしてパパの日記

広之新

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第2章 事件

運動会

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 私は早朝から現場の聞き込みに回っていた。5人目の被害者は若い主婦だった。夕方、買い物に出たところを犯人に刺された。範囲を広げ、時間帯を変えて様々な人から話を聞いたが、今のところ目撃者もいない。それどころか、事件を知らない人まであった。それは驚きだが、自分に関係のない事件のことなど世間の人は関心がないのかもしれない。
 しかしその家族なると・・・。今回の被害者の主婦の家族から話を聞いた。夫と小学生の子供が2人、家族を失った悲しみと犯人への憎しみはもちろんあった。しかしそれ以上に夫には、

「これからどうしたらいいか・・・」

という途方に暮れた様子が見て取れた。その憔悴した家族に私は慰め言葉をかけたものの、それは彼らには何の慰めにもならないだろう。私たちが彼らのためにすべきなのは犯人を早期に逮捕することなのだ。

 午前中、聞き込みをしてみたがやはり成果が上げられない。犯人は誰にも姿を見せずに犯行に及んだのかもしれない・・・いや、そんなことはない。何か手掛かりを残しているはずだ・・・そんなことを思っていると、もう昼に近づいていた。

(あっと忘れるところだった。結奈の小学校の運動会を見に行くんだった。)

私はその場を離れてタクシーを拾った。そこからは20分ほどだ。昼ご飯の時間には間に合うだろう。多分、理恵が場所を取って手作りのお弁当を広げているだろう。
 タクシーを降りると子供の歓声が聞こえていた。運動会は盛り上がっているようだ。結奈の通う江郷小学校は静かな場所にある。車通りも少ないし、近くに民家も少ない。森を切り開いて開発した土地に新しく建てたのだ。そこが今日は賑やかな声で包まれている。

「さてと・・・」

校門から入ろうとした時に私は一人の男とすれ違った。帽子を深くかぶり、サングラスにマスク。着ているものはグレーのスウェットという感じだった。都会ではよく見かけるがこの地域には不釣り合いに様な気がしていた。それに・・・なんとなくだが血の匂いをかぎ取ったような気がした。

(職質をするか・・・)

刑事という職業が私にそうさせようとしていた。私はポケットの警察バッジに手を伸ばそうとした。だが、

「パパ! 来てくれたのね!」

結奈の声が聞こえた。彼女は校門で私を待っていてくれたのだ。その声にその男は足早に行ってしまった。追いかけようとも思ったが、

(いや、ただの通行人かもしれない。こんな昼間のこんな場所に不審者がいるはずがない・・・)

と考え直してしまった。それは何より結奈のために折角ここに来ているから、その時間をつぶすような余計なことをしたくないという気持ちがあったのかもしれない。

「結奈! 来たよ!」

私は結奈に駆け寄った。

「かけっこで一等賞取ったのよ。パパに見て欲しかったな。」
「そうか。それは残念だ。でもママが撮影しているはずだから、お弁当を食べながら見てみよう。」

 私と結奈は運動場に向かった。応援席では子供たちの家族がいっしょにお弁当を食べていた。年に一度の催しに家族が集まり、子供の成長を確かめてにぎやかで楽しい時間を過ごす。今日は私もそれに参加できるのだ。時間が限られているが・・・。
 その応援席の一角に理恵は敷物を敷いてお弁当を広げていた。私たちを見つけて手を振った。

「ここよ!」

私は結奈とともにそこに行って敷物の上に座った。

「待たせたね。」
「来てくれてよかったわ。先に食べようと言ったのだけど、結奈はパパと食べるって聞かないから。」

それで結奈は校門まで私を迎えに来てくれたらしい。

「じゃあ、早速いただくか。」
「いただきます!」

理恵がいくつものお弁当箱の蓋を取った。色とりどりのおむすびが詰まっていたり、から揚げやウインナーや卵焼きの定番のおかずから手の込んでいそうな料理まで様々だった。

「これはすごいな。」
「ええ、今日はがんばったのよ。結奈も手伝ってくれたもんね。」
「へへへ。」

結奈は得意そうに笑った。

「今日は特別だもんね。パパが来てくれるんだから。」

そう言えばこんなことは記憶になかった。今まで小学校の行事に参加したこと、いや家族3人でこうして外で楽しくしたことはなかったような・・・。

「今までごめんな。これからはできるだけ。」
「いいのよ。あなたが頑張っているのは結奈にもわかっているから。」
「うん。大丈夫だよ。でもできるだけ来てね。」

結奈はそう言ってくれた。それから私たちは楽しくお弁当を食べた。それは他の家族と同じように・・・。
 やがて昼休みは終わった。これから運動会は昼の部だ。だが私は仕事に戻らねばならなかった。

「じゃあね。パパ。」
「結奈も頑張ってね。」

私は2人に手を振りながら小学校から出て行った。また歓声が外まで聞こえている。私は束の間でもここに来れてよかったと思った。だがこれが最後ではない。機会があればまた来ることができるだろうと駅の方に歩いて行った。
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