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第1章 結奈と私の今
気にかかること
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夕方になり、私は家に帰った。それから夕食作りに取り掛かる。洗濯物はすべて結奈が取り込んでくれていた。彼女が手伝ってくれるおかげで私にも少しゆとりがあった。
夕食のときに結奈が話し始めた。あの事件があった後は暗い顔をして私には何も話さなかったが、今は違う。かつてのように笑顔でいろんなことを話してくれる。それだけで2人だけの家が明るくなるのだ。
「パパ、聞いて! 今日の遠足はね・・・」
いつもならよく耳を傾ける私は今日に限っては違っていた。話が右から左という状態だった。あれから私の頭の中はあの事件のことで一杯だった。結奈の話を聞いてやろうとしてもあの事件のことをつい考えてしまう。それに気づいた結奈は話を止めて、ぼんやり前を見ている私の顔を自分に向けた。
「ねえ、パパ! 聞いてる?」
「あ、ああ。」
それでも私は生半可な返事しかできなかった。結奈はそれにあきれたようで、
「まあ、いいわ。ママに聞いてもらうから。」
と言って遠足の話をすっかりやめてしまった。私はこれではいけないと思って、結奈に話しかけた。
「すまないな。ちょっと考え事をしていたんだから。」
「ちょっと変よ。何かあったの?」
結奈は私に尋ねた。その言い方は妻の理恵にそっくりだった。私はそれにつられるかのように話し出した。
「今日、捜査課の倉田班長がわざわざ総務課に来てくださった。あの事件が再び動き出したというんだ。今度こそ逮捕できるチャンスだ。もしまた刑事に戻るとか言ったら・・・」
私はそこで話すのをやめた。私の前にいるのは理恵でなく結奈なのだ。彼女は私がいきなり難しい話をし出したのでぽかんとしていた。だが
「パパ。結奈のことは気にしないで。お仕事がんばって。」
とだけは言ってくれた。しかしいろいろ考えてみたが、結奈のためにも刑事に戻ることはできない。このままの仕事と生活を続けるしかない。だが私は結奈の励ましがうれしかった。
「ありがとう。パパはがんばるよ。」
私は結奈の頭をなでた。だがまたすぐに私の頭の中はあの事件のことで満たされた。今日の私はそんな感じだった。あの事件のことが頭から離れないのだ。
いつものように結奈が眠った後、私は彼女の部屋に行った。今日もすやすやと穏やかに眠っていた。日記帳はと言うと、いつものように机に置かれていた。そっと机のライトをつけて中を開けると今日もたくさん書いてあった。
(今日は遠足で楽しかったのだろう。おっとお弁当のことも書いてある。まずまず好評のようだ・・・。友達とも遊んで・・・ふむふむ・・・)
今日は話しをしっかり聞いてやれなかったが、この日記を読んでよくわかった。結奈の一日を私はこうして把握しているのである。日記を盗み見していささか後ろめたい気持ちはあるが・・・。私はそう思いながらペンを走らせた。
しかし今日の私はおかしかった。やはりあの事件のことを聞いてから・・・。私も結奈の様に理恵に向けて日記を書きたかった。
『もし刑事に戻ると言ったら賛成してくれるかい? 凶悪な犯人をこの手で上げたいんだ。』
だがそんなことを書くことはできないし、理恵の答えも戻って来ないだろう。私は日記帳を閉じてそっと結奈の部屋を出て行った。
あの事件が私の家族の運命を変えてしまった。あの時のことはまだ鮮明に思い出せる。
夕食のときに結奈が話し始めた。あの事件があった後は暗い顔をして私には何も話さなかったが、今は違う。かつてのように笑顔でいろんなことを話してくれる。それだけで2人だけの家が明るくなるのだ。
「パパ、聞いて! 今日の遠足はね・・・」
いつもならよく耳を傾ける私は今日に限っては違っていた。話が右から左という状態だった。あれから私の頭の中はあの事件のことで一杯だった。結奈の話を聞いてやろうとしてもあの事件のことをつい考えてしまう。それに気づいた結奈は話を止めて、ぼんやり前を見ている私の顔を自分に向けた。
「ねえ、パパ! 聞いてる?」
「あ、ああ。」
それでも私は生半可な返事しかできなかった。結奈はそれにあきれたようで、
「まあ、いいわ。ママに聞いてもらうから。」
と言って遠足の話をすっかりやめてしまった。私はこれではいけないと思って、結奈に話しかけた。
「すまないな。ちょっと考え事をしていたんだから。」
「ちょっと変よ。何かあったの?」
結奈は私に尋ねた。その言い方は妻の理恵にそっくりだった。私はそれにつられるかのように話し出した。
「今日、捜査課の倉田班長がわざわざ総務課に来てくださった。あの事件が再び動き出したというんだ。今度こそ逮捕できるチャンスだ。もしまた刑事に戻るとか言ったら・・・」
私はそこで話すのをやめた。私の前にいるのは理恵でなく結奈なのだ。彼女は私がいきなり難しい話をし出したのでぽかんとしていた。だが
「パパ。結奈のことは気にしないで。お仕事がんばって。」
とだけは言ってくれた。しかしいろいろ考えてみたが、結奈のためにも刑事に戻ることはできない。このままの仕事と生活を続けるしかない。だが私は結奈の励ましがうれしかった。
「ありがとう。パパはがんばるよ。」
私は結奈の頭をなでた。だがまたすぐに私の頭の中はあの事件のことで満たされた。今日の私はそんな感じだった。あの事件のことが頭から離れないのだ。
いつものように結奈が眠った後、私は彼女の部屋に行った。今日もすやすやと穏やかに眠っていた。日記帳はと言うと、いつものように机に置かれていた。そっと机のライトをつけて中を開けると今日もたくさん書いてあった。
(今日は遠足で楽しかったのだろう。おっとお弁当のことも書いてある。まずまず好評のようだ・・・。友達とも遊んで・・・ふむふむ・・・)
今日は話しをしっかり聞いてやれなかったが、この日記を読んでよくわかった。結奈の一日を私はこうして把握しているのである。日記を盗み見していささか後ろめたい気持ちはあるが・・・。私はそう思いながらペンを走らせた。
しかし今日の私はおかしかった。やはりあの事件のことを聞いてから・・・。私も結奈の様に理恵に向けて日記を書きたかった。
『もし刑事に戻ると言ったら賛成してくれるかい? 凶悪な犯人をこの手で上げたいんだ。』
だがそんなことを書くことはできないし、理恵の答えも戻って来ないだろう。私は日記帳を閉じてそっと結奈の部屋を出て行った。
あの事件が私の家族の運命を変えてしまった。あの時のことはまだ鮮明に思い出せる。
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