結奈とママの、そしてパパの日記

広之新

文字の大きさ
上 下
3 / 40
第1章 結奈と私の今

気にかかること

しおりを挟む
 夕方になり、私は家に帰った。それから夕食作りに取り掛かる。洗濯物はすべて結奈が取り込んでくれていた。彼女が手伝ってくれるおかげで私にも少しゆとりがあった。
 夕食のときに結奈が話し始めた。あの事件があった後は暗い顔をして私には何も話さなかったが、今は違う。かつてのように笑顔でいろんなことを話してくれる。それだけで2人だけの家が明るくなるのだ。

「パパ、聞いて! 今日の遠足はね・・・」

いつもならよく耳を傾ける私は今日に限っては違っていた。話が右から左という状態だった。あれから私の頭の中はあの事件のことで一杯だった。結奈の話を聞いてやろうとしてもあの事件のことをつい考えてしまう。それに気づいた結奈は話を止めて、ぼんやり前を見ている私の顔を自分に向けた。

「ねえ、パパ! 聞いてる?」
「あ、ああ。」

それでも私は生半可な返事しかできなかった。結奈はそれにあきれたようで、

「まあ、いいわ。ママに聞いてもらうから。」

と言って遠足の話をすっかりやめてしまった。私はこれではいけないと思って、結奈に話しかけた。

「すまないな。ちょっと考え事をしていたんだから。」
「ちょっと変よ。何かあったの?」

結奈は私に尋ねた。その言い方は妻の理恵にそっくりだった。私はそれにつられるかのように話し出した。

「今日、捜査課の倉田班長がわざわざ総務課に来てくださった。あの事件が再び動き出したというんだ。今度こそ逮捕できるチャンスだ。もしまた刑事に戻るとか言ったら・・・」

私はそこで話すのをやめた。私の前にいるのは理恵でなく結奈なのだ。彼女は私がいきなり難しい話をし出したのでぽかんとしていた。だが

「パパ。結奈のことは気にしないで。お仕事がんばって。」

とだけは言ってくれた。しかしいろいろ考えてみたが、結奈のためにも刑事に戻ることはできない。このままの仕事と生活を続けるしかない。だが私は結奈の励ましがうれしかった。

「ありがとう。パパはがんばるよ。」

私は結奈の頭をなでた。だがまたすぐに私の頭の中はあの事件のことで満たされた。今日の私はそんな感じだった。あの事件のことが頭から離れないのだ。

 いつものように結奈が眠った後、私は彼女の部屋に行った。今日もすやすやと穏やかに眠っていた。日記帳はと言うと、いつものように机に置かれていた。そっと机のライトをつけて中を開けると今日もたくさん書いてあった。

(今日は遠足で楽しかったのだろう。おっとお弁当のことも書いてある。まずまず好評のようだ・・・。友達とも遊んで・・・ふむふむ・・・)

今日は話しをしっかり聞いてやれなかったが、この日記を読んでよくわかった。結奈の一日を私はこうして把握しているのである。日記を盗み見していささか後ろめたい気持ちはあるが・・・。私はそう思いながらペンを走らせた。
 しかし今日の私はおかしかった。やはりあの事件のことを聞いてから・・・。私も結奈の様に理恵に向けて日記を書きたかった。

『もし刑事に戻ると言ったら賛成してくれるかい? 凶悪な犯人をこの手で上げたいんだ。』

だがそんなことを書くことはできないし、理恵の答えも戻って来ないだろう。私は日記帳を閉じてそっと結奈の部屋を出て行った。
 あの事件が私の家族の運命を変えてしまった。あの時のことはまだ鮮明に思い出せる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小説教室・ごはん学校「SМ小説です」

浅野浩二
現代文学
ある小説学校でのSМ小説です

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

変態紳士 白嘉のオリジナルの詞

変態紳士 白嘉(HAKKA)
現代文学
僕が作詞した作品を紹介していきたいと思います。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...