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終章
そして伝説に
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戦が終わり、雪に埋まった山嶽の地から兵助の軍勢は引き上げていった。また春になればこの地を支配するために万代家の家臣が派遣されるであろう。それまでは椎谷の里には平穏な長い冬の生活が続く・・・。
戦を逃れた里の者が戻ってきていた。そこには頭領の藤林百雲斎をはじめとする地侍たちはいなかったが、この地を耕作する里の者がいればこの谷は元通りになるのだ。そのうちこの地を支配しようとする者が他から来るだろう。だが隔絶されたこの谷に飲み込まれてやがてその他所者はこの里の者になっていく・・・それは昔から同じだった。こうして山嶽の地は変わることなく存在し続けていくのだ。
東堂家を滅ぼした万代宗長は江嶽の国の主になった。だが念願を果たし、有頂天になっていたのはしばらくの日々だけだった。あちこちで反乱がおき、そのたびに宗長を大いに悩ませた。
そして近国に強大な力を持つ者が現れた。恩田の国の大名、恩田家基だ。彼が隣の国を攻め落とし、いよいよ江嶽の国に迫ってきたのだ。狡猾な宗長は家基に取り入ろうとしたが、相手にもされずにすぐに滅ぼされてしまった。盛者必衰の理とは言いながら、その最期はあっけないものであった。
その後も江嶽の国の支配者は定まらなかった。様々な者が力を伸ばし、そして消えていった。この国で変わらぬのは山嶽の自然と・・・ある伝説だった。
梟砦の戦の後で里の者にある噂が広まった。
「葵姫と紅之介は砦から脱出して無事に落ち延びたらしい。」
と。それは単なる噂から始まり、人から人に伝わるうちにやがて伝説になった。葵姫と紅之介は必ずどこかで生きており、幸せに暮らしていると里の者は皆、信じていた。それは長い年月を過ぎても風化することなく、紅之介と葵姫の四季の物語として山嶽の地にずっと伝わっているのだ。
今でも小平丘に登ると、紅之介と葵姫が楽しく駆け回っているような錯覚に襲われる。それは2人の魂がこの地に留まっているからかもしれない。
今年も椎谷の里では暖かい陽気に誘われて草木が芽吹き始めた。長い冬が終わり、また春が訪れようとしていた。
完
戦を逃れた里の者が戻ってきていた。そこには頭領の藤林百雲斎をはじめとする地侍たちはいなかったが、この地を耕作する里の者がいればこの谷は元通りになるのだ。そのうちこの地を支配しようとする者が他から来るだろう。だが隔絶されたこの谷に飲み込まれてやがてその他所者はこの里の者になっていく・・・それは昔から同じだった。こうして山嶽の地は変わることなく存在し続けていくのだ。
東堂家を滅ぼした万代宗長は江嶽の国の主になった。だが念願を果たし、有頂天になっていたのはしばらくの日々だけだった。あちこちで反乱がおき、そのたびに宗長を大いに悩ませた。
そして近国に強大な力を持つ者が現れた。恩田の国の大名、恩田家基だ。彼が隣の国を攻め落とし、いよいよ江嶽の国に迫ってきたのだ。狡猾な宗長は家基に取り入ろうとしたが、相手にもされずにすぐに滅ぼされてしまった。盛者必衰の理とは言いながら、その最期はあっけないものであった。
その後も江嶽の国の支配者は定まらなかった。様々な者が力を伸ばし、そして消えていった。この国で変わらぬのは山嶽の自然と・・・ある伝説だった。
梟砦の戦の後で里の者にある噂が広まった。
「葵姫と紅之介は砦から脱出して無事に落ち延びたらしい。」
と。それは単なる噂から始まり、人から人に伝わるうちにやがて伝説になった。葵姫と紅之介は必ずどこかで生きており、幸せに暮らしていると里の者は皆、信じていた。それは長い年月を過ぎても風化することなく、紅之介と葵姫の四季の物語として山嶽の地にずっと伝わっているのだ。
今でも小平丘に登ると、紅之介と葵姫が楽しく駆け回っているような錯覚に襲われる。それは2人の魂がこの地に留まっているからかもしれない。
今年も椎谷の里では暖かい陽気に誘われて草木が芽吹き始めた。長い冬が終わり、また春が訪れようとしていた。
完
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