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第4章 冬
第12話 櫓にて
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攻め手の兵たちは一番門から怒涛の如く突入し、瞬く間に砦の要所を攻め落とした。だがここに来て勢いが止まった。中心部の櫓に向かうにつれて守備側の防御が硬くなってきたのだ。いくら兵がまとまって攻めてもそれをはね返した。それはどこの場所でも同じだった。
西藤三太夫もここまで来て攻めあぐねていた。あまりの多くの兵で飛び込んだため、身動きが取れなくなっていた。敵味方が入り乱れて乱戦となっているのだ。もちろんこちらが有利なのは確かだが、思ったように櫓を落とすまではいかない。いや、近づくことも容易ではない。守備の兵が幾重にも固めているからだ。しかも・・・。
「あの櫓には一騎当千の地侍がいる。いくら多くの兵で取り囲んでも奴らが討って出れば包囲を崩されて、もしかすると葵姫を取り逃がすかもしれぬ。」
大将の山田兵助が葵姫の首級を早く上げよと矢のような催促をしてくる。そしてとんでもないものを持った兵たちまで派遣されてきた。彼は話しには聞いていたが、実際に見たことはなかった。それをここで使おうというのだ。
「このようなものまで使うのか? だがもしもということもある。用意させておくか・・・」
馬上で指揮を執る三太夫は家来に命じた。それはいざという時、最後の切り札として使うつもりではいた。
紅之介はなんとか櫓にたどり着くことができた。しかし振り返ると多くの敵の兵が櫓の前まで来ていた。櫓の周りは里の地侍とその兵たちが何とか守っている。
「二神紅之介でございます!」
紅之介は櫓の前で大声を上げた。すると扉が開いた。
「紅之介、よく参った! 中に!」
重蔵は紅之介を見てそう言うと櫓の中に入れた。
「姫様は!」
「あちらにおられる。」
重蔵が奥を指さした。そこには葵姫が不安な顔をして座っていた。紅之介はすぐに彼女の前に進み出た。
「姫様!」
「紅之介!」
葵姫の顔は急に明るくなった。そして立ち上がると人目もはばからずに紅之介に抱きついた。そして顔を上げると紅之介の目を見て言った。
「うれしいぞ! 来てくれたのか!」
「はい。駆け付けてまいりました。」
紅之介も葵姫を見つめた。紅之介は体の痛みなどどこかに飛んでいった心持だった。いや、むしろ気が充実して力がみなぎってくるのを感じた。葵姫も先ほどまでの打ち沈んだ気持ちがすっかり晴れていくのを感じていた。2人は共にいる限り、恐ろしいものなど何もない、何事も乗り越えていける気がしていた。
だが現状は悲惨だった。多くの敵に囲まれて死に直面しているのだ。百雲斎は葵姫と紅之介の様子を温かく見守っていた。2人のお互いに対する気持ちがわかっても、もはや咎めだてしない。むしろその愛を貫かせてやりたい気持ちになっていた。それは周りにいる重蔵をはじめとした地侍たちも同じだった。
百雲斎が皆に告げた。
「もうここは駄目だ。姫様を落ち延びさせる。紅之介とともに。」
その言葉に地侍たちは大きくうなずいた。だが櫓の周りはすでに敵に囲まれていた。この包囲を破らなければ・・・。紅之介がそれを言おうとすると、重蔵が右手を上げてそれを制して言った。
「我らが道を開く。この身に代えても。紅之介は姫様を連れてここから逃げるのだ。」
百雲斎も周りの地侍も決心を固めてうなずいた。2人のため、身を挺してくれようというのだ。
「百雲斎。皆。すまぬ。このことは一生、忘れぬぞ。」
葵姫はそこにいる者の手を取って礼を言った。地侍たちに悲壮感はなかった。むしろ2人の門出を祝っているかのような笑顔を浮かべていた。
「さあ、行くぞ! 我ら椎谷の里の者の力を見せてやるのだ!」
「おう!」
百雲斎や重蔵、そして地侍たちは刀をつかんで扉に向かった。
(皆様のお力、無駄には致しませぬ。)
紅之介はそう思いながら、葵姫とともに後に続いた。
西藤三太夫もここまで来て攻めあぐねていた。あまりの多くの兵で飛び込んだため、身動きが取れなくなっていた。敵味方が入り乱れて乱戦となっているのだ。もちろんこちらが有利なのは確かだが、思ったように櫓を落とすまではいかない。いや、近づくことも容易ではない。守備の兵が幾重にも固めているからだ。しかも・・・。
「あの櫓には一騎当千の地侍がいる。いくら多くの兵で取り囲んでも奴らが討って出れば包囲を崩されて、もしかすると葵姫を取り逃がすかもしれぬ。」
大将の山田兵助が葵姫の首級を早く上げよと矢のような催促をしてくる。そしてとんでもないものを持った兵たちまで派遣されてきた。彼は話しには聞いていたが、実際に見たことはなかった。それをここで使おうというのだ。
「このようなものまで使うのか? だがもしもということもある。用意させておくか・・・」
馬上で指揮を執る三太夫は家来に命じた。それはいざという時、最後の切り札として使うつもりではいた。
紅之介はなんとか櫓にたどり着くことができた。しかし振り返ると多くの敵の兵が櫓の前まで来ていた。櫓の周りは里の地侍とその兵たちが何とか守っている。
「二神紅之介でございます!」
紅之介は櫓の前で大声を上げた。すると扉が開いた。
「紅之介、よく参った! 中に!」
重蔵は紅之介を見てそう言うと櫓の中に入れた。
「姫様は!」
「あちらにおられる。」
重蔵が奥を指さした。そこには葵姫が不安な顔をして座っていた。紅之介はすぐに彼女の前に進み出た。
「姫様!」
「紅之介!」
葵姫の顔は急に明るくなった。そして立ち上がると人目もはばからずに紅之介に抱きついた。そして顔を上げると紅之介の目を見て言った。
「うれしいぞ! 来てくれたのか!」
「はい。駆け付けてまいりました。」
紅之介も葵姫を見つめた。紅之介は体の痛みなどどこかに飛んでいった心持だった。いや、むしろ気が充実して力がみなぎってくるのを感じた。葵姫も先ほどまでの打ち沈んだ気持ちがすっかり晴れていくのを感じていた。2人は共にいる限り、恐ろしいものなど何もない、何事も乗り越えていける気がしていた。
だが現状は悲惨だった。多くの敵に囲まれて死に直面しているのだ。百雲斎は葵姫と紅之介の様子を温かく見守っていた。2人のお互いに対する気持ちがわかっても、もはや咎めだてしない。むしろその愛を貫かせてやりたい気持ちになっていた。それは周りにいる重蔵をはじめとした地侍たちも同じだった。
百雲斎が皆に告げた。
「もうここは駄目だ。姫様を落ち延びさせる。紅之介とともに。」
その言葉に地侍たちは大きくうなずいた。だが櫓の周りはすでに敵に囲まれていた。この包囲を破らなければ・・・。紅之介がそれを言おうとすると、重蔵が右手を上げてそれを制して言った。
「我らが道を開く。この身に代えても。紅之介は姫様を連れてここから逃げるのだ。」
百雲斎も周りの地侍も決心を固めてうなずいた。2人のため、身を挺してくれようというのだ。
「百雲斎。皆。すまぬ。このことは一生、忘れぬぞ。」
葵姫はそこにいる者の手を取って礼を言った。地侍たちに悲壮感はなかった。むしろ2人の門出を祝っているかのような笑顔を浮かべていた。
「さあ、行くぞ! 我ら椎谷の里の者の力を見せてやるのだ!」
「おう!」
百雲斎や重蔵、そして地侍たちは刀をつかんで扉に向かった。
(皆様のお力、無駄には致しませぬ。)
紅之介はそう思いながら、葵姫とともに後に続いた。
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