51 / 56
第4章 冬
第10話 敵の進攻
しおりを挟む
葵姫は櫓の3階に上って辺りを見渡していた。しかし気持ちはここになかった。姫の心は紅之介のことでいっぱいだった。女であることを捨てたはずだが、自らの心を押し殺すことはできなかった。
「紅之介・・・」
葵姫はつぶやいた。その時だった。
「わあー!」
いきなり砦全体に声が響き渡った。格子戸から見るとそれは一番門の方だった。門は完全に開き放たれ。多くの敵の兵がなだれ込んでいた。それは前回の二番門の比ではなかった。
(何が起こったのじゃ?)
葵姫はすぐに階下に降りた。そこには百雲斎をはじめ、地侍たちが集まっていた。
「一番門が開いて敵兵が入ってきておるぞ!」
「な、なんですと!」
百雲斎は驚きの声を上げた。そこは西藤三太夫の持ち場、守りが硬いと思っていた。それが破られているとは・・・。
その時、重蔵が砦に駆け込んでいた。彼はひどく慌てて息を乱していた。そういえば今夜、重蔵はここに詰めておらず、姿を見ていなかった。それが手傷を負ってこのような有様で戻ってきたのだ。
「重蔵、どこに行っていたのじゃ?」
「はぁ、はぁ、それが・・・」
百雲斎の問いにまともに答えられぬほどに重蔵は息が上がっていた。忍びの技を持つ彼には珍しいことであった。
「それがどうした?」
「さ、西藤三太夫が寝返りました。一番門から敵を引き入れております。そして奴が先頭に立って攻め立てております!」
何とか息を整えた重蔵が言った。
「西藤殿が・・・」
百雲斎は絶句した。あの忠義の厚い西藤三太夫が・・・。しかし先の軍議で不平を鳴らしていたことを百雲斎は思い出した。
「なんとか兵を回して敵の進攻を防ぐのじゃ!」
百雲斎はそばにいる地侍たちに細かく指示を与え、伝令として走らせた。葵姫は何も言わずにじっと見ていた。彼女は最期の時が近づいてきたのをうすうす感じていた。
◇◆◇
砦の中は大混乱が生じていた。いきなり一番門が開かれて敵兵が攻めてきたからだ。それも味方だったはずの西藤三太夫の兵が先頭に立っている。浮足立った砦の兵はあわてて逃げ出した。それに乗じて三太夫の兵がその背後から斬りかかっていき、多くの砦の兵が倒されていく。東堂家の旗印は倒されて踏みにじられていった。
それでも残った砦の兵があちこちで踏みとどまって敵の進攻を遅らせようとした。それに百雲斎の命を受けた地侍たちがあちこちの兵をかき集めて、そこに応援にやって来た。矢が辺りに無数に放たれ、刀と刀がぶつかり、何本もの槍が振り回わされた。そして最後には相手を組み敷いて止めを刺すのである。兵たちは敵味方あい乱れて死闘を重ねていた。
だが一旦傾いた流れは止められない。砦の兵たちは少しずつ奥に押し込まれていった。
◇◆◇
兵助のいる本陣はすでに山の中腹に移されていた。そこからはさらに砦やその中に建つ櫓がよく見える。兵助は山の上の砦をずっと眺めていた。月明かりに櫓が鮮やかに浮かび上がっていた。寝返った西藤三太夫が一番門を開けて、砦の中に兵がなだれ込んだ。もうまもなく落ちるだろう・・・と。
「葵姫の首級は必ずあげよ! そう三太夫に伝えよ!」
兵助は傍らの者に伝えた。この砦を落とすのが目的ではない。東堂の血を受け継ぐものを消すことこそが大事なのだ。だから蟻一匹、ここから逃がすわけにはいかぬ。多分、三太夫が兵を連れて、案内を兼ねて真っ先に攻めているだろう。彼なら砦のことを熟知しているし、葵姫の居場所とその顔を知っており、取り逃がすことはあるまい・・・兵助はそう考えていた。それに念のため、打てる手は打った。とにかくもう少しなのだ。この戦が終わるのは・・・。
「ここで手柄を挙げれば宗長様の覚えもめでたくなる。ふふふ。」
兵助はこみ上げてくる笑いをこられえられずにいた。
◇◆◇
櫓では百雲斎をはじめ多くの者が緊張して面持ちで事態の推移を見守っていた。
「まずい!このままでは・・・」
百雲斎は打つ手なしで唇をかんでいた。あれから次々に報告が上がってきていた。砦の図面が広げられ、敵の攻め入ったところに筆を入れていった。それを見るともうかなり奥まで侵入を許しているようだ。この砦は内部の道を狭く複雑なものとしてなかなか内部まで入り込めないようにした。そしていたるところに仕掛けを施して少ない兵で守り切れるようにしていた。だが門を破られ、多くの兵が攻め寄せてきたら話は別だ。力づくで落とされてしまうだろう。しかも西藤三太夫が寝返ってことで各所を守る兵力がかなり減ってしまった。これでは敵を防ぐのは難しい。
(もう手遅れか・・・)
皆は口にこそ出さなかったが、そういう雰囲気に支配されていた。それならその上で考えなければならない。葵姫様のことを・・・。
「紅之介・・・」
葵姫はつぶやいた。その時だった。
「わあー!」
いきなり砦全体に声が響き渡った。格子戸から見るとそれは一番門の方だった。門は完全に開き放たれ。多くの敵の兵がなだれ込んでいた。それは前回の二番門の比ではなかった。
(何が起こったのじゃ?)
葵姫はすぐに階下に降りた。そこには百雲斎をはじめ、地侍たちが集まっていた。
「一番門が開いて敵兵が入ってきておるぞ!」
「な、なんですと!」
百雲斎は驚きの声を上げた。そこは西藤三太夫の持ち場、守りが硬いと思っていた。それが破られているとは・・・。
その時、重蔵が砦に駆け込んでいた。彼はひどく慌てて息を乱していた。そういえば今夜、重蔵はここに詰めておらず、姿を見ていなかった。それが手傷を負ってこのような有様で戻ってきたのだ。
「重蔵、どこに行っていたのじゃ?」
「はぁ、はぁ、それが・・・」
百雲斎の問いにまともに答えられぬほどに重蔵は息が上がっていた。忍びの技を持つ彼には珍しいことであった。
「それがどうした?」
「さ、西藤三太夫が寝返りました。一番門から敵を引き入れております。そして奴が先頭に立って攻め立てております!」
何とか息を整えた重蔵が言った。
「西藤殿が・・・」
百雲斎は絶句した。あの忠義の厚い西藤三太夫が・・・。しかし先の軍議で不平を鳴らしていたことを百雲斎は思い出した。
「なんとか兵を回して敵の進攻を防ぐのじゃ!」
百雲斎はそばにいる地侍たちに細かく指示を与え、伝令として走らせた。葵姫は何も言わずにじっと見ていた。彼女は最期の時が近づいてきたのをうすうす感じていた。
◇◆◇
砦の中は大混乱が生じていた。いきなり一番門が開かれて敵兵が攻めてきたからだ。それも味方だったはずの西藤三太夫の兵が先頭に立っている。浮足立った砦の兵はあわてて逃げ出した。それに乗じて三太夫の兵がその背後から斬りかかっていき、多くの砦の兵が倒されていく。東堂家の旗印は倒されて踏みにじられていった。
それでも残った砦の兵があちこちで踏みとどまって敵の進攻を遅らせようとした。それに百雲斎の命を受けた地侍たちがあちこちの兵をかき集めて、そこに応援にやって来た。矢が辺りに無数に放たれ、刀と刀がぶつかり、何本もの槍が振り回わされた。そして最後には相手を組み敷いて止めを刺すのである。兵たちは敵味方あい乱れて死闘を重ねていた。
だが一旦傾いた流れは止められない。砦の兵たちは少しずつ奥に押し込まれていった。
◇◆◇
兵助のいる本陣はすでに山の中腹に移されていた。そこからはさらに砦やその中に建つ櫓がよく見える。兵助は山の上の砦をずっと眺めていた。月明かりに櫓が鮮やかに浮かび上がっていた。寝返った西藤三太夫が一番門を開けて、砦の中に兵がなだれ込んだ。もうまもなく落ちるだろう・・・と。
「葵姫の首級は必ずあげよ! そう三太夫に伝えよ!」
兵助は傍らの者に伝えた。この砦を落とすのが目的ではない。東堂の血を受け継ぐものを消すことこそが大事なのだ。だから蟻一匹、ここから逃がすわけにはいかぬ。多分、三太夫が兵を連れて、案内を兼ねて真っ先に攻めているだろう。彼なら砦のことを熟知しているし、葵姫の居場所とその顔を知っており、取り逃がすことはあるまい・・・兵助はそう考えていた。それに念のため、打てる手は打った。とにかくもう少しなのだ。この戦が終わるのは・・・。
「ここで手柄を挙げれば宗長様の覚えもめでたくなる。ふふふ。」
兵助はこみ上げてくる笑いをこられえられずにいた。
◇◆◇
櫓では百雲斎をはじめ多くの者が緊張して面持ちで事態の推移を見守っていた。
「まずい!このままでは・・・」
百雲斎は打つ手なしで唇をかんでいた。あれから次々に報告が上がってきていた。砦の図面が広げられ、敵の攻め入ったところに筆を入れていった。それを見るともうかなり奥まで侵入を許しているようだ。この砦は内部の道を狭く複雑なものとしてなかなか内部まで入り込めないようにした。そしていたるところに仕掛けを施して少ない兵で守り切れるようにしていた。だが門を破られ、多くの兵が攻め寄せてきたら話は別だ。力づくで落とされてしまうだろう。しかも西藤三太夫が寝返ってことで各所を守る兵力がかなり減ってしまった。これでは敵を防ぐのは難しい。
(もう手遅れか・・・)
皆は口にこそ出さなかったが、そういう雰囲気に支配されていた。それならその上で考えなければならない。葵姫様のことを・・・。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
肩越の逢瀬 韋駄天お吟結髪手控
紅侘助(くれない わびすけ)
歴史・時代
江戸吉原は揚屋町の長屋に住む女髪結師のお吟。
日々の修練から神速の手業を身につけ韋駄天の異名を取るお吟は、ふとしたことから角町の妓楼・揚羽屋の花魁・露菊の髪を結うように頼まれる。
お吟は露菊に辛く悲しいを別れをせねばならなかった思い人の気配を感じ動揺する。
自ら望んで吉原の遊女となった露菊と辛い過去を持つお吟は次第に惹かれ合うようになる。
その二人の逢瀬の背後で、露菊の身請け話が進行していた――
イラストレーター猫月ユキ企画「花魁はなくらべ その弐」参加作。
抜け忍料理屋ねこまんま
JUN
歴史・時代
里を抜けた忍者は、抜け忍として追われる事になる。久磨川衆から逃げ出した忍者、疾風、八雲、狭霧。彼らは遠く離れた地で新しい生活を始めるが、周囲では色々と問題が持ち上がる。目立ってはいけないと、影から解決を図って平穏な毎日を送る兄弟だが、このまま無事に暮らしていけるのだろうか……?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
夜珠あやかし手帖 のっぺらぼう
井田いづ
歴史・時代
貧乏絵師の描いた絵が夜中に抜け出した⁈
どうにかこれを探してくれないか──そんな話を聞いた団子屋の娘たまは、妖斬りの夜四郎も巻き込んで、またまた妖探して東奔西走することに。時を同じくして、町には『顔のない辻斬り』の噂が流れ始めて──。
妖を視ることのできる町娘たま×妖斬りの侍夜四郎コンビのあやかし退治譚、第二弾開幕!
(この作品からでも読み始められますが、シリーズ第一作は『ろくろくび』となります。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/284186508/680625465)
+++
[改稿履歴]
2022/09/28 初稿投稿
2022/11/30 改稿(一回目開始)
2022/11/30 改稿(一回目終了)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる