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第4章 冬

第10話 敵の進攻

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 葵姫は櫓の3階に上って辺りを見渡していた。しかし気持ちはここになかった。姫の心は紅之介のことでいっぱいだった。女であることを捨てたはずだが、自らの心を押し殺すことはできなかった。

「紅之介・・・」

葵姫はつぶやいた。その時だった。

「わあー!」

いきなり砦全体に声が響き渡った。格子戸から見るとそれは一番門の方だった。門は完全に開き放たれ。多くの敵の兵がなだれ込んでいた。それは前回の二番門の比ではなかった。

(何が起こったのじゃ?)

葵姫はすぐに階下に降りた。そこには百雲斎をはじめ、地侍たちが集まっていた。

「一番門が開いて敵兵が入ってきておるぞ!」
「な、なんですと!」

百雲斎は驚きの声を上げた。そこは西藤三太夫の持ち場、守りが硬いと思っていた。それが破られているとは・・・。
 その時、重蔵が砦に駆け込んでいた。彼はひどく慌てて息を乱していた。そういえば今夜、重蔵はここに詰めておらず、姿を見ていなかった。それが手傷を負ってこのような有様で戻ってきたのだ。

「重蔵、どこに行っていたのじゃ?」
「はぁ、はぁ、それが・・・」

百雲斎の問いにまともに答えられぬほどに重蔵は息が上がっていた。忍びの技を持つ彼には珍しいことであった。

「それがどうした?」
「さ、西藤三太夫が寝返りました。一番門から敵を引き入れております。そして奴が先頭に立って攻め立てております!」

何とか息を整えた重蔵が言った。

「西藤殿が・・・」

百雲斎は絶句した。あの忠義の厚い西藤三太夫が・・・。しかし先の軍議で不平を鳴らしていたことを百雲斎は思い出した。

「なんとか兵を回して敵の進攻を防ぐのじゃ!」

百雲斎はそばにいる地侍たちに細かく指示を与え、伝令として走らせた。葵姫は何も言わずにじっと見ていた。彼女は最期の時が近づいてきたのをうすうす感じていた。

◇◆◇

 砦の中は大混乱が生じていた。いきなり一番門が開かれて敵兵が攻めてきたからだ。それも味方だったはずの西藤三太夫の兵が先頭に立っている。浮足立った砦の兵はあわてて逃げ出した。それに乗じて三太夫の兵がその背後から斬りかかっていき、多くの砦の兵が倒されていく。東堂家の旗印は倒されて踏みにじられていった。
 それでも残った砦の兵があちこちで踏みとどまって敵の進攻を遅らせようとした。それに百雲斎の命を受けた地侍たちがあちこちの兵をかき集めて、そこに応援にやって来た。矢が辺りに無数に放たれ、刀と刀がぶつかり、何本もの槍が振り回わされた。そして最後には相手を組み敷いて止めを刺すのである。兵たちは敵味方あい乱れて死闘を重ねていた。
 だが一旦傾いた流れは止められない。砦の兵たちは少しずつ奥に押し込まれていった。

◇◆◇

 兵助のいる本陣はすでに山の中腹に移されていた。そこからはさらに砦やその中に建つ櫓がよく見える。兵助は山の上の砦をずっと眺めていた。月明かりに櫓が鮮やかに浮かび上がっていた。寝返った西藤三太夫が一番門を開けて、砦の中に兵がなだれ込んだ。もうまもなく落ちるだろう・・・と。

「葵姫の首級しるしは必ずあげよ! そう三太夫に伝えよ!」

兵助は傍らの者に伝えた。この砦を落とすのが目的ではない。東堂の血を受け継ぐものを消すことこそが大事なのだ。だから蟻一匹、ここから逃がすわけにはいかぬ。多分、三太夫が兵を連れて、案内を兼ねて真っ先に攻めているだろう。彼なら砦のことを熟知しているし、葵姫の居場所とその顔を知っており、取り逃がすことはあるまい・・・兵助はそう考えていた。それに念のため、打てる手は打った。とにかくもう少しなのだ。この戦が終わるのは・・・。

「ここで手柄を挙げれば宗長様の覚えもめでたくなる。ふふふ。」

兵助はこみ上げてくる笑いをこられえられずにいた。

◇◆◇

櫓では百雲斎をはじめ多くの者が緊張して面持ちで事態の推移を見守っていた。

「まずい!このままでは・・・」

百雲斎は打つ手なしで唇をかんでいた。あれから次々に報告が上がってきていた。砦の図面が広げられ、敵の攻め入ったところに筆を入れていった。それを見るともうかなり奥まで侵入を許しているようだ。この砦は内部の道を狭く複雑なものとしてなかなか内部まで入り込めないようにした。そしていたるところに仕掛けを施して少ない兵で守り切れるようにしていた。だが門を破られ、多くの兵が攻め寄せてきたら話は別だ。力づくで落とされてしまうだろう。しかも西藤三太夫が寝返ってことで各所を守る兵力がかなり減ってしまった。これでは敵を防ぐのは難しい。

(もう手遅れか・・・)

皆は口にこそ出さなかったが、そういう雰囲気に支配されていた。それならその上で考えなければならない。葵姫様のことを・・・。
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