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第4章 冬
第6話 再会
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紅之介は葵姫と馬に乗って小平丘に登っていた。さわやかな風が吹き渡り、そこからは遠くに見える山々と美しい里が一望できた。それはかつて見た光景だった。やがてその草原に到着して2人は馬を降りた。そこは膝まで伸びた青草が茂ったいた。そばにいた葵姫が紅之介の顔をのぞきこんで、
「紅之介! さあ、つかまえてみい!」
と笑いながら言うと、すぐに草原を走って行った。
「姫様。姫様! お待ちを!」
紅之介も笑顔で葵姫の後を追いかけた。葵姫は「ここじゃ。ここじゃ。」と声を上げて逃げ回った。2人の楽し気に騒いでいる声が草原にこだましていた。しばらく追いかけっこをしているうちにようやく紅之介は葵姫を捕まえた。
「姫様。捕まえましたぞ。」
「まあ。」
息が乱れた葵姫はその場に倒れ込んだ。紅之介もそこに横になった。真上には青い空があり、白い雲が浮かんでいた。2人をさわやかな空気が包み込んでいた。ふと紅之介が横を見ると葵姫は笑顔を向けていた。すると椎谷の里にいた時の楽しかった思い出が次々によみがえってきていた。
(もうこのようなことはない・・・)
紅之介はこれが夢だと自覚していた。もうあの頃の幸せだった日々は戻って来ない。葵姫にも会うこともないだろう。ただ夢に中で葵姫に思いを寄せるしかないのだと・・・紅之介は儚さを感じていた。寂しさも感じていた。それは胸を締め付けるような思いだった。
それにもかかわらず、夢はまだ続いていた。葵姫は起き上がって、寝ている紅之介の上から、
「紅之介!紅之介!」
と何度も呼んでいた。それはまるで現実の声のように聞こえていた。夢の中から引き戻すような・・・。
紅之介は目を開けた。夢から覚めてぼんやりした視線の先に人の顔が見えた。
「紅之介!」
そこには葵姫がいた。まるで夢の続きのようだった。ただ夢とは違うのは筵の上に寝かされ、さらしを全身にまかれて、体の傷が痛んでいることだった。
「目が覚めたか!」
葵姫はうれしそうに言った。彼女は紅之介が目覚めるまで手を握って必死に呼びかけていたのだ。
「姫様・・・」
紅之介はそれだけしか言葉が出なかった。しかし葵姫は紅之介のしっかりと手を握りしめ、
「うんうん。」とうなずいていた。
「よく生きていてくれた。もうこうして会えぬかと思っていた。」
葵姫がふいに涙をこぼした。
「姫様・・・」
紅之介はうれしかった。葵姫の思いが紅之介に強く伝わっていた。紅之介は葵姫の手を握り返した。
「私は幸せ者でございます。姫様に・・・」
「私は紅之介のことを忘れたことはないぞ。ずっとそばにいたい。このままでは・・・」
葵姫は紅之介の手を両手で包んだ。
「私もです。しかし・・・」
紅之介はわかっていた。多くの者が戦いをしている以上、いつまでも葵姫にここにいてもらうわけにいかないことを。頭がしっかりとして来れば来るほど、現実は厳しい状況であることをひしひしと感じられた。
「姫様。私はもう大丈夫です。姫様は櫓にお戻りください。皆さまが待っているはずです。」
そう言った紅之介にとってそれはなによりつらいことだった。葵姫はその言葉に少し寂しさを覚えた。だが確かに今の自分にはそうするしかないと思われた。
「このような傷、大したものではありませぬ。私もすぐに守備隊に合流します。敵に目にものを見せてやります。」
紅之介は葵姫を心配させまいと、痛みをこらえて体を起こした。
「決して死ぬなよ。約束じゃぞ。」
葵姫は紅之介を見つめて言った。紅之介も葵姫を見つめ返した。
「決して死にませぬ。姫様を守るため。」
だがその言葉は嘘だった。愛する葵姫のために紅之介は命など捨てようと思っていた。もう会えぬと思っていた葵姫とひと時でもそばにいられただけで十分だった。もう思い残すことはないと。
「わかった・・・ならば櫓に戻る。早くよくなるのじゃぞ。」
葵姫は名残惜しそうに紅之介の手を放して立ち上がった。そして時々、振り返りながらもそこから去って行った。
(姫様。今度こそ、これで本当にお別れになるかもしれませぬ・・・)
紅之介はそう思いながらも、葵姫を笑顔で見送った。
「紅之介! さあ、つかまえてみい!」
と笑いながら言うと、すぐに草原を走って行った。
「姫様。姫様! お待ちを!」
紅之介も笑顔で葵姫の後を追いかけた。葵姫は「ここじゃ。ここじゃ。」と声を上げて逃げ回った。2人の楽し気に騒いでいる声が草原にこだましていた。しばらく追いかけっこをしているうちにようやく紅之介は葵姫を捕まえた。
「姫様。捕まえましたぞ。」
「まあ。」
息が乱れた葵姫はその場に倒れ込んだ。紅之介もそこに横になった。真上には青い空があり、白い雲が浮かんでいた。2人をさわやかな空気が包み込んでいた。ふと紅之介が横を見ると葵姫は笑顔を向けていた。すると椎谷の里にいた時の楽しかった思い出が次々によみがえってきていた。
(もうこのようなことはない・・・)
紅之介はこれが夢だと自覚していた。もうあの頃の幸せだった日々は戻って来ない。葵姫にも会うこともないだろう。ただ夢に中で葵姫に思いを寄せるしかないのだと・・・紅之介は儚さを感じていた。寂しさも感じていた。それは胸を締め付けるような思いだった。
それにもかかわらず、夢はまだ続いていた。葵姫は起き上がって、寝ている紅之介の上から、
「紅之介!紅之介!」
と何度も呼んでいた。それはまるで現実の声のように聞こえていた。夢の中から引き戻すような・・・。
紅之介は目を開けた。夢から覚めてぼんやりした視線の先に人の顔が見えた。
「紅之介!」
そこには葵姫がいた。まるで夢の続きのようだった。ただ夢とは違うのは筵の上に寝かされ、さらしを全身にまかれて、体の傷が痛んでいることだった。
「目が覚めたか!」
葵姫はうれしそうに言った。彼女は紅之介が目覚めるまで手を握って必死に呼びかけていたのだ。
「姫様・・・」
紅之介はそれだけしか言葉が出なかった。しかし葵姫は紅之介のしっかりと手を握りしめ、
「うんうん。」とうなずいていた。
「よく生きていてくれた。もうこうして会えぬかと思っていた。」
葵姫がふいに涙をこぼした。
「姫様・・・」
紅之介はうれしかった。葵姫の思いが紅之介に強く伝わっていた。紅之介は葵姫の手を握り返した。
「私は幸せ者でございます。姫様に・・・」
「私は紅之介のことを忘れたことはないぞ。ずっとそばにいたい。このままでは・・・」
葵姫は紅之介の手を両手で包んだ。
「私もです。しかし・・・」
紅之介はわかっていた。多くの者が戦いをしている以上、いつまでも葵姫にここにいてもらうわけにいかないことを。頭がしっかりとして来れば来るほど、現実は厳しい状況であることをひしひしと感じられた。
「姫様。私はもう大丈夫です。姫様は櫓にお戻りください。皆さまが待っているはずです。」
そう言った紅之介にとってそれはなによりつらいことだった。葵姫はその言葉に少し寂しさを覚えた。だが確かに今の自分にはそうするしかないと思われた。
「このような傷、大したものではありませぬ。私もすぐに守備隊に合流します。敵に目にものを見せてやります。」
紅之介は葵姫を心配させまいと、痛みをこらえて体を起こした。
「決して死ぬなよ。約束じゃぞ。」
葵姫は紅之介を見つめて言った。紅之介も葵姫を見つめ返した。
「決して死にませぬ。姫様を守るため。」
だがその言葉は嘘だった。愛する葵姫のために紅之介は命など捨てようと思っていた。もう会えぬと思っていた葵姫とひと時でもそばにいられただけで十分だった。もう思い残すことはないと。
「わかった・・・ならば櫓に戻る。早くよくなるのじゃぞ。」
葵姫は名残惜しそうに紅之介の手を放して立ち上がった。そして時々、振り返りながらもそこから去って行った。
(姫様。今度こそ、これで本当にお別れになるかもしれませぬ・・・)
紅之介はそう思いながらも、葵姫を笑顔で見送った。
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