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第3章 秋

第12話 雨の中の小屋で

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 雨や風はまた激しくなって嵐となった。その中を紅之介と葵姫は同じ馬に乗って椎谷の里を目指した。葵姫のその腕には幸信の首の白い包みが大事そうに抱えられている。馬はぬかるんだ道を何とかゆっくり歩いてくれていたが、そのうちに激しい雨と疲労で動かなくなった。紅之介は手綱を操り、声をかけて馬を何とか進ませようとするが、それでも馬はもうこれ以上歩こうとしなかった。

「馬を捨てて歩きましょう。」

紅之介がそう声をかけると葵姫はうなずいた。馬を降りると、紅之介が葵姫から首の包みを受け取り、それを片手で抱えながら疲労でふらつく葵姫の肩を抱き抱えていた。
 道はぬかるみ流され、雨は容赦なく降り続く。葵姫の疲労もひどく、これ以上歩き続けるのはもうできなくなっていた。それに冷たい雨に濡れて体のぬくもりが徐々に失われていた。このままでは2人とも体が冷えきってしまう・・・。これでは雨が止むまで屋敷に帰れない。

「この先に小さな山小屋があります。そこで雨宿りしましょう。」

 しばらく歩くと山小屋が見えた。それは何とか流されずに大きな木のそばに建っていた。ここは猟師や旅の者が泊まりや雨宿りによく利用する。紅之介も何度か、ここに泊ったことがあった。
 戸を開けて中に入ると小屋の中は冷え冷えとしていた。それに秋の冷たい雨は体を濡らし、そのぬくもりをかなり奪っていた。葵姫は寒さに凍えて蒼白な顔をして震えていた。

「姫様。すぐに温めまする。」

紅之介は急いで火を起こし、薪を焚いた。パチパチと火が燃え上がり、ほのかに辺りを照らして温かみを与えた。2人は手をかざした。だがそれでもなかなか体は温まらない。積んであった藁を葵姫にかけてみたが、葵姫の震えは止まらなかった。

(このままでは姫が完全に凍えてしまう。濡れた着物を脱いで乾かさなければ。・・・)

紅之介はそう思った。

「姫様。ご無礼を申し上げますが、お着物をお脱ぎください。濡れたお着物を着たままではますます冷えてしまいます。」
「わかった。」

葵姫はうなずいて帯を緩めたが、紅之介は顔を背けたままであり、着物を脱ぐ様子がないのに気付いた。

「紅之介も着物を脱ぐのだ。」
「私はちょっと・・・」

紅之介は戸惑った。自分が裸になるのは嫌だった。葵姫に自分が女であることを知られたくなかったからだ。

「お前も凍えてしまうぞ。2人で温め合えば温くなるはず。」

葵姫にそう言われても、紅之介は返事をせず、まだ顔を背けていた。

「さあ、脱ぐのだ。冷えてしまうぞ。」

葵姫は立ち上がって着物をすっと脱ぎ捨てた。その裸体は抜けるように白く、焚火の炎で暗闇に美しく浮かび上がった。そして右手を伸ばして紅之介の顔を自分に向けさせた。

「あっ!」

紅之介は驚いたが顔を背けなかった。葵姫の美しい裸体に惹きつけられるかのようにじっと見とれていた。葵姫は恥じらうこともなく、紅之介にやさしく微笑みかけた。

「紅之介。私は知っているのです。でも男でも女でもそんなことはどうでもいいのです。私は紅之介を愛しているのです。」

その言葉に紅之介は顔を上げ、葵姫の目を見つめた。そして自らも立ち上がって着物をさっと脱ぎ捨てた。その体も抜けるように白く女の体であった。そして紅之介はそのまま姫を抱きしめた。葵姫も紅之介の背中に手を回した。2人はそこでそっと横になり、お互いの体をまさぐり合って温め合った。狭い小屋の中で一晩中、熱い愛が交わされていた。




 次の日の朝、御屋形様の首を抱えて葵姫と紅之介が屋敷に帰ってきた。昨日までの激しい雨は嘘のように上がり、空には虹がかかっていた。

「姫様じゃ。姫様が帰ってこられた。」

屋敷に声が響き渡った。百雲斎は慌てて飛び出してきて葵姫の前で膝をついた。

「よくご無事で。心配いたしましたぞ。」

その顔は泣きそうなほどだった。

「心配かけた。すまぬ。紅之介が危ないところを助けてくれた。」
「それはようございました。」

百雲斎は何度もうなずきながら言った。葵姫は紅之介の方を見た。

「紅之介。あれを。」

紅之介は手にした包みを百雲斎に差し出した。

「これは?」
「父上の首じゃ。裏切った山岡実光に討ち取られていた。だが首は取り戻した。」

葵姫は沈んだ声で言った。百雲斎は腰を抜かさんばかりに驚いた。

「なんと!御屋形様が!」
「ああ、そうだ。」

葵姫はうなずいた。するとそれを聞いた屋敷の者すべてがあわてて出てきて、その前に跪いた。

「ああ、御屋形様!」

変わり果てた姿に百雲斎をはじめ、多くの者が涙した。幸信はこれほどまでに皆に慕われていたのだ。だが葵姫は気丈にも泣くことはなかった。

「皆が父のことを思って泣いてくれるのはうれしい。だがすぐにここに万代の軍勢が押し寄せてこよう。泣くのは奴らを撃退してからです。準備を。」

葵姫はきっぱりと言った。その言葉に一同は泣くのを止めて座り直した。葵姫の決心が里の者に伝わり、辺りは緊張した空気に変わった。

「わかりました。砦には御家来衆の西藤様もおられます。我ら一丸となって姫様をお守りいたしまする。」

百雲斎は言った。里の者も「おう!」と気炎を上げた。

「頼むぞ!」

葵姫は皆を見渡しながら言った。その態度は昨日とは違っていた。堂々として頼もしさを感じるほどだった。こうしてみると葵姫はもう立派に東堂家の跡継ぎとなっていたのだ。
 紅之介はそんな葵姫を見て、何かしら遠い存在になっていくような気がしていた。

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