29 / 56
第3章 秋
第2話 軍勢退却
しおりを挟む
確かに麻山城の戦況は好転していた。攻めあぐねた様子を見て万代に協力していた国衆の軍が次第に引き始めた。田畑の仕事が忙しくなり人手が必要との理由でそれぞれの所領に帰って行ったのだ。それは本当のことでもあるが、不甲斐ない万代に見切りをつけようとした者も少なくなかった。
万代宗長は本陣にいて、その状況に焦りを感じ始めていた。
「包囲にほころびが生じております。その間隙を縫って近隣の諸国から兵糧や援軍が到着しております。」
その様な報告が毎日のように上がってきていた。こちらの兵糧は乏しくなり、近くの村々からの収奪ももう難しくなった。士気は下がる一方である。それに引きかえ、麻山城は兵糧を運び入れ、援軍も到着して士気は高まる一方である。
(東堂幸信がこれほどまで諸国の者に慕われていたとは・・・)
そこは宗長の考えが甘かった。不利な状況になれば東堂に味方する者などないと思っていた。だがそれは違った。東堂の名門の家柄のためなのか、以前に東堂家から助けを受けたためなのか・・・、いや、万代家が大きくなりすぎて諸国が脅威を感じ始めたためだ。
(このままではらちが開かぬ。しかし仕掛けはもう十分だと思うが・・・)
そう思った時、武藤三郎が前に来ていた。顔に深い傷跡があり、右目には眼帯をしている。
「三郎。いかがした? その傷は。」
「この三郎。不覚を取りました。」
「ほうっ。」
宗長は意外だという声を上げた。この隙のない忍びの頭に傷を負わせる者がいるとは。だが宗長が今、最も気になっていたのは麻山城攻略のことだった。
「そちが言っていた『頃合い』はもういいのか?」
「はい。こちらが弱っているのはとっくにつかんでおりましょう。山嶽の者たちの目にもそうみえているはず。」
三郎は不敵な笑みを見せた。それを見て宗長もニヤリと笑った。
「よかろう。重臣どもを集めよ。戦評定を行う!」
宗長はお付きの侍にそう言い渡した。
麻山城の高い櫓からは敵の様子がつぶさに見えた。春に比べ兵の数は減ってきているようだが、まだかなり多い。討って出るのはまだ勝算が立たない。だがその日、万代の陣に動きがあった。城から離れて退却しているのだ。城からの追撃を受けぬように、その兵たちの慌てぶりは無様であった。
「敵が退いておるわ!」
その光景を見て東堂幸信は手を打って喜んだ。これで麻山城の危機が過ぎ去ったと。
「これで戦は終わりじゃ。者どもご苦労であった。皆の働き、この幸信、忘れぬぞ。よくやってくれた。」
幸信は周りの者をねぎらい、ともに戦った者たちに礼を言った。そして遠くに落ち延びさせた葵姫のことも気になっていた。
「このことを葵にも知らせねば。心配しておろう。もう少ししたら迎えに行くとな。」
椎谷の里にも使者を出した。葵姫が戻ってきたら再び平穏な毎日が送れると・・・。
城内はまるで戦がなくなり平和がもたらされたかのように皆の気分は緩んでいた。だが重臣な中にはこれで満足しないものが少なからずいた。
「これこそ好機! 待っている甲斐がありましたぞ! 追い打ちを掛けましょうぞ!」
確かに背を向けた敵を討つのは容易い。ここで徹底的に叩いてしまわねば、また万代宗長が態勢を立て直して攻めてくるかもしれない。その声は次第に大きくなり、やがて主流の意見となった。老臣の中には、
「それは危のうござる。罠かもしれぬ。あの万代宗長がただ退却していくとは思えぬ。」
と意見する者があったが、その声は消されていった。幸信自身はこれ以上の戦を望まなかったが、重臣の多くに押し切られた形で兵を出すことになった。
追撃に集められた兵は士気が高い。今まで苦しめられてきた万代の軍勢に一太刀浴びせねば気が済まないという者たちばかりである。それに対して退却していく万代の兵の歩みは遅い。物見の兵の報告では、あれからもうかなり日が経っているのにぐずぐずして、まだこちらの領内にいる。しかも逃亡した兵が多いのか、軍勢の兵の数はかなり少なくなっていた。ほぼ宗長直属の兵しか残っていないようであった。
「今度こそ勝てる! 万代宗長の首を取るのだ!」
幸信はそう確信していた。城から続々と東堂の軍勢が出立していった。この日は遠くに見える五条山が、空に張りつめた雲によってその姿を隠していた。
万代宗長は本陣にいて、その状況に焦りを感じ始めていた。
「包囲にほころびが生じております。その間隙を縫って近隣の諸国から兵糧や援軍が到着しております。」
その様な報告が毎日のように上がってきていた。こちらの兵糧は乏しくなり、近くの村々からの収奪ももう難しくなった。士気は下がる一方である。それに引きかえ、麻山城は兵糧を運び入れ、援軍も到着して士気は高まる一方である。
(東堂幸信がこれほどまで諸国の者に慕われていたとは・・・)
そこは宗長の考えが甘かった。不利な状況になれば東堂に味方する者などないと思っていた。だがそれは違った。東堂の名門の家柄のためなのか、以前に東堂家から助けを受けたためなのか・・・、いや、万代家が大きくなりすぎて諸国が脅威を感じ始めたためだ。
(このままではらちが開かぬ。しかし仕掛けはもう十分だと思うが・・・)
そう思った時、武藤三郎が前に来ていた。顔に深い傷跡があり、右目には眼帯をしている。
「三郎。いかがした? その傷は。」
「この三郎。不覚を取りました。」
「ほうっ。」
宗長は意外だという声を上げた。この隙のない忍びの頭に傷を負わせる者がいるとは。だが宗長が今、最も気になっていたのは麻山城攻略のことだった。
「そちが言っていた『頃合い』はもういいのか?」
「はい。こちらが弱っているのはとっくにつかんでおりましょう。山嶽の者たちの目にもそうみえているはず。」
三郎は不敵な笑みを見せた。それを見て宗長もニヤリと笑った。
「よかろう。重臣どもを集めよ。戦評定を行う!」
宗長はお付きの侍にそう言い渡した。
麻山城の高い櫓からは敵の様子がつぶさに見えた。春に比べ兵の数は減ってきているようだが、まだかなり多い。討って出るのはまだ勝算が立たない。だがその日、万代の陣に動きがあった。城から離れて退却しているのだ。城からの追撃を受けぬように、その兵たちの慌てぶりは無様であった。
「敵が退いておるわ!」
その光景を見て東堂幸信は手を打って喜んだ。これで麻山城の危機が過ぎ去ったと。
「これで戦は終わりじゃ。者どもご苦労であった。皆の働き、この幸信、忘れぬぞ。よくやってくれた。」
幸信は周りの者をねぎらい、ともに戦った者たちに礼を言った。そして遠くに落ち延びさせた葵姫のことも気になっていた。
「このことを葵にも知らせねば。心配しておろう。もう少ししたら迎えに行くとな。」
椎谷の里にも使者を出した。葵姫が戻ってきたら再び平穏な毎日が送れると・・・。
城内はまるで戦がなくなり平和がもたらされたかのように皆の気分は緩んでいた。だが重臣な中にはこれで満足しないものが少なからずいた。
「これこそ好機! 待っている甲斐がありましたぞ! 追い打ちを掛けましょうぞ!」
確かに背を向けた敵を討つのは容易い。ここで徹底的に叩いてしまわねば、また万代宗長が態勢を立て直して攻めてくるかもしれない。その声は次第に大きくなり、やがて主流の意見となった。老臣の中には、
「それは危のうござる。罠かもしれぬ。あの万代宗長がただ退却していくとは思えぬ。」
と意見する者があったが、その声は消されていった。幸信自身はこれ以上の戦を望まなかったが、重臣の多くに押し切られた形で兵を出すことになった。
追撃に集められた兵は士気が高い。今まで苦しめられてきた万代の軍勢に一太刀浴びせねば気が済まないという者たちばかりである。それに対して退却していく万代の兵の歩みは遅い。物見の兵の報告では、あれからもうかなり日が経っているのにぐずぐずして、まだこちらの領内にいる。しかも逃亡した兵が多いのか、軍勢の兵の数はかなり少なくなっていた。ほぼ宗長直属の兵しか残っていないようであった。
「今度こそ勝てる! 万代宗長の首を取るのだ!」
幸信はそう確信していた。城から続々と東堂の軍勢が出立していった。この日は遠くに見える五条山が、空に張りつめた雲によってその姿を隠していた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
肩越の逢瀬 韋駄天お吟結髪手控
紅侘助(くれない わびすけ)
歴史・時代
江戸吉原は揚屋町の長屋に住む女髪結師のお吟。
日々の修練から神速の手業を身につけ韋駄天の異名を取るお吟は、ふとしたことから角町の妓楼・揚羽屋の花魁・露菊の髪を結うように頼まれる。
お吟は露菊に辛く悲しいを別れをせねばならなかった思い人の気配を感じ動揺する。
自ら望んで吉原の遊女となった露菊と辛い過去を持つお吟は次第に惹かれ合うようになる。
その二人の逢瀬の背後で、露菊の身請け話が進行していた――
イラストレーター猫月ユキ企画「花魁はなくらべ その弐」参加作。
抜け忍料理屋ねこまんま
JUN
歴史・時代
里を抜けた忍者は、抜け忍として追われる事になる。久磨川衆から逃げ出した忍者、疾風、八雲、狭霧。彼らは遠く離れた地で新しい生活を始めるが、周囲では色々と問題が持ち上がる。目立ってはいけないと、影から解決を図って平穏な毎日を送る兄弟だが、このまま無事に暮らしていけるのだろうか……?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
夜珠あやかし手帖 のっぺらぼう
井田いづ
歴史・時代
貧乏絵師の描いた絵が夜中に抜け出した⁈
どうにかこれを探してくれないか──そんな話を聞いた団子屋の娘たまは、妖斬りの夜四郎も巻き込んで、またまた妖探して東奔西走することに。時を同じくして、町には『顔のない辻斬り』の噂が流れ始めて──。
妖を視ることのできる町娘たま×妖斬りの侍夜四郎コンビのあやかし退治譚、第二弾開幕!
(この作品からでも読み始められますが、シリーズ第一作は『ろくろくび』となります。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/284186508/680625465)
+++
[改稿履歴]
2022/09/28 初稿投稿
2022/11/30 改稿(一回目開始)
2022/11/30 改稿(一回目終了)
御懐妊
戸沢一平
歴史・時代
戦国時代の末期、出羽の国における白鳥氏と最上氏によるこの地方の覇権をめぐる物語である。
白鳥十郎長久は、最上義光の娘布姫を正室に迎えており最上氏とは表面上は良好な関係であったが、最上氏に先んじて出羽国の領主となるべく虎視淡々と準備を進めていた。そして、天下の情勢は織田信長に勢いがあると見るや、名馬白雲雀を献上して、信長に出羽国領主と認めてもらおうとする。
信長からは更に鷹を献上するよう要望されたことから、出羽一の鷹と評判の逸物を手に入れようとするが持ち主は白鳥氏に恨みを持つ者だった。鷹は譲れないという。
そんな中、布姫が懐妊する。めでたい事ではあるが、生まれてくる子は最上義光の孫でもあり、白鳥にとっては相応の対応が必要となった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる