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第2章 夏
第14話 盆踊りの星空
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今年もお盆を迎えていた。武藤三郎ら忍びの襲撃以来、血なまぐさいことは一切、里に起こらなかった。麻山城からの使者たびたび来るようになり、戦況の好転を告げていた。ようやくここに来て平穏が訪れようとしていた。
この時期、椎谷の里では盆踊りが行われる。その日は無礼講となり、上から下まで身分にかかわらず里中の者が浴衣を着て、一晩、踊りあかして日頃の気疲れを晴らすのだ。そんなこともあって里の者の心は明るかった。
その日は昼間から太鼓が鳴らされる。それを聞くと皆はもう何も手につかず心が浮かれてくるのだ。もちろん葵姫も例外でなかった。百雲斎からも紅之介のお供付きで盆踊りに行くことを許されていた。
今日ばかりは紅之介も浴衣に身を包んだ。そして玄関の前で葵姫を待っていた。
「待たせた。」
葵姫が出て来た。普段は華美な着物を着ているが、地味な模様の浴衣を着るとかえって彼女の美しさが際立って見えた。
「姫様。おきれいですわ。」
菊が声をかけた。葵姫はそれを聞いて微笑んだ。彼女も自分の姿を気に入っているようだった。もちろん紅之介も普段と違う印象の美しさに少し戸惑っていた。
「紅之介! さあ!」
葵姫が右手を伸ばした。紅之介は訳が分からずきょとんとしていた。
「わからぬか? 菊から聞いた。この日は男女が手をつないで盆踊りに行くそうだ。無礼講だから今日だけは許されているらしいぞ。」
「いや、それは・・・」
それを聞いて紅之介は慌てた。それはごく親しい者たちの話であって・・・だが葵姫は言い出したら引かないだろう。
「構わぬ。無礼講だぞ。さあ!」
「では、失礼して・・・」
紅之介は葵姫の手を取った。葵姫の手を引いたことなど何回もあったはずだが、今日のは何か、特別なようでまた胸の高鳴りを覚えた。
「さあ、行くぞ! 踊りも覚えたから今夜は踊りあかそうぞ!」
「はい。」
紅之介と葵姫は手をつないで里の広間に向かった。今日は誰に気兼ねをすることもない日なので、普段では見られない男女が手を結んだ姿があちこちで見られた。もう日が暮れようとしていた。
すでに里の広場にはやぐらが組まれ、太鼓と歌い手が上っていた。寄せ太鼓の音が里中に響いていた。もうすぐ盆踊りの始まりである。
「さあ、今宵は・・・」
のあいさつから始まり、太鼓が打たれて音頭を歌い始めた。里の者たちは手を打ちながら踊りの輪を作っていく。踊りそのものは難しいものではない。手を振って足を動かし、くるりと回って・・・というような単調でありふれたものだがなぜか楽しくなる。特に葵姫は初めての盆踊りだったので夢中になっていた。その喜びで笑顔を振りまいていた。
その姿を見て紅之介までうれしく楽しい気分になった。今までも葵姫の喜ぶ姿を見てきたが今日のが一番のような気がした。
(踊りに夢中になって嫌なことを忘れることが姫様の心を明るくするのだ。それが今日だけのことだとしても・・・。)
踊りの合間に葵姫の明るい顔を見るたびに紅之介はそう思った。
しばらく踊った後、すこし葵姫の息が切れてきた。
「姫様。少し休みましょうか?」
「ああ、そうしよう。」
2人は踊りの輪から離れて近くの草むらに座った。そこに里の者が気を利かして冷たい茶を持ってきてくれた。2人はそれを飲みながら盆踊りを眺めていた。ふと上を見上げると空には星がきれいに輝いていた。
「ここは星がきれいじゃな。」
「そうでございます。特に今宵は美しく見えます。」
2人がそう話している時に、急に大きな流れ星が北に流れていった。それを見て葵姫は急に目をつぶった。
「どうされたのですか?」
「流れ星に願いを心に唱えると叶うそうな。お願いしてみたのじゃ。」
「何をお願いされたのですか?」
「それはな・・・ふふふ。」
やはり葵姫は答えなかった。流れ星に願いを唱えることは紅之介も聞いたことがあった。しかしあの流れ星は・・・。
(あれは凶星。近いうちに誰かが死ぬ・・・)
紅之介は嫌な予感がしたが、それを笑顔になっている葵姫に言えるはずはなかった。あの流れ星が凶星でなく幸運をもたらす星であるようにと祈る紅之介であった。
この時期、椎谷の里では盆踊りが行われる。その日は無礼講となり、上から下まで身分にかかわらず里中の者が浴衣を着て、一晩、踊りあかして日頃の気疲れを晴らすのだ。そんなこともあって里の者の心は明るかった。
その日は昼間から太鼓が鳴らされる。それを聞くと皆はもう何も手につかず心が浮かれてくるのだ。もちろん葵姫も例外でなかった。百雲斎からも紅之介のお供付きで盆踊りに行くことを許されていた。
今日ばかりは紅之介も浴衣に身を包んだ。そして玄関の前で葵姫を待っていた。
「待たせた。」
葵姫が出て来た。普段は華美な着物を着ているが、地味な模様の浴衣を着るとかえって彼女の美しさが際立って見えた。
「姫様。おきれいですわ。」
菊が声をかけた。葵姫はそれを聞いて微笑んだ。彼女も自分の姿を気に入っているようだった。もちろん紅之介も普段と違う印象の美しさに少し戸惑っていた。
「紅之介! さあ!」
葵姫が右手を伸ばした。紅之介は訳が分からずきょとんとしていた。
「わからぬか? 菊から聞いた。この日は男女が手をつないで盆踊りに行くそうだ。無礼講だから今日だけは許されているらしいぞ。」
「いや、それは・・・」
それを聞いて紅之介は慌てた。それはごく親しい者たちの話であって・・・だが葵姫は言い出したら引かないだろう。
「構わぬ。無礼講だぞ。さあ!」
「では、失礼して・・・」
紅之介は葵姫の手を取った。葵姫の手を引いたことなど何回もあったはずだが、今日のは何か、特別なようでまた胸の高鳴りを覚えた。
「さあ、行くぞ! 踊りも覚えたから今夜は踊りあかそうぞ!」
「はい。」
紅之介と葵姫は手をつないで里の広間に向かった。今日は誰に気兼ねをすることもない日なので、普段では見られない男女が手を結んだ姿があちこちで見られた。もう日が暮れようとしていた。
すでに里の広場にはやぐらが組まれ、太鼓と歌い手が上っていた。寄せ太鼓の音が里中に響いていた。もうすぐ盆踊りの始まりである。
「さあ、今宵は・・・」
のあいさつから始まり、太鼓が打たれて音頭を歌い始めた。里の者たちは手を打ちながら踊りの輪を作っていく。踊りそのものは難しいものではない。手を振って足を動かし、くるりと回って・・・というような単調でありふれたものだがなぜか楽しくなる。特に葵姫は初めての盆踊りだったので夢中になっていた。その喜びで笑顔を振りまいていた。
その姿を見て紅之介までうれしく楽しい気分になった。今までも葵姫の喜ぶ姿を見てきたが今日のが一番のような気がした。
(踊りに夢中になって嫌なことを忘れることが姫様の心を明るくするのだ。それが今日だけのことだとしても・・・。)
踊りの合間に葵姫の明るい顔を見るたびに紅之介はそう思った。
しばらく踊った後、すこし葵姫の息が切れてきた。
「姫様。少し休みましょうか?」
「ああ、そうしよう。」
2人は踊りの輪から離れて近くの草むらに座った。そこに里の者が気を利かして冷たい茶を持ってきてくれた。2人はそれを飲みながら盆踊りを眺めていた。ふと上を見上げると空には星がきれいに輝いていた。
「ここは星がきれいじゃな。」
「そうでございます。特に今宵は美しく見えます。」
2人がそう話している時に、急に大きな流れ星が北に流れていった。それを見て葵姫は急に目をつぶった。
「どうされたのですか?」
「流れ星に願いを心に唱えると叶うそうな。お願いしてみたのじゃ。」
「何をお願いされたのですか?」
「それはな・・・ふふふ。」
やはり葵姫は答えなかった。流れ星に願いを唱えることは紅之介も聞いたことがあった。しかしあの流れ星は・・・。
(あれは凶星。近いうちに誰かが死ぬ・・・)
紅之介は嫌な予感がしたが、それを笑顔になっている葵姫に言えるはずはなかった。あの流れ星が凶星でなく幸運をもたらす星であるようにと祈る紅之介であった。
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