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懇願
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信二はそっとディーマの部屋の前に来ると、中の様子をうかがった。特に誰とも連絡はしていないようだった。ただ「カチャッ!」と金属音がしたのでアタッシュケースを開けていると思われた。
(藤堂警部に連絡するか?それともこのままディーマを問い詰めるか?)信二が迷っていると何者かが後ろに忍び寄っていた。
「騒ぐな。手を挙げてじっとしてろ!」それはあの外国人風の男だった。信二は腰に拳銃を当てられていた。
(しまった・・・)信二は両手を上げつつ、おのれのうかつさを悔いた。しかしこれでかえって本当のことを知ることができるかもしれない・・・そんな気持ちもあった。
「コン、コン、ココン、コン。」男がリズムを刻んでドアをノックした。その音にディーマがドアを開けた。男が信二とともに部屋に入ると、ディーマは誰にも見られていないのを確認してからドアを閉めた。信二は拳銃を取り上げられ、椅子に座らされた。部屋のテーブルの上には開けられたアタッシュケースがあった。その中は爆弾が詰められているようだった。
「やはり君が裏切っていたのか?」信二が言った。
「あなたにはわかって欲しいの。」ディーマはそう言うと男に何やら言った。すると男はうなずいて、構えた拳銃を下ろして外に出て行った。
「あれは私の兄のアイマンなの。2人きりで話すからと言って出て行ってもらったわ。」ディーマが言った。
「どうして、どうしてこんな真似を。なぜ国王暗殺の一味に加わったんだ?」信二は強い口調で聞いた。ディーマは悲しそうな顔をして言った。
「ベガメン国は地獄になっているの。国王のせいで。彼は国民を奴隷の様にしか思っていない。」
「だからと言って・・・」
「あなたにはわからないかもしれない。国民は虐げられているのよ。食料もわずかで、他に何もなく貧しいのに、それでも役人はすべて持っていく。餓死しようが気にしていないの。人々は監視され不満を持つ者はすぐに強制収容所に入れられるわ。そんなところなのよ。ベガメンは。」ディーマは悲しげに言った。
「しかし国王を暗殺しても・・・」
「いいえ。ベガメンでは国王に逆らえる者はいない。アハバ国王さえいなくなれば、みんな救われる・・・。それに国王はあなた方を罵倒しているわ。役立たずな日本人めって!私がうまく通訳しているからそれは伝わっていないけど。あんなひどい奴はいないわ。国王を守るためどんなに犠牲が出てもあいつは平気よ。自分さえよければ。」ディーマは国王への怒りを隠そうとしなかった。
「それはそうかもしれない。だが私は警察官だ。国王を守るのが任務だ。こんなことは見過ごせない。」信二はそう言った。口封じのために殺されるかもしれないが、そこを曲げる気はなかった。それを聞いてディーマはかすかに笑った。
「おかしいか?」
「ええ。いえ、そうじゃないの。やはりあなたは私が思っていたような人だったわ。自分の信念を曲げない、意志の強い人だわ。サムライとでもいうのかしら。」
「私をどうするつもりだ。ここで殺すのか?」信二は思い切って聞いてみた。
「そんなことはしたくない。あなたは私の命を救ってくれた。」ディーマは言った。
「えっ?」
「国王がこのホテルに来たときよ。ライフルの銃弾から私を救ってくれた。」
「あれは狂言じゃないのか?自分に疑いが及ばないように。」信二はディーマが襲撃者の仲間とわかった時からそう思っていた。
「違うわ。それならそこで国王を狙撃して暗殺しているわ。一流の殺し屋を雇ったんだけど、あいつは私たちを裏切った。裏で国王と近い人とつながっていたのかもしれないし、私を殺して国王から褒美をもらおうとしていたのかもしれない。それが分かったから兄さんがあいつを殺した。」ディーマが言った。
「でも君たちはあきらめなかった。」
「ええ。どうしても日本にいる間に国王を亡き者にしたかったのよ。だから兄は日本にいる軍関係の同志を集めたの。彼らは喜んで協力してくれたわ。でも私は嫌だった。成功しても失敗してもその人たちは生きて帰れないかもしれない。だから私は反対した。」
信二はホテルの庭でディーマと兄が言い争っているのを思い出した。
「でも失敗したわ。私には何かわかっていたの。あなたが実は拳銃の名手でこうなってしまうんじゃないかって。昔の記録もちゃんと調べたから。だからあなたが出て行かないように怖いふりをして押さえていた。でも駄目だった・・・。」ディーマは悲しそうに言った。
「もうやめるんだ。明日、国王は帰国する。ここから空港までしかない。そこは警備を厳重にしているはずだ。」信二は言った。
「それはできない。元々は私が自分の身を投げ出して暗殺するはずだった。それを兄が不憫に感じてこんなことになった。だから今度こそ私がやる!この爆弾で。」ディーマは爆弾の入ったアタッシュケースを閉じながら言った。
「そんなことはさせない。なんとしても止める。」信二は立ち上がった。
「ねえ、わかって。私がしなければベガメンの民は救われない。誰かがそれをしなければならないの。」ディーマは信二の腕を取って懇願するように言った。
「駄目だ!」信二はディーマを押しのけて外に出ようとした。
「行かないで!私を見て!」ディーマは叫んだ。信二が振り返るとディーマは衣服を脱ぎ捨てて裸になっていた。
「・・・」信二はディーマの裸体を見て、驚いて声が出せなかった。抜けるような白い肌をした美しい体だった。しかし体の真ん中に大きく☓の赤黒い傷跡があった。それはまるで家畜の刻印のようにも見えた。
「ベガメンでは若く美しい女性が国王の夜の相手をさせられるの。国王が飽きるまで。その後は他の者の妻にならぬようにこうして体を傷つけられるの。それで一生、国王のお手付きの者として一人で生きて行かねばならない。だから私は一生懸命勉強して軍に入り、自立の道を選んだ。」ディーマの目には涙があふれていた。それを聞いて信二の心は揺れていた。
「私のような者をもう出したくない。もう誰からも愛されない私のような女を・・・」ディーマは声を振り絞って言った。
信二は傍らにあるバスタオルを手に取ってディーマにかぶせた。そしてぐっと抱きしめた。
「君が愛されないことはない。君は素敵な女性だ。」信二はそう言葉に出していた。
「ありがとう。あなたに会えてよかった。」ディーマは泣きながら言った。
「ベガメンのことは忘れるんだ。どこかに亡命でもしてベガメンと縁を切るんだ。私のところに来てもいいから。」信二は思い切って言った。
「あなたはいい人だわ。私にはもったいないくらい・・・でもさようなら・・・信二・・・。」ディーマはそう言った。その瞬間、信二は尻に鋭い痛みを感じた。すると体の力が抜けていくのを感じた。
「デ、ディーマ・・・」それだけ言って信二は床に倒れた。ディーマの右手には注射器が握られていた。信二は麻酔薬を打たれてそのまま気を失った。
「ごめんなさい・・・。私はもうこうするしかないのよ・・・。」ディーマは涙をふくと、ドアを「コン、コン、ココン、コン。」と叩いた。すると、
「どうだった?」ディーマの兄のアイマンが入ってきた。
「信二を説得できなかった。だから気を失わせたわ。」ディーマは言った。
「また邪魔されるかもしれないから、殺してクローゼットに突っ込んでおこうか。」アイマンが言った。
「いえ、やめて。もうこれ以上、犠牲を出さないで。縛っておくだけにして。」ディーマはアイマンを止めた。彼女は信二をすまなそうに見ていた。
(藤堂警部に連絡するか?それともこのままディーマを問い詰めるか?)信二が迷っていると何者かが後ろに忍び寄っていた。
「騒ぐな。手を挙げてじっとしてろ!」それはあの外国人風の男だった。信二は腰に拳銃を当てられていた。
(しまった・・・)信二は両手を上げつつ、おのれのうかつさを悔いた。しかしこれでかえって本当のことを知ることができるかもしれない・・・そんな気持ちもあった。
「コン、コン、ココン、コン。」男がリズムを刻んでドアをノックした。その音にディーマがドアを開けた。男が信二とともに部屋に入ると、ディーマは誰にも見られていないのを確認してからドアを閉めた。信二は拳銃を取り上げられ、椅子に座らされた。部屋のテーブルの上には開けられたアタッシュケースがあった。その中は爆弾が詰められているようだった。
「やはり君が裏切っていたのか?」信二が言った。
「あなたにはわかって欲しいの。」ディーマはそう言うと男に何やら言った。すると男はうなずいて、構えた拳銃を下ろして外に出て行った。
「あれは私の兄のアイマンなの。2人きりで話すからと言って出て行ってもらったわ。」ディーマが言った。
「どうして、どうしてこんな真似を。なぜ国王暗殺の一味に加わったんだ?」信二は強い口調で聞いた。ディーマは悲しそうな顔をして言った。
「ベガメン国は地獄になっているの。国王のせいで。彼は国民を奴隷の様にしか思っていない。」
「だからと言って・・・」
「あなたにはわからないかもしれない。国民は虐げられているのよ。食料もわずかで、他に何もなく貧しいのに、それでも役人はすべて持っていく。餓死しようが気にしていないの。人々は監視され不満を持つ者はすぐに強制収容所に入れられるわ。そんなところなのよ。ベガメンは。」ディーマは悲しげに言った。
「しかし国王を暗殺しても・・・」
「いいえ。ベガメンでは国王に逆らえる者はいない。アハバ国王さえいなくなれば、みんな救われる・・・。それに国王はあなた方を罵倒しているわ。役立たずな日本人めって!私がうまく通訳しているからそれは伝わっていないけど。あんなひどい奴はいないわ。国王を守るためどんなに犠牲が出てもあいつは平気よ。自分さえよければ。」ディーマは国王への怒りを隠そうとしなかった。
「それはそうかもしれない。だが私は警察官だ。国王を守るのが任務だ。こんなことは見過ごせない。」信二はそう言った。口封じのために殺されるかもしれないが、そこを曲げる気はなかった。それを聞いてディーマはかすかに笑った。
「おかしいか?」
「ええ。いえ、そうじゃないの。やはりあなたは私が思っていたような人だったわ。自分の信念を曲げない、意志の強い人だわ。サムライとでもいうのかしら。」
「私をどうするつもりだ。ここで殺すのか?」信二は思い切って聞いてみた。
「そんなことはしたくない。あなたは私の命を救ってくれた。」ディーマは言った。
「えっ?」
「国王がこのホテルに来たときよ。ライフルの銃弾から私を救ってくれた。」
「あれは狂言じゃないのか?自分に疑いが及ばないように。」信二はディーマが襲撃者の仲間とわかった時からそう思っていた。
「違うわ。それならそこで国王を狙撃して暗殺しているわ。一流の殺し屋を雇ったんだけど、あいつは私たちを裏切った。裏で国王と近い人とつながっていたのかもしれないし、私を殺して国王から褒美をもらおうとしていたのかもしれない。それが分かったから兄さんがあいつを殺した。」ディーマが言った。
「でも君たちはあきらめなかった。」
「ええ。どうしても日本にいる間に国王を亡き者にしたかったのよ。だから兄は日本にいる軍関係の同志を集めたの。彼らは喜んで協力してくれたわ。でも私は嫌だった。成功しても失敗してもその人たちは生きて帰れないかもしれない。だから私は反対した。」
信二はホテルの庭でディーマと兄が言い争っているのを思い出した。
「でも失敗したわ。私には何かわかっていたの。あなたが実は拳銃の名手でこうなってしまうんじゃないかって。昔の記録もちゃんと調べたから。だからあなたが出て行かないように怖いふりをして押さえていた。でも駄目だった・・・。」ディーマは悲しそうに言った。
「もうやめるんだ。明日、国王は帰国する。ここから空港までしかない。そこは警備を厳重にしているはずだ。」信二は言った。
「それはできない。元々は私が自分の身を投げ出して暗殺するはずだった。それを兄が不憫に感じてこんなことになった。だから今度こそ私がやる!この爆弾で。」ディーマは爆弾の入ったアタッシュケースを閉じながら言った。
「そんなことはさせない。なんとしても止める。」信二は立ち上がった。
「ねえ、わかって。私がしなければベガメンの民は救われない。誰かがそれをしなければならないの。」ディーマは信二の腕を取って懇願するように言った。
「駄目だ!」信二はディーマを押しのけて外に出ようとした。
「行かないで!私を見て!」ディーマは叫んだ。信二が振り返るとディーマは衣服を脱ぎ捨てて裸になっていた。
「・・・」信二はディーマの裸体を見て、驚いて声が出せなかった。抜けるような白い肌をした美しい体だった。しかし体の真ん中に大きく☓の赤黒い傷跡があった。それはまるで家畜の刻印のようにも見えた。
「ベガメンでは若く美しい女性が国王の夜の相手をさせられるの。国王が飽きるまで。その後は他の者の妻にならぬようにこうして体を傷つけられるの。それで一生、国王のお手付きの者として一人で生きて行かねばならない。だから私は一生懸命勉強して軍に入り、自立の道を選んだ。」ディーマの目には涙があふれていた。それを聞いて信二の心は揺れていた。
「私のような者をもう出したくない。もう誰からも愛されない私のような女を・・・」ディーマは声を振り絞って言った。
信二は傍らにあるバスタオルを手に取ってディーマにかぶせた。そしてぐっと抱きしめた。
「君が愛されないことはない。君は素敵な女性だ。」信二はそう言葉に出していた。
「ありがとう。あなたに会えてよかった。」ディーマは泣きながら言った。
「ベガメンのことは忘れるんだ。どこかに亡命でもしてベガメンと縁を切るんだ。私のところに来てもいいから。」信二は思い切って言った。
「あなたはいい人だわ。私にはもったいないくらい・・・でもさようなら・・・信二・・・。」ディーマはそう言った。その瞬間、信二は尻に鋭い痛みを感じた。すると体の力が抜けていくのを感じた。
「デ、ディーマ・・・」それだけ言って信二は床に倒れた。ディーマの右手には注射器が握られていた。信二は麻酔薬を打たれてそのまま気を失った。
「ごめんなさい・・・。私はもうこうするしかないのよ・・・。」ディーマは涙をふくと、ドアを「コン、コン、ココン、コン。」と叩いた。すると、
「どうだった?」ディーマの兄のアイマンが入ってきた。
「信二を説得できなかった。だから気を失わせたわ。」ディーマは言った。
「また邪魔されるかもしれないから、殺してクローゼットに突っ込んでおこうか。」アイマンが言った。
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