魔道の剣  ー王宮の鉱にまつわる悲話ー

広之新

文字の大きさ
上 下
7 / 41
第2章 オースの森

出会った男

しおりを挟む
 リーカーとエミリーはオースの森の中を、追ってくる魔騎士から逃げていた。ワーロン将軍の命を受けてこの森に多くの魔騎士と魔兵が入り込んでおり、より慎重に動かねばならない。。彼らに出会えばまた戦闘になり、命のやり取りをしなければならない。エミリーを守り抜くと決心したリーカーにはできるだけそれを避けねばならなかった。

 ふと森がざわめいた。リーカーが辺りの気配をうかがうと、茂みに踏み入りながらこちらに向かう足音が聞こえてきた。それに人の叫び声がする。

「助けてくれ!」

 それは若い男の悲鳴だった。リーカーがその方向に目を向けると、数匹の狼に追われて走ってくる男がいた。彼は恐怖で顔がこわばり、息を切らして必死に逃げていた。
 リーカーは追われる身であるのを顧みず、その男の方に駆け寄った。男は突然、目の前に現れたリーカーに驚きつつも、狼から逃げるためにその脇を駆け抜けていった。すると狼はリーカーに狙いをつけて、彼に迫ってきた。リーカーは素早く剣を抜いて呪文を唱えた。

「***光明グワンマイオン***」

 すると剣が輝き出した。それは目が眩むほどのまぶしさだった。狼たちはその光に恐れをなして後ずさりすると、そのまま森の奥に逃げ帰った。息が上がっていた男はようやくホッとしてその場にしりもちをついた。だがリーカーが振り返ってそばに寄って来るとすぐに立ち上がった。

「助かりました。ありがとうございました。俺はクーレと言います」

 若い男は頭を下げた。リーカーが尋ねた。

「このような森の奥で何をしていたのだ? 普段はこの森には誰も近づかぬはず」
「はい。この辺りに珍しい木の実があると人に聞いてやって来たのです。しかし道に迷うわ、狼に追いかけられるわでひどい目に合いました」

 クーレは「はあっ!」とため息をついた。

「狼は追い払った。もう大丈夫だろう。確か道は向こうにあった。行くがいい」

 リーカーは東の方を指さした。

「そんなこと言わずに一緒に連れて行ってください。また狼が来るかもと思うと・・・」

 クーレは身震いしていた。

「我らは狙われている。魔騎士や魔兵にな。それでもいいのか?」

 リーカーは本当のことを話した。普通であれば誰もそんなリーカーとともに行こうとは言わないであろう。しかしクーレはうなずいた。

「いいです。狼よりはましでさあ。それに腹も・・・」

 確かにクーレは腹ペコのようで腹の虫が鳴っていた。

「仕方がない。一緒に来ればよい。だがその前に腹ごしらえか」

 リーカーは魔法でパンや水を出して、エミリーやクーレに渡した。

「ありがてえ!」

 クーレはそのパンに食いついた。だがその途端、その顔が曇った。

「どうした?」
「確かにパンですが少々味が・・・」

 クーレは顔をしかめて答えた。

「食べ物を出す魔法を習得したばかりだから味までは生き届かないか・・・」

 リーカーはつぶやいた。エミリーは横でうなずいていた。

「あ、そうそう。これをかけると少しはましかも」

 クーレは何か粉の入った小さな小瓶を取り出してパンにかけて食べた。
「これなら食べられる。旦那もどうですか? お嬢ちゃんも?」

 クーレは小瓶を差し出した。

「いやいい。それよりも食べたらすぐ出発するぞ」

 リーカーは言った。この間にも魔騎士たちが自分たちに近づいてきていると思うと気が気でなかった。

 ◇◇◇◇

 魔騎士ガイヤは魔兵を率いてリーカーたちを追っていた。昨日から徹夜で捜索しているがその行方はようとして知れない。そこに魔法の黒カラスが飛んできてガイヤの肩にとまった。そのカラスはガイヤに何やらささやいた。それを聞いてガイヤはニヤリと笑った。

「そうか。予定通りだ。奴らを先回りして開けた場所で待ち受ける」

 ガイヤの隊は歩く速度を上げて森をかき分けていった。

 ◇◇◇◇

「ちょっと旦那、待ってくださいよ」

 クーレが根を上げた。そこは森の中の険しい道だった。普通の者でも1時間で音を上げるほどなのに、リーカーたちはもう数時間も休憩もせずに歩いている。

「置いていくぞ」

 リーカーは振り返って言った。その横で手をひかれて歩くエミリーは平気な顔をしていた。5歳くらいの子供なのに・・・。クーレはそれが不思議だった。

「お嬢ちゃん。どうしてそんなに歩けるんだ?」
「魔法の靴よ。これがあったら大人と同じくらい歩けるわ。さあ、しっかり歩いて!」

 エミリーが励ますように言った。

「お嬢ちゃんにそう言われちゃ、仕方がないな。よし! 行くか!」

 クーレはまた歩き始めた。そして今度はリーカーに声をかけた。
「旦那はどうしてこんなところに? 追われていると聞きましたが、一体、何をしでかしたんで?」

 クーレはリーカーにそう聞いてみた。リーカーは黙ったまま答えなかった。いや答えるわけにいかなかった。クーレの方はリーカーは何か訳アリだと思って、これ以上、詮索するのを止めた。

「すいません。いいたくないことを聞いてしまったようで・・・」

 クーレは頭をかいた。

「いや、よい。それよりお前の話を聞こう。どこで働いているのだ?」
「えっ! 俺ですか? ええと・・・俺は村で畑を耕しているんです。ただの百姓です」
「そうか・・・。クーレ。お前の目は澄んでいる。世間の嫌なところに染まっていない。純粋な心のままだ。大事にしなければならんぞ。剣を持つようになっても」

 リーカーはそんなことをいきなり言った。その思いもよらない言葉にクーレは「えっ!」と面食らっていた。

 その時、周囲に人の気配が充満した。リーカーはエミリーの手を放して言った。

「追っ手だ。隠れているんだ」

 エミリーは離れた窪地に身を隠した。クーレも慌ててそこに隠れた。

「待っていたぞ!」

 リーカーの正面にガイヤが現れた。そしてリーカーを包囲するように魔兵も出て来た。

「私たちに手を出すとタダでは済まぬぞ」

 リーカーは剣の柄を持った。

「ふふん。貴様を倒して俺は名を挙げてやる。いくぞ!」

 ガイヤの言葉で魔兵たちがリーカーに斬りかかった。リーカーは素早く剣を抜くと、向かってくる魔兵を斬り倒した。そして

「***魔道剣マグスグラディス瞬殺インスタンチディ***」

 を唱え、素早い動きで次々に魔兵も切り伏せた。

「おのれ!」

 ガイヤは叫ぶと剣に魔法をかけて向かって来た。ガイヤの剣は長いムチのように伸びてしなった。それが数本に分かれてリーカーを襲った。

「バシッ!」

 リーカーは剣でそれを払いながら後ろに下がって逃れた。

「まだまだ!」

 ガイヤはさらにムチのような剣を振り回した。それは空を切り裂き。周囲の木々の枝を落としていった。何とかそれを避けていたリーカーにはその動きが見え始めていた。
 ガイヤのムチの剣がまた迫った時、今度はリーカーが剣で払うのと同時にその間合いを詰めた。そして

「***魔道剣マグスグラディス鍔斬りスラシュコミウス***」

 を発動した。ガイヤはムチの剣で受け止めようとしたが、その威力に体ごと吹き飛ばされてしまった。

「おのれ!」

 ガイヤはすぐに起き上がって剣を構えた。そこにリーカーはゆっくり近づいていった。決着をつけるために・・・。

「待て! そこを動くな!」

 リーカーの背後から声が響き渡った。リーカーが目だけを向けるとそこに思わぬ光景が広がっていた。クーレがエミリーを後ろから抱えて、その首に短刀を当てていた。前にいたガイヤが言った。

「さあ、エミリーを殺されなかったら剣を捨てろ!」

 リーカーは何も言わずにクーレの方に顔を向けてじっと見つめた。クーレは後ろめたい気持ちでいっぱいになった。

「な、なんだよ! 裏切ったさ! 確かにあんたを裏切ったさ! でもそうすりゃ俺は見習いから魔騎士になれるんだ!」

 クーレは大声で叫んだ。良心の痛みをごまかすために・・・。

「そうだ! クーレ。大手柄だ。これでお前は魔騎士だ。よくやった!」

 ガイヤはクーレを褒めた。彼は卑怯な作戦が見事にはまって上機嫌だった。だがクーレの表情は暗い。リーカーは言った。

「お前には似合わぬ。お前には真っすぐな心で剣に向き合うのだ!」
「うるさい! それよりさっさと剣を捨てろ! エミリー様の首に短刀が当てられているのを忘れるな!」

 クーレは後ろめたさを振り払うかのように大きな声を上げた。

「お前が抗わぬなら無用な血は流さぬ。だが歯向かえばエミリーの首が飛ぶぞ」

 ガイヤが脅すように言った。リーカーはため息をついてガイヤを睨みつけると、何も言わずに右手の剣を捨てた。地面に「ガチャン!」と金属音が響いた。

「ふふふ。これで貴様は最期だ!」

 ガイヤが呪文を唱えると、周囲から縄が飛んできてリーカーを縛り上げた。リーカーは身動きできずに顔を背けた。

「リーカーもエミリーも我が手中に入った。後は・・・」

 ガイヤは残忍な笑いを浮かべた。これから行うことを思えば、彼はそうならざるを得なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~

橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち! 友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。 第2回きずな児童書大賞参加作です。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

空の話をしよう

源燕め
児童書・童話
「空の話をしよう」  そう言って、美しい白い羽を持つ羽人(はねひと)は、自分を助けた男の子に、空の話をした。    人は、空を飛ぶために、飛空艇を作り上げた。  生まれながらに羽を持つ羽人と人間の物語がはじまる。  

1000本の薔薇と闇の薬屋

八木愛里
児童書・童話
アルファポリス第1回きずな児童書大賞奨励賞を受賞しました! イーリスは父親の寿命が約一週間と言われ、運命を変えるべく、ちまたで噂の「なんでも願いをかなえる薬」が置いてある薬屋に行くことを決意する。 その薬屋には、意地悪な店長と優しい少年がいた。 父親の薬をもらおうとしたイーリスだったが、「なんでも願いをかなえる薬」を使うと、使った本人、つまりイーリスが死んでしまうという訳ありな薬だった。 訳ありな薬しか並んでいない薬屋、通称「闇の薬屋」。 薬の瓶を割ってしまったことで、少年スレーの秘密を知り、イーリスは店番を手伝うことになってしまう。 児童文学風ダークファンタジー 5万文字程度の中編 【登場人物の紹介】 ・イーリス……13才。ドジでいつも行動が裏目に出る。可憐に見えるが心は強い。B型。 ・シヴァン……16才。通称「闇の薬屋」の店長。手段を選ばず強引なところがある。A型。 ・スレー……見た目は12才くらい。薬屋のお手伝いの少年。柔らかい雰囲気で、どこか大人びている。O型。 ・ロマニオ……17才。甘いマスクでマダムに人気。AB型。 ・フクロウのクーちゃん……無表情が普通の看板マスコット。

オオカミ少女と呼ばないで

柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。 空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように―― 表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。

見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜

うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】 「……襲われてる! 助けなきゃ!」  錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。  人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。 「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」  少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。 「……この手紙、私宛てなの?」  少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。  ――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。  新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。 「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」  見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。 《この小説の見どころ》 ①可愛いらしい登場人物 見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎ ②ほのぼのほんわか世界観 可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。 ③時々スパイスきいてます! ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。 ④魅力ある錬成アイテム 錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。 ◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。 ◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。 ◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。 ◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

【完結】だるま村へ

長透汐生
児童書・童話
月の光に命を与えられた小さなだるま。 目覚めたのは、町外れのゴミ袋の中だった。 だるまの村が西にあるらしいと知って、だるまは犬のマルタと一緒に村探しの旅に出る。旅が進むにつれ、だるま村の秘密が明らかになっていくが……。

処理中です...