メカラス連邦諸国記

広之新

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第9章 へつらう父の哀れな姿 ーヨースチン伯爵領ー

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 やがて2人はヨースチン伯爵領に入ってが、そこはなぜか寂しげな雰囲気で包まれていた。そして畑を耕す村人の顔は暗かった。
(やはり以前とは違う。うわさでは聞いていたが、なぜこのように・・・)老人は辺りを見渡しながらそう思っていた。一方、ハンスはまだ見ぬ父と会うことに胸を躍らせていた。
そこにいきなり、
「どけ!どけ!」大きな声と馬の蹄の音が聞こえてきた。すると向こうから数頭の馬が道を駆けてきていた。道を歩く村人たちは慌てて道端に避けた。だが一人の子供が転んで道の真ん中に取り残され、馬に踏みつぶされそうになっていた。
「ロク!」あわててその母親が助けようと道に飛び出した。2人が馬に吹っ飛ばされるかと思われた。ハンスは目をつぶって顔を背けた。しかしその瞬間、
「ヒヒーン!!」と急に駆けてきた馬が棹立ちになって止まった。
(危なかった・・・)目を開けたハンスはそう思いながら横を見ると、老人が手を伸ばして呪文を唱えていた。
「どけ!無礼者め!」馬に乗っていたのは貴族とその側近の者のようだった。
「我らの通行を妨害する無礼者め!成敗してくれる!」その貴族は馬のムチを振り上げてその親子を叩こうとした。老人がすぐにそのそばに寄ろうとしたが、その前に、
「お待ちください!しばしお待ちを!」大声を上げて、後から駆けてきていた男がいた。彼は息を切らせながらその貴族の前に跪いた。そしてゆっくり顔を上げて、その笑顔を向けた。
「ジャック!何用だ!止めても無駄だ!」その貴族はまだ怒っていた。しかしその男は優しげな声で、
「このような下賤な者を叩いては御身が汚れまする。代わりに私めをお打ちください。さあ、どうぞ!」と言うと、その腕を大きく開いた。その様子はまるで道化師のようだった。
「よかろう!」貴族はその男をムチでバシッと打った。
「ううっ!」痛みで男は声を上げた。その顔は情けない表情になっていた。
「馬ならヒヒーンだ。よいな!」貴族はまたムチを振るった。それを肩に食らった男は痛みに耐えて、
「ヒヒーン。」と無理に笑いながら鳴いた。
「そうか。馬じゃ。馬じゃ。はっはっは。」貴族は愉快そうに笑った。怒りは解けていっているようだった。その間に男は気づかれぬように後ろ手で合図すると、親子は頭を下げてそっとそこから逃げて行った。
「お前たちも打ってやれ!ジャックは馬になっておる! カノーテ!」貴族は側近の者の一人を呼んでムチを渡した。
「はっ!ジャック殿。伯爵様の御命令じゃ!」ムチを受け取ったカノーテはジャックをムチで打った。そのたびに、
「ヒヒーン。」と男は笑顔で鳴いた。
 その光景を遠くからハンスは見ていた。あまりにも情けない男の姿であったが、彼がジャックと呼ばれているのに気付いた。
(父上?まさか・・・)ハンスはその道化師のような男が父であるはずがないと思いながらも気になっていた。
男はさんざん馬のムチで叩かれていた。
「もう、これでよかろう。ジャックは馬だからこのまま走ってついて参れ!さあ、行くぞ!」伯爵はまた馬にまたがるとお付きの者とともに道を駆けて行った。男は立ち上がりその後を追おうとした。
「すいません。もしかしてあなたはジャック・ルーセントという方ではありませんか?」ハンスは気になってその男に声をかけた。男はハンスの方を見た。その顔には先程と違った厳しい表情があった。
「そうだが・・・」ジャックは答えた。
「では父上ですか? ハンスです。あなたの息子のハンスです。」ハンスは言った。するとジャックの目に驚きと同時にやさしさが浮かんだ。だがそれはすぐに消え、元の厳しい顔に戻った。
「今はお勤め中だ。この先の私の家を尋ねて待っておれ。夕刻には戻る。」ジャックはそれだけ言い残してまた伯爵を追って道を走って行った。
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