メカラス連邦諸国記

広之新

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第6章 笑顔もたらすチョコレート ーカーギ国ー

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 次の日の午後、スマト大臣の屋敷にタロイとジロイが来ていた。それは新しいチョコレートをスマト大臣に審査をしてもらうためだった。これで優れた方が王様に献上されるということで2人は気合が入っていた。
お互いにあいさつどころか、目を合わそうともせず、スマト大臣の前に進み出た。
「こちらが試作したチョコレートです。」2人はそれぞれ小さな箱を差し出した。
「うむ。ご苦労であった。それではまずはタロイの方から。」スマト大臣がタロイの箱を開けるとやや黒いチョコレートが入っていた。
「私はビターチョコレートを作りました。カカオ豆特有の苦みを利かして香ばしく仕上げました。これなら王様にご満足いただけるのでは。」タロイは自信あり気に言った。スマト大臣はそのチョコレートを口に入れた。
「うまいぞ。確かに苦みを利かした味じゃ。」スマト大臣はうなずいて言った。その言葉にタロイはニヤリと笑った。
「次はジロイじゃ。」スマト大臣はジロイの箱を開けてみた。そこには薄い茶色のチョコレートが入っていた。
「私はミルクチョコレートを作りました。濃厚なクリーミーな味わいがあると思います。私の方が王様の望まれる新しいチョコレートかと存じます。」ジロイは自信を持って言った。スマト大臣はそのチョコレートを口に入れた。
「うむ。これもうまい。このクリーミーな舌触りは格別じゃ。」スマト大臣は言った。
「どうでございましょう。私の方が優れているのではございませんか?」ジロイが言った。
「いえ、ジロイのはただ甘く仕上げただけ。素材を生かした私の方が素晴らしいのではないでしょうか?」タロイも負けずに行った。
「うむ・・・」スマト大臣は考え込んだ。全くタイプの違うチョコレートの優劣をつけることは難しかった。タロイのもジロイのも素晴らしいことに間違いはなかった。だが彼はこの2つのチョコレートのいずれにも何か引っかかるものを感じていた。その時、家来が出てきて、
「大臣様。表にマーサ工房の者が参っておりますが。」とスマト大臣の耳に入れた。
「マーサ工房だと。そこの主人は寝込んでいるということだが。」
「そこの代理の者が参りました。マーサ工房の職人が新しくチョコレートを作ったとのことで大臣様に味を見ていただきたいと。」
「うむ。そうか。まあ、仕方があるまい。この審査の結果を決める前にそこのチョコレートでも食べてみるか。もしかしたら勝負を決めるヒントがあるかもしれぬ。」スマト大臣はその代理の者を呼ぶように家来に言った。
すると白髪の白いひげの老人が小さな箱をもって入ってきた。スマト大臣もタロイもジロイもその老人を見たことがなかった。ただ言い知れぬオーラを放っているように見えた。
「マーサ工房の代理の者というのは?」スマト大臣が尋ねた。
「はい。代理でやってまいりました。我がマーサ工房の職人が新しいチョコレートを作りました。王様が新しいチョコレートを求めているのをお聞きしまして持って参りました。」老人が答えた。
「そうか。それはご苦労。しかしここにいるタロイとジロイが素晴らしきチョコレートを持ってきてくれた。もう必要ないかもしれぬぞ。」スマト大臣は言った。
「それはどうですかな?このお二人には負けぬと思いますが。」老人は笑顔で言った。
「何を!大臣様。父の工房にはもうろくな職人は残っておりません。いいものを作れるはずはありません。」タロイが言った。
「私もそう思います。そんなものを口にする必要はありません。それより審査を。」ジロイが言った。
「いやいや、そうおっしゃられずにぜひお試しください。おいしいですぞ!」老人は小さな箱をぐっと差し出した。その勢いにスマト大臣は仕方なく箱を受け取ってふたを開けた。
「あっ!」思わず声が出た。そこには真っ白なチョコレートがあった。
「これは何じゃ?」スマト大臣が尋ねた。
「ホワイトチョコレートでございます。これを作った職人は遠い国で修行してきて、この製法を我がものとしております。どうぞお召し上がりください。」老人は言った。
「茶色い豆からこのような物が作れるわけがありません。」タロイは言った。
「このようなおかしな物をお口に入れるにはおやめください。」ジロイも言った。
「大臣様。どうぞお試しください。珍しいホワイトチョコレートですぞ。」老人が重ねて言うと、スマト大臣は興味を惹かれ、恐る恐るその白いチョコレートを口に入れた。
「!」大臣は驚いて声を出せなかった。その様子を老人は笑顔でじっと見ていた。
「大臣様におかしなものを差し上げたのだな!」家来が声を上げて立ち上がろうとした。
「いや、待て!」スマト大臣が手で制して止めた。その表情は笑顔になっていた。
「これは素晴らしい。この芳醇な甘さ、くちどけ、いずれをとっても今までのチョコレートを越えておる。」スマト大臣が驚いた口調で言った。
「そんなことはないはずです!」タロイとジロイが声を上げた。
「そうか。それならば自分の舌で確かめてみるがよい。」老人はタロイとジロイにも箱を差し出した。すると2人はすぐにその白いチョコレートを口に入れた。
「そんなはずは・・・」タロイとジロイは信じられないというふうに呆然としていた。そしてその顔は少しずつほころんできていた。
「そうであろう。このホワイトチョコレートには作った者の心が込められておる。お二人の様にお互いに勝とうとする争う心など微塵もない。それがこのやさしき味となっておる。しかもこのホワイトチョコレートを自分のものとするのにかなりの修行が必要であったであろう。この苦労の上にできたものじゃ。」老人はそう言った。
「一体誰が?」タロイがつぶやいた。
「ではその職人を連れてくるとしよう。」老人は一旦、その場を下がってその職人を連れてきた。
「このチョコレートはこの職人が作ったものです。」老人は言った。そこにはコーディーが立っていた。
「コーディー!コーディーではないか!」振り返ったタロイとジロイが叫んだ。
「タロイ兄さん。ジロイ兄さん。ごめんなさい。家を勝手に飛び出して。それでお父様があのようになってしまって・・・・でも安心して。やっとお父様は元気になったから。」コーディーは言った。
「いや、お前は悪くない。今初めて分かった。悪いのは俺たちだ。呆けた親父を放ったらかして兄弟で争っていたんだ。」タロイが言った。
「そうだ。だから俺たちのチョコレートには味に棘がある。だがお前のチョコレートの優しさにあふれている。誰をも笑顔にする。お前のには敵わない。」ジロイが言った。
「そうだ。このチョコレートの抜けるような白さもお前の純粋な濁りのない心が生み出しているのだろう。」タロイが言った。そしてタロイはスマト大臣の方を向くと
「大臣様。王様にはコーディーが作ったこのホワイトチョコレートを献上していただきますように。」と言った。
「私からもお願いします。このチョコレートこそが王様に献上するのにふさわしいと思います。」ジロイもスマト大臣に言った。
「兄さん・・・」コーディーは涙があふれてきて声にならなかった。そのコーディーをタロイとジロイがそばに寄ってそっと抱きしめた。
「これから親父のところで一緒に行こう。そこでみんなでやり直そう。」タロイが言った。
「ああ、マーサ工房を3人で立て直すんだ。」ジロイが言った。
「うむ。素晴らしき兄弟愛よ。ではあらためて明日王宮に、王様に献上するチョコレートを持ってくるがよい。」大臣はそう言った。
「はい、必ず。」コーディーは答えた。タロイとジロイとコーディーは手を取り合っていた。その様子を老人は目を細めて笑顔で見ていた。
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