メカラス連邦諸国記

広之新

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第5章 手紙がつなぐ母子の絆 ーカーエンスー

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 次の日の朝早く、エーカーとハザルは出発の準備をしていた。
「もう出発されるのですか?」女将が驚いて訊いてきた。
「ああ、突然だが出発することにした。女将には迷惑をかけた。」ハザルが言った
「いえ、迷惑など・・・。若様の足はまだ本調子でないですから、もう少しご逗留されてはどうですか?」女将が言った。
「いや我らは狙われているからな。しかしあのご老人の供の方が奴らを叩きのめしたからすぐには襲ってくるまい。その間に我らは先に進んでしまうつもりだ。」ハザルはそう言うと立ち上がった。エーカーも立ち上がろうとしたところを女将が助けた。
「若様。大丈夫でございますか?」女将はエーカーの服の乱れを直しながら言った。それはまるで世話を焼く母の姿のように見えた。
「ああ、大丈夫だ。女将。世話になった。おかげで歩けるようになった。」エーカーが笑顔で言った。
「それはようございました。」女将は笑顔を返した。

 エーカーとハザルは出立しようとしていた。女将も外まで出てきていた。その時、ふいにエーカーは女将に、
「つまらぬことを聞くが・・・エーカーという名前に覚えはないか?」と尋ねた。女将は内心では動揺していたが、
「いいえ、その名は存じませんが・・・」と平静を装って答えた。
「そうか・・・。女将が母ではないかと思ったのでな。すまなかった。忘れてくれ。人違いだった・・・。」エーカーは残念そうに言った。女将は湧き上がってくる感情を押さえながら、
「お母様はどこかであなた様を見守っているはずです。どうか事が成就なさいますように。どうかご無事で。」と笑顔で励ました。
「では。さらばだ。女将も元気でな。」エーカーは女将に手を振りながら、ハザルとともに道を歩いて行った。女将もエーカーに手を振って見送った。
(エーカー!あなたは立派な伯爵になるのです。私はあなたの幸せを祈っています。)女将は心の中で話しかけていた。
やがてエーカーたちの姿は見えなくなった。女将は寂しそうな顔をして元気なくそのまま自室に戻った。
「どうかエーカーをお守りください・・・」彼女は神に懸命に祈りをささげた。

 エーカーとハザルはカーエンス城に向かっていた。
「すっかり良くなられましたな。」ハザルが言った。
「ああ、あの老人と女将のおかげだ。」エーカーが言った。
「無理をなさらずに。休憩をしながら行きましょう。奴らが昨夜、叩きのめされたはず。しばらくは襲ってこないでしょう。」ハザルが言った。
「ああ、そうだな。それにしても女将は優しくしてくれた。私の母もあのような人なのだろうか・・・」エーカーはしみじみと言った。

 多数の剣士がエーカーを亡き者にせんとガレン町にやって来ていた。その一行が宿屋に向かって来るのを女将はいち早く見つけた。
(ここにいないとなったら道の方を探しに行くわ。そうなったらあまり早く歩けないエーカーは捕まってしまう。すぐに知らせに行かないと。)女将はそのまま外に出て道を走って行った。
その剣士たちは宿屋に押しかけ、そこにいた女中を捕まえると
「少年と年輩の剣士が泊まっているだろう!連れて来い!言うことを聞かないと痛い目に合うぞ!」と脅した。それに震え上がった女中は、
「あの人たちは今朝、出立しました・・・」と言ってしまった。剣士は女中を放し、
「奴ら、もうここを立ったのか!だがまだ遠くに行っておるまい。すぐに追え!」
剣士たちは道に出て行った。
「女将さん、大変だ!若様を狙ってたくさんの剣士が来ている!」女中が慌てて女将に報告しようとした。だが女将はすでにいなかった。だが老人がそれを聞いて、
「これはまずい。エーカーさんたちが危ない。キリン!」と呼んだ。するとキリンが出て来た。
「頼むぞ!」老人が言うとキリンはうなずいて外に出て走って行った。

 女将は必死に走った。しばらくするとエーカーたちの姿が見えてきた。
「若様!」女将が叫んだ。その声にエーカーとハザルが振り返った。
「女将。いかがした?」ハザルが訊いた。
「あなた様を狙って多数の剣士が追ってきております。若様の足では急いで逃げられないでしょう。どこかに隠れては。」女将が言った。
「何と!それはすまぬ。それなら道を避けて林に入ってやり過ごそう。」ハザルは言った。だが剣士たちはすでに近くまで来ていた。剣士たちはエーカーたちを見つけて、
「いたぞ!追え!」と走って来た。
「こうなったら城に急ぐのみ。若様、足が痛いと思いますが我慢ください。」ハザルは言った。3人は道を急いだが、足を引きずるエーカーを連れて早く進むことはできなかった。そのうちに剣士たちに追いつかれて囲まれてしまった。
「こうなったら私の命に代えても・・・」ハザルはそう言って剣を振り回した。だが剣士たちはひるむ様子はなかった。彼らは次々にハザルに剣を振り下ろしてきた。それを何とか剣で受け止めていたが、その衝撃でハザルの懐から大事な手紙の箱がこぼれ落ちた。
「これだ!」と剣士の一人が拾うと懐にしまった。
「しまった!返せ!」ハザルは向かって行ったが他の剣士の剣に妨げられた。
一方、エーカーにも剣士が向かって来ていた。エーカーも剣を抜いたがすぐにその剣はすぐにたたき落とされてしまった。
「死ね!」と剣士がエーカーに剣を振り下ろしてきた。
「危ない!」女将はとっさにその剣士に飛び掛かってその腕を押さえた。
「今のうちに逃げて!!早く!」その力は女のか弱いものではなかった。子供を思う母親の必死の力だった。だが剣士は
「邪魔だ!」となんとか女将を振り払った。女将はそのまま地面に倒れ込んだ。そして剣士は剣を構えなおしてエーカー向かって来た。
「待て!」そこにキリンが飛ぶように現れた。エーカーの前にいる剣士を一撃の蹴りで叩きのめした。それを見て他の剣士たちが、
「こ奴も斬れ!」と次々と立ち向かってきたが、すべてキリンに蹴られて倒されていった。彼らはキリンに恐れをなして少しずつ後ろに下がった。不利と見た剣士の一人が、
「ひ、退け!」と声をかけると、剣士たちは一斉に引き上げていった。

「女将。大丈夫か!」エーカーが女将に駆け寄って抱き起した。
「私は大丈夫です。それよりお城に・・・」と女将が言った。
「だが大事な手紙を奪われてしまった・・・どうしたらいいか・・・」ハザルは唇をかんだ。
「心配することはない。」その声に振り返ると老人がそこに来ていた。
「大丈夫じゃ。それより早くお城に向かうがよい。手紙の箱を奪った者たちがよくないことを考えているようじゃ。」老人は言った。
「しかしあの手紙がなければ・・・」エーカーが言った。
「手紙など問題ではない。あなたがコーンオール公爵の遺児、エーカーと認められればいいのじゃ。さあ、急ぎなさい。手遅れにならないうちに。」老人は言った。

 城下の宿屋でギマフの前に襲撃した剣士が戻ってきていた。
「首尾はどうだ?確実にやったか?」ギマフが言った。
「いえ、それが・・・またしても邪魔が入り・・・それも強烈に強い奴で我らでも敵わず、戻ってまいりました。」剣士は震えながら頭を下げた。
「何だと!」ギマフは怒鳴り声を上げた。
「しかし手紙の入った箱は奪い取りました。これで・・・」剣士は箱を差し出した。ギマフはその箱を取ってよく調べると、
「うむ。本物だ。奴らを殺し損なったのはまずかったが、これさえ手に入ればまあいいだろう。もうよい。下がれ。」と言った。剣士は慌ててその場から逃げるように出て行った。
「エーカーの偽者はすでに金で雇った。これでコーオール公爵家はすべて私の物だ。さてすぐにお城に行き、ファーブ王にお会いするか。」ギマフはそう呟いて不気味に笑った。

 エーカーとハザルは急いで城に向かった。その後ろ姿を老人と女将、そしてキリンが見送っていた。倒れたはずみで女将は腰を打ったが、老人の方術で痛みが消えてきていた。
「エーカーは大丈夫でしょうか?」女将が心配そうに訊いてきた。
「心配なのであろう。それならともにお城に参ろう。あなたのお子がコーンオール公爵になられるのですぞ。母としてそれを見届けたくはないのか?」老人は言った。
「それは・・・しかし私など今さら出て行っても・・・」女将は首を横に振った。
「とにかく一緒に来なさい。悪いようにはせぬから。」老人は優しく言った。
女将はキリンに抱えられるようにして老人とともに城に向かった。

 この日、ファーブ王は城の庭に出ていた。そこに2組の者たちが王への謁見を申し出ていることを知らされた。
「用件は何じゃ?」ファーブ王が尋ねた。
「それがその2組ともコーンオール公爵の遺児と名乗っております。」お付きの家来は答えた。
「確かに15歳になったらコーンオール公爵家を再興すると約束したが、2人も出てくるとは面妖な。」ファーブ王は言った。
「どちらかは偽物かもしれませぬ。」お付きの家来が言った。
「確かにそうじゃ。うむ。けしからん。偽物は厳重に罰しなければ。その者たちをここへ。私自ら偽物を暴いてくれるわ!」ファーブ王は言い放った。
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