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第4章 幸せを呼ぶ福踊り ーシオリ国ー
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夜道をサキと老人、そしてキリンが歩いていた。老人はマークがなぜ大道芸の一座の元に身を寄せていたのかが気になっていた。
「兄上はどうして道場におられなかったのですか?」
「兄は道場を飛び出したのです。」サキは答えた。
「一体、何があったのですか?」老人が尋ねた。
「実は2年前、御前試合に出たのは兄のマークなのです。御前試合は4つの道場から選りすぐった一名が出場します。兄は第1試合に勝ち、いよいよ決勝試合でナーク道場の者と戦うことになりました。その相手というのが、ナーク道場が金で雇ったというバボスという男でした。彼はある有名な剣術道場の出で、無残十字剣という技でその腕前は並ぶ者がないと言われたほどでしたが、素行が悪くそこを破門になったという噂でした。」サキは言った。
「ほう。それで勝負はどうなったのですか?」
「それが・・・木刀を構えたころから兄の様子がおかしくなり、打ち合っているうちに震えてまともに木刀を振ることもできなくなりました。そしてついにはその場に這いつくばってしまいました。それで強い相手に恐れをなしたと臆病者いうことで勝負は負けになりました。兄は世間から腰抜けとそしりを受け、いたたまれなくなった兄は道場を飛び出してしまいました。」サキは悲しそうに言った。
「しかしおかしな話ですな。急に兄上の様子がおかしくなったというのは。」老人は言った。
「ええ、試合の勝者にはお酒がふるまわれることになっており、確かに第1試合の後、総督様から一杯のお酒をいただいたのですが、兄は酒に強いのでそんなに酔うわけはございません。バボスのすごみに圧倒されたという者はおりましたが・・・」サキは言った。
「ふむ。何かありそうですな。しかし兄上は何か言っておられなかったのですか?」老人は尋ねた。
「兄は言い訳もせず、自分は負けた。自分の未熟のせいだと申しておりました。しかしそのショックからか、剣を手放したようでございます。」サキは答えた。
「そんな兄上が御前試合を引き受けてくれますかな?」老人が言った。
「頼んでみます。以前のままの兄なら助けてくれるはずです。」サキは言った。
大道芸の一座が休む小屋でマークは酒を飲んでいた。しかしいつも酔うことはできなかった。それはあの御前試合の悪夢のような出来事が頭をよぎるからだった。それでもそれを忘れようと酒を飲み干していた。
「兄上!」そこにサキが飛び込んできた。その後ろから老人とキリンが入ってきた。
「一体、どうしたのだ?こんな時間に?」マークが驚いて尋ねた。
「何者かに父上が斬られました!」サキが言った。
「なに!父上が!」マークは声を上げた。
「この方術師の方に助けていただいて、傷はふさがり、今は眠っておられます。でも他の門弟もシェイク様も襲われてけがをしております。2日後に迫る御前試合に出ることはかないませぬ。」サキが言った。
「それは・・・仕方があるまい・・・。」マークは顔を背けていった。
「兄上。兄上が出てください。もう兄上しかいないのです。」サキが言った。
「私が?・・・私は出られぬ・・・。」マークが苦しげに言った。
「なぜです?兄上なら・・・」
「私は腰抜けだ。もう剣を持つことはできぬ・・・頼む。帰ってくれ!」マークは目を閉じて声を何とか絞り出した。その様子にサキは気を落として小屋を出て行った。ついてきていた老人が目で合図するとキリンがサキを追いかけていった。そして老人はマークのそばにきた。
「またお会いしましたな。」老人が言った。
「あなたはいつぞやの・・・。父をお助けいただいたようだ。礼を言う。」マークは言った。
「いえ、礼には及びません。しかしどうして剣を再び持とうとしないのですか?」老人が訊いた。
「私は御前試合で無様な醜態を見せた。あの頃、私は自分の腕を過信していた。自分が最強であると・・・。慢心していたのだ。だが強い相手の前では私はまともに木刀を持つこともできないのが分かった。私は腰抜けなのだ。ここで干支踊りを踊っている方が似合っているのだ。」マークが下を向いて言った。
「若様は腰抜けなんかじゃない!」座長の娘のユーリが急にその場に出て来た。話をすべて聞いていたようだった。
「若様ならどんな相手でも負けない。そうでしょう!」彼女はマークの体をつかまえて揺さぶりながら言った。
「ユーリ・・・」マークはそれ以上、言葉が出なかった。
「私もそう思いますぞ。あなたは決して腰抜けではない。思いもせぬことが起こり、周囲からひどい非難を受けてご自分を失っているだけじゃ。その迷いは必ず晴れる。」老人は言った。
「しかし・・・」マークが戸惑っていた。
「とにかく剣を振るのじゃ。そうすれば答えが得られよう。やるだけやるのじゃ。あなたは心の底ではそれを願っているはずじゃ。」老人が言った。
「若様。お願いです、昔の強かった若様に戻ってください。私は干支の踊りを踊る若様より剣士の若様が好きなのです。」ユーリが必死に訴えた。その言葉にマークは心動かされた。
「わかった。これから剣を振ってみる。答えが得られるまで・・・」マークは言った。それを聞いて老人は深くうなずいた。
マークは剣を握って外に出た。夜の暗闇に急に雨が降り出していた。その中でマークは剣を振り回した。その脳裏には御前試合の無様な自分の姿、周囲から非難する声が浮かんでいた。だがマークはそれを必死に振り払うかのように剣を振り続けた。
雨はさらに激しくなって、
「バーン!」と稲光が光った。しかしマークはそれに気を取られることはなかった。目の前に浮かぶ敵の姿に剣を浴びせていた。マークの剣の動きに鋭さが増していき、一刀ごとに力強くなっていった。無我夢中で剣を振るうマークにはもう自分の無様な姿は浮かんで来なかった。
その姿を老人がじっと見ていた。そしてキリンに連れられてきたサキも戻ってきて、兄の真剣な姿を見た。
「兄上・・・」サキは立ち直ろうとする兄の姿に涙を流していた。
「兄上はどうして道場におられなかったのですか?」
「兄は道場を飛び出したのです。」サキは答えた。
「一体、何があったのですか?」老人が尋ねた。
「実は2年前、御前試合に出たのは兄のマークなのです。御前試合は4つの道場から選りすぐった一名が出場します。兄は第1試合に勝ち、いよいよ決勝試合でナーク道場の者と戦うことになりました。その相手というのが、ナーク道場が金で雇ったというバボスという男でした。彼はある有名な剣術道場の出で、無残十字剣という技でその腕前は並ぶ者がないと言われたほどでしたが、素行が悪くそこを破門になったという噂でした。」サキは言った。
「ほう。それで勝負はどうなったのですか?」
「それが・・・木刀を構えたころから兄の様子がおかしくなり、打ち合っているうちに震えてまともに木刀を振ることもできなくなりました。そしてついにはその場に這いつくばってしまいました。それで強い相手に恐れをなしたと臆病者いうことで勝負は負けになりました。兄は世間から腰抜けとそしりを受け、いたたまれなくなった兄は道場を飛び出してしまいました。」サキは悲しそうに言った。
「しかしおかしな話ですな。急に兄上の様子がおかしくなったというのは。」老人は言った。
「ええ、試合の勝者にはお酒がふるまわれることになっており、確かに第1試合の後、総督様から一杯のお酒をいただいたのですが、兄は酒に強いのでそんなに酔うわけはございません。バボスのすごみに圧倒されたという者はおりましたが・・・」サキは言った。
「ふむ。何かありそうですな。しかし兄上は何か言っておられなかったのですか?」老人は尋ねた。
「兄は言い訳もせず、自分は負けた。自分の未熟のせいだと申しておりました。しかしそのショックからか、剣を手放したようでございます。」サキは答えた。
「そんな兄上が御前試合を引き受けてくれますかな?」老人が言った。
「頼んでみます。以前のままの兄なら助けてくれるはずです。」サキは言った。
大道芸の一座が休む小屋でマークは酒を飲んでいた。しかしいつも酔うことはできなかった。それはあの御前試合の悪夢のような出来事が頭をよぎるからだった。それでもそれを忘れようと酒を飲み干していた。
「兄上!」そこにサキが飛び込んできた。その後ろから老人とキリンが入ってきた。
「一体、どうしたのだ?こんな時間に?」マークが驚いて尋ねた。
「何者かに父上が斬られました!」サキが言った。
「なに!父上が!」マークは声を上げた。
「この方術師の方に助けていただいて、傷はふさがり、今は眠っておられます。でも他の門弟もシェイク様も襲われてけがをしております。2日後に迫る御前試合に出ることはかないませぬ。」サキが言った。
「それは・・・仕方があるまい・・・。」マークは顔を背けていった。
「兄上。兄上が出てください。もう兄上しかいないのです。」サキが言った。
「私が?・・・私は出られぬ・・・。」マークが苦しげに言った。
「なぜです?兄上なら・・・」
「私は腰抜けだ。もう剣を持つことはできぬ・・・頼む。帰ってくれ!」マークは目を閉じて声を何とか絞り出した。その様子にサキは気を落として小屋を出て行った。ついてきていた老人が目で合図するとキリンがサキを追いかけていった。そして老人はマークのそばにきた。
「またお会いしましたな。」老人が言った。
「あなたはいつぞやの・・・。父をお助けいただいたようだ。礼を言う。」マークは言った。
「いえ、礼には及びません。しかしどうして剣を再び持とうとしないのですか?」老人が訊いた。
「私は御前試合で無様な醜態を見せた。あの頃、私は自分の腕を過信していた。自分が最強であると・・・。慢心していたのだ。だが強い相手の前では私はまともに木刀を持つこともできないのが分かった。私は腰抜けなのだ。ここで干支踊りを踊っている方が似合っているのだ。」マークが下を向いて言った。
「若様は腰抜けなんかじゃない!」座長の娘のユーリが急にその場に出て来た。話をすべて聞いていたようだった。
「若様ならどんな相手でも負けない。そうでしょう!」彼女はマークの体をつかまえて揺さぶりながら言った。
「ユーリ・・・」マークはそれ以上、言葉が出なかった。
「私もそう思いますぞ。あなたは決して腰抜けではない。思いもせぬことが起こり、周囲からひどい非難を受けてご自分を失っているだけじゃ。その迷いは必ず晴れる。」老人は言った。
「しかし・・・」マークが戸惑っていた。
「とにかく剣を振るのじゃ。そうすれば答えが得られよう。やるだけやるのじゃ。あなたは心の底ではそれを願っているはずじゃ。」老人が言った。
「若様。お願いです、昔の強かった若様に戻ってください。私は干支の踊りを踊る若様より剣士の若様が好きなのです。」ユーリが必死に訴えた。その言葉にマークは心動かされた。
「わかった。これから剣を振ってみる。答えが得られるまで・・・」マークは言った。それを聞いて老人は深くうなずいた。
マークは剣を握って外に出た。夜の暗闇に急に雨が降り出していた。その中でマークは剣を振り回した。その脳裏には御前試合の無様な自分の姿、周囲から非難する声が浮かんでいた。だがマークはそれを必死に振り払うかのように剣を振り続けた。
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「バーン!」と稲光が光った。しかしマークはそれに気を取られることはなかった。目の前に浮かぶ敵の姿に剣を浴びせていた。マークの剣の動きに鋭さが増していき、一刀ごとに力強くなっていった。無我夢中で剣を振るうマークにはもう自分の無様な姿は浮かんで来なかった。
その姿を老人がじっと見ていた。そしてキリンに連れられてきたサキも戻ってきて、兄の真剣な姿を見た。
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