メカラス連邦諸国記

広之新

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第1章 じゃじゃ馬王女の仇討 ーオーガス国ー

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 オーガス国王都の市場では多くの店が立ち並んでいた。以前ほどの賑わいはないものの、多くの人々が集まってそこは活気に満ちていた。その中を
「どけ!どけ!」と人ごみをかき分けていく若い女剣士がいた。彼女は美しい長い髪に端正な顔立ちをしていたが、その目は復讐に燃えていた。彼女はある者を追いかけていたが、いくら探してもその者に行き当たらなかった。
(いない。いない。ここにもいない・・・)彼女は焦りを感じていた。今日も逃がしてしまったかと・・・。
 だがその先に顔を隠して避けるように立ち去る男がいた。その男は普通の町の者のような粗末な身なりをしていたが、その身のこなしはただ者ではないように見えた。
(あれは!)女剣士がその男に気付いた。明らかにこちらに気付いて逃げているように見えた。
「待て!」と声をかけるとその男は急に走り出した。彼こそ探していた相手に間違いはなかった。
「待て!ジェイク!」女剣士は声を上げて追いかけた。ジェイクと呼ばれた男は細い路地に入って行った。
「待て!逃げるな!卑怯者!」女剣士は大声を上げた。ジェイクは路地を次々に曲がって逃げて行った。しかし彼は何かに気付いて急に足を止めた。
「タケロス卿!もう逃げられませんぞ。」彼の前には剣を抜く構えをした青年が待ち受けていた。
「姉上!ここです。タケロス卿です!」青年は叫んだ。するとあの女剣士が追い付いてきた。
「サラン!よくやった!」女剣士は剣を抜いた。サランという青年はジェイクを逃がすまいと剣を抜いて構えていた。
「アメリア!やめてくれ。俺は君の仇じゃない。」ジェイクは言った。
「気やすく呼ぶな!父の仇!潔く私と勝負しろ!」アメリアが言った。
「タケロス卿。あなたがコースラン公爵を手にかけたばかりか、母君の女王様にまで危害を加えたのは明白。覚悟なされよ。」サランは言った。
「剣を持っていないなら貸してやる。サラン!」アメリアが言った。サランは傍らに置いてある剣をジェイクに投げつけた。
「れっきとしたアメリア王女の敵討ちだ。正々堂々と戦え!」サランが言った。
「いくぞ!」アメリアはジェイクに斬りかかってきた。ジェイクは与えられた剣を拾おうともせず、アメリアの剣をかわしていた。
「なぜ、逃げる!剣を拾って戦え!」アメリアは言った。だが、
「アメリア、俺は君とは戦わない。信じてくれ。俺は何もしていない。誰かが企んだことだ!」ジェイクはそう言うとジャンプしてアメリアの頭上を越えた。アメリアが振り返るとジェイクは走って逃げていた。
「待て!」アメリアは叫んだがジェイクの姿はすでに人ごみに消えていった。アメリアとサランは後を追っていったが、ジェイクの姿はすでになかった。
「姉上。奴はこの辺に潜んでいるはず。しらみつぶしに探せば必ず出てきます。」サランは言った。アメリアは悔しそうに辺りを見渡していた。

 オーガス国は緑豊かな森に囲まれた小さな国である。この国を統治するマルーテ女王は心優しく、多くの人々から慕われていた。またその夫のコースラン公爵は女王を支え、政に真剣に取り組んでいた。この国は、以前はさびれて貧しかったが、ある時、この地を稀代の方術師、ハークレイ法師が偶然立ち寄った。この法師の助言により周辺の国から多くの人が集まり、町が発展し、この国はますます栄えた。ここは笑顔であふれる国になった。
 女王と公爵の間には一人娘のアメリアがいた。彼女は男たちを圧倒するほどの剣術の腕前であったので、じゃじゃ馬王女と陰で言われていた。だが彼女にも恋する男がいた。それはジェイク・タケロスだった。彼はタケロス公爵で若いながら有能な彼は、王城に勤めてコースラン公爵を大いに助けていた。またそのさわやかな雰囲気と思いやりを持った心を持つジェイクは誰からも愛されていた。そしてゆくゆくはアメリアとジェイクは結婚して、この国を立派に治めていくだろうと国の未来も明るいように思えた。
 しかしそれはある出来事によって壊された。ある雨の日、コースラン公爵が殺され、マルーテ女王が瀕死の重傷を負った。その犯人はあろうことか、ジェイクが疑われた。
 それは女王と公爵の倒れた現場に、血の付いた剣を持ったジェイクが目撃されたからだった。彼はその場から逃げ去った。これは犯人がジェイクであることを明白に示していた。
 アメリア王女はそのことを信じられず、茫然としていた。彼女は彼のことなら何でもわかっているつもりだった。しかし様々な証拠を突き付けられ、ジェイクが犯人であることは疑う余地はなかった。裏切られた思いのアメリアは一夜、泣き暮らした後、決心した。
「私がジェイクを討つ。父と母のために!」
 元々、勝ち気で、剣の腕に自信があるアメリアは、その日からジェイクを追い回していた。

 アメリアは王城に帰ってきた。あと一歩までジェイクに迫ったが、また逃げられてしまったことに落ち込んでいた。彼女はそれを隠して、女王の部屋に向かった。
「お姉さま。」そこにはメアリーがいた。彼女はマルーテ女王のそばに座って髪をとかしてあげていた。女王は天井の一点を見つめてぼんやりとしていた。あの日、頭に傷を負い、意識がはっきりしないままの状態が続いていた。そんな女王をメアリーが献身的に世話をしていたのだった。
「母上。ただいま帰りました。」アメリアは女王の手を握った。しかし女王は何も反応せず、じっと天井を見上げていた。
「今日もお変わりありません。」メアリーは言った。
「すまない。メアリーにばかり母上の世話を頼んでいて。」アメリアは言った。
「気にしないでください。それよりお姉さまの方は・・・」メアリーが尋ねた。
「あと一息のところで逃げられた。」アメリア悔しそうに言った。
「お姉さま。無理をなさないように。しかし私は今でもジェイク様が・・・」メアリーが言いかけた時、アメリアが口をはさんだ。
「言うな!それは明白なこと。今さら・・・」アメリアは感情的になってそばの机を叩いた。しかしすぐにメアリーに当たってしまったのを後悔した。
「すまない。メアリー・・・。私は叔父上のところに行ってくる。」アメリアは部屋を出て行った。その後ろ姿をメアリーは悲しそうに見ていた。

 ジェイクは町の中を逃げ回っていた。サランが人手を増やしてジェイクを探していた。町のあちこちに手が回っていた。
「いたぞ!」ジェイクは追っ手に見つかり、そのたびに走って逃げた。彼はここでつかまるわけにいかなかった。王城にはびこる陰謀を阻止するまでは。
 彼は何とか追っ手を振り切り、ある小さな小屋に身を潜めた。
(夜になればここを脱出する。それまで見つからぬように隠れていなければ・・・)ジェイクは息を殺して外をうかがっていた。
 しばらくして追っ手の影がなくなり、ほっとしたジェイクはふと目を閉じた。するとあの日の出来事が脳裏に浮かび上がった。
 ――――――――――――――
 雨の降る暗い夜だった。その日は風も出ており、不気味な音を立てていた。執務室で仕事を終え、通路に出たところだった。廊下の隅に不審な影を見つけた。その影は宮殿の奥に入っていった。
(侵入者か!)ジェイクはその影を追っていった。するとそれは奥の広間に入った。ジェイクもその後を追って広間に入った。そこは明かりもなく薄暗かったが、その影は確かに剣を抜いて女王の部屋に近づこうとしていた。
「何者だ!」ジェイクが声をかけた。するとその影は振り返ってジェイクに斬りかかってきた。ジェイクはすぐに自らの剣を抜いてそれを受け止めた。顔を見ようとしたが、暗い部屋でははっきり見えなかった。ジェイクは剣で押し返そうとした時、頭に鈍く強烈な痛みを覚えた。後ろから何者かに力いっぱい殴られたようだった。
「うっ!」声を上げてジェイクは倒れた。そして意識が遠のく中、ジェイクは何者かが女王の部屋の入っていくのをおぼろげに見た。
 ―――――――――――――――――
 ジェイクは目を開けた。目を閉じるといつもその時の光景が頭に浮かんでいた。
「一体、奴は誰なのか!そいつを見つけなければ・・・」ジェイクはため息をついた。その時、奥の方で視線を感じた。
(追っ手か!)ジェイクが振り向くとそこにはみすぼらしい服装をした老人がいた。白髪と白いひげが手入れもされず伸び放題となっていた。老人はじっとジェイクを見ていた。
「ここはお前の住まいなんだな。邪魔してすまぬ。人に追われている。しばらく身を隠させてくれ。」ジェイクは言った。老人はうなずくと、そのまま向こうを向いて横になった。ジェイクは外の様子をうかがった。もう前の道に人の姿はなく、暗くなってきていた。
(今なら見つからずにここから出られる。)ジェイクはそう判断して、
「すまなかった。今、出て行く。」と声をかけて小屋から出て行った。その後すぐに老人は身を起こした。そして懐から水晶玉を取り出し、中をじっと見つめた。
「可哀そうにのう・・・」老人はそう呟いた。

 アメリアは王の謁見場に来た。そこには王座に腰かけたダービス公がいた。彼はマルーテ女王の弟だった。女王が床につき、コースラン公爵が亡くなった後、この王弟が政を見ていた。彼は口だけは調子が良かったが、中身のない暗愚と言われて評判は良くなかった。今現在、オーガス国の政が乱れてきているのも、ダービス公によるものが多かった。
 アメリアはこの叔父が好きにはなれなかった。今も勝手に王座に座り得意げに側近の者と話しているのに嫌悪感を覚えていた。
「叔父上。帰ってまいりました。」アメリアはダービス公の前に出て頭を下げた。
「おお、そうか。仇はどうした?討ち果たしたか?」ダービス公は猫なで声で尋ねた。
「申し訳ありません。取り逃がしました。」アメリアは言った。
「なんと!またか!」ダービス公は大袈裟に驚いて見せた。
「ダービス様。これは一大事と思われます。」横に控えていた腹心のケルベスが言った。彼は蛇を思わせるような目つきでアメリアを見ていた。それは彼女の背筋を寒くさせた。
「こちらから追っ手を出してはいかがでしょうか?配下には手練れの者がそろっております。」ケルベスが言った。
「いえ、私の手で討ち果たしたいのです。サラン、いえネスカ子爵も協力してくれております。」アメリアが言った。
「そうか。しかしもし手に余るようなことがあったらいつでも言ってくるがよい。ケルベスが協力してくれよう。儂は姪であるお前が心配なのだ。」ダービスは優しく言った。
「はい。ありがとうございます。」アメリアはそっけなく言うとそのままそこから退出した。

 サランが王城に戻ってきた。ジェイクを追い詰めたものの、今日も逃がられてしまい、アメリア王女にすまない気持ちでいっぱいだった。奥に通じる通路を歩いていると、妹のメアリーが声をかけた。
「お兄さま。お帰りなさい。」
「ああ、しかし今日もだめだった。姉上に申し訳がない。」サランが言った。
「ええ、お姉さまから聞いたわ。」メアリーはそう言ったが兄を慰める言葉が見つからなかった。
「私は悔しい。父母を失くした我ら2人を女王様と公爵様が引き取り、自分の子供の様に育てていただいた。そのお二人に危害を加えたタケロス卿を私も許せない。たとえ姉上の許嫁であってもだ!」サランは壁を叩いた。
「お兄さまの気持ちは私にもわかります。しかしあのジェイク様がそのようなことをされるとは・・・」メアリーは言った。
「私もタケロス卿がやったとは信じたくなかった。多分、姉上もそうだった。しかし多くの証拠がそれを示している。そう考えねばならない。姉上は過去のことは一切無にして、裏切ったタケロス卿を憎んで追っているのだ。それに仇を討つことが一番の孝行だとダービス公はおっしゃられた。後押しもしてくださる。」サランは言った。
 そこにユーラス大臣が通りかかった。彼はこの国の実務を一手に引き受けていた。しかしコースラン公爵が亡くなり、ジェイクが出奔して政が滞り、てんてこ舞いになっていた。しかも代わりのダービス公の無茶苦茶な政の指示によって、さらに大混乱となっていた。
「ネスカ子爵。町の様子はどうですか?」ユーラス大臣が尋ねた。サランはその意味を理解できなかった。不可解な顔をしているサランを見て、
「いや、政について何か町の者が言っていないかと思って。」ユーラス大臣が言った。
「いえ、私は王女様に付き添っていて・・・だが・・・」サランは思い当たる節があった。町の者たちが税の取り立てが厳しいとか、治安が乱れているのに何もしてくれないとか、不満を多く口にしていた。そのことをユーラス大臣に率直に言った。ユーラス大臣は顔を曇らせて、
「そうでしょう。私の目から見ても今の政はおかしい。ダービス公が勝手な命令を出しておられる。私の意見など聞いていただけない。」ひそめた声で言った。
「しかしダービス公に意見申し上げることは難しい。王女様であっても。」サランが言った。
「そうですか・・・王女様ならと思っていたのですが。・・・それに仇討ちに必死になっておられるし。ふーむ。ハークレイ法師様がおられれば・・・」ユーラス大臣は言った。
「あの方はどこを旅されているか、わからない。」サランが言った。
「何とか民衆をなだめる手を考えます。このままでは反乱がおこるかもしれません。」ユーラス大臣は頭を抱えて歩いて行った。

 王城の奥では今日も宴会が開かれていた。
「飲め!飲め!」とダービス公はご機嫌だった。彼の前には側近が並び、愉快に酒を飲んで踊らせていた。ダービス公は気に入った側近とともに毎夜、毎夜酒を酌み交わしていた。その酒宴は大騒ぎとなり、王城中に聞こえていた。
(女王様があのようなご様子なのに・・・)と思うものが多かったが、ダービス公に意見する者は遠ざけられた。今やダービス公に物言える者は少なくなっていた。

 アメリアは自室に戻った。部屋に入ると張りつめていた糸が切れたようにベッドに身を投げ出した。アメリアは自問していた。
(今日、ジェイクに剣を向けた時、自分に一瞬の迷いがあった。どうしてだ。なぜ憎み切れないのだ!)その答えはアメリア自身にはわかっていた。しかしそれは切り捨てなければならないはずだった。それができない自分の甘さに苦しんでいた。
(明日こそは・・・明日こそは必ず討ち果たす。迷いなく!)アメリアは決心を一日一日と固めていっていた。

 アメリアとサランはジェイクの足取りを追っていた。すると偶然にも前日、ジェイクが飛び込んだ小屋の前に来た。何かを感じたアメリアは、
「中を調べよう。」と小屋を開けた。中はがらんとして埃っぽくかび臭かった。だが人の気配があった。よく見ると薄暗い小屋の隅に一人の汚らしい老人がポツンと座っていた。
「誰だ?」サランが尋ねた。
「儂か?ただの旅の者じゃ。ここを仮の住まいとしている。何か用かな?」老人が言った。身なりはみすぼらしかっだが、なぜか不思議な威厳があった。
「いきなり開けてすまなかった。聞きたいことがある。ここに男が逃げて来なかったか?」アメリアが尋ねた。
「来たような気がするのう。」老人はとぼけていった。
「来たんだな!どこへ行った?はっきり言え!」サランは居丈高に言ったが、それをアメリアが制した。
「教えて欲しい。その男は私の仇だ。討ち果たさねばならぬ。」アメリアが言った。
「ほう?そうか。しかしその男が本当に仇かな?」老人は意味ありげに言った。その言葉になぜか、アメリアは反応した。
「仇に決まっている。証拠があるのだ!」思わず大きな声を出していた。
「そうか。だが人の言うことは当てにはなりませんぞ。自分の目で確かめてはどうかな?」老人が言った。その言葉に我慢ができなくなったアメリアは、
「もうよい!そいつが仇に決まっている!」と小屋を飛び出して行った。その後を困った顔をしてサランが追っていった。
「困った王女だ・・・」老人はそうつぶやくと重い腰を上げた。
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