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第1章 異世界でレベリング

第17話 こんなところでは死ねない

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「嘘…」

 ドサリとマーラは地面に膝をついた。さっきまで木々が生い茂っていた森は、イロアスとヘルジャイアントの戦闘や、魔力爆発によって跡形もなくなっていた。凄まじい爆風によって雲が吹き飛び、再度月が顔を見せる。

「大丈夫ですかー!」

 後方で誰かの声がした。さっきの爆発を聞いて駆けつけてくれたのだろう。彼らの中に治癒魔法の使い手がいると良いのだけれど。

「はい、問題ありません。それよりも、あなた方に治癒魔法が使える方はいますか?」

 後ろから来たのは、男2人と女2人の冒険者パーティーだった。格好からするに、女性の片方は魔法使いだろう。
 彼らは、マーラの顔を見ると少しだけ驚いた。
 
「私が使えます。」

 魔法使いの女性はどうやら治癒魔法が使えるようだ。そのことに安堵しつつ、まだ彼の状態が分からないため、気は緩まなかった。だが、確実に彼は生きていると、そんな確信が不思議にも胸の中を占めていた。

「なら、すぐに私についてきて下さい。重傷者がいるので。」

 すぐにマーラは駆け出し、魔法使いの女性も後についた。残りのパーティーメンバーもそれに続いた。

「熱っ。熱気が凄いな。」

 パーティーの1人の剣士が言う通り、爆発の熱気がまだそこにとどまっていた。熱エネルギーが多すぎて、放熱がはかどらないのだろう。しかも、未だにヘルジャイアントの身体からは煙が上がっていた。

 その巨躯から少し離れたところに、イロアスは倒れていた。完全に意識を失って、骨も複雑骨折していたが、ずっと身に纏わせていた〈シェイド〉が功を奏したのか、あの熱を喰らっても皮膚はそこまで焼けただれていなかった。

「治癒魔法をお願いします。魔力石は私が持ち合わせていますので、出し惜しみなく魔力を使って下さい。」

 マーラの言葉に、魔法使いは顔を曇らせた。

「この状態じゃあ……


「大丈夫です!」


「大丈夫です。この方は強いのでこれくらいじゃ死にません。頭の方から優先的に回復させて下さい。」
「……分かりました。まず、場所を移動しましょう。それから、あまり期待はしないで下さい。」

 男性2人が丁重にイロアスを持ち上げると、クレーターから出て、平らな地面に静かに置いた。

「〈キュアヒール〉」

 中級治癒魔法によってイロアスの表面の傷を修復して、止血した。ここにいるマーラ達はイロアスとヘルジャイアントの激戦を見ていないため、イロアスの出血量がとてつもないのを知らなかった。だが、この魔法使いは最初に止血をすることで、身体が修復させやすくなるのと、これ以上ダメージが入らないようにしたのだ。
 つまり、経験と中々の腕を持つ魔法使いなのだろう。

「う”っ。」

 わずかにイロアスが苦しそうに呻いた。

「嘘!?この状態でまだ意識があるの!?」

 さっきまで冷静さを保っていた魔法使いが目を見開く。はたから見れば生きているか死んでいるか分からないような状態でも、イロアスは必死に生きようとしていたのだ。

「マーラさん。〈リカバリー〉を発動させたいから、手持ちの魔力石から魔力を私に注いで頂戴。」
「〈リカバリー〉ですか!しかし、魔力供給と共に魔法を発動させるのは危険なのではないでしょうか?」
「一刻を争う事態でしょう。危険をはらむのは、百も承知だから。」

 コクッと頷くと、マーラは右手で魔力石から魔力を引き出し、左手で魔法使いに魔力を供給する。イロアスやステラおばあさんのものと比べると杜撰ずさんなものだが、魔法使いでもなければ冒険者でもない一介のギルド職員にしては、相当な練度だった。

『傷ついた者を癒やす聖母の恩恵、救いの手が差し伸べられることを祈らん。』

「〈リカバリー〉」

 〈超回復〉のように緑色の淡い光の粒子がイロアスの身体を包む。
 イロアスのチートスキルと比べると弱く見えるが、やはり上級魔法ということもあってイロアスの上半身のほとんどはもう回復していた。……まぁ、イロアスの〈回復促進〉も力を貸したのだろうが。

「もう、大丈夫だから。供給を止めて。」

 死の瀬戸際からは遠のいたため、一度魔力供給を止めるように言う。ここで魔力が暴発してはイロアスの二の舞になるし、そもそもイロアスが死ぬ。まぁ、魔力量的にそこまでの爆発にはならないが。
 マーラはゆっくりと手を離し、息を大きく吐いた。集中していて気が付かなかったが、魔力を身体に通し続けるというのはだいぶ身体に負担がかかるようで、虚脱感をずっしりと感じた。

 一方、魔法使いは重度の魔力疲労に襲われながらも、自身の魔力が尽きるぎりぎりまでイロアスを回復させた。
 マーラも多少の魔力酔いの症状が出たが、イロアスの怪我と比べるとこんなものは体調不良とも呼べないので、気力で平常を保った。

「うぅ……」
「イロアス様!」

 うっすらと目を開いたイロアスに、マーラが飛びつく。

「痛たたたた。…なぁ、怪我人に追加攻撃を与えるのは良くないと思うぞ。」
「す、すみません!でも、無事で良かったです。」
「ああ、こっちこそありがとう。あと、そこの魔法使いさんも感謝してる。名前は……」

 イロアスが尋ねたことで思い出したが、マーラも彼女たちの名前を誰一人として知らなかった。
 先生が学校内の生徒全員の名前は覚えられないように、ギルド職員もまた冒険者全員の名前など把握しきれないのだ。

「メーディアよ。ただの魔法使いをやっているわ。」
「僕はイロアスだ。ただの新人冒険者だ。 それと……」

 そう言うと、イロアスはメーディアに金貨3枚、他のパーティーメンバー達に1人2枚ずつの金貨計6枚を取り出してパーティーの方に投げた。

「これは……」
「感謝の気持ちとして受け取ってくれ。」

 痛みにこらえながら、引きつった笑みで返す。

「良いんですか?こんなに貰って。」
「命の恩人なんだから、遠慮されると困るんだが……」

 魔法使いメーディアが困ったような表情をすると、イロアスもまた困ったような表情をする。

「なら、ありがたくもらうわ。けど、だいぶお高い報酬ね。そこら辺の魔物を倒すよりだいぶ楽に稼げるわ。」
「ははは、臨時報酬ですよ。」

 イロアスは静かに【アイテムボックス】から魔力石を取り出して、自身の魔力を回復させる。いつもコツコツと溜めていた魔力がゴッソリとなくなったことを残念に思ったが、命には変えられない。

「その魔力石、随分と濃い魔力ね。まるで底が見えない、深海のようだわ。」
「まぁ、毎日溜めていたので。」
「ふ~ん。(毎日溜めたところでそんな量になるかしらね)」

 なんかメーディアさんから懐疑の視線を向けられたが、無視しておこう。

「それじゃ、俺はまだやり残したことがあるので。」
「待って、まだ安静にしt……

「〈超回復〉」

 一瞬にして完全回復したイロアスに、みんなが固まった。
 端の方で雑談していたメーディアのパーティーメンバーまでもが、口をあんぐりと開けて固まっていた。

「今のって……」

 (完全に超級魔法を超えていたわ。形を留めていなかった足ですら普通に戻っている。明らかに治癒魔法の次元を超えている。しかも上位互換の回復魔法でもあんなレベルのものを扱える人はそういない。絶対にただの子供が為せる技ではない)

「あ、良い忘れていましたけど。さっきの金貨には今の口止め料入っているんで。」

 残された彼らは呆気に取られていた。



「どこだ?」

 傷が深いアイツはそう遠くまでいけないはずだ。だが…まだ死んでもいないだろう。
 俺が死んでいないのにあいつが死ぬはずがない。耐久値的にはヘルジャイアントの方が上だ。

 そう思って爆心地に戻ったのだが……

「いない…だと。」

 すれ違ってはいないはずだ。だが、〈原初の魔力〉で魔力を視ても近くに反応はない。
 考えられるのは、もと来た方に引き返したか……

「きゃぁぁぁ!」

 あの悲鳴はメーディアのパーティーメンバーのもう1人の女性だろう。
 町に戻る途中でアイツと遭遇したようだ。

 今考えていた良くないルート、町に向かったので間違いないな。

「〈ブースト〉×3〈アクセル〉×3!」

 もう障害物である木々がほとんど無いので、直線距離を突き進む。
 この森の管理者が誰かは知らないが、この被害には目を瞑ってもらえないかな。


 いた。


「〈シェイド〉」

 魔法を撃たれながらも、一歩一歩彼らに近づいている巨人に魔力の闇が深々と突き刺さる。
 そのままイロアスはヘルジャイアントに突っ込み……

「〈インファント〉!」

 身体の内部に衝撃が浸透する打撃系無属性魔法を喰らわせる。巨人は膝から崩れ落ちて、地面にうずくまる。

「〈テラボルテージ〉×5!」

 メーディア達に当たらないようにしながら、高圧電流をヘルジャイアントの頭上に落とす。
 全身に電流が流れたのか、痙攣を数回繰り返してから、その巨躯は動かなくなった。

「倒したのか?」

 イロアスのこのセリフはフラグにはならなかったようだ。
 【アイテムボックス】に死体を回収すると、短く息を吐き出して夜空を仰ぐ。



 こんなところで、こんなやつに殺されるわけにはいかない。俺の人生はまだ始まったばかりだから。



 月に照らされたイロアスは、マーラの目にはとても神秘的に映っていた。
 だが……


「血が足りない。」

 
 イロアスは静かに崩れ落ちた。



「イロアス様ーーー!」

 マーラの甲高い叫び声が星の輝く空に木霊した。



____________________________________________________

 「次回、イロアス死す」



     ってなったらどうしましょう。
 




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みんなの感想(1件)

スパークノークス

おもしろい!
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統星のスバル
2021.09.01 統星のスバル

ありがとうございます‼︎

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