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5・美しくも冷たき
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いつもの桜の樹の下で、落ち行く枯葉を一枚手に取り、それをぼんやりと眺める。
見つめているのは枯葉などではなく、思い描いたあの美しい娘。
美しいといっても、正直なところ、単に見た目を言うのならば弟のエルノインの方が美しい顔立ちをしていた。
実を言えば、恐らくほとんどの者がエルノインはもちろんのこと、むしろ俺の方が美しいと評するだろう。
そうだ・・・そう、絶世というほどの美しさではないではないか。
それに、あのつまらなさそうな表情。
せっかく話しかけてきた男達に愛想笑いも浮かべず、冷たくあしらっていたではないか。
自分勝手でわがままそうな・・・
声もよく通る分、傍にいるとうるさくてたまらないに違いない。
思いつく限り、彼女の悪いところを考えていく。
なのにどうしてももう一度彼女を一目見たいという思いに駆られてしまう。
あのつまらなさそうな表情が良いのだ・・・
自分勝手に思ったままを顔に出す、あの気の強そうな瞳が良いのだ・・・
彼女の笑顔が見てみたい・・・
彼女の歌声が聞いてみたい・・・
任務を受け、外に出るたびに俺はチャンスを待った。
一目見るだけで構わない・・・
もう一度彼女の姿を・・・
忍としての評価が上がるごとに位の高い貴族に雇われることが多くなる。
すなわち大公家に雇われる可能性も高くなるわけだ。
俺は必死に己を鍛え、確実に任務をこなしていった。
風が頬を撫ぜる。
シルヴェスタという商業都市の中央広場のベンチで、俺は何をするでもなく空を見つめていた。
今日一杯かかるかと思っていた仕事が思いの外早く終わり、俺は久々に外界でのんびりと息を抜いていた。
休む間もなく働いているお陰で、最近金には不自由せず、むしろ使い道に困っている。
少し高い酒でも買って、今宵一人であおろうか・・・
そう決め、ベンチから立ち上がり一歩踏み出した時だった。
「キャ!」
ドンと俺の背中に誰かが派手にぶつかった。
「いったー・・・」
尻餅をついて漏れた少女の声。
何気なく振り返ったその少女を見て、俺は言葉を失った。
涙を浮かべてお尻をさする少女の髪は光に輝く薄金色。
真っ赤に頬を染めてばっとスカートを押さえ、慌てて立ち上がると、少女はぺこりと頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!!」
遠くへとかけていく少女の後姿を見送ったまま、俺はしばらくその場を動くことが出来なかった。
このような場所にいるはずがない。
あのような街娘の服を着て、このような公園を走っているはずがない。
だが、あれは確かに彼女だった。
イルティーユに間違いなかった。
たった一言。
『ご、ごめんなさい!!』
たった一言だけだったが・・・
彼女が俺に言った言葉。
俺のためにだけ言ったその一言が、切ないほどに嬉しかった。
痛そうに歪めた可愛らしい小顔。
下着が見れるのを恥らった真っ赤な頬。
熱に浮かされたように俺の鼓動が早鐘を打った。
目深に被ったフードと、全身を包むこのコート・・・
こんなもので自分を隠していなければ、少しでも話しかけられたかもしれないというのに・・・
彼女は覚えているだろうか。
この・・・俺の事を。
少しでもいい・・・
ほんの少しだけでも、俺という存在があったことだけでも思い出してはくれないだろうか・・・
イルティーユ・・・
それからも何度かイルティーユを見かける機会があった。
城へと訪れる任務がいくつかあったためだ。
イルティーユは基本的に体が弱いため、普段は自室にこもっているのだが、つまらないといってはいつも部屋を抜け出し、侍女たちを困らせていた。
そんなイルティーユに婚約が決まったのはイルティーユが十五、俺が十九の時だった。
相手は隣国ゼクス帝国の若き皇太子だった。
その話を聞いた時、俺はただ立ち尽くし、流れ行く雲を眺め続けていた。
その時の俺は既に上忍となり、兄にはまだ及びはしないが誰もが一目置くほどの優秀な忍となっていた。
血が滲むほどの日々の鍛錬が功を奏し、俺はますます力をつけていった。
未だ俺を心のない傀儡だと思い込んでいる父は、俺の事を満足そうに褒めちぎる。
忍として上り詰めるのも時間の問題だろう。
だが、どんなに努力し、忍びの道を究めようとも、イルティーユとの位の差は縮まるはずもない。
それどころか、よりにも寄ってイルティーユの婚約相手が、帝国の皇太子とは・・・
一番の大国の、やがてはその皇帝となることを約束されたアズレイド。
イルティーユはその正妻に選ばれてしまったのだ。
手が届かない・・・
どんなに伸ばそうともこの手は届きようもない。
たとえ俺がこの里を抜け、何らかの方法で貴族の称号を得たとしても、アズレイドには敵いようが無い。
絶望の闇の中、夜空の星に一人問いかける。
イルティーユ・・・御主はもはや忘れてしまったのだろうか・・・
あの時の約束。
まだあれから十年がすぎていない。
過ぎていないというのに・・・
見つめているのは枯葉などではなく、思い描いたあの美しい娘。
美しいといっても、正直なところ、単に見た目を言うのならば弟のエルノインの方が美しい顔立ちをしていた。
実を言えば、恐らくほとんどの者がエルノインはもちろんのこと、むしろ俺の方が美しいと評するだろう。
そうだ・・・そう、絶世というほどの美しさではないではないか。
それに、あのつまらなさそうな表情。
せっかく話しかけてきた男達に愛想笑いも浮かべず、冷たくあしらっていたではないか。
自分勝手でわがままそうな・・・
声もよく通る分、傍にいるとうるさくてたまらないに違いない。
思いつく限り、彼女の悪いところを考えていく。
なのにどうしてももう一度彼女を一目見たいという思いに駆られてしまう。
あのつまらなさそうな表情が良いのだ・・・
自分勝手に思ったままを顔に出す、あの気の強そうな瞳が良いのだ・・・
彼女の笑顔が見てみたい・・・
彼女の歌声が聞いてみたい・・・
任務を受け、外に出るたびに俺はチャンスを待った。
一目見るだけで構わない・・・
もう一度彼女の姿を・・・
忍としての評価が上がるごとに位の高い貴族に雇われることが多くなる。
すなわち大公家に雇われる可能性も高くなるわけだ。
俺は必死に己を鍛え、確実に任務をこなしていった。
風が頬を撫ぜる。
シルヴェスタという商業都市の中央広場のベンチで、俺は何をするでもなく空を見つめていた。
今日一杯かかるかと思っていた仕事が思いの外早く終わり、俺は久々に外界でのんびりと息を抜いていた。
休む間もなく働いているお陰で、最近金には不自由せず、むしろ使い道に困っている。
少し高い酒でも買って、今宵一人であおろうか・・・
そう決め、ベンチから立ち上がり一歩踏み出した時だった。
「キャ!」
ドンと俺の背中に誰かが派手にぶつかった。
「いったー・・・」
尻餅をついて漏れた少女の声。
何気なく振り返ったその少女を見て、俺は言葉を失った。
涙を浮かべてお尻をさする少女の髪は光に輝く薄金色。
真っ赤に頬を染めてばっとスカートを押さえ、慌てて立ち上がると、少女はぺこりと頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!!」
遠くへとかけていく少女の後姿を見送ったまま、俺はしばらくその場を動くことが出来なかった。
このような場所にいるはずがない。
あのような街娘の服を着て、このような公園を走っているはずがない。
だが、あれは確かに彼女だった。
イルティーユに間違いなかった。
たった一言。
『ご、ごめんなさい!!』
たった一言だけだったが・・・
彼女が俺に言った言葉。
俺のためにだけ言ったその一言が、切ないほどに嬉しかった。
痛そうに歪めた可愛らしい小顔。
下着が見れるのを恥らった真っ赤な頬。
熱に浮かされたように俺の鼓動が早鐘を打った。
目深に被ったフードと、全身を包むこのコート・・・
こんなもので自分を隠していなければ、少しでも話しかけられたかもしれないというのに・・・
彼女は覚えているだろうか。
この・・・俺の事を。
少しでもいい・・・
ほんの少しだけでも、俺という存在があったことだけでも思い出してはくれないだろうか・・・
イルティーユ・・・
それからも何度かイルティーユを見かける機会があった。
城へと訪れる任務がいくつかあったためだ。
イルティーユは基本的に体が弱いため、普段は自室にこもっているのだが、つまらないといってはいつも部屋を抜け出し、侍女たちを困らせていた。
そんなイルティーユに婚約が決まったのはイルティーユが十五、俺が十九の時だった。
相手は隣国ゼクス帝国の若き皇太子だった。
その話を聞いた時、俺はただ立ち尽くし、流れ行く雲を眺め続けていた。
その時の俺は既に上忍となり、兄にはまだ及びはしないが誰もが一目置くほどの優秀な忍となっていた。
血が滲むほどの日々の鍛錬が功を奏し、俺はますます力をつけていった。
未だ俺を心のない傀儡だと思い込んでいる父は、俺の事を満足そうに褒めちぎる。
忍として上り詰めるのも時間の問題だろう。
だが、どんなに努力し、忍びの道を究めようとも、イルティーユとの位の差は縮まるはずもない。
それどころか、よりにも寄ってイルティーユの婚約相手が、帝国の皇太子とは・・・
一番の大国の、やがてはその皇帝となることを約束されたアズレイド。
イルティーユはその正妻に選ばれてしまったのだ。
手が届かない・・・
どんなに伸ばそうともこの手は届きようもない。
たとえ俺がこの里を抜け、何らかの方法で貴族の称号を得たとしても、アズレイドには敵いようが無い。
絶望の闇の中、夜空の星に一人問いかける。
イルティーユ・・・御主はもはや忘れてしまったのだろうか・・・
あの時の約束。
まだあれから十年がすぎていない。
過ぎていないというのに・・・
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