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5・美しくも冷たき
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(5.美しくも冷たき)
無愛想で生意気な少年というレッテルが貼られた俺に、大人たちや同年代の男共はよりつかなくなった。
陰でこそこそと悪口を囁いていることは知っていたが、言いたい奴は勝手に言っておればよい。
だが、不思議なことに、女達が俺を陰から見てくることが増えた。
話しかけてくるわけではないが、遠くから俺を見るその頬が赤く染まっていた。
明らかに俺を好いている。
来る日も来る日も俺の稽古を陰から見てくる一人の娘の手を、ある日つかんで問うてみた。
「何故毎日俺を見ている?」
娘は頬を真っ赤に染めて、
「矢禅様を・・・お慕い申し上げているからです」
理由を問うと、俺の事が気になって仕方が無いという。
この娘は確か俺と同い年。
要と決闘をした時、真っ先に俺を庇いに来た女だ。
顔立ちが可愛らしいので、この娘を好いている男は多かった。
昔からずっと好きだったと告白してくるこの娘。
そのまま立ち去ろうかと思ったが、俺は気まぐれに礼を言った。
「ありがとう」
微笑みなどしなかった。
いつもの無表情でただ一言言っただけだが、娘はまた顔を赤く染めて俺を見た。
踵を返し、俺は娘をその場に残してもとの場所へと戻った。
苦無を握り、定めた的へと投げつける。
好かれていても、何故だろうか。心は虚しく、空虚であった。
例の娘はその後も毎日俺の練習を木陰から見つめていた。
以前と違ったのは、昼飯をわざわざ俺に差し出すようになったことだ。
娘にも毎日家の手伝いがあるので、今までは夕方からしか来ていなかったのが、昼休みの合間にわざわざ走って昼飯を届けに来るのだ。
照れくさそうに弁当を差し出してくるこの娘・・・
こやつは何か勘違いをしているのではなかろうかという疑問が俺の中に浮かびはじめた。
確かに俺は気まぐれにこの娘に礼を言ったが、別に付き合うつもりで言ったわけではない。
それでもまあ、害の無いうちは放っておいても構わないだろうと思っていた。
だが、それが良くなかった。
貰えるものは貰っておけと弁当を受け取ったのが間違いだった。
娘はその気になってしまったらしく、どうやら友に話してしまったらしい。
其処から噂が広まり、気が付けば里の者のほとんどが俺とその娘の関係をそう信じ込んでしまった。
兄は会うたびに俺をからかい、妹は何故か不満げに頬を膨らませ、里の同年代の男達は俺に激しい敵意を抱いたようだった。
狙っていた娘を、よりによって俺に取られたと思っているらしい。
俺に心が無いと信じ込んでいる父は、俺を呼び出しどういうことかと問いただした。
俺は素知らぬ顔で淡々と言った。
「毎日頼みもせぬのにわざわざ持ってくる昼飯を受け取っただけで、娘の方が勝手にその気になったようです」
それだけで父は満足げに頷いていた。
「はっきりと申してしまえ」
父に言われずとも、そうするつもりだった。
次の日、いつものように昼飯をもってかけてきた娘に俺は冷たく言い放った。
「俺は御主と付き合うつもりなどさらさら無い。迷惑だ」
娘は涙を浮かべ、
「それなら何故あの時言葉を掛けてくださったのですか?今まで拒まなかったというのに、どうして今更・・・!!」
「礼を言っただけだ。愛しているなどといった覚えは一度も無い」
何の感情も称えぬ声音でそう告げると、娘はわっと泣きながら走り去っていった。
一番の間違いは其処だった。
ふるにしてももっと優しくふるべきだったと後で知った。
里中の者が俺をひどい男だと責め立てた。
連日のように誰かが俺にくだらない嫌がらせを仕掛けてきた。
他人に関わるとろくなことが無い・・・
そう学んだ俺は、それからは言い寄ってくる女を全て最初にふった。
悪い噂が流れることに変わりは無かったが、最初からふっておけばすぐにその噂は消えていくことを知った。
十五で落ちた例の試験は十六の時に通った。
与えられた称号は下の陸。
忍としては最低の部類だったが、これで仕事を請け負い、金を貰うことができる。
だが、下の陸の忍になど、めったに仕事が来るものではない。
仕事をもらえないかと掛け合ってはみたが、やはりいつ震えだすか分からないという欠点が足を引っ張っているようだった。
することもなく、今までどおりに連日稽古に励んでいたが、ある日突然任務が与えられた。
その内容に目を通し、俺は愕然とした。
それは中の参の任務だった。
外界にてある場所から別の場所へと貴重品を運ぶよう記されていた。
直接的に生死には関わらぬとはいえ、追っ手が待ち構えているはずだから心するようにとの備考がある。
一度も外界に出たことがなく、土地勘のまるで無い俺にはあまりにも難しすぎる任務だった。
陸の下忍に命じられる任務ではない・・・
きっと父が細工をしたのだろう。
昇格試験の際、今までの仕事の実績が大きく影響するため、父はこの任務で俺を一気に昇格させようと考えているのに違いない。
俺はその仕事を請け負った。
その際、加えて一つの頼み事をした。
「一度も外を見たことがないゆえ、戸惑わぬために一日二日ほど早めに外に出て知識を得たい」
承諾は簡単にもらえた。
俺は早速支度を始め、準備を万端に整えた。
旅立ちの朝、屋敷の者たちが俺を見送ってくれた。
外に出るのが初めてである俺に、案内人が一人同行してくれた。
彼と二人で森へと向かい、結界を通り抜ける。
怪我をした時の記憶がよみがえり、背筋に少しだけ冷たいものが走ったが、具体的にどの場所だったかまでは特定できなかったため、意外にもあっさりと抜けることが出来た。
「着きました。ここからはお一人でお行きください。二日後に残りの二人がエレタに向かいますので、そこの宿で落ち合ってください」
では・・・と、案内人が森へと戻っていった。
その後姿を見送った後、長いコートに身を包み、フードを深く被った。
外界では月華の者だと気づかれてはならない。
月華はすなわち裏取引の執行人。
月華というだけで、恐れる者や嫌悪を抱く者、敵意を持つ者もいると聞く。
とりあえず、目的地であるエレタに向かいつつ、途中の街で情報を集めることにした。
黒髪の者は外界には少ないと聞いていたが、思ったよりはいるらしく、町を歩いていると普通に目に留まる。
この忍装束さえ変えれば、案外誰も気づかないのではないかという印象を得た。
外の町並みは里のものとは信じがたいほどに違う。
建物の作り、行き交う人々の服装、店に並ぶ商品何もかもが実際には初めて目にする物ばかりだ。
ふと、あの可愛らしい少女・・・イリーのことを思い出した。
人々の髪の色は色素の薄い者が多い。
だが・・・イリーほど美しく輝く薄金色の髪はなかなかいるものではなかった。
イリーほど美しい服を着ている少女も一人も見かけなかった。
やはり、イリーは相当裕福な家の娘なのだろう。
イリーはこのような町並みをいつも歩いていたのだろうか。
あの目映い笑顔で・・・
目を細め、広い石畳の通りにイリーの姿を思い描く。
イリーの消息をこの外界で調べたい・・・
そのような衝動に駆られたが、今は任務を滞ることなく遂行するための調査をせねばならぬ。
忍をしている限り、外界にはいくらでも来ることができる。
焦る必要など無い。
そう言い聞かせて、俺はまず、この辺りの地理を知ることから始めた。
無愛想で生意気な少年というレッテルが貼られた俺に、大人たちや同年代の男共はよりつかなくなった。
陰でこそこそと悪口を囁いていることは知っていたが、言いたい奴は勝手に言っておればよい。
だが、不思議なことに、女達が俺を陰から見てくることが増えた。
話しかけてくるわけではないが、遠くから俺を見るその頬が赤く染まっていた。
明らかに俺を好いている。
来る日も来る日も俺の稽古を陰から見てくる一人の娘の手を、ある日つかんで問うてみた。
「何故毎日俺を見ている?」
娘は頬を真っ赤に染めて、
「矢禅様を・・・お慕い申し上げているからです」
理由を問うと、俺の事が気になって仕方が無いという。
この娘は確か俺と同い年。
要と決闘をした時、真っ先に俺を庇いに来た女だ。
顔立ちが可愛らしいので、この娘を好いている男は多かった。
昔からずっと好きだったと告白してくるこの娘。
そのまま立ち去ろうかと思ったが、俺は気まぐれに礼を言った。
「ありがとう」
微笑みなどしなかった。
いつもの無表情でただ一言言っただけだが、娘はまた顔を赤く染めて俺を見た。
踵を返し、俺は娘をその場に残してもとの場所へと戻った。
苦無を握り、定めた的へと投げつける。
好かれていても、何故だろうか。心は虚しく、空虚であった。
例の娘はその後も毎日俺の練習を木陰から見つめていた。
以前と違ったのは、昼飯をわざわざ俺に差し出すようになったことだ。
娘にも毎日家の手伝いがあるので、今までは夕方からしか来ていなかったのが、昼休みの合間にわざわざ走って昼飯を届けに来るのだ。
照れくさそうに弁当を差し出してくるこの娘・・・
こやつは何か勘違いをしているのではなかろうかという疑問が俺の中に浮かびはじめた。
確かに俺は気まぐれにこの娘に礼を言ったが、別に付き合うつもりで言ったわけではない。
それでもまあ、害の無いうちは放っておいても構わないだろうと思っていた。
だが、それが良くなかった。
貰えるものは貰っておけと弁当を受け取ったのが間違いだった。
娘はその気になってしまったらしく、どうやら友に話してしまったらしい。
其処から噂が広まり、気が付けば里の者のほとんどが俺とその娘の関係をそう信じ込んでしまった。
兄は会うたびに俺をからかい、妹は何故か不満げに頬を膨らませ、里の同年代の男達は俺に激しい敵意を抱いたようだった。
狙っていた娘を、よりによって俺に取られたと思っているらしい。
俺に心が無いと信じ込んでいる父は、俺を呼び出しどういうことかと問いただした。
俺は素知らぬ顔で淡々と言った。
「毎日頼みもせぬのにわざわざ持ってくる昼飯を受け取っただけで、娘の方が勝手にその気になったようです」
それだけで父は満足げに頷いていた。
「はっきりと申してしまえ」
父に言われずとも、そうするつもりだった。
次の日、いつものように昼飯をもってかけてきた娘に俺は冷たく言い放った。
「俺は御主と付き合うつもりなどさらさら無い。迷惑だ」
娘は涙を浮かべ、
「それなら何故あの時言葉を掛けてくださったのですか?今まで拒まなかったというのに、どうして今更・・・!!」
「礼を言っただけだ。愛しているなどといった覚えは一度も無い」
何の感情も称えぬ声音でそう告げると、娘はわっと泣きながら走り去っていった。
一番の間違いは其処だった。
ふるにしてももっと優しくふるべきだったと後で知った。
里中の者が俺をひどい男だと責め立てた。
連日のように誰かが俺にくだらない嫌がらせを仕掛けてきた。
他人に関わるとろくなことが無い・・・
そう学んだ俺は、それからは言い寄ってくる女を全て最初にふった。
悪い噂が流れることに変わりは無かったが、最初からふっておけばすぐにその噂は消えていくことを知った。
十五で落ちた例の試験は十六の時に通った。
与えられた称号は下の陸。
忍としては最低の部類だったが、これで仕事を請け負い、金を貰うことができる。
だが、下の陸の忍になど、めったに仕事が来るものではない。
仕事をもらえないかと掛け合ってはみたが、やはりいつ震えだすか分からないという欠点が足を引っ張っているようだった。
することもなく、今までどおりに連日稽古に励んでいたが、ある日突然任務が与えられた。
その内容に目を通し、俺は愕然とした。
それは中の参の任務だった。
外界にてある場所から別の場所へと貴重品を運ぶよう記されていた。
直接的に生死には関わらぬとはいえ、追っ手が待ち構えているはずだから心するようにとの備考がある。
一度も外界に出たことがなく、土地勘のまるで無い俺にはあまりにも難しすぎる任務だった。
陸の下忍に命じられる任務ではない・・・
きっと父が細工をしたのだろう。
昇格試験の際、今までの仕事の実績が大きく影響するため、父はこの任務で俺を一気に昇格させようと考えているのに違いない。
俺はその仕事を請け負った。
その際、加えて一つの頼み事をした。
「一度も外を見たことがないゆえ、戸惑わぬために一日二日ほど早めに外に出て知識を得たい」
承諾は簡単にもらえた。
俺は早速支度を始め、準備を万端に整えた。
旅立ちの朝、屋敷の者たちが俺を見送ってくれた。
外に出るのが初めてである俺に、案内人が一人同行してくれた。
彼と二人で森へと向かい、結界を通り抜ける。
怪我をした時の記憶がよみがえり、背筋に少しだけ冷たいものが走ったが、具体的にどの場所だったかまでは特定できなかったため、意外にもあっさりと抜けることが出来た。
「着きました。ここからはお一人でお行きください。二日後に残りの二人がエレタに向かいますので、そこの宿で落ち合ってください」
では・・・と、案内人が森へと戻っていった。
その後姿を見送った後、長いコートに身を包み、フードを深く被った。
外界では月華の者だと気づかれてはならない。
月華はすなわち裏取引の執行人。
月華というだけで、恐れる者や嫌悪を抱く者、敵意を持つ者もいると聞く。
とりあえず、目的地であるエレタに向かいつつ、途中の街で情報を集めることにした。
黒髪の者は外界には少ないと聞いていたが、思ったよりはいるらしく、町を歩いていると普通に目に留まる。
この忍装束さえ変えれば、案外誰も気づかないのではないかという印象を得た。
外の町並みは里のものとは信じがたいほどに違う。
建物の作り、行き交う人々の服装、店に並ぶ商品何もかもが実際には初めて目にする物ばかりだ。
ふと、あの可愛らしい少女・・・イリーのことを思い出した。
人々の髪の色は色素の薄い者が多い。
だが・・・イリーほど美しく輝く薄金色の髪はなかなかいるものではなかった。
イリーほど美しい服を着ている少女も一人も見かけなかった。
やはり、イリーは相当裕福な家の娘なのだろう。
イリーはこのような町並みをいつも歩いていたのだろうか。
あの目映い笑顔で・・・
目を細め、広い石畳の通りにイリーの姿を思い描く。
イリーの消息をこの外界で調べたい・・・
そのような衝動に駆られたが、今は任務を滞ることなく遂行するための調査をせねばならぬ。
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