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4・選びし道は遙か
4-2
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十五の時、俺は試験を受けた。
実践に出るための試験だった。
父と兄は今の俺にはまだ早いと引き止めたが、俺はたとえ落ちたとしても受けてみたいと頼んだ。
試験内容は、筆記・技術・チーム戦での任務遂行能力の三種だった。
当然ながら、筆記は何の問題にもなりはしない。
問題は残りの二つだった。
技術面では跳躍しなくてはならなかったもの以外は出来たので、なんとかクリアできたのではないかと思う。
最後のチーム戦。
三人一組で、与えられた任務をどのチームが速やかに的確にこなす事が出来るのかを競うものだ。
チーム割りはくじ引き。
俺は運よく受験者の中で簡単に合格がもらえるだろうと評判の二人と組むことになった。
だが、その試験中に、あろうことかここしばらく治まっていたはず震えが再発してしまった。
「矢禅様、早く!!」
焦りながら俺を待つ二人についていくことが出来ず、俺はその場に崩れ落ちて震えるその手で地面の土を強くつかんだ。
焦る気持ちとは裏腹に俺の震えはますますひどくなっていく。
「先に・・・・先に行ってくれ!」
俺が力を振り絞って叫ぶと、二人は御免とのこして俺を置いて去っていった。
試験が終わった後、控え室の隅で俺は一人、項垂れていた。
俺を見限った二人は見事任務を遂行できたらしく、笑顔でここへ戻ってきた。
「大丈夫ですか?矢禅様・・・やはりご無理をなされては・・・」
慰めの言葉など本当は聞きたくもなかったが、せっかくの二人の優しさを無下にするわけにもいかぬだろう。
だからといって、作り笑顔を浮かべられるほど俺は器用ではなかったので、項垂れたまま俺は何も言わなかった。
やがて試験結果が発表された。
当然のごとく俺は落ちた。
会場を虚しく去ろうとした俺の視界の端に、驚愕の表情を浮かべた先ほどの二人が目に入った。
はっとして見てみれば、合格者の名前の中に二人の名前が無い。
走り出した二人の後を、俺も追いかけた。
「何故俺達の名前が無いのですか?!」
試験官の一人に怒鳴るように二人が問いかける。
試験官は冷たい瞳で二人を見たまま、淡白な口調で告げた。
「御主達はメンバーの一人を見捨てたであろう。どんな状況であったとしても、第一は全員が無事に帰り着くことが大切なのだ。
それは任務を遂行することよりも大切だ。今まで散々習ってきたはずだろう」
「ですがこれはたかが試験ではありませんか!矢禅様が死ぬはずなど・・・」
更に食いついた二人を試験官が怒りの形相で睨んだ。
「其処が甘いのだ!学生気分が抜けていない証拠だ!顔を洗って出直して来い!!」
少し離れた場所からその様子を眺めていた俺を、二人は憎悪の瞳で睨んできた。
俺は何も言うことができなかった。
試験のことはその日のうちに里中に広まった。
誰が受かって、誰が落ちたか。
試験中にどのようなことがあったのか。
中でも俺達のチームの話題は最も話題に上ったものだったようだ。
最有力だった二人と、まだ早いと止められていたのを無理に受験した俺。
皆、俺のせいで二人が落ちたのだと強く俺を非難した。
もともと二人は里の皆からの人望が有ったし、その二人がおそらく俺を事実以上に悪く言いふらしたのだろう。
なんと言われようと、俺は言い返す事が出来なかった。
たとえあの二人の考え方自体が甘すぎたとしても、俺があの時動けなくなりさえしなければ、二人は確かに合格出来ていただろう。
それからというもの、何をしても何故か裏目に出るようになった。
最初から決して優しくはなかったが、里の者たちは次第に俺に冷たくなっていった。
ただ、父上と兄上と小夜だけが、昔と変わらぬ態度でいてくれた。
父は厳しい表情で、『ただ思うままに己を磨き、全力を尽くしなさい』と。
兄は少し照れくさそうな表情で、『昔のように技を競おうぞ。でなくては、俺自身が腑抜けてしまって全く成長出来ぬのだ』と。
小夜は愛らしい笑顔で、『信じております。小夜は兄上を信じております』と。
父も兄も妹も・・・俺にとってはかけがえの無い家族だった。
来る日も来る日も厳しい特訓を続けた。
風が吹きぬけた時、背筋に悪寒が走ったため、その日はまだ日の高いうちに家路についた。
つい最近まで暑かったというのに、秋の訪れというものはまこと瞬きをする間のごとく早いものだ。
熱があるのかぼんやりする頭のまま帰りついた屋敷。
自分の部屋へと戻る前に、一言父に報告しようと訪れた父の部屋の前で、俺は足を止めた。
父に来客でも来ているのだろうか。
話し声が聞こえてくる。
一体誰だろうかとそっと聞き耳を立ててみると、相手はどうやら朔夜のようだ。
「・・・・ぅですか?」
「まぁ、よく頑張ってはいるようだがな」
一体何の話をしているのだろうか。
ここ何年間かは朔夜もめっきり俺の元に来なくなり、半年に一度定期検診に来る程度のものだ。
検診はもうついこの間終わったはずだというのに・・・
「ならば構わないではありませぬか。このまま様子を見ていればやがて・・・・」
「私は今すぐあれを使いたいのだ。あの頃の実力が今欲しいのだ」
まさかという思いが俺の中をよぎる。
「ですが、当初の予想以上に彼は自力で回復できています。彼自身の治癒力で治るのが一番良いのです」
「いつの話になるか分からぬような事では困るのだ。それに御主も聞いたであろう?試験の話を」
「・・・はい。試験中にまた震えだしたと」
息を呑んで二人の話に聞き耳を立てる。
やはり、この話は俺のことだ・・・
「実際の任務中に突然震えたらどうなる。忍に失敗は許されぬのだ。
もし敵に捕らえられ、全てを吐かされてしまったとあっては月華の存亡に係わる。
そのような事があってはならぬのだ」
「ですが・・・ですが、長の言う方法はあまりにも勝手過ぎます!人として許されるものではございませぬ!」
「黙れ!金ならばいくらでも払うと言っているだろう!一体御主は何の文句があるというのだ!」
ぴくりと怯んだ朔夜が、次に吐き出した言葉は低いものだった。
「・・・長、貴方様は人でなしだと申し上げているのです。それが我が子に対する父の行動でございましょうか!」
これは・・・
これは一体何の話なのだ・・・?
父は一体・・・
「そのような事はどうでも良い!早く矢禅の心など消してしまえ!!」
怒鳴りつける父の言葉を、俺はしばらく理解することが出来なかった。
心を・・・消す・・・?
何を仰っているのだ、父上は・・・
「愛してはいらっしゃらないのですか?!心を消してしまえば貴方様に微笑むこともなくなってしまうのですよ!」
「構わぬわ!忍として使うには心など無い忠実な傀儡である方が何かと便利に決まっておる!」
身体が小刻みに震えるのを感じた。
いつもの震えとは全く違う。
悪寒のための震えとも違う。
全身を氷の槍で貫かれたような・・・凍えそうなほど冷たくて、背中の傷を負った時ほど熱い痛み。
「いくら欲しい?いくら払おうと、あれはきっとそれ以上に稼いでくれるに違いない!
あれの才能は私の宝だ!!」
楽しそうに笑う父の声が、俺の心に残酷に木霊する。
震える足で、俺はゆっくりとその場を離れた。
部屋に向かう途中、ばったり出会った兄上が相変わらずの気さくな笑顔で俺に話しかけてくる。
「おう、矢禅!今日は早いな。どうした?随分と顔色が悪いが・・・風邪か?」
俺の額に手を伸ばしたその手を心の奥底で鬱陶しいと感じたが、払いのける余裕すら俺には無かった。
「うぅ~む・・・。少し熱があるのではないか?今日はしっかりと休めよ。後でお粥でも持って行ってやろう」
俺を部屋まで送り届け、兄上は明るい笑顔で俺の部屋を出て行った。
御簾を上げ、褥の中へと身体を滑り込ませる。
俺は夢でも見ているのだろうか。
そうだ・・・
これはきっと夢なのだ。
なんだか全てがぼんやりとしているし、父上があのようなことをおっしゃるはずが無い。
悪い夢を見ているのだ。
目が覚めてしまえばきっと父上はいつものように俺に小さく微笑んでくれる・・・
実践に出るための試験だった。
父と兄は今の俺にはまだ早いと引き止めたが、俺はたとえ落ちたとしても受けてみたいと頼んだ。
試験内容は、筆記・技術・チーム戦での任務遂行能力の三種だった。
当然ながら、筆記は何の問題にもなりはしない。
問題は残りの二つだった。
技術面では跳躍しなくてはならなかったもの以外は出来たので、なんとかクリアできたのではないかと思う。
最後のチーム戦。
三人一組で、与えられた任務をどのチームが速やかに的確にこなす事が出来るのかを競うものだ。
チーム割りはくじ引き。
俺は運よく受験者の中で簡単に合格がもらえるだろうと評判の二人と組むことになった。
だが、その試験中に、あろうことかここしばらく治まっていたはず震えが再発してしまった。
「矢禅様、早く!!」
焦りながら俺を待つ二人についていくことが出来ず、俺はその場に崩れ落ちて震えるその手で地面の土を強くつかんだ。
焦る気持ちとは裏腹に俺の震えはますますひどくなっていく。
「先に・・・・先に行ってくれ!」
俺が力を振り絞って叫ぶと、二人は御免とのこして俺を置いて去っていった。
試験が終わった後、控え室の隅で俺は一人、項垂れていた。
俺を見限った二人は見事任務を遂行できたらしく、笑顔でここへ戻ってきた。
「大丈夫ですか?矢禅様・・・やはりご無理をなされては・・・」
慰めの言葉など本当は聞きたくもなかったが、せっかくの二人の優しさを無下にするわけにもいかぬだろう。
だからといって、作り笑顔を浮かべられるほど俺は器用ではなかったので、項垂れたまま俺は何も言わなかった。
やがて試験結果が発表された。
当然のごとく俺は落ちた。
会場を虚しく去ろうとした俺の視界の端に、驚愕の表情を浮かべた先ほどの二人が目に入った。
はっとして見てみれば、合格者の名前の中に二人の名前が無い。
走り出した二人の後を、俺も追いかけた。
「何故俺達の名前が無いのですか?!」
試験官の一人に怒鳴るように二人が問いかける。
試験官は冷たい瞳で二人を見たまま、淡白な口調で告げた。
「御主達はメンバーの一人を見捨てたであろう。どんな状況であったとしても、第一は全員が無事に帰り着くことが大切なのだ。
それは任務を遂行することよりも大切だ。今まで散々習ってきたはずだろう」
「ですがこれはたかが試験ではありませんか!矢禅様が死ぬはずなど・・・」
更に食いついた二人を試験官が怒りの形相で睨んだ。
「其処が甘いのだ!学生気分が抜けていない証拠だ!顔を洗って出直して来い!!」
少し離れた場所からその様子を眺めていた俺を、二人は憎悪の瞳で睨んできた。
俺は何も言うことができなかった。
試験のことはその日のうちに里中に広まった。
誰が受かって、誰が落ちたか。
試験中にどのようなことがあったのか。
中でも俺達のチームの話題は最も話題に上ったものだったようだ。
最有力だった二人と、まだ早いと止められていたのを無理に受験した俺。
皆、俺のせいで二人が落ちたのだと強く俺を非難した。
もともと二人は里の皆からの人望が有ったし、その二人がおそらく俺を事実以上に悪く言いふらしたのだろう。
なんと言われようと、俺は言い返す事が出来なかった。
たとえあの二人の考え方自体が甘すぎたとしても、俺があの時動けなくなりさえしなければ、二人は確かに合格出来ていただろう。
それからというもの、何をしても何故か裏目に出るようになった。
最初から決して優しくはなかったが、里の者たちは次第に俺に冷たくなっていった。
ただ、父上と兄上と小夜だけが、昔と変わらぬ態度でいてくれた。
父は厳しい表情で、『ただ思うままに己を磨き、全力を尽くしなさい』と。
兄は少し照れくさそうな表情で、『昔のように技を競おうぞ。でなくては、俺自身が腑抜けてしまって全く成長出来ぬのだ』と。
小夜は愛らしい笑顔で、『信じております。小夜は兄上を信じております』と。
父も兄も妹も・・・俺にとってはかけがえの無い家族だった。
来る日も来る日も厳しい特訓を続けた。
風が吹きぬけた時、背筋に悪寒が走ったため、その日はまだ日の高いうちに家路についた。
つい最近まで暑かったというのに、秋の訪れというものはまこと瞬きをする間のごとく早いものだ。
熱があるのかぼんやりする頭のまま帰りついた屋敷。
自分の部屋へと戻る前に、一言父に報告しようと訪れた父の部屋の前で、俺は足を止めた。
父に来客でも来ているのだろうか。
話し声が聞こえてくる。
一体誰だろうかとそっと聞き耳を立ててみると、相手はどうやら朔夜のようだ。
「・・・・ぅですか?」
「まぁ、よく頑張ってはいるようだがな」
一体何の話をしているのだろうか。
ここ何年間かは朔夜もめっきり俺の元に来なくなり、半年に一度定期検診に来る程度のものだ。
検診はもうついこの間終わったはずだというのに・・・
「ならば構わないではありませぬか。このまま様子を見ていればやがて・・・・」
「私は今すぐあれを使いたいのだ。あの頃の実力が今欲しいのだ」
まさかという思いが俺の中をよぎる。
「ですが、当初の予想以上に彼は自力で回復できています。彼自身の治癒力で治るのが一番良いのです」
「いつの話になるか分からぬような事では困るのだ。それに御主も聞いたであろう?試験の話を」
「・・・はい。試験中にまた震えだしたと」
息を呑んで二人の話に聞き耳を立てる。
やはり、この話は俺のことだ・・・
「実際の任務中に突然震えたらどうなる。忍に失敗は許されぬのだ。
もし敵に捕らえられ、全てを吐かされてしまったとあっては月華の存亡に係わる。
そのような事があってはならぬのだ」
「ですが・・・ですが、長の言う方法はあまりにも勝手過ぎます!人として許されるものではございませぬ!」
「黙れ!金ならばいくらでも払うと言っているだろう!一体御主は何の文句があるというのだ!」
ぴくりと怯んだ朔夜が、次に吐き出した言葉は低いものだった。
「・・・長、貴方様は人でなしだと申し上げているのです。それが我が子に対する父の行動でございましょうか!」
これは・・・
これは一体何の話なのだ・・・?
父は一体・・・
「そのような事はどうでも良い!早く矢禅の心など消してしまえ!!」
怒鳴りつける父の言葉を、俺はしばらく理解することが出来なかった。
心を・・・消す・・・?
何を仰っているのだ、父上は・・・
「愛してはいらっしゃらないのですか?!心を消してしまえば貴方様に微笑むこともなくなってしまうのですよ!」
「構わぬわ!忍として使うには心など無い忠実な傀儡である方が何かと便利に決まっておる!」
身体が小刻みに震えるのを感じた。
いつもの震えとは全く違う。
悪寒のための震えとも違う。
全身を氷の槍で貫かれたような・・・凍えそうなほど冷たくて、背中の傷を負った時ほど熱い痛み。
「いくら欲しい?いくら払おうと、あれはきっとそれ以上に稼いでくれるに違いない!
あれの才能は私の宝だ!!」
楽しそうに笑う父の声が、俺の心に残酷に木霊する。
震える足で、俺はゆっくりとその場を離れた。
部屋に向かう途中、ばったり出会った兄上が相変わらずの気さくな笑顔で俺に話しかけてくる。
「おう、矢禅!今日は早いな。どうした?随分と顔色が悪いが・・・風邪か?」
俺の額に手を伸ばしたその手を心の奥底で鬱陶しいと感じたが、払いのける余裕すら俺には無かった。
「うぅ~む・・・。少し熱があるのではないか?今日はしっかりと休めよ。後でお粥でも持って行ってやろう」
俺を部屋まで送り届け、兄上は明るい笑顔で俺の部屋を出て行った。
御簾を上げ、褥の中へと身体を滑り込ませる。
俺は夢でも見ているのだろうか。
そうだ・・・
これはきっと夢なのだ。
なんだか全てがぼんやりとしているし、父上があのようなことをおっしゃるはずが無い。
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