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3・散り行くは儚き
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「塞がっていた傷口がまた開いてしまったようです。危険ですね・・・。血も足りませんし、痛みも再発したので大分衰弱しています。
それも問題ではありますが・・・おそらく今回のことがトラウマとなって、少し動くにも怯えてしまわれるでしょう」
父に話しているのであろう朔夜の言葉が聞こえる。
「うぅむ・・・・」
しばし沈黙が流れたが、朔夜が小さな声で切り出した。
「里長・・・申し上げにくい事ではございますが、矢禅様はもう忍として生きるのは難しいと思われます」
な・・・
「・・・・・なんだと?」
俺の心の言葉を父が代弁してくれたかのようだった。
「身体を捻るたびに怯えているようでは忍は務まりませぬ。人間というものは思いの外背中や腰をよく使うのです。
背中や腰には全身を操る神経が通っております。
まだ確定ではありませんが・・・もしやすれば、身体の随所を上手く操れぬかもしれませぬ」
動くことが出来ない俺は、ただ、目を大きく見開いた。
「馬鹿な・・・!!矢禅はあれほどの才能の持ち主だぞ。そのような言葉一つでおいそれと了承するわけには・・・」
「動けぬというわけではありませぬ。忍に戻ることが必ずしも出来ないというわけではありませぬ。
ですが、これまでほどに冴えた敏捷な動きは期待なさらぬ方がよろしいかと。
それに、もしも下手をしたならば二度と褥から出られぬ身体になる可能性が少ないとはいえ有るという事もご了承いただけますれば」
そんな・・・馬鹿な・・・
朔夜の言葉が頭の中で他人事のように木霊するのを感じた。
俺が・・・
この俺が忍として生きられぬだと?
そんな馬鹿なことが・・・
「里長・・・私としてもこのようなことを口にするのは心苦しいのです。ですが・・・ご理解くださいますよう・・・」
父が部屋を出て行った後、誰が其処に置いたのか、俺はぼんやりと机上の水仙を眺めていた。
御簾が上がり、朔夜が寝所へと入ってきた。
目を覚ましている俺を見て、朔夜は少し驚いた表情を浮かべた。
「矢禅様・・・起きていらしたのですね。聞いてしまわれましたか?」
何も答えずとも朔夜は咎めなかった。
ショックだった。
俺は今まで忍になるためだけに全てを費やしてきた。
幼い頃から遊ぶ時間も削られ、自分だけ特別に技を叩き込まれてきた。
数多の人々に嫉まれ、孤独に耐えてきたそれは・・・
俺のその努力は一体なんだったというのだろう。
全ては立派な忍になるためではなかったのか。
忍になれぬというのならば、俺は一体これからの人生をどのように生きていけばいいというのか。
背中の傷がひどく痛む。
母が他界し、父に打たれた時、もう二度と泣かぬと誓ったというのに・・・
涙が勝手に溢れ出して枕を濡らした。
もともと口数が多い方ではなかった俺だが、それからは更に無口になった。
くだらない話などする気にもなれなかった。
上半身を起こせるようになった俺に、連日里の者たちが見舞いに来ては去っていく。
あの要も見舞いに来て、珍しいことにこの俺に頭を下げた。
俺は要の顔を見ることが出来なかった。
皆はまだ俺が忍として生きられなくなった事実を知らぬようだった。
早く治して立派な忍になってくれとばかり言ってくる。
人の気も知らないで・・・
ある日突然パタリと見舞いが来なくなった。
きっと父が皆に伝えたのだろう。
傷がふさがり、歩けるようになり、また庭を少し歩くところからリハビリが始まる。
歩ける範囲が広がり、供をつける必要がなくなると、俺は例の桜の樹へと向かった。
桜はすっかり緑に萌ゆっていた。
空の青色が深い色へとかわり、照りつける強い日差しに、湖の湖面が眩く輝く。
腰を下ろし、俺はずっとそれを見つめ、考えていた。
これからどう生きていくか。
俺に出来ることはなんだろうか。
神薙家次男として許される職業は何なのだろうか。
商売は許されないだろうし、俺に向いているとも思えない。
農業もきっと無理だろう。
ならば学士になるか・・・
だが、実際に外界に頻繁に出入りしている忍達に比べれば、ここに閉じこもって何かを研究しようにも見識が無さすぎる。
みつからない・・・
俺にふさわしいものが、どうしても見つからない。
あるとき、任務から帰還した兄上を里の皆が総出で褒め称えた。
どうやら難しい任務を完遂出来たようだった。
祝杯があげられ、その夜は盛大な宴会が開かれた。
兄は嬉しそうに微笑み、父も満足げな表情で酒を飲んでいた。
皆、陽気に浮かれ、踊る賑やかな宴会であった。
そんな中、俺は遠くからその様子を淡々と見つめていた。
俺とてこのような身体でさえなければ、その程度の任務、簡単にやり遂げられたであろうに。
冷めた瞳の奥で、そのような事ばかり考えていた。
胸の内にわだかまるこの澱んだ思い。
嫉妬・・・・
今まで少しも分からなかった嫉ましいという感情を初めて知った。
兄は俺という存在のために里人の注目を奪われ、苦しい思いをしただろう。
だが、単に俺が兄上を上回っただけの話で、兄上の実力自体はなんら損傷は無かった。
俺に抜かれた後も変わらず兄上の実力は最上位の「上の壱」だった。
くやしい・・・
もし、俺がこのような怪我をしなかったとしても、兄はいくらでも俺を追い抜けるチャンスがあったはずだ。
そう難しいことでもなかったはずだ。
だが、今の俺からでは、兄は天に輝く星ほどに遠い。
・・・それでも・・・
それでも俺はやはり忍びでありたい。
あの星の向こうまで行くことができなくても、あの星に並ぶことは出来ないだろうか。
他にやりたい事も見つからないのならば・・・
もう一度・・・
それも問題ではありますが・・・おそらく今回のことがトラウマとなって、少し動くにも怯えてしまわれるでしょう」
父に話しているのであろう朔夜の言葉が聞こえる。
「うぅむ・・・・」
しばし沈黙が流れたが、朔夜が小さな声で切り出した。
「里長・・・申し上げにくい事ではございますが、矢禅様はもう忍として生きるのは難しいと思われます」
な・・・
「・・・・・なんだと?」
俺の心の言葉を父が代弁してくれたかのようだった。
「身体を捻るたびに怯えているようでは忍は務まりませぬ。人間というものは思いの外背中や腰をよく使うのです。
背中や腰には全身を操る神経が通っております。
まだ確定ではありませんが・・・もしやすれば、身体の随所を上手く操れぬかもしれませぬ」
動くことが出来ない俺は、ただ、目を大きく見開いた。
「馬鹿な・・・!!矢禅はあれほどの才能の持ち主だぞ。そのような言葉一つでおいそれと了承するわけには・・・」
「動けぬというわけではありませぬ。忍に戻ることが必ずしも出来ないというわけではありませぬ。
ですが、これまでほどに冴えた敏捷な動きは期待なさらぬ方がよろしいかと。
それに、もしも下手をしたならば二度と褥から出られぬ身体になる可能性が少ないとはいえ有るという事もご了承いただけますれば」
そんな・・・馬鹿な・・・
朔夜の言葉が頭の中で他人事のように木霊するのを感じた。
俺が・・・
この俺が忍として生きられぬだと?
そんな馬鹿なことが・・・
「里長・・・私としてもこのようなことを口にするのは心苦しいのです。ですが・・・ご理解くださいますよう・・・」
父が部屋を出て行った後、誰が其処に置いたのか、俺はぼんやりと机上の水仙を眺めていた。
御簾が上がり、朔夜が寝所へと入ってきた。
目を覚ましている俺を見て、朔夜は少し驚いた表情を浮かべた。
「矢禅様・・・起きていらしたのですね。聞いてしまわれましたか?」
何も答えずとも朔夜は咎めなかった。
ショックだった。
俺は今まで忍になるためだけに全てを費やしてきた。
幼い頃から遊ぶ時間も削られ、自分だけ特別に技を叩き込まれてきた。
数多の人々に嫉まれ、孤独に耐えてきたそれは・・・
俺のその努力は一体なんだったというのだろう。
全ては立派な忍になるためではなかったのか。
忍になれぬというのならば、俺は一体これからの人生をどのように生きていけばいいというのか。
背中の傷がひどく痛む。
母が他界し、父に打たれた時、もう二度と泣かぬと誓ったというのに・・・
涙が勝手に溢れ出して枕を濡らした。
もともと口数が多い方ではなかった俺だが、それからは更に無口になった。
くだらない話などする気にもなれなかった。
上半身を起こせるようになった俺に、連日里の者たちが見舞いに来ては去っていく。
あの要も見舞いに来て、珍しいことにこの俺に頭を下げた。
俺は要の顔を見ることが出来なかった。
皆はまだ俺が忍として生きられなくなった事実を知らぬようだった。
早く治して立派な忍になってくれとばかり言ってくる。
人の気も知らないで・・・
ある日突然パタリと見舞いが来なくなった。
きっと父が皆に伝えたのだろう。
傷がふさがり、歩けるようになり、また庭を少し歩くところからリハビリが始まる。
歩ける範囲が広がり、供をつける必要がなくなると、俺は例の桜の樹へと向かった。
桜はすっかり緑に萌ゆっていた。
空の青色が深い色へとかわり、照りつける強い日差しに、湖の湖面が眩く輝く。
腰を下ろし、俺はずっとそれを見つめ、考えていた。
これからどう生きていくか。
俺に出来ることはなんだろうか。
神薙家次男として許される職業は何なのだろうか。
商売は許されないだろうし、俺に向いているとも思えない。
農業もきっと無理だろう。
ならば学士になるか・・・
だが、実際に外界に頻繁に出入りしている忍達に比べれば、ここに閉じこもって何かを研究しようにも見識が無さすぎる。
みつからない・・・
俺にふさわしいものが、どうしても見つからない。
あるとき、任務から帰還した兄上を里の皆が総出で褒め称えた。
どうやら難しい任務を完遂出来たようだった。
祝杯があげられ、その夜は盛大な宴会が開かれた。
兄は嬉しそうに微笑み、父も満足げな表情で酒を飲んでいた。
皆、陽気に浮かれ、踊る賑やかな宴会であった。
そんな中、俺は遠くからその様子を淡々と見つめていた。
俺とてこのような身体でさえなければ、その程度の任務、簡単にやり遂げられたであろうに。
冷めた瞳の奥で、そのような事ばかり考えていた。
胸の内にわだかまるこの澱んだ思い。
嫉妬・・・・
今まで少しも分からなかった嫉ましいという感情を初めて知った。
兄は俺という存在のために里人の注目を奪われ、苦しい思いをしただろう。
だが、単に俺が兄上を上回っただけの話で、兄上の実力自体はなんら損傷は無かった。
俺に抜かれた後も変わらず兄上の実力は最上位の「上の壱」だった。
くやしい・・・
もし、俺がこのような怪我をしなかったとしても、兄はいくらでも俺を追い抜けるチャンスがあったはずだ。
そう難しいことでもなかったはずだ。
だが、今の俺からでは、兄は天に輝く星ほどに遠い。
・・・それでも・・・
それでも俺はやはり忍びでありたい。
あの星の向こうまで行くことができなくても、あの星に並ぶことは出来ないだろうか。
他にやりたい事も見つからないのならば・・・
もう一度・・・
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