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3・散り行くは儚き
3-2
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そよ風を感じる。
春の花々の甘い香りが仄かに漂う。
一体今は何時だろうか。
もうそろそろ起きなければ、稽古に遅刻してしまうかもしれない。
すっと開いた瞳に映ったのは、見慣れた俺の枕だった。
障子を開くため手を伸ばそうとしたとき、突然背中に激痛が走り、俺は悲鳴を上げた。
いや、悲鳴というよりもむしろ、絶叫と言った方が正しい。
その声に気づいた侍女たちが慌てた様子で俺の部屋へと入ってくる。
「矢禅様!」
痛い・・・
あまりにも痛すぎる。
じっとりと滲む額の汗がやけに粘ついている。
これほどの痛みを感じたのは、俺の人生の中で初めてだった。
「矢禅様、まだお動きになられてはなりませぬ。背中の傷が大変深うございますのよ」
そんな侍女の言葉など俺の耳には入らなかった。
ただ視界も音も平衡感覚もグアングアンと揺れた。
ずくずくと痛む背中が酷く熱い。
荒い息を繰り返し、その痛みに耐えることしか、俺には何も為す術が無かった。
一体何があった?
必死に記憶を手繰り寄せ、あの元気な少女が脳裏をよぎった瞬間、俺は全てを思い出した。
そうだ。
彼女を家まで送り届ける最中に、俺は彼女を庇って侵入者排除用の罠を受けたのだ。
まさかあの傷で生き残れようとは・・・
結局あの少女はどうなったのだろうか。
あの罠の合間をうまく抜けられたとは到底思えない。
だが、もう出口は近かった。
もしやすれば助かったかも知れぬと・・・今はただ少女の無事を祈ることしかできはしない。
瀕死の所を任務帰りの忍びに運良く助けられたらしい俺は、そのまま今日まで三日間目を覚まさなかったらしい。
背中に刺さったのは槍のようなもので、左肩を抉りながら背中へと突き刺さったようだ。
切っ先は肉を切り裂き、腰近くまで到達していたという。
もう少しでもずれていたならば命は無かったかもしれない。
目を覚ましたことを知った父上が俺のもとに来た。
怒鳴られることを覚悟していた俺だったが、意外にも父は静かに俺に問うた。
「何ゆえ外へと出ようと考えた?」
別に俺自身が外に出ようと考えたわけではないのだが、説明するのも面倒だった。
俺は何も言わなかった。
「分かっているとは思うが、黙ってこの里を抜けることは赦されぬこと。もしあのまま結界を抜け出ていたならば、矢禅、御主を殺さねばならぬ所であった」
「・・・・・・」
この里を抜けることは赦されない。
抜けた者がこの里の在り処、忍の技や弱点を外へと漏らしてしまうかもしれないからだ。
「矢禅・・・・一体何があった?御主ほどの実力があれば、あのような稚拙な罠に引っかかろうはずも無い」
返す言葉が見当たらず、俺は唇を噛み締めた。
その通りだ。
俺一人ならば、このような目にあうはずが無い。
何も言おうとしない俺の態度に、父上は深く嘆息を漏らし、渋い表情でその言葉を告げた。
「以後、勝手な行動は慎むように。御主の才能を失いたくはないのだ」
父が部屋を去って後、俺は侍女の菖蒲に外の世界のことを尋ねた。
外界に興味があることを知った菖蒲は自分はよく分からないからと、書庫にある書物をいくつか持ってきてくれた。
それからしばらくの間は、ただひたすら書物を読み続けた。
外界の生活、歴史、考え方、物語・・・菖蒲の持ってくる限り、全ての書物を読みふけった。
ほとんどのものを読みつくした頃、一冊の書物を菖蒲が持ってきた。
それを手に取ってみると、そこには外界の・・・この里さえも領地に含まれているエスベリーエン公国の王侯貴族の名が書き並べられたものだった。
大公家:初代大公クラウゼン・レ・リーンデ・エスベリーエン
二代大公フィリウス・オーナ・コルテン・エスベリーエン
・
・
・
カレンベルク公爵家:シーヴス・リーベルゼント・カレンベルク
・
・
・
ワーズフェル男爵家:エルン・ノル・ワーズフェル
書物に記されている全ての名前に目を通した。
見損ねたページなど無かったはずだ。
だが、目的の名前を見つけることは出来なかった。
『イルティーユ・フィア・ルーティス・・・・』
イリーは確かにそう名乗った。
この国の者だとも言っていた。
一瞬この書物が古すぎるのかと思ったが、最後のページを見ると去年のものとなっている。
無いはずがないというのに、どこにもルーティスという貴族が存在しなかった。
たまたま載っていないだけなのだろうか?
いや、もしかすると、イリーは貴族の娘ではなく豪商の娘なのかも知れぬ。
下手な貴族よりも、有力な豪商の方がよほど金持ちだという事は珍しい事ではないらしい。
そういう結論に達し、無理やり気持ちを落ち着かせた。
イリーは今、生きているのだろうか・・・
部屋から見上げる小さな空を眺めながら、俺はイリーを思い浮かべた。
なんとしてでも、イリーの生死を確かめたい。
イリーを助けたがために、俺はこのような目にあっているのだ。
これでイリーが生きていなくては、俺があまりにも惨めではないか。
イリーは生きている。
きっと・・・きっと何処かでこの青い空を見つめている。
やがて立ち上がることが出来るようになり、リハビリのため毎日庭を散歩するのが日課となった。
背中の傷も表面はふさがり、日常生活に支障が無くなったため、随分と生活が楽になった。
横笛を吹き、毎日暇をつぶしていたが、それにもいい加減飽きてしまった。
苦無を手でくるくると回して遊んでいた俺は、早く身体を動かしたくなってしまい、庭にある的へとそれを投げつけてみると、見事にそのど真ん中へと刺さった。
調子に乗った俺は縁側に腰掛けたままもう二回ほど苦無いを投げた。
ためしに庭を少し走ってみれば、昔と大して変わらぬ速さで走ることが出来た。
なんだ・・・・もう大丈夫ではないか。
ほっと息をついた時、ちょうど良いタイミングで医師である朔夜がこう告げた。
「思ったより回復が順調です。そろそろ少しずつ稽古をしても大丈夫かもしれませぬ」
嬉しくなって、どの程度なら稽古をしても良いかと尋ねると、今週は十分だけ。
来週は十五分。
再来週は二十分と、一週間ごとに五分延長で体を動かしても構わないと言ってくれた。
だが、無理をしてはいけない、あまりにも激しく動いてはいけないと朔夜は告げた。
最初の二週間はその言葉に従った。
初日は苦無を投げただけだ。
久しぶりではあったが、ブランクがある割にはなかなかの命中率だった。
それを二、三日続けた後、今度は術の練習をした。
庭で稽古に励む俺を、小夜が縁側に腰掛けて応援してくれた。
だが、里の者たちの態度は冷たいものだった。
俺が稽古を始めたと聞いた里人が、覗きに来ては勝手なことを呟いていった。
「見ろよ。あの矢禅があんなに的を外してるぜ」
「まぁ・・・矢禅様・・・・なんとお労しい・・・・・・」
同年代の男子達は俺の姿を嘲笑い、年配の女達は俺に必要以上の同情をかけてくる。
「兄上、気にかけてはなりませぬ。兄上には小夜がついておりますよ!」
まだ幼い妹はぐっと小さな拳を握って俺を励ましてくれる。
頷いて訓練を続けた。
一日にほんの少しずつしか出来ないのが苦しいが、それでも確実に昔の勘を取り戻せてきているように思えた。
それは三週間目に入った日だった。
昔よく一緒に遊んでいたあいつが・・・要が俺の前に現れて突然俺をさげずんだ態度で嘲笑った。
何故そのようなことを言ってくるのかはすぐに理解できた。
風の噂で、学校内ではこいつはトップクラスなのだと聞いていたからだ。
今までは到底俺に及ばなかったが、今の俺ならば簡単に倒せると踏んだのだろう。
今まで勝手に嫉んできたその苛立ちと嫉妬心を、今俺にぶつけてぶちのめそうという算段に違いない。
馬鹿馬鹿しい。
稚拙にもほどがある。
だが、あえて俺はその稚拙なケンカを買った。
このような阿呆に負ける気がしなかったのもあるが、毎日少しずつしか出来ない稽古に内心くすぶっていたからだ。
首から下げたペンダントを奪った方の勝ち。
後が怖いので、お互い大きな怪我だけはさせぬように。
ルールはたったのそれだけだった。
里の空き地で始まった俺達の小さな決闘。
観客のうちほとんどが要の味方だった。
始まりの合図とともに先に攻撃を仕掛けてきたのは要の方だった。
要は次々と暗具を投げつけてくる。
もう少し考えて投げれば良いものを・・・
投げるスピードと威力はなるほどなかなか悪くは無いが、兄上に比べれば話にもならぬ。
様子を見るために、かわすのみで攻撃を仕掛けない俺を、観客は手も足も出ないのだと勘違いしたらしく、うざったい野次を飛ばしてくる。
十分ほど付き合ったところで、そろそろ終わりにしてしまおうかと考えた俺は、投げつけられた苦無を飛び上がってかわし、そのまま空中で身体をひねって奴の背後につこうとした。
だが・・・
空中で身体をひねったとき、突然激痛が背中を走った。
体制を崩した俺は、そのまま無様な格好で地面に全身を打ちつけた。
そんな俺を見て、皆が大笑いをする。
痛みのあまり動くことが出来ない俺に、男共が走りよってきてここぞとばかりに足蹴にしてくる。
そんな些細な痛みなど感じられぬほど、背中が痛い・・・
じっとりと額を濡らし、真っ青になって苦しむ俺を、何人かの女生徒が庇う。
あまりの痛がりように、俺を蹴り付けていた男子の何人かが怯んだ様子でその行為をやめた。
歯を食いしばって痛みに耐えようとするが、妙なうめき声が俺の口から漏れる。
痛みのあまり、俺はそのまま気を失った。
春の花々の甘い香りが仄かに漂う。
一体今は何時だろうか。
もうそろそろ起きなければ、稽古に遅刻してしまうかもしれない。
すっと開いた瞳に映ったのは、見慣れた俺の枕だった。
障子を開くため手を伸ばそうとしたとき、突然背中に激痛が走り、俺は悲鳴を上げた。
いや、悲鳴というよりもむしろ、絶叫と言った方が正しい。
その声に気づいた侍女たちが慌てた様子で俺の部屋へと入ってくる。
「矢禅様!」
痛い・・・
あまりにも痛すぎる。
じっとりと滲む額の汗がやけに粘ついている。
これほどの痛みを感じたのは、俺の人生の中で初めてだった。
「矢禅様、まだお動きになられてはなりませぬ。背中の傷が大変深うございますのよ」
そんな侍女の言葉など俺の耳には入らなかった。
ただ視界も音も平衡感覚もグアングアンと揺れた。
ずくずくと痛む背中が酷く熱い。
荒い息を繰り返し、その痛みに耐えることしか、俺には何も為す術が無かった。
一体何があった?
必死に記憶を手繰り寄せ、あの元気な少女が脳裏をよぎった瞬間、俺は全てを思い出した。
そうだ。
彼女を家まで送り届ける最中に、俺は彼女を庇って侵入者排除用の罠を受けたのだ。
まさかあの傷で生き残れようとは・・・
結局あの少女はどうなったのだろうか。
あの罠の合間をうまく抜けられたとは到底思えない。
だが、もう出口は近かった。
もしやすれば助かったかも知れぬと・・・今はただ少女の無事を祈ることしかできはしない。
瀕死の所を任務帰りの忍びに運良く助けられたらしい俺は、そのまま今日まで三日間目を覚まさなかったらしい。
背中に刺さったのは槍のようなもので、左肩を抉りながら背中へと突き刺さったようだ。
切っ先は肉を切り裂き、腰近くまで到達していたという。
もう少しでもずれていたならば命は無かったかもしれない。
目を覚ましたことを知った父上が俺のもとに来た。
怒鳴られることを覚悟していた俺だったが、意外にも父は静かに俺に問うた。
「何ゆえ外へと出ようと考えた?」
別に俺自身が外に出ようと考えたわけではないのだが、説明するのも面倒だった。
俺は何も言わなかった。
「分かっているとは思うが、黙ってこの里を抜けることは赦されぬこと。もしあのまま結界を抜け出ていたならば、矢禅、御主を殺さねばならぬ所であった」
「・・・・・・」
この里を抜けることは赦されない。
抜けた者がこの里の在り処、忍の技や弱点を外へと漏らしてしまうかもしれないからだ。
「矢禅・・・・一体何があった?御主ほどの実力があれば、あのような稚拙な罠に引っかかろうはずも無い」
返す言葉が見当たらず、俺は唇を噛み締めた。
その通りだ。
俺一人ならば、このような目にあうはずが無い。
何も言おうとしない俺の態度に、父上は深く嘆息を漏らし、渋い表情でその言葉を告げた。
「以後、勝手な行動は慎むように。御主の才能を失いたくはないのだ」
父が部屋を去って後、俺は侍女の菖蒲に外の世界のことを尋ねた。
外界に興味があることを知った菖蒲は自分はよく分からないからと、書庫にある書物をいくつか持ってきてくれた。
それからしばらくの間は、ただひたすら書物を読み続けた。
外界の生活、歴史、考え方、物語・・・菖蒲の持ってくる限り、全ての書物を読みふけった。
ほとんどのものを読みつくした頃、一冊の書物を菖蒲が持ってきた。
それを手に取ってみると、そこには外界の・・・この里さえも領地に含まれているエスベリーエン公国の王侯貴族の名が書き並べられたものだった。
大公家:初代大公クラウゼン・レ・リーンデ・エスベリーエン
二代大公フィリウス・オーナ・コルテン・エスベリーエン
・
・
・
カレンベルク公爵家:シーヴス・リーベルゼント・カレンベルク
・
・
・
ワーズフェル男爵家:エルン・ノル・ワーズフェル
書物に記されている全ての名前に目を通した。
見損ねたページなど無かったはずだ。
だが、目的の名前を見つけることは出来なかった。
『イルティーユ・フィア・ルーティス・・・・』
イリーは確かにそう名乗った。
この国の者だとも言っていた。
一瞬この書物が古すぎるのかと思ったが、最後のページを見ると去年のものとなっている。
無いはずがないというのに、どこにもルーティスという貴族が存在しなかった。
たまたま載っていないだけなのだろうか?
いや、もしかすると、イリーは貴族の娘ではなく豪商の娘なのかも知れぬ。
下手な貴族よりも、有力な豪商の方がよほど金持ちだという事は珍しい事ではないらしい。
そういう結論に達し、無理やり気持ちを落ち着かせた。
イリーは今、生きているのだろうか・・・
部屋から見上げる小さな空を眺めながら、俺はイリーを思い浮かべた。
なんとしてでも、イリーの生死を確かめたい。
イリーを助けたがために、俺はこのような目にあっているのだ。
これでイリーが生きていなくては、俺があまりにも惨めではないか。
イリーは生きている。
きっと・・・きっと何処かでこの青い空を見つめている。
やがて立ち上がることが出来るようになり、リハビリのため毎日庭を散歩するのが日課となった。
背中の傷も表面はふさがり、日常生活に支障が無くなったため、随分と生活が楽になった。
横笛を吹き、毎日暇をつぶしていたが、それにもいい加減飽きてしまった。
苦無を手でくるくると回して遊んでいた俺は、早く身体を動かしたくなってしまい、庭にある的へとそれを投げつけてみると、見事にそのど真ん中へと刺さった。
調子に乗った俺は縁側に腰掛けたままもう二回ほど苦無いを投げた。
ためしに庭を少し走ってみれば、昔と大して変わらぬ速さで走ることが出来た。
なんだ・・・・もう大丈夫ではないか。
ほっと息をついた時、ちょうど良いタイミングで医師である朔夜がこう告げた。
「思ったより回復が順調です。そろそろ少しずつ稽古をしても大丈夫かもしれませぬ」
嬉しくなって、どの程度なら稽古をしても良いかと尋ねると、今週は十分だけ。
来週は十五分。
再来週は二十分と、一週間ごとに五分延長で体を動かしても構わないと言ってくれた。
だが、無理をしてはいけない、あまりにも激しく動いてはいけないと朔夜は告げた。
最初の二週間はその言葉に従った。
初日は苦無を投げただけだ。
久しぶりではあったが、ブランクがある割にはなかなかの命中率だった。
それを二、三日続けた後、今度は術の練習をした。
庭で稽古に励む俺を、小夜が縁側に腰掛けて応援してくれた。
だが、里の者たちの態度は冷たいものだった。
俺が稽古を始めたと聞いた里人が、覗きに来ては勝手なことを呟いていった。
「見ろよ。あの矢禅があんなに的を外してるぜ」
「まぁ・・・矢禅様・・・・なんとお労しい・・・・・・」
同年代の男子達は俺の姿を嘲笑い、年配の女達は俺に必要以上の同情をかけてくる。
「兄上、気にかけてはなりませぬ。兄上には小夜がついておりますよ!」
まだ幼い妹はぐっと小さな拳を握って俺を励ましてくれる。
頷いて訓練を続けた。
一日にほんの少しずつしか出来ないのが苦しいが、それでも確実に昔の勘を取り戻せてきているように思えた。
それは三週間目に入った日だった。
昔よく一緒に遊んでいたあいつが・・・要が俺の前に現れて突然俺をさげずんだ態度で嘲笑った。
何故そのようなことを言ってくるのかはすぐに理解できた。
風の噂で、学校内ではこいつはトップクラスなのだと聞いていたからだ。
今までは到底俺に及ばなかったが、今の俺ならば簡単に倒せると踏んだのだろう。
今まで勝手に嫉んできたその苛立ちと嫉妬心を、今俺にぶつけてぶちのめそうという算段に違いない。
馬鹿馬鹿しい。
稚拙にもほどがある。
だが、あえて俺はその稚拙なケンカを買った。
このような阿呆に負ける気がしなかったのもあるが、毎日少しずつしか出来ない稽古に内心くすぶっていたからだ。
首から下げたペンダントを奪った方の勝ち。
後が怖いので、お互い大きな怪我だけはさせぬように。
ルールはたったのそれだけだった。
里の空き地で始まった俺達の小さな決闘。
観客のうちほとんどが要の味方だった。
始まりの合図とともに先に攻撃を仕掛けてきたのは要の方だった。
要は次々と暗具を投げつけてくる。
もう少し考えて投げれば良いものを・・・
投げるスピードと威力はなるほどなかなか悪くは無いが、兄上に比べれば話にもならぬ。
様子を見るために、かわすのみで攻撃を仕掛けない俺を、観客は手も足も出ないのだと勘違いしたらしく、うざったい野次を飛ばしてくる。
十分ほど付き合ったところで、そろそろ終わりにしてしまおうかと考えた俺は、投げつけられた苦無を飛び上がってかわし、そのまま空中で身体をひねって奴の背後につこうとした。
だが・・・
空中で身体をひねったとき、突然激痛が背中を走った。
体制を崩した俺は、そのまま無様な格好で地面に全身を打ちつけた。
そんな俺を見て、皆が大笑いをする。
痛みのあまり動くことが出来ない俺に、男共が走りよってきてここぞとばかりに足蹴にしてくる。
そんな些細な痛みなど感じられぬほど、背中が痛い・・・
じっとりと額を濡らし、真っ青になって苦しむ俺を、何人かの女生徒が庇う。
あまりの痛がりように、俺を蹴り付けていた男子の何人かが怯んだ様子でその行為をやめた。
歯を食いしばって痛みに耐えようとするが、妙なうめき声が俺の口から漏れる。
痛みのあまり、俺はそのまま気を失った。
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