桜月夜-花弁の記憶-

琴水さやは

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1・其は天より授かりし

1‐2

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十二の時だった。 
優しかった母が病に倒れ、そのまま呆気なく逝った。
 
身内を失ったのはその時が初めてで、俺はあまりにも悲しくて、母上の遺体に縋って泣いた。 
そんな俺を父上が張り倒した。 

「男が泣くんじゃない!それでも神薙かんなぎの次男か!」 

打たれた頬はあまりにも痛く、俺は唇をかんで涙を堪えた。 


それからすぐだった。 
いつものように俺だけ特別に組まれた稽古をしていると、珍しくもそこに父上が顔を出し、そして告げた。 

「矢禅、明日より御輝と共に稽古をしなさい。御輝と同様、私が直々に教えてやろう」 

その言葉に俺は喜んだ。 
その頃の兄上は既に実践にも登用され、目覚しい成績を残していた。 

俺の憧れである兄上と共に、父上から直に稽古をつけてもらえる。 

十二というこの年で里長本人から教えられるなど、異例の早さだった。 
兄上でも確か十四からだったように思う。 

頑張った甲斐があったと思った。 

その頃には兄上の様にはいかないながらも、友と呼べる相手が二人ほど出来ていた。 
二人は俺と共に喜んでくれた。 

「頑張れよ、矢禅!」 

人懐っこい笑顔で俺の頭をクシャッとやって、友はじゃあまた明日といって家へと帰っていった。 
家に帰り、自分の部屋へと向かう最中に偶然兄上に出くわした俺は、少し緊張しながら頭を下げた。 

「兄上、明日から、よろしくお願いします!」 

(よくやった!さすがは俺の弟だ!気を抜かず、共に精進しようぞ!) 

そのような言葉を掛けてくれるものと思い込んでいた俺だったが、その時の兄上の態度は・・・違っていた。 

「あ・・・ああ・・・・・」 

ただ、それだけだった。 


不思議に思い面を上げると、兄上は少し蒼ざめ、俺から視線を外すようにしてそのままいってしまった。 

どうかしたのだろうか・・・

俺は首を傾げたが、単なる思い過ごしだろうと思い込んだ。 



「では、始める。今日は矢禅の実力を測ろうと思う」 

兄上と共に受ける稽古。 
最初は手裏剣術だった。 
まずは兄上が四方にちりばめられた的をねらい、手裏剣と苦無くないを投げた。 
当然のごとく、兄上は全ての的に命中させた。 
そして、俺もまた、全てを命中させることが出来た。 
父上は満足そうにうなずいていた。 

忍術、剣術・・・順々にためされていく。 

兄上は完璧にそれをこなし、続いて俺も確実にこなしていく。 
父上のことだから、どれ程難しい課題をさせられるのかと思っていたが、どれもそう難しいものではなかった。 

「最後の課題だ。御輝、矢禅、ここに立て」 

父上が地面に一本の線を引く。 
そこに俺達二人が並んだ。 

「この先の森を抜け、川を渡り、その先の崖を下りた森の中の木の枝に額宛が結んである。それを取って来い。 
 ただし、額宛は一つしか結んでおらぬ。どちらか一方のみが手にすることが出来る。互いに妨害しあってもかまわぬ。 
 この課題は額宛をここに持ち帰るまでだ。最終的に、この線の上で額宛を手にしていたものの勝ちだ」 

俺は絶句した。 
それはつまり、兄上と争うということではないか。 
勝てるはずが無い。 
この兄上に。俺の憧れの相手に。 

そう言おうとした時、兄上がゆっくりとこちらへ顔を向けた。 

その目が・・・本気だった。 

忍たるもの、感情を表に出してはいけないと日々教えられては来たが・・・
兄上はまさに忍の表情をしていた。 
親しいものを見る瞳ではなかった。 
血を分けた弟を見る瞳ではなかった。 

兄上は本気だ。 

弟だからといって手加減する気など無いのだと悟った。 

だから、俺も口をつぐんだ。 
兄上は認めてくれているのだ。 
俺の実力を。 

すうっと息を吸い込んで、真っ直ぐ前を見据えた。 

負けぬ・・・ 

兄上が本気で俺の相手をしてくれるというのならば、俺も勝つつもりで勝負を挑む。 
兄上・・・俺は、貴方を超える。 

「行け!」 

父上のその言葉と共に、俺達は高く跳躍して互いの距離をとった。 
森の木々の中に身を潜め、枝伝いに前へと進む。 
自らの気配を殺し、兄上の気配を探す。 

何処だ・・・ 
兄上は何処にいる。 
前を行っているのか、それとも後ろにいるのか・・・ 

突如真上に気配がして、俺は真横に飛び移った。 

カカカッ 

直後、先ほどまで俺の進路だった場所に苦無が突き刺さる。 
その隙を突いて兄上は俺より前に行ったようだった。 
先を行く兄上が仕掛けたらしい罠を避け、兄上を追いかけながら、策をめぐらせる。 
どうすれば追いつける・・・? 
このまま走っていて追いつけるのだろうか。 
兄上と俺、どちらの方が足が速いかなど、考えたことも無かった。 
だが、たとえ俺の足が兄上と同等であったとしても、兄上の罠を避けていては追いつくどころか引き離されてしまう。 

ならば・・・ 
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