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1・其は天より授かりし
1-1 幼少の頃の記憶
しおりを挟むこの世に生を受けたのは、粉雪の舞う夜だったらしい。
月華という忍の隠れ里の里長の次男として俺は生まれた。
あまり鮮明な記憶ではないが、幼少の頃はそれなりに子供らしく同年代の子供達と遊んでいたように思う。
森ではかけっこをし、川では無邪気に水をかけ合った。
何の争いも無く、悩みも無く、友と笑い合う日々は楽しかった。
だが、そこは忍の里。
やがて忍としての技を仕込まれる時期が来る。
瞬発力、観察力、歩行術、忍術・・・
大人たちは俺達に数多の技を教え、互いに競わせた。
その頃からだ。
俺は他人に妬まれるようになった。
(1・其は天より授かりし)
その日は試験日だった。
徒競走と剣術と手裏剣術に忍術。
緊張なんてしなかった。
だって、ボクは何をしても一番だったから。
そのことを鼻にかけていたつもりなんて無かった。
確かに先生達にはいつもほめられていたけれど、だからといって他の皆を馬鹿にするような気持ちなんて少しも持っていなかった。
なのに、皆は次第にボクから離れていった。
「一緒に遊ぼうー!」
買ってもらったばかりの小さな球を持って、いつも一緒に遊んでいた要に声をかけた。
だけど、要はボクを睨んでそっぽを向いた。
そのまま何事も無かったかのようにおしゃべりをしていた他の子達の輪の中に入っていった。
ボクは要を追いかけて、もう一度話しかけた。
「ねぇ、遊ぼうよ!ほらこれ!昨日父上に買ってもらったんだ!」
真新しいその球を要に差し出してその袖を引くと・・・
「うっせぇな!あっち行けよ!」
要は怒鳴った。
ボクはなんで怒鳴られたのかが分からなくって、もう一度要を誘った。
「え・・・でも、この前球で遊びたいって言ってたじゃ・・・」
「しつこいんだよ!今はそんな気分じゃねぇんだよ!!」
ボクはしょんぼりして差し出していた腕を下ろしてうつむいた。
そんなボクを無視して樹は他の奴らと缶蹴りを始めたから、ボクは懐に球をしまって缶蹴りに混ぜてもらおうと思った。
「ボクも混ぜて!」
明るく言ったボクを・・・彼らは無言で睨んだ。
「あっちに行こうぜ」
彼らはうなずいてボクに背を向けて歩き出した。
全員の背中がボクを拒絶していた。
なんで・・・・?
その言葉だけがボクの頭の中をぐるぐるしてた。
ボクは泣いて兄上にすがった。
兄上は優しく微笑んで、ボクが泣き止むまで頭をなでてくれた。
「矢禅、其奴等は嫉妬してるんだ」
「嫉妬?」
「そうだ。其方は生まれ持った才能がある。おそらく他の奴等がどれ程努力しようとも、其方には追いつけまい。
その恵まれた才能に嫉妬しているのだ」
ボクにはまだ嫉妬という気持ちが理解できなくて、首をひねっていると、兄上は笑って言った。
「だがな、いつかその嫉妬も尊敬に変わる。ハナから出来が違うのだと分かれば、嫉妬などどこかへ吹っ飛んでしまうだろう。
上に立つものの器を持て。さすれば、弱者は進んで強者について来るものだ」
兄上のおっしゃる意味が、よく分からなかった。
けれど、きっと兄上もこの苦しみを乗り越えたのだろう。
心強い兄上の言葉。
里きっての天才と謳われる兄上。
誰からも慕われる兄上。
上に立つものの器・・・
まさに兄上は里長となるにふさわしい人物だ。
いつか兄上のようになりたい・・・
湖のほとり、桜の花びらの舞う中、ボクは兄上に憧れを抱いた。
上に立つものの器・・・
それが何なのか、どんなものなのかを知るために、ボクは兄上の後ろをいつもついて歩くようになった。
兄上は少し戸惑っていたようだけど、傍にいさせてくれた。
兄上は本当に天才だった。
誰も、兄上の足元に及ぶことも出来なかった。
体力、力、瞬発力はもちろんのこと、頭の回転も速く、どんな難題も簡単に解いて見せた。
だけど、妬まれるどころか兄上はいつも皆の中心にいた。
気さくに笑い、融通も利く。
落ち込んでいるものには励ましの言葉をかけ、浮かれすぎたものには叱咤し、前を向かせる。
兄上の行動の全てが自然に皆を奮い立たせ、醜く争うことなく互いに競い合わせていた。
皆口をそろえて兄上は頼りになるといった。
皆、兄上に従うことを喜んでいた。
ボクにはまだ・・・分からなかった。
兄上の友達は皆ボクに優しくしてくれた。
いつか兄上を支えてあげられる、良き片腕となれと言ってくれた。
だけど、同年代の奴等は相変わらずボクを仲間外れにした。
兄上と共に行動していることが余計に彼らの癇に障ったらしい。
誰もが皆兄上に憧れを抱いていたようだったため、傍にいるボクに更なる妬みを抱いたようだった。
「御輝さまの陰に隠れてこそこそする、卑怯な弟」
皆そんなふうにボクを評した。
全力を出して物事に当たれば、自分の才能をひけらかしていると言われ、ならばと思って手加減をすると、余計にボクにきつく当たる。
そして最初は凄いと褒めてくれていた先生達は、次第に目の色を変えてボクを鍛え始めた。
ボクに冷たかった皆と隔離させてボクだけ特別に特訓させられたときは、寂しくもあったけどほっとした。
でも、ほっとしたのなんて最初だけ。
その特訓はあまりにもきつい。
来る日も来る日も朝から晩まで特訓だった。
かけっこをして遊んでいるあいつらが羨ましかった。
だけどボクは頑張れた。
母上が労わってくれた。父上が励ましてくれた。
そして・・・兄上が褒めてくれたから・・・
つらい時は兄上を思い出した。
湖のほとりの桜の大木の枝で、ボクは月を見上げながら横笛を吹いた。
いつか兄上のようになりたい。
兄上に認めてもらいたい。
兄上の片腕になりたい。
心の中で何度も呟き、自分を奮い立たせた。
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