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#05.作り笑い
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修学旅行を目前に控え、浮ついた教室の空気。臨時に行われたホームルームでは、修学旅行中の部屋決めが行われていた。クラスに与えられた部屋数は十四。そのうち三人部屋が十と二人部屋が四つの割り当てだった。クラスの人数は合計で三十八人。
クラスメイトはそれぞれに仲の良い者同士で集い試行錯誤を繰り返していた。そんななか視界の隅に映るのは僕がどうだと口々に討論する元グループの友人たちの姿だ。
部屋数の関係上、四人がそれぞれに二人部屋を勝ち取ることは難しいと考えたためだろう。僕を含むメンバーで三人と二人に分かれるという算段を立てているようだった。
しかしそれでも上手く話が進展しないのは、先日の仲違いから以降、お互いに重い空気を背負ったままの距離を保っているためだろう。
だが当の本人がすぐ傍に居るこの瞬間に、ひとつの配慮すら感じられない彼女たちのその行動に、明らかな失望を覚えた。いや、落胆と形容する方が正しいのだろうか。僕は既に友人たちに対し、僅かな期待さえ感じられずにいた。
グループの中でも最も仲の良かった友人が、僕に向かって遠慮がちに声を掛けた。
「伊咲、よかったら私たちと……」
僕はその言葉を遮ってしまうように席を立ち、より大きな声で言った。
「愛羅ちゃん、二人部屋取ろう!」
友人たちの驚く顔が見えた。僕がここまであからさまな態度を示すとは思っていなかった、といったところだろう。
悩みがないわけではなかった。幼馴染の支配が及ぶこの環境下に嫌気がさしていただけで、友人たちを嫌っていたわけではないからだ。
しかし仮に僕が彼女たちの提案を飲んだところで、旅行中の三泊四日の間が無事に終わるとは到底思えなかった。
そんな些細なことでストレスを感じてしまうくらいなら、このほうがいいと思った。
親友は僕の突然の誘いに、困惑の色を見せた。
「もしかして、先約ある?」
「いや、無いけど……」
それでも変わらずの浮かない顔。
今まで何度もお互いの家に泊まりふざけ合った仲だ、今更こんな曖昧な返事をされるとは予想だにしなかった。
「嫌そうだね」
「そんなことないよ! そうじゃなくて……」
それっきり、言葉を濁された。感情に探りを入れるように、親友の顔を見つめていた。
やはり僕は、僕が思っているほど君に好かれてはいないのかもしれない。そう思うとこれから先が不安で仕方なかった。
もし僕のこの想いが本当に親友に対する恋心だったとしたら、どうすればよいのだろうか。出来ることならこの想いは嘘であるようにと、宛てもなく願った。
不意に視線がぶつかり合う。親友は真剣な僕の眼差しに反し、にこりと微笑み返した。
「胡散臭い……」
「そう?」
張り付けられた笑顔に、僕は毒を吐く。
「作り笑い見せられても嬉しくないから」
「そんなつもりじゃないんだけどなあ」
そう言うと親友は子供が拗ねたような仕草を見せた。
本当は笑顔を見れば安心するし、こんな僕でも受け入れられているのだという錯覚に陥る。だからこそ作り物では満足していたくなかった。そんなもので射止められてしまう自分自身に、どうしようもなく腹が立ってしまうのだ。
何かを誤魔化すとき、嘘をついたとき、涙を堪えているとき、キライを隠すとき、全て見分けることが出来るのに、僕自身に向けられるこの笑顔だけは、どうしても分からない。
言葉にするならば、戸惑いを隠す、悟られないようにするといった表情だった。何かを隠している。そう分かっていても聞き出すことは出来なかった。
ここまで親友のことを理解できているのにどうして、決定打に欠けてしまうのだろうか。何に悩んで、何に戸惑って、何を隠そうとしているのだろう。
答えを導き出すことのできないその疑問に頭を痛めながらも、親友と二人で過ごせる四日間に胸を弾ませた。
「北海道寒いのかなあ、寒いの嫌だなあ」
そう深々と溜め息をつく親友に、ふと笑みが零れた。
修学旅行を目前に控え、浮ついた教室の空気。臨時に行われたホームルームでは、修学旅行中の部屋決めが行われていた。クラスに与えられた部屋数は十四。そのうち三人部屋が十と二人部屋が四つの割り当てだった。クラスの人数は合計で三十八人。
クラスメイトはそれぞれに仲の良い者同士で集い試行錯誤を繰り返していた。そんななか視界の隅に映るのは僕がどうだと口々に討論する元グループの友人たちの姿だ。
部屋数の関係上、四人がそれぞれに二人部屋を勝ち取ることは難しいと考えたためだろう。僕を含むメンバーで三人と二人に分かれるという算段を立てているようだった。
しかしそれでも上手く話が進展しないのは、先日の仲違いから以降、お互いに重い空気を背負ったままの距離を保っているためだろう。
だが当の本人がすぐ傍に居るこの瞬間に、ひとつの配慮すら感じられない彼女たちのその行動に、明らかな失望を覚えた。いや、落胆と形容する方が正しいのだろうか。僕は既に友人たちに対し、僅かな期待さえ感じられずにいた。
グループの中でも最も仲の良かった友人が、僕に向かって遠慮がちに声を掛けた。
「伊咲、よかったら私たちと……」
僕はその言葉を遮ってしまうように席を立ち、より大きな声で言った。
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しかし仮に僕が彼女たちの提案を飲んだところで、旅行中の三泊四日の間が無事に終わるとは到底思えなかった。
そんな些細なことでストレスを感じてしまうくらいなら、このほうがいいと思った。
親友は僕の突然の誘いに、困惑の色を見せた。
「もしかして、先約ある?」
「いや、無いけど……」
それでも変わらずの浮かない顔。
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「嫌そうだね」
「そんなことないよ! そうじゃなくて……」
それっきり、言葉を濁された。感情に探りを入れるように、親友の顔を見つめていた。
やはり僕は、僕が思っているほど君に好かれてはいないのかもしれない。そう思うとこれから先が不安で仕方なかった。
もし僕のこの想いが本当に親友に対する恋心だったとしたら、どうすればよいのだろうか。出来ることならこの想いは嘘であるようにと、宛てもなく願った。
不意に視線がぶつかり合う。親友は真剣な僕の眼差しに反し、にこりと微笑み返した。
「胡散臭い……」
「そう?」
張り付けられた笑顔に、僕は毒を吐く。
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答えを導き出すことのできないその疑問に頭を痛めながらも、親友と二人で過ごせる四日間に胸を弾ませた。
「北海道寒いのかなあ、寒いの嫌だなあ」
そう深々と溜め息をつく親友に、ふと笑みが零れた。
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