痛み。

相模とまこ

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第3章

#3.崩れる

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コンビニに着くとわたしたちはまずパックのジュースを購入した。店内にあるイートインスペースで、購入したばかりのそれを飲みながら二人して彼を待つ。


「お兄さん、お仕事なにしてるの?」


一時の沈黙もなく、彼女は口を開いた。

彼の仕事や、その他個人的なことについて彼女に話してもいいものだろうか。本人のいない場所であれこれ話題に出されるのも好い気はしないだろう。そもそもわたしはあまり彼の仕事の事情を知り得ていないし、あまり深く関心を持たれても困惑するばかりだ。

しかし彼女の期待に満ちた目を視界に捉えてしまい、気づけば口を割っていた。


「ケーサツ……」
「へえ、格好いいね!」


彼女はより一層、うっとりとした表情で彼に想いを馳せていた。

見るに堪えない。彼女は時折わたしのことを羨むような発言をしては、少女漫画の世界のような妄想を語った。

わたしはそんな彼女から視線を外す。すると、交差点の向こうに彼の姿が見えた。彼もまたわたしに気付くと、いつもは見せないような柔らかい笑みを見せた。その表情に相反して硬直するわたしの表情。


「余所行きの顔だ……」


小さく呟くわたしの声に気付き、つられて顔を上げるクラスメイト。彼女は視界に彼を捉えると、ぱっと花の咲いたような笑顔を見せた。

彼女に引っ張られるように、店外へ出る。

彼に駆け寄ると、柔らかい笑みのまま手を振られた。


「お待たせ、弥代。お友達?」
「はじめまして、クラスメイトの笹原って言います!」


彼は彼女の名前を聞くと、一度ぴくりと瞼を震わせた。しかしそれを悟られないようすぐに表情を戻すと、彼女に短い挨拶を返した。

彼女は、彼の隣にぴったりとくっつくように並んで歩き始めた。わたしはそんな二人から少しばかり距離を置く。

なんだかいつも以上に居心地が悪い。早く家に着けと願わんばかりに、早歩きで家路についた。


「弥代のお兄ちゃん、おいくつですか?」


彼女が不意に尋ねる。その言葉に彼は、お兄ちゃん、と彼女の言葉を繰り返すように呟くこちらをちらりと見やった。その目は、話を合わせてやるから事情を説明しろと訴えかけているようだった。

わたしはすぐに目を反らす。何となく虫の居所が悪かったわたしは、彼のフォローを放棄して歩き続けた。


「えっと、二十二だよ」


そう答えると再びこちらを見やる彼。今度は逆にわざとらしいくらいの笑みを返した。

それからも色々と会話を続ける彼らを後目に、ひたすら無言で歩き続けた。

駅に着き彼女を見送る。彼は、気を付けて帰ってねと彼女に一言残すと、さっさと踵を返した。

慌てて彼の背中を追う。


「ちょっと、志乃くん」
「さっきの子、もしかして兄貴居る? 家は? どこに住んでる?」
「えっと……ごめん、何も知らない……」
「そうか……」


急に厳しい顔をして問い詰める彼に、たじろぐわたし。その時、どこからともなく視線を感じた。またあの時の恐怖心が全身を駆け巡る。

彼もまた同じように辺りを見回すと、わたしの手を強引に掴み足早にその場を離れた。

重ねられた手のひらが、緊張と恐怖でじっとりと汗ばんでしまう。振り解くこともできないほどに強い力で握られた手は、小刻みに震えていた。

終始無言で歩き続けた。

帰宅直後にぱっと離された手には、まだ彼のぬくもりが残っている。名残惜しさに心が締め付けられた。

夕食中も彼は黙ったままだった。何かを考え込んでいるようなその眼差しに、僅かばかりの不安を感じた。

二人の間に緊張感が漂う。

もしかすると、彼女と例の人の気配は何か関係があるのだろうか。しかしクラスメイトである彼女が、わたしの後をつけるとは考え難い。

数日に渡って尾行するくらいなら、今日のように直接わたしに接触する方が、何倍も効率が良いと言える。

ならば、なぜ彼は、彼女のことを気にしているのだろうか。

彼は先程、彼女に兄弟が居るのかと聞いた。もし居たとすれば、それがこの件と関係しているのだろうか。

そもそもわたしは彼女の兄弟の存在を知らないのに、そんなわたしを付け狙う必要があるのだろうか。尚更謎は深まるばかりだった。

床に就いた後も、一人悶々と思考を巡らせていた。時折吹く風が部屋の窓を揺らし音を奏でていた。その音を聞きながら、明日の天気は崩れそうだなどと呑気なことを考え、気付けば夢の世界へと誘われていた。

そしてひとつもピースが揃わないまま、翌朝を迎えてしまった。










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