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第52話 勇者の再臨

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「なんで、なんで、なんで」

『大丈夫ですよ勇者様。これは試練です、勇者様が本当の勇者様になるための。腕も治ります、みんな戻ってきます、だから今を乗り越えましょう」

「……私達の治療で腕の再生は難しいでしょ、どこかに保護してもらった方がいいと思うけど」

「その必要はありません、勇者様はお一人で試練を超える必要があります。この試練を超える事が勇者様に必要な事なのです」

「………そう」




 敗北して腕を失い、城から逃げて放浪している。今は町の宿の一室だ。

 毎日ルーリアが励ましてくれるが、両腕を失った勇者に何が出来るんだ。ゲームでは腕や足を失う描写は無かったから治るかどうかもわからない。例え治ってもまたあいつに挑むなんて俺には……。



「戻ったぞ。やはりもう噂が周っている、移動するなら夜だ」

「どこかで稼がないときつくなるわよ、後20日分ってとこかしら」

 町で情報を集めていたルーリアの姉のルバンカが戻ってきた。

 ミレイも付いてきてくれた。無理やり城に呼び寄せてからずっと監禁していたのに。嬉しいけど、なんで付いてきてくれているのか分からない。



 分からないと言うならルーリアの姉の方がもっと分からない。彼女は何年も前に死んでいるはずだ。

 姉が人間に殺されたことでルーリアは普人を憎み、苛烈な性格になっている設定だった。棍棒を振り回す高火力殴りヒーラーが彼女の役割だ。

 だけど姉は生きていて、ルーリアは優しい性格をしている。今も腕の無い俺をずっと介護してくれていて、下の世話をしてもらう恥ずかしさも慣れてきた。



「なんで、なんで、なんでなんだ」

 分からない、ここは俺の知っている世界じゃない。殆どが同じなのに、何かが致命的に違う。

 分からない、どうしてこんな事になったんだ。俺は勇者として努力してきた。みんなを守ろうとしてきたし、村では必死に戦って死ぬはずだったみんなを守った。

 荒れた国を守るために各地を巡った、魔族側へ裏切る王を追放して国を守った、魔族に襲われる場所に兵を配置して守った。

 それなのに今、俺は守っていた民に追われている。逃げ出した勇者を見つけて殺すと騒いでいるそうだ。



「なんで、なんで、なんで」

 分からない、何もかも。俺が何をすればいいのか、なんの為に生まれてきたのかすらも。

「南へ向かいましょう。そこでよい出会いがあると予言が出ています」

「その予言って信じていいの?彼がこうなる事は分からなかったのよね?」

「はい。ですが大きな試練は予言されていました。予言は正しい行いへの導きであって、細かい情報を教えてくれる物では無いのです」

「ルーリアの予言は確かだぞ、勇者の誕生からずっと予言は続いている」

「…まぁ行くしか無いか」




 国を出て南へ流れていく。敗北して、腕を失い、国から逃げて、自分で食事も排泄も出来ない勇者。

 俺はなんで生きているんだ?なんのために存在しているんだ?いっそあの時殺してくれていたら。なんで俺は……。

「なんで、なんで、なんで」

(ふふふふふ)

 堪えきれずに溢れたような笑い声が聞こえた気がした。







 南へ南へ、ひたすらに徒歩で移動する。道中ではルバンカが狩りをして旅費を稼いでくれた。俺が宿で世話をしてもらっている間に1人で魔物と戦っているんだ。申し訳ない、そして不満な態度など微塵も見せない彼女に強い感謝を抱いた。

 いくつかの国境を超えていく。どこまで流れるのか、このまま流浪の人生かと思っていた時、ダンジョン町へたどり着いた。



 覚えている。ここのダンジョンはゲームのフィールドMAP外に存在するクリア後のお遊び要素だったところだ。

 魔物のインフレが激しく、底が無くてどこまで挑戦出来るかと言うもの。俺もかなりやりこんで、30階層の守護者である魔竜チャードリメインを撃破するまで行った。世界記録はもっと下だ。




「ここが予言の町の筈です。滞在しましょう」

「ダンジョンでなら稼ぎやすいそうだ。私はダンジョンに入るが、誰か行くか?」

「私も行こうかな、少しは稼がないとね」

「お、俺も!俺も連れて行ってくれ!戦いだけなら魔法で戦える!頼む!」

 旅の間、俺は邪魔な荷物でしか無かった。だがダンジョンでなら!魔法で戦えるしアイテムボックスもある!



「勇者殿、やれるのか?」

「あぁ!一緒に戦わせてくれ!」

 長い旅の間、感謝は尊敬となり、尊敬は憧れとなり、思慕の念は高まり続けた。付いてきてくれたミレイにも、世話をしてくれるルーリアにも感謝をしている。だが彼女にこそよく思われたい!お荷物ではなく、戦士として見てもらいたい!



「勇者様が行くなら私も行きます。丁度いいですね、全員で行きましょう。勇者パーティです」

「そんな軽いノリでいいのかしら」

「とりあえず宿を取ろう、休憩している間に私が少し情報を集めてくる。それから一応冒険者ギルドにも顔を出しておこうか。何か仕事があるかもしれない」




 町に入るとすぐに分かる異様な雰囲気。金と暴力が支配する異界の様な場所。勇者である俺に直接危害を与える者はいないが、腕がなく女たちに介助されていることを正面から嘲笑う連中。他のみんなの安全も考え、もっとも高い宿を利用するべきだ。

 毎日金貨が飛んでいく値段だ。蓄えを吐き出した今、急ぎダンジョンで稼ぐ必要がある。それでもここなら強ささえあればいくらでも稼げる。みんなを説得して決めた。




 ダンジョンに潜る前に冒険者ギルドへ行く。ルバンカの調べではダンジョン内での採集採掘や特定の魔物素材などが依頼に出ることがあるらしい。買い取り所では買い叩かれるので依頼があれば直接受けておくと数倍の価格で取引できるとの事だ。買い取り所ぼったくり過ぎだろう。




 カランコロン。

 古臭いドアベルの音がする。注目が集まって嫌な感じだ。

「あら?お嬢ちゃんたちここは冒険者ギルドよ?ここに用事なの?」

 とても綺麗なお姉さんが声をかけてくれた。なんだか懐かしい感じのする素敵なお姉さんだった。

「あれ?あなた……、ふぅん。まぁここはもういいか。ちょっとこっちへ」

 突然掴まれて外に連れて行かれる!抵抗するがちっとも揺るがない、なんだこの人!

 そのまま路地裏へ連れ込まれてしまう。




「アレス!ちょっとおばさん!アレスを離しなさい!」

「おばさんじゃなくてお姉さんよ。君、勇者でしょ。勇者は嫌いなんだけどまだ子供だから助けてあげる」

「は?う、うわぁ!」

 突然包帯を剥がされて液体をかけられた。ぶにょぶにょと蠢く鉛色の液体金属の様な何か。それが上腕まで残った腕にへばりついた。

「な、何だよこれ…!」

 蠢く何かはやがて形を変え、俺の腕となった。間違いない、毎日見ていた俺の腕。小さな傷までそのままだ。一体何がどうなっているんだ!



「あんた何者だ!どうして俺を助ける!」

「何も答える気はないわ。助けて貰ったんだから素直に喜んでおきなさい。私はもう旅立つ、二度と会うことは無い」

 強い風が吹き、一瞬目を閉じた瞬間に女はいなくなった。

 残されたのは俺の腕。理由もわからないまま一瞬で俺の腕は復活してしまった。





 訳が分からない、ゲームにはあんなキャラクターも、欠損した腕を復活させるアイテムも無かった。

 本当にもうこの世界は俺の知るゲームでは無いんだな。分からない疑問にはきっと答えなんて無いんだ。知らない分からないが当たり前、攻略もゲーム知識も通用しない世界。

 悪いことも沢山あるがそればっかりじゃない。ルバンカも生きているし、俺の腕も治った。ただ違うだけなんだ。



 腕の消失という最悪の問題が無くなったと同時に、わだかまりが消えて素直に受け入れられた気がする。清々しい気分だ。

 ゲームの知識に縋る必要なんて無い、未来に警戒する必要もない。俺にはもうここにいる仲間以外に何も無いんだ。それでいいじゃないか。

 三人とも素晴らしい女性だ。他のヒロインなんていらない、国もいらない、称賛もいらない。仲間がいてくれたらいい。



「なんでなんでか。そんなもの、どうだっていいさ」

「なんだって?」

「なんでもない。それより見ろよこの腕を。この腕でダンジョンを攻略していこう!」

「ふふふ、やはりよい出会いがありましたね」

「調子いい事言うわね、今までの分もしっかり働きなさいよ」

「勇者殿復活か、さっきの女子は一体何者だったのか」




 その後、4人でダンジョンに潜って快進撃を続けた。

 俺は勇者、ミレイも昔からレベルを上げているから強い。ルーリアはまだまだレベル不足だが、棍棒を購入して鬼の力を発揮し始めた。

 そして槍を使うルバンカがめちゃくちゃ強い。もしかして俺より強いんじゃないか?俺達から離れないが、近づいてきた魔物相手には鎧袖一触といった感じである。



 お陰で一気に10階層の守護者を撃破して町でも中堅となった。俺のアイテムボックスがあるので稼ぎはぶっちぎり。

 その後も1日ダンジョン、2日休みのペースで順調に進み、ついに20階層にまで辿り着いた。ここをクリアすれば町でも一握りの上級探索者だ。



「それじゃあ2日間ゆっくり休んで、万全の体制で守護者に挑もう」

「勇者様、珍しいお菓子を作る店が出来たそうですよ!この町ではお菓子は貴重です、食べに行きましょう!」

「私は治療院に行ってくるわ。この町ではいくらでも怪我人がいるのよ。練習にもなるしね」

「では私はトレーニングをさせてもらう」

「ルバンカはいつもトレーニングだな。それよりレベルを上げる方が効率がいいぞ」

「そうかもしれん。だが昔強者に言われたのだ、それ以来日課になっている」

「ふーん、でも今じゃルバンカの方がずっと強くなっていそうだけどな」

「どうかな」





 3日後、俺達は無事に20階層を超えた。

 たった4人のパーティで20階層を超える事はまずない。一度でも21階層に入れば次からは20階層を飛ばせるし、19階層と21階層の稼ぎは雲泥だ。つまり普通は20階層をクリアするためのレイドパーティが開催される。

 それらを抜きにしてもたった4人でクリアした俺達。この町では押しも押されぬ上級、いや特級パーティと言う訳だ。




「ミレイ、酒飲みに行こうぜ」

「いやよお酒なんて、あなたいつの間にそんなの覚えたの?」

「城に居た時にはたまに飲んだぜ。いいじゃないか、この町で俺達に文句を言えるやつなんていねぇよ。金も使ってやらないとな」

「お断りよ」

「ちぇっ、じゃあご飯行こうぜ。なぁたのむよぉ、ルーリアとルバンカは2人でどっか行っちゃったしさ」

「一緒にトレーニングしてるのよ。はぁ、分かったから、行くから」

「よっし!」




 ミレイを連れて町一番という店で食事をする。この町の自称一番は沢山あって信用できないんだけどな。

「すきなの頼めよ、金はいくらでもあるんだ」

「はぁ、みんなで稼いだお金でしょ」

「そういうなって。おーい!じゃんじゃん持ってきくれ!酒もだ!」

「ちょっと!」

「硬いこと言うなってば」



「おい兄ちゃん、随分と振りいいじゃねぇか。俺にもちょっと回してくれや」

「アニキィ、この女ちょいと若すぎるがいいツラしてますぜ!ガキにはもったいねぇ!」

「ぎゃはははははははは!」

 また絡まれた。この町に来た初日は腕のせいで馬鹿にされていると思ったが違う。この町の奴らは誰にでも暴言を吐くし奪えるものは奪う、最低の奴らだ。



「もう、無駄に目立つからよ。この町じゃいつもこうなんだから」

「ちっ!消えろよ、お呼びじゃないぜ。俺達は20階層を超えてるんだ」

 冒険者ギルドが発行する証明バッヂを見せつけてやった。この町で唯一と言っていい信用の証だ。ただ強い事を保証するというだけの証。



「んな!お、お前もしかして血舐めの幼王か?」

「はぁ?何言ってんだ?」

「アニキ!あいつはもっとガキですぜ!しょんべんくせぇクソガキです!」

「そ、そうか!こんな迫力のねぇガキがそんなわけねぇと思ってたんだ!血舐めも見つけたらぶっ殺すけどな!」

「ぎゃははははははははは!」



「何がそんなに面白いんだ。すぐに行かないと痛い目に遭うぞ」

「ガキぃ!いいから金出せや!」

「もう知らないぞ、『土槍』『曲射』『狙い撃ち』」

 少ない魔力と無詠唱で生み出した小さな土の槍が空中に現れる。数十個生み出されたそれは奴らの間を縫い、それぞれの両脚に突き刺さった。



 ドドス!ドス!ドス!

「うぎゃぁぁぁぁ!」

 叫びを上げて倒れ込み、派手にテーブルを倒した。一発で全員KOだ。

「ちょっと!やりすぎよ!」

「仕方ないだろ、ミレイにまでちょっかいかけたんだ」

「だからって…」

「ああぁぁぁぁ!!お、俺の飯があぁぁ!!」



 奥の方から高い叫びが響いた、子供の声?

『あーあーなのです。久しぶりに甘いものを食べようと思ったのに台無しなのです』

「ぼくはお肉守ったよ!」

「俺の分が全部こぼれてんだよ!このクソボケ共が!ジャスティス尻叩き!ジャスティス尻叩き!」

「あぎゃぁぁぁぁぁ!」

『宿の人が大変な事になるのです…』

「いたそー」



 あ、アリー!?いや違うか、よく見ると馬鹿っぽいし服装も貧相だし大分幼いな。前に見た変身とも違うし、こんな所にいるわけがない。あいつのことはもう忘れよう。

 それより横の幼い子供は一体?




「お前かぁこの騒ぎの元は」

「はぁ?俺達は絡まれただけだ、関係ないね」

「ごめんなさい、本当に絡まれて対処したら大袈裟になってしまったの。食事は弁償させてもらうわ」

「ん、ん~?あれ、お前…そうかそうか」

「あ?あぁこれか、見ろ20階層を超えた証明バッヂだ」

「え、そんなのあるの?どこでもらうの?」

「なんだよ知らないのか。冒険者ギルドで発行される。勿論証明が必要だがな」

「なるほどな。まぁ変わりが無いようでよかったのか悪かったのか」



「何をぶつぶつ言ってるんだ、気持ち悪い子供だな」

「やめなさい!ごめんね、支払いはしておくからゆっくり食べていって」

「いやこんな汚い呻き声の中で食わねぇよ。まぁ嬢ちゃんは許してやる。お前は反省しな!ジャスティス尻叩き!」

 瞬間、子供の姿がぶれて見えなくなった。とんでもない速度、何をしたのか気づいたのは自分の尻から凄まじい音が聞こえた後だった。



 ズパァァァァン!!

「あぁぁぁぁぁぁいいいいいいいい!いってぇぇぇぇぇええあああああ!!」

 ドッタンバッタンと床でのたうつことしか出来ない!とんでもなく痛い!痛い!

「丈夫そうだからな、特別仕様だ」

「えぇぇぇぇ!?なにしたの!?」

「安心しろ、尻を叩いただけだ。だが尻が痺れてしまって大惨事になるからな、気をつけておけよ」

「あ、はい。わかりました」




 子供は去っていった。周囲からはざわざわと幼王幼王と聞こえてくる。

「あれが有名な血舐めの幼王ね。いつも返り血を舐めて笑っているという」

「知っていたならおしえてくれよ!いてぇぇぇ!!」

「あたし先に帰るから。漏らさないように気をつけてね」





 これがあいつとの出会いだった。最悪の出会いだ。

 なおこの時に必死で魔法を調整してウォシュレットを開発し、後に好評を得た。

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