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不穏
漆
しおりを挟む慶賀くんは「助けてくれ」と言ったきり何も話さなくなった。ただ私の手を引いて大股で鬼脈を進んでいく。
見慣れない道を進んでいるので、神修や一度訪ねたことのあるお社へ行くつもりではないのだけは分かった。
どこに向かっているの?と尋ねてみたけれど、慶賀くんは答えない。答えないというか、私の声は耳に届いていないようだった。
やがてひとつの鬼門の前にたどり着いた。古いけれど手入れがされた立派な朱色の鳥居だ。
慶賀くんは迎門の面を深く被り直すと、やっと「抜けるぞ」とだけ口を開く。戸惑い気味に頷いて私も面をきゅっと下げた。
足を踏み入れた瞬間目の前が真っ暗になって天地も前後も逆さまになる感覚を覚え、すぐさま視界が開けた。
秋の早朝の少し張りつめた澄んだ空気がひゅうと頬を撫でて、辺り一面に広がる赤く染った木々の木の葉を揺らして通り過ぎた。目の前には白壁に朱色の柱が映えた建物が厳かに立っている。
おそらくこれは本殿だ。鬼門を通ってきたから、どこかの社の本殿裏に出てきたんだろう。
「慶賀くん、ここって……」
どこ?と聞くよりも先に慶賀くんがまた大股で歩き出した。
待って待ってとその背中を追いかける。本殿の壁沿いに歩いて参道に出た。追いかけながら拝殿を見上げる。大きくはないけれど非常に立派な造りをしている。
慶賀くんは拝殿で手を合わせることもなく賛同を横切って、そのままずんずんと社務所に向かって歩いていく。
また後で挨拶します、と御祭神さまへ心の中で手を合わせてその背中に続いた。
社務所の裏側はこの社を管轄する家の自宅になっているらしい。引き戸の横には表札があった。ちらりと見えた苗字に目を見開く。
慶賀くんは迷うことなく引き戸を開けると靴を脱ぐのももどかしそうに、前のめりで框を登る。
一瞬このまま無断でついて行ったら失礼なのではと迷ったけれど、むしろここに取り残される方が後々面倒なことになりそうなので慶賀くんの後に続いて玄関に上がった。
お家の中はかなり広くてずっと奥まで続く廊下を、慶賀くんは迷うことなく進んだ。和洋折衷な雰囲気のお家で、廊下に並べられた調度品はおそらくアンティークと呼ばれるものなのだろう。
ずんずん進んでいく慶賀くんは途中で階段を昇って二階へ進んだ。また長い廊下を進みながら徐々に小走りになる慶賀くんを必死に追いかける。
足は勢いを弛めることなくある部屋に直進した。勢いよく襖を開けると、中にいた人たちが驚いたように顔を上げる。
「慶賀坊ちゃん……!」
紫色の袴をみにつけた年配の神職さまがそう声を上げる。
慶賀くんは滑り込むように何かの前に膝をついた。何かは布団だった。たくさんの人が布団を囲むように座っているのでよく見えなかったけれど、膨らみは見えた。誰かが眠っているんだろう。
「賀子の具合は!?」
今にも泣き出しそうな声でそう尋ねる。
「神職一同で祓詞を奏上し、先程やっと落ち着きました。けれど油断は出来ない状況です」
呆然と神職さまの顔を見つめる慶賀くんの肩を男性と女性が抱きしめる。ハッと我に返った慶賀くんは勢いよく振り返ると縋るように私を見上げた。
「頼む巫寿、あの祝詞を奏上してくれッ……! 巫寿なら言祝ぎも多いし、もしかしたら賀子にも効果があるかもしれないだろッ……!?」
畳を転がるように這った慶賀くんは私の両手首を掴んだ。
「ちょ、ちょっと待って慶賀くん」
「頼むよ、何でもする、俺に出来ることなら何でもするからッ……!」
取り乱した慶賀くんの瞳から堪えきれなくなった涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。部屋の中にいた人達が困惑した表情で私を見ている。
「と、とにかく落ち着いて……」
「助けてくれ、賀子を助けてくれ! 可能性があるのは巫寿だけなんだよ!」
「慶賀くんッ……」
賀子は、と叫んだ慶賀くんが歯を食いしばって私を見上げた。
隙間から布団に横たわる女の子の顔が見えた。頬は痩けてまるで生気を感じないほど白い肌、けれどどこかやんちゃそうな面持ちはお兄さんによく似ている。
「────賀子を、俺の妹を助けてくれッ」
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