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恋する乙女
陸
しおりを挟む「慶賀、右の榊が回ってるから直して」
「こうかー?」
その日の"憑霊観破"3の授業は実践実習がメインだった。実習室に集まった私たちは授業で使う祭具を整える。
憑霊観破は、自分に取り憑いているいる神や霊の正体を見破る古神道系の秘法だ。神や霊が憑いてる場合、神事を行っている時に頭の一部に何らかの刺激を感じる。その部位や感じ方によって、今や未来をある程度予測することも可能なのだ。
「巫寿ちゃん、ウキウキした顔してるね」
三方を整えていると隣の来光くんにそう指摘され、思わず緩む頬を押えた。
「そんなに分かりやすい顔してた?」
「うん。占いとか好きなのかなぁって」
「へへ、大当たり。結構好きなんだよね」
今日は実際に神事を行って憑霊観破法に挑戦する授業だ。毎朝ニュースの星座順位をチェックしていたくらいには占いに興味があるので、実は今日の授業がかなり楽しみだった。
「皆さん用意は整いましたか」
教科担当の先生がぐるりと見渡し満足気にひとつ頷いた。
「ではどなたか斎主の役をお願い────」
できますか、と先生が言い切るよりも先に勢いよくみんなの手が上がった。ハイハイハイ!と勢いよく身を乗り出す。
斎主は祭祀を執り行う際中心となって進行させる役割で、二年生から神職過程に進んだ学生が習う分野だ。みんな習ったことを早速試したいらしい。巫女過程に進んだ私は残念ながら分野外なので今回は大人しく見学だ。
みんなの勢いに先生は苦笑いを浮べた。
「では恵衣さん、お願いします」
「何で!? 恵衣のやつ全然元気に手ぇ上げてなかったじゃん!」
「斎主に元気の良さは必要ありませんよ」
笑いをこらえきれずにブフッと吹き出した音があちこちから聞こえた。唇を突き出した慶賀くんが振り返って私たちを睨む。
「斎主たるもの、いかなる状況でも落ち着き冷静であること、参拝者に安心を与える威厳と品格がある事が大切です」
「つまりお前には落ち着きも威厳も品格もないってことだ」
ハンッと鼻で嘲笑った恵衣くんが見下した表情で前に出た。何だとコンニャロウといきり立つ慶賀くんをみんなで押さえ込む。
「はいはい、騒ぎませんよ。それでは恵衣さん、お願いしますね」
ひとつ頷いた恵衣くんは用意された神具の前に立つ。どうどう、と馬のように宥められた慶賀くんは不服そうな顔のまましぶしぶ席に座った。
「"祭祀基礎"の授業はどこまで進んでいますか? 習ったもので、恵衣さんが出来るご祈祷であれば何でも構いませんよ」
「でしたら馬鹿が多いんで学業成就で」
すかさず嘉正くんが慶賀くんと来光くんの襟首を捕まえた。はいはい怒らないよー、と今にも恵衣くんに飛びかかりそうな二人を抑える。
どうして皆こうも仲良くできないかな。まぁ怒らせているのは間違いなく恵衣くんなのだけれど。
始めますよ、と先生が手を打ってようやく静かになった。神前で一礼した恵衣くんの背中を見つめる。
「ただいまより、学業成就祈祷を執り行います。ご起立願います」
よく通る凛とした声が瞬く間に実習室の空気を変えた。自然と背筋が伸びる。静かに立ち上がった私たちは小さく頭を下げ、その状態で止まる。
す、と恵衣くんが深く息を吸ったのが聞こえた。
「掛けまくも畏き 伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 禊ぎ祓へ給ひし時に────……」
心地よい声に目を細めた。
恵衣くんの祝詞奏上を聞く度に思うけれど、あんな性格なのにその口が紡ぐ言祝ぎはこのクラスの中で誰よりも心地よい。
風も光も、草木も花も、全てが恵衣くんの味方をしているようなどこまでも優しく朗らかで甘美な声だ。
頭上でばさばさと大麻が揺れる音がした。
「ご着席ください」
その一声で皆はがたがたと着席する。修祓が終わればいよいよ祝詞奏上だ。
恵衣くんの声に聞き入りたい気持ちもあるけれど、今は憑霊観破の実習中だ。静かに息を吐いて目を閉じた。これまでに習ったことを思い出しながら自分自身に集中する。
神や霊が憑いている場合、神事の最中に頭の一部に何かしらの刺激がある。
もし私に何かしら憑いているとするなら神様の類でお願いしたい。ここに来てやっと一年と少しが過ぎようやっと妖や幽霊には慣れてきたけれど、やっぱり長年怖いものと頭に刷り込まれてきたはもの怖い。
もし幽霊が憑いている判明したら今日から下を向いて髪が洗えなくなりそうだ。
神様がついてますように、心の中で祈りながら体の感覚に神経をとがらせた。
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